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天の裁き 第6章 ネオスペック編開始

今回から、新たな章に入ります。

これまで見えていたものが、

少しずつ違う形に見え始めるかもしれません。


よろしければ、このまま続きをお読みください。

夜の新宿。

再開発から取り残されたように、街の外れに古い廃工場が佇んでいた。


月明かりは雲に隠れ、建物を照らすものはほとんどない。

錆びついた外壁と、固く閉ざされた鉄製のシャッター。

人の気配はなく、風が吹くたび、どこかで金属が軋む音だけが響いている。


――ぽたり。


静寂を破る、小さな音。


――ぽたり、ぽたり。


コンクリートの地面に、黒ずんだ血が落ちていく。


その滴を辿るように視線を上げる。


工場の奥。

天井近くまで伸びたイバラが、壁と壁の間に異様な構造を作り上げている。


絡み合った棘の中心に、一人の男が吊り上げられていた。


両腕を大きく広げ、磔にされたような姿勢。

身体はイバラに深く締め上げられ、逃げ場はない。

胸の中央――心臓の位置を、太く鋭いイバラが貫いている。


男は、すでに息絶えていた。


虚ろに見開かれた目。

苦痛を刻んだまま固まった表情。

死の瞬間だけが、そこに残されている。


その背後。

閉ざされたシャッターの中央に、深く刻まれた一文字があった。


刃物で刻んだにしては、あまりにも荒く、深い。

人の力とは思えない痕跡。


『天』


ただ一文字。

だが、それは強烈な意味を孕んでいた。


血の臭いと鉄錆の匂いが充満する空間で、

その文字は、まるでこの惨状そのものを象徴するかのように、沈黙していた。



      

   第6章 ネオスペック編始動




昼の光が、廃工場の中まで差し込んでいた。


夜の静けさは消え、敷地内には規制線が張られ、警官や鑑識が忙しなく動いている。

金属音と無線のやり取りが、空気を現実へと引き戻していた。


「……はい、撮ります」


短い声とともに、シャッター音が響く。


磔にされた男の遺体。

絡みついたイバラ。

胸を貫く棘。

そして背後のシャッターに刻まれた、あの一文字。


『天』


現場の少し離れた場所に、二人の少女が立っていた。


西園寺りんと、シエラ。


りんは腕を組み、冷静な目で現場を見渡している。

一方のシエラは、言葉少なに、何かを感じ取るように周囲を見つめていた。


「……あたしたちが呼ばれたってことは」


りんが静かに口を開く。


「犯人は、異能力者ってことね」


近くにいた警官が、少し緊張した様子で頷く。


「……はい。

現場一帯で、魔力装置が反応しました。

自然現象や事故の範囲ではありません」


りんは視線を遺体へ向ける。


絡みつくイバラ。

人為的とは思えない成長速度と形状。


「イバラ……」


ぽつりと呟く。


「犯人は、イバラの能力者……か」


警官は手元の資料を確認し、続けた。


「被害者ですが……

たちばな 真臣まさおみ、四十三歳」


りんの眉が、わずかに動く。


警官が言葉を補足する。


「今や、国民的人気俳優ですね。

ドラマ、映画、CM……名前を知らない人はいないかと」


現場の空気が、さらに重くなる。


「そして――」


警官は、シャッターの刻印を指差した。


「これが、気になります。

西園寺さん……この文字に、見覚えはありませんか?」


りんは、しばらく沈黙したまま、その一文字を見つめていた。


やがて、ゆっくりと口を開く。


「はっきりと覚えてる。

七年前の――新宿大災害でしょ」


空気が、凍りついたように静まる。


その時。


「……」


シエラが、わずかに表情を変えた。


何かを探るように、目を伏せ、意識を内側へ向けている。


「シエラ?」


りんが気づいて声をかける。


「どうしたの?」


シエラは、少し間を置いてから顔を上げた。


「……魔力を通して」


静かな声。


「当時の状況を、見てるんだけど……」


シエラがちょっと困った表情をする。


「あたしにも見せて!」


りんが即座に言う


「分かった……」


シエラは、りんに向かって一歩近づく。


「じゃあ……繋げるね」


そう言って、そっと手を伸ばした。


次の瞬間。


りんの視界が、白に染まった。



         ◆



――昨日の夜。


新宿の外れ。

街灯の届かない、廃工場の敷地内。


「や、やめてくれ……!」


橘真臣は、息を切らしながら逃げていた。

足音が響くたび、闇が背後から迫ってくる気がする。


振り返る。


暗闇の奥から、一人の男が歩いてきた。


ゆっくりと。

まるで、逃げ切れないと分かっているかのように。


男の顔は、白い仮面に包まれており、白い悲劇役者の仮面には細かなひびが走り、王冠のように黒いイバラが絡みついていた。


「……っ」


男が、片手をかざす。


次の瞬間。


橘の頬を、何かが掠めた。


「……っ!」


鋭い痛み。

遅れて、温かい感触が伝わる。


頬から、血が流れ落ちた。


「な……っ」


足元が、ぐらりと揺れる。

視界が歪み、力が抜けていく。


橘はその場に膝をついた。


「……毒、か……?」


かすれた声で呟く。


男は答えない。

ただ、静かに歩み寄ってくる。


橘は、言うことを聞かなくなった足を引きずり、必死に後退した。


「ま、待って……くれ……」


背中を引きずりながら、必死に声を絞り出す。


「た、助け……」


次の瞬間。


――ガンッ。


背中に、硬い衝撃。


閉ざされたシャッターに、身体が打ちつけられた。


逃げ場は、ない。


男が、再び手をかざす。



「……っ!」


りんは、はっと息を呑み、意識を取り戻した。


視界が戻り、昼の廃工場が目に入る。

規制線。警官。鑑識。


「……シエラ」


隣を見る。


シエラは、少しだけ眉を寄せていた。


「……犯人の顔は」


静かな声。


「仮面をつけてた。

だから、分からない」


りんは、ゆっくりと息を吐いた。


「……でも」


シャッターの『天』を見つめながら、言う。


「この場面、かなり参考になるわ」


シエラは、何も言わずに頷いた。



【新宿中央署 超越対策課】


署に戻った廊下は、昼間にもかかわらず静まり返っていた。


現場の喧騒が嘘のように、空調の音だけが淡々と流れている。

超越課の一角に足を踏み入れた瞬間、みゆきが気づいて顔を上げた。


「……どうだった?」


声色が、いつもより低い。

ただならぬ雰囲気を感じ取っている。


りんは足を止めず、そのまま答えた。


「……村崎警視長、呼んでください」


一瞬、みゆきが言葉を失う。


それだけで、事の重大さは十分すぎるほど伝わった。


「……分かった」


みゆきは頷き、すぐに内線へ手を伸ばす。

余計な質問は、ひとつもしなかった。


ほどなくして。


超越課の扉が開き、村崎が姿を現す。


「西園寺、どうした」


短い問い。

だが、場の空気は一気に張り詰めた。


りんはまっすぐに村崎を見る。


「――天文字事件が、発生しました」


その言葉が落ちた瞬間。


みゆきが息を呑み、

拓馬が思わず立ち上がる。


「……っ」


誰も、すぐには声を出せなかった。


村崎だけが、ゆっくりと目を閉じる。


「……ついに、来たか」


重く、低い声。


そのやり取りを、少し離れた場所でシエラが見ていた。

会話の意味が分からないまま、ただ空気の変化だけを感じ取っている。


「……てん……もじ……事件……?」


小さく、確認するような声。


みゆきが、はっとして振り返る。


「あ……そうよね」


少しだけ表情を和らげて、シエラに向き直る。


「シエラは、分からないわよね」


村崎は一拍置き、静かに口を開いた。


「――七年前の、新宿大災害だ」


その一言で、室内の空気がさらに重く沈む。


「今から説明する」


村崎の視線は、シエラへと向けられていた。


「君が関わる以上、知らないままにはできない」



村崎は、ゆっくりと息を吐いた。


「――今から、七年前の話だ」


室内の視線が、一斉に集まる。


「ある日、

Iridium -07区域から、脱走者が出た」


村崎は淡々と続ける。


「コードネームは、K-17。

先天的異能力者だ。

……君たち超越課と同じ、生まれつき“力”を持って生まれた人間だった」


一瞬、空気が張り詰める。


「そして――三日後」


村崎の声が、わずかに低くなる。


「新宿で、巨大爆破事故が起きた」


誰も口を挟まない。


「ビルが、いくつも倒壊した。

逃げる暇もなく、その場で人が爆死していった」


淡々と語られているのに、

その光景が容易に想像できてしまう。


「死者、五千人。

負傷者、六万八千人」


りんは目を伏せた。


「意味もなく、人が死んでいく光景は、

……まさに、地獄だったよ」


村崎は一度、言葉を切る。


「そして――」


視線を伏せたまま、続けた。


「新宿の地面に、巨大な赤い文字が刻まれていた」


一拍。


「**『天』**だ」


室内が、静まり返る。


「これが、新宿大災害だ」


みゆきが、息を呑む。


「当時、犯人は特定できなかった。

警察側も、事件性を断定できず……

最終的には、事故として処理された」


その言葉に、重たい違和感が残る。


「だが――」


村崎は顔を上げた。


「一週間後、警察に一通の文書が届いた」


名を告げる。


「差出人は、神代 祈音(かみしろきおん)


空気が、凍る。


「内容は、こうだ」


村崎は、淡々と読み上げる。


「――七年後の今日。

新宿を拠点として、日本各地でテロ行為を開始する。

その時が、お前たち“旧人類”の滅亡だ」


言い終えた後、

誰もすぐには言葉を発せなかった。


村崎は、少しだけ視線を落とした。


「……当時、私は警視正だった」


静かな声だったが、その一言には重みがあった。


「以前から、異能力が関与したと疑われる事件は、すでにいくつも起きていた。

だが――対抗手段が、あまりにも少なかった」


村崎は、拳を軽く握る。


「法も、組織も、追いついていなかった。

異能力者は“例外”として扱われ、事件は事故や不祥事として処理されていった」


村崎が目を閉じて、


「神代に対抗するには、

個別対応では限界があると判断した」


顔を上げ、まっすぐ前を見る。


「だから私は、論文を書いた。

異能力事件に特化した専門部署の必要性。

異能力者を取り締まり、同時に管理・対処する組織の構想だ」


室内が、静まり返る。


「各都道府県に、超越対策課の支部を設置する。

そして――」


村崎の声が、わずかに低くなる。


「新宿に、超越対策課本部を置く」


それが、七年前の新宿という土地を選んだ理由だった。


「反発は大きかった。

人権問題、差別だという声もあった。

……だが、それでも必要だった」


村崎は、ゆっくりとみゆきへ視線を向ける。


「そうして発足した超越対策課に、

最初に配属されたのが――遠藤みゆきだ」


みゆきが、わずかに目を見開く。


「超越対策課所属、第一号。

現場で異能力事件に真正面から向き合う人材として、選ばれた」


村崎は、短く息を吐いた。


「それが、ここまで続いている」


シエラは、少し考え込むように首を傾げた。


「……でも」


村崎を見る。


「K-17だった頃の資料なら……

写真も、残ってたんじゃないの?」


みゆきが、静かに頷く。


「本来は、あるはずだったわ。

入所時の記録、定期検査のデータ……顔写真も含めて」


村崎が、低い声で続ける。


「だが、脱走の直後に紛失した。

正確には――消えた」


「誰が記録を消したのかは、分かっていない」


その言葉を選ぶように、村崎は続ける。


「だが一つだけ確かなことがある。

それは――この事件に、何者かが深く関与しているということだ」


視線が、自然と重なる。


「偶然でも、管理ミスでもない。

意図的に“消された”記録だ」


村崎は、一呼吸を置いて、周囲を見渡した。


「――これより、署内全体で緊急会議を行う」


短く、だが重い声。


「超越課も、全員参加だ」


その言葉を合図に、

超越課の空気が、明らかに変わった。


        続く

今回は、新宿大災害と超越対策課の成り立ちについて、少しだけ触れました。


七年前に何が起きて、

なぜ今の体制が作られたのか。

その一端が見えてきた回だったと思います。


そして、今回の事件。

イバラを操る能力者――

正直、かなり厄介そうですね。


次回は、署内での会議から物語が進みます。

この事件を、彼らがどう受け止め、どう動くのか。

そのあたりを描いていく予定です。

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