偽園の崩壊 【4章完結】
4章、ここでいよいよ完結です。
長く続いた“所沢監禁事件”も、ついに決着の時を迎えます。
追い詰められ、暴走する小田切――
倒れ伏す拓磨――
そして、暗い牢屋に響くあの足音。
……あの瞬間、誰が姿を現したのか?
この章では、その“答え”と事件の真相が明らかになります。
最後まで楽しんでいただけたら嬉しいです。
鉄格子が鈍い光を返していた。
湿ったコンクリートの匂いが鼻につく。
薄暗い牢屋の奥で、拓磨はゆっくりと瞼を持ち上げた。
視界が定まると同時に、血の気が引く。
――足元に、五人のトレーニーが倒れていた。
全員が白目を剥き、硬直した腕脚を痙攣させている。
ふだんは人並みの呼吸をしていたはずの胸が、今はピクリとも動かない。
「……なんだ、これは……?」
小田切が、初めて取り乱した声を漏らした。
無表情の仮面がひび割れたように揺れる。
トレーニーたちの死体のような静止。
乾いた空気。
コンクリ壁に反響する微かな痙攣音。
小田切は後退りし、何かに怯えるように周囲を見渡す。
その瞬間だった。
――コツ、コツ、と軽い靴音が背後から近づいてきた。
「お取り込み中だった?」
柔らかい声。
だけど、空気の温度を一段下げるほどの冷たさを含んでいる。
拓磨は反射的に顔を上げた。
「……無事だったのか……!」
小田切がゆっくりと振り返る。
その視線の先――牢屋の鉄の柵に片肩を預けるように、ひとりの少女が立っていた。
薄暗さにも負けない白い肌。
静かで、だけど獲物を見据えるような瞳。
金髪がわずかに揺れ、鉄格子に濃い影を落としている。
シエラだった。
小田切の喉がひくりと動いた。
いつもの淡々とした面影は、跡形もなく崩れている。
視線が震え、口元がわずかに痙攣した。
「……お前……なんでここにいる……?」
声はかすれ、驚愕と恐怖が入り混じっていた。
まるで、理解してはいけないものを目の前で見てしまったような反応だった。
シエラは鉄格子にもたれたまま、ゆっくりと右手を上げた。
指先には、一枚の書類がひらひらと揺れている。
「アンタのやってること、確かめたかったの。
だからね、あえて“落とされたふり”してあげたの。
そしてあんたが拓磨に気を取られてる隙に証拠集めてたんだ。」
軽く言い放った瞬間、小田切の顔色が一瞬で変わった。
「……それは……私の……!?
返しなさい!!」
怒りと焦りが混じった声を上げ、シエラへ向い、書類を取り上げようとする。
だが――
シエラは書類をひらりと回し、
わずかに身体をずらすだけでその手を軽く避け、
そのまま拓磨の方へ向かった。
拓磨の視界に、シエラの横顔が映る。
その表情は冷たく、しかしどこか安心させるものがあった。
そのままシエラは拓磨の方へ歩み寄り、
彼のすぐ傍で片膝を立ててしゃがみ込んだ。
鉄格子越しに差し込む薄光が、シエラの横顔を照らす。
冷たい表情の奥に、微かな安堵が滲んでいるようにも見えた。
「……シエラ……なんで俺に内緒でこんな無茶を……」
拓磨は息を荒くしながら問いかけた。
シエラは肩をすくめ、控えめに笑う。
「いや、あんた嘘つくの下手でしょ。
絶対バレるじゃん。みゆきたちにも言われたんだよ? “拓磨には先に言っとくと絶対バレるからダメ”って」
「おい!」
拓磨が思わず身を起こしてツッコむ。
シエラはくすっと笑い、
「まっ! 敵を騙すためにはまずはなんたらって言うしね」
小さくウインクして、悪戯を成功させた子どもみたいに笑った。
拓磨はふっと笑い、少しだけ顔を伏せる。
「……バカが。」
その穏やかな瞬間を裂くように、背後から震えた声が上がった。
「シエラさん……っ! それを返しなさい!!」
小田切が顔を真っ赤にし、手を伸ばしてくる。
怒りと焦りが限界点で混ざりあっていた。
シエラは紙をひらひらと揺らし、にっと笑う。
「やだね。返すわけないでしょ?」
いたずらっ子のような笑顔。
しかし、瞳だけは鋭く光っていた。
「それにさ――返したとしても意味ないよ。
データはもうみゆきとりんに送ってあるから」
スマホを指でコツっと弾いて見せる。
「無駄。もう全部、外に流れてる」
小田切の顔がみるみる歪み、歯をぎり、と噛みしめる音が響いた。
「……そうですか。
こうなってしまっては――もうあなたたちを殺すしかありませんね」
次の瞬間、小田切は懐へ手を滑り込ませる。
銀色の刃が、牢屋の薄明かりにぎらりと光った。
「死になさい、シエラさん……!」
地面を蹴る音――まるで弾丸のように小田切が飛び出す。
ナイフがシエラの目の前で閃いた、その瞬間――
――ゴォッ!!
横から飛び込んだ火炎弾が小田切に直撃した。
「ぐわぁぁぁぁッ!!」
炎が全身を包み、悲鳴が牢屋に反響する。
空気が焦げ、熱気が揺らいだ。
シエラはそれを横目に、ぱちん、と軽く指を鳴らすように拓磨を見た。
「ひゅ〜……拓磨、かっこよすぎじゃん?」
「おいシエラ! お前、少しは避けようとしろよ!」
拓磨が怒鳴ると、シエラは肩をすくめて笑う。
「だって、拓磨が助けてくれると思ったからさ?」
「……お前なぁ……!」
その軽さとは裏腹に、背後では小田切が炎を振り払い、床を転がって火を消していた。
「……っ、はぁ……はぁ……このガキがぁぁぁ!!」
全身焦げた姿で、血走った目のまま再び突撃する。
だが次の瞬間――
シエラの姿が、目の前から“消えた”。
「……はっ?」
小田切が呆然と声を漏らした瞬間、
後方で乾いた足音が響く。
シエラの細い腕が、小田切の右腕をがっちりと極めた。
「ぐあああぁぁぁぁッ!!」
関節が逆方向に悲鳴を上げ、
床へ押し倒された小田切は、一切動けなかった。
シエラの紫金の瞳が、すっと冷え切った光を帯びる。
「小田切哲也――12:30時、逮捕」
一拍置いて、手錠をカチャリと鳴らす。
「容疑は……監禁、傷害、暴行教唆。
行方不明事件への関与。
サプリメント詐欺、薬機法違反、景表法違反」
淡々と言い放つ声に、一片の感情もない。
「それと――殺人未遂ね。
さっき、あたし刺そうとしたでしょ?」
小田切の顔が恐怖で歪む。
その反応すら、シエラは興味なさそうに見下ろしていた。
【14時】
――ピーポー、ピーポー。
所沢市の住宅街にサイレンの音が響き、
数台のパトカーがジム前の路上に停まっていた。
青い回転灯が建物の壁にちらちらと反射し、
事件の終わりを告げるように街の空気が落ち着いていく。
「お勤めご苦労様です!」
駆けつけた警察官たちが、一斉にシエラと拓磨へ敬礼した。
拓磨も敬礼で返す。
横ではシエラが、なぜかウキウキしながら胸を張って敬礼していた。
「はいっ! 任務完了っ!」
「……お前、楽しんでるだろ」
「えへへ、ちょっとね」
事件処理を警察に引き渡し、
二人は並んで住宅街の道を歩き出した。
昼下がりの陽ざしが静かに落ちている。
「……なぁ、シエラ」
「ん?」
「お前、どこから気づいてたんだ? 小田切のこと」
シエラはあっさり答える。
「あった時からだよ。魔力、変に濃かったし。
ねぇ拓磨、ああいう人ってすごく怪しいんだよ?」
「最初からかよ……」
拓磨は思わず肩を落とした。
「じゃあ俺……囮だったのか?」
シエラはにっと笑って、悪戯っ子みたいに首を傾げる。
「ん? なんのこと?」
拓磨は両手をだらんと下げたまま、深いため息をつく。
「……やっぱそうじゃねぇかよ……」
そんな拓磨を、シエラはぱんっと軽く背中を叩いて励ます。
「まぁまぁそんな落ち込まないでよ!
今日はさ、事件解決記念ってことで焼肉行こ!
もちろん――拓磨のお金で!」
「ふざけんな!!」
拓磨の叫びが所沢の住宅街に響いた。
カメラがゆっくりと引いていく。
言い合いながら並んで歩く二人の後ろ姿が、
光の中に小さくなっていった。
【事件記録:暗号化保管対象】
「埼玉県所沢市監禁事件」
発生日時:2025年6月10日 11:03
発生場所:埼玉県所沢市・喫茶店Athlize
⸻
概要
対象 小田切 哲也(34) は、指導するトレーニーを自施設内において長期間拘束し、
精神的支配を伴う洗脳的行動を強制。
違法サプリメントの販売・摂取を通じて利用者を従属状態へ誘導し、
複数の行方不明者との関連が強く疑われている。
2025年6月10日午前、ジム内にて
超越対策課所属 青木拓磨(25)/シエラ・ヴァルキュリア(外見17) を監禁。
シエラに対し、凶器(刃物)による殺害行為を実行に移すも、
拓磨の介入およびシエラの制圧行動により、犯行は未遂に終わる。
現場にて対象小田切を拘束、確保。
多数のトレーニー被害者は洗脳状態からの離脱後、医療機関に搬送済み。
⸻
項目内容
**主犯
小田切 哲也(34)**
**能力
精神誘導
※非覚醒型の微弱異能。対象を暗示誘導・従属状態へ操作可能。
危険度:中位。社会擾乱性が高いため要警戒**
⸻
罪状
•監禁罪
•傷害罪(複数)
•暴行教唆・強要罪
•誘拐・行方不明者事件への関与
•殺人未遂(シエラへの刃物攻撃)
•詐欺罪(違法サプリメント販売)
•景品表示法違反(虚偽効能表示)
•薬機法違反(医薬品的効能の偽装)
•業務偽装による不当勧誘・詐欺的事業運営
※ 上記は現時点判明分。後日追加の可能性あり。
⸻
被害者
•青木拓磨(25)
•シエラ・ヴァルキュリア(外見17)
•ジム会員25名(精神支配・健康被害)
•過去の行方不明者(関連捜査中)
⸻
損害
•ジム内部施設破損
•精神的被害者多数(医療ケア対象)
•不正サプリ製造・販売ルートの潜在的広がり
⸻
対象小田切の処遇
対象小田切は精神誘導能力を悪用した反社会行動により、
通常拘置では管理困難と判断。
Iridium -03(第三異能特別拘束区画)へ移送予定。
※ Iridium-07本部とは別の“姉妹管理区画”。
長期隔離・矯正プログラム対象。
判決推定:無期懲役相当(実質的な社会復帰不可能)
⸻
特記事項
本件は 所沢市監禁事件 として一般報道済み。
ただし、異能行使に関する事実は国家特級機密として処理。
公開情報には超越対策課の介入および能力の存在は含まれない。
⸻
備考
本件は今後の“能力悪用型犯罪”の主要ケースとして
教育資料に編入予定。
記録は暗号化し、Elysium本部データバンクにて保管する。
4章偽りの楽園完
4章まで読んでくださってありがとうございます!
今回の所沢監禁事件、
やっぱりシエラ……かっこよすぎ!
普段はふざけたギャルなのに、やる時は誰よりも冷静で強くて、
あんな表情されたら小田切じゃなくても震えるよね。
そして拓磨……おつかれ。
今回ばっかりは完全に“囮ポジ”でドンマイでした。
でもああいう真っ直ぐさが、シエラの強さを何倍にもしてるんだと思います、
さて、物語は次の 5章 へ。
ここから“いせギャル”は一気に本筋へ踏み込んでいきます。
世界の“裏”で進んでいたもの、謎に包まれてたものが、少しずつ顔を出してきます。
引き続き楽しんでもらえたら嬉しいです!




