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透明な刃

今日は、千草編の中でもいちばん重い回です。

読んだ人の心に“刺さる”というより、“抉る”寄りの内容になっています。


いせギャルは異能バトルだけじゃなくて、

「人間の心の歪み」とか「愛の形」みたいなところまで踏み込みたいので、

どうしてもこういう回が出てきます。


ただ、心理ホラーに寄ってますが、

ちゃんと物語は前へ進むので安心してください。


それでは本編どうぞ

左腕が焼けるように痛む。

 切り口から落ちる血が、静まり返った室内で“ぽた、ぽた…”と不自然に響いた。


 りんは息を荒げながら、壁に手をつき、なんとか

踏ん張る。


 床に転がったスマホは黒い塊のまま光を失い、

唯一の光源は割れた窓から差し込む月明かり

だけになっていた。


 その月光の境界線――

 そこに、千草が立っている。


 影から抜けた輪郭は、もうはっきり見えた。

 月に照らされた顔は、りんのものに“似せて”

いるのに、笑みだけが異様に艶っぽく歪んでいる。


 りんは右手で傷を押さえたまま、彼女を真正面からにらむ。


 千草はひどく静かだった。


 まるで月光があの少女を選んで照らしたかのように――



月光の境界線に立つ千草が、かすかに首を傾けた。


 次の瞬間、呼吸を撫でるような声が落ちる。


「……会いたかったよ、りんちゃん」


 優しくて、甘くて、けれど“どこか壊れている”。

 その声が耳に触れた瞬間、りんの背筋が強張った。


「なんで……綴り……ちゃん……?」


 掠れた声で問い返すと、千草はゆっくり笑った。


 千草が、足を半歩だけ前に出す。


「ねぇ、りんちゃん。あたしね……ずっとりんちゃんの隣にいたよ」


 りんが後退する。

 左腕から落ちる血が、ぽた、と月光の中に散った。


「同じ部屋に……同じ空気の中にいたんだよ」


 千草は歩幅を変えず、一歩、また一歩と詰めてくる。


 触れていないのに、距離が縮むたび空気が冷えていく。


「寝てる時も、ごはんの時も、疲れて帰ってきた夜も……ずっと“そば”にいたの」


 りんの喉が震え、呼吸が荒くなる。

 痛みなのか恐怖なのか自分でもわからない。


 それでも、後退する足は止まらない。

 月光の端に追い込まれ、背中の暗闇が迫ってくる。


 千草はその境界線をなぞるように歩く。

 影が伸び、りんの足首を掴みそうな錯覚。


「でもね……あの子……ほのかちゃんが邪魔したの」


 千草の声が少しだけ歪む。

 笑っているのに、目が笑っていない。

 りんの心臓が一度だけ強く跳ねた。


「あの子が……

 “あたしの知らないりんちゃん”を全部奪ったの

りんちゃんの笑顔……りんちゃんの楽しそうな表情……全部見たことなかった……」


 千草は、りんのすぐ目の前まで歩み寄り、

 月光で照らされた笑みを欠片も崩さずに言った。


 りんの息が詰まり、後ろ足がもう一歩も下がらなくなる。


 月光と暗闇の境目。

 千草の顔だけが美しく浮かび上がり、

 その瞳の奥には、底なしの嫉妬が静かに渦巻いていた。 


千草はそのまま、りんの目の前でふっと微笑む。


「だからね、気づいちゃったんだ」


 声が甘く落ちる。


「ほのかちゃんの“前”で、りんちゃんを殺して……食べて……りんちゃんと“同化”するのを見せてあげればいいって」


 りんの呼吸が止まり、足が勝手に後ずさった。


 千草はそんなりんを見送りながら、視線だけほのかへ向ける。


「ねぇ、最高じゃない?」


 ほのかが思わず息を詰めた。


「……ひっ」


 その小さな声に、千草の笑みがわずかに深くなる。


「ほのかちゃんにも見てもらえるし……

 “りんちゃんになったあたし”でほのかちゃんを殺せば、ほのかちゃんも喜ぶんじゃないかなって」


 りんは、そこで足が止まった。


「だって……大好きな人に殺されるって、

 すっごく幸せでしょ?」


 その一言を言い終えた瞬間だった。


 ——チャキッ。


 金属が擦れる冷たい音。

 月光の先で、ナイフの刃が一瞬だけ光を返す。


 千草は笑っている。

 けれど、その目だけが完全に凍っていた。


 次の瞬間、輪郭が静かに滲み始める。

 月光を吸い込むように、千草の身体がグラデーションを描いて薄れていく。


 まるで空気に、そのまま溶けていくように。


 闇だけが残る中で、声だけが耳元に落ちた。


「だから……死んで、りんちゃん——」


 その一言で、りんの瞳孔がひらく。


 視線が鋭く揺れ、

 咄嗟にりんは右の人差し指をこめかみに当てた。


「——Hyper Cognitive Drive(超思考加速)」


 その瞬間、音が消えた。


 千草の姿はどこにもない。

 けれど、空気の“揺れ”だけがはっきり分かる。

 月光の線がわずかに乱れ、風がひと筋だけ裂けている。


(……右後ろ)


 りんはゆっくりと体の角度を変えた。

 振り向かず、半歩だけ。


 背後を通り抜けたはずの刃が、何も捉えられなかった。


「……っ!?」


 透明の空間で、千草の気配が一瞬だけ揺れる。

 姿は見えないのに、声だけが震えていた。


「なんで……?」


 りんは振り返らない。

 ただ、ゆっくりと視線だけを後方へ向けた。


 その視線で、千草の気配がびくりと跳ねた。

 まるで胸を突かれたみたいに。


 次の瞬間、空気が裂ける。

 千草が別方向から突っ込んでくる。


 りんは動かない。

 ほんのわずかに肩の角度を変えるだけ。


 刃が空気を削り、りんの髪先がわずかに揺れた。


「……っ、なんで……なんで避けるの……?」


 透明のままの声が、不規則に震える。


 千草の影が、床の上を何度も跳ねた。


 高速で位置を変えながら、刺突、斬撃、横薙ぎ——

 異常な軌道で何度も襲いかかってくる。


 それでも、どれも当たらない。


 りんはただ、体をミリ単位でずらすだけだった。

 動きは最小。

 呼吸も乱れない。


 まるで、最初から全部“知っていた”かのように。


「……なんで……?」


 千草の声が、焦りに滲む。

 透明の気配が揺れ、狂気の温度が変わる。


「なんで攻撃が当たらないの……?

 りんちゃん……透明化してるんだよ……?

 見えない、はずでしょ……?」


 千草はついに後退した。

 影が月光の外へ滑り、気配が乱れた。


 呼吸が荒くなる。

 透明化の輪郭がゆっくりと解けていく。


 やがて、月光に滲むように姿があらわになった。


 千草は肩で息をしながら、歪んだ笑みのまま

叫んだ。


「なんで……?

 どうして見えるの……?

 どうして……避けられるの……?」


 りんはようやく、静かに息を整えた。

 目の奥には、感情がひとつも浮かんでいない。


「……見えてないよ」


 千草が息を呑む。


 りんは続けた。


「ただ——わずかな音や、揺らぎで、来る方向が分かるだけ」


 その言葉に、千草の表情が一瞬だけ崩れる。


「……は」


 こぼれるような声。


「は……はは……」


 笑いながら、泣きそうな顔になる。


「……あはは……あはははは!!」


 壊れた笑いが、月光の中で反響する。

 笑えば笑うほど、声の奥に悲鳴みたいな震えが混ざっていく。


「こんな……最高の能力を手に入れても……

 結局、あたし……りんちゃんに一度も勝てないんだね……」


 りんは何も言えなかった。

 ただ、静かに千草を見ていた。


 千草はふっと笑みを薄め、落ち着いた声で言った。


「……でもね」


 その目だけが、底でひどく冷たい。


「あたし、りんちゃんの弱点……知ってるんだよ」


 りんの瞳が揺れた。


「りんちゃん……弱い子がいると……守っちゃうよね?」


 りんは息を飲んだ。


「……やめ——」


 その声より、千草の動きのほうが早かった。


 影がふっと沈み、次の瞬間にはほのかの真正面にいる。


 ほのかの瞳が震える。


「……え……?」


 理解が追いつかない。

 それでも“何かが来た”ことだけは本能で分かる。


 ——ザクッ。


 乾いた刺突音。

 ほのかの頬を温かい血が弾いた。


 ほのかの表情がびくっと跳ねる。


 千草はにやりと、不気味に笑った。


 その視界の下で——

 ほのかは、りんに抱きしめられていた。


 座らされた姿勢のまま凍りついているほのかの

頭を、りんが両腕でしっかりと包み込んでいる。


 りんは片膝を床につき、

 ほのかを胸に押し寄せるように守っていた。


 背中には、深々とナイフが刺さっていた。


 刃が肉を割った瞬間、りんの身体がびくりと

震えた。

 息が喉で止まり、声にならない悲鳴が漏れる。


「……ッ、……ごぷ……っ」


 吐き出された血が逆流し、顎を伝って落ちる。

 床に赤い点がいくつも散った。


 それでも——

 りんは倒れなかった。


 ほのかの小さな身体を抱きしめたまま、

 片膝を床につき、必死に支え続けていた。


 震える腕で、ほのかを胸へ押し寄せるように

守りながら。


 背中には、深々とナイフが刺さっていた。


 ほのかはその音を聞き、視界の端で血が広がるのを見て、何も理解できないまま震えた。


「りん……おねぇ……ちゃん……?」


 か細い声が漏れる。


 りんは苦しげに息を吸い込み、震える手でほのかの頭を押し寄せるように抱きしめた。

 まだ倒れない。

 倒れてしまえば、この子が死ぬから。


 そんなりんを見下ろしながら——

 千草は、嬉しそうに泣きそうな笑みを浮かべた。


「……やっぱり……

 やっと……やっとりんちゃんに……触れた」


 囁く声は、狂気と幸福が同じ温度で交じり

合っていた。


 千草はりんの背中へ刺さったナイフから手を

離さない。


 りんは片膝でほのかを抱きしめ、倒れまいと必死に耐えていた。


 それでも千草は、ためらいなく刃を突き立てる。


 ザクッ……ザクッ……ザクッ……


 刺されるたび、りんの身体が小さく震えた。

 息がうまく吸えず、喉の奥で苦しげな音が漏れる。


「ねぇ……りんちゃん……怖がらなくていいんだよ……」


 千草の声だけは、優しく落ちる。


「痛いのはすぐ終わるから……

 ほら、一緒になろうよ。ずっと……ずっとだよ……?」


 刺す動作と声音が同じトーン。

 優しさの殻だけをまとった狂気。


 りんは倒れない。

 両腕はほのかを包んだまま、必死に支えていた。


 その肩越しに、ほのかが叫ぶ。


「やめて!!

 やめてよ!!

 りんおねぇちゃん死んじゃう!!

 お願いだから……もうやめてぇ!!!」


 泣きすぎて声が割れる。

 小さな手がりんの服を掴み、震え続ける。


 ほのかの叫びに——

 千草の腕がぴたりと止まった。


 ナイフ先から血が落ちる音だけが響く。


 タ……タ……


 千草の表情から“感情”が抜けた。

 ほんの一瞬だけ、空白の影が差した。


 その短い静寂のあと——

 りんの身体から力が抜けた。


 ほのかを胸に抱き寄せたまま、

 りんの身体だけが、ゆっくり床に沈むように

倒れこんだ。


 倒れた衝撃で血が円を描くように広がる。

 りんの呼吸は浅く、瞳は焦点を失いかけていた。


「りんおねぇちゃん……

 やだ……いやだよ……

 死んじゃう……死んじゃうよ……」


ほのかの泣き声が、途切れながらも部屋に溶けていく。


 その足元近くで——

 りんの身体は、床に崩れ落ちたまま動かなかった。


ほのかの視界に映るりんは、

 胸が動いているのかも分からない。

 開きかけた瞳は、どこも見ていない。


 息をしているのかすら分からない。


 千草はその場に立ち、りんを見下ろす。

 ゆっくり笑みが広がっていく。

 喜びと涙が混じった、壊れた表情。


 そのとき——


 りんの手が、千草の足首を掴んだ。


 ギュッ……


 弱りきったはずのその手に、強い意志が残っていた。

 ほのかを離させないための、本能の力。


「……うれしい……」


 千草の声が震える。


「こんな時でも……あたしに触れてくれるんだ……

 りんちゃん……」


 息が荒く、頬が紅潮し、笑いながら涙ぐむ。


 千草はゆっくり膝を折り、

 足首を掴まれたままりんの胸元へナイフを

持ち上げた。


 その笑顔は、この夜で最も壊れていた。


「りんちゃん……

 あたしと“永遠”に生きよ?」


 そして刃がりんをめかげて振り下ろされる


        続く

ここまで読んでくれてありがとう。

今回の話は、書いてるこっちも胃が痛くなるくらい重かったです。


千草の“透明な刃”は、ただの異能バトルじゃなくて、

ずっと積み重ねてきた感情の結末でもあります。


りんも、ほのかも、千草も、

それぞれの「愛」を抱えて動いてるだけなんだよね。

形は違うし、正しさなんてどこにもないけど、

全部“本気の気持ち”でぶつかってる。


読んで苦しかった人、本当にすみません。

でもこの回がないと、この次の話まで意味をなさなくなります。


次回は、第3章完結です!

次回でこの章の“答え”が見えてくると思います。

なのでよかったら、最後まで付き合ってください。

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