表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/20

「初仕事はトラブルの香り」

初仕事って、なんかドキドキするよね。

やっと“超越対策課”の正式メンバーになったって感じで、

あたし、けっこう張り切ってたんだ。


でも……まぁ、やらかした。

ちょっとどころじゃなく。


笑ってごまかそうとしたけど、

みゆきの顔、今でも忘れられない。

「初仕事はトラブルの香り」


 午前九時。


 警視庁・超越対策課のフロアには、コーヒーの香りとコピー機の音だけが漂っていた。


 みゆきはデスクに肘をつき、湯気の立つマグを眺めながら小さく息をつく。


 ――今日も静かで、平和。

 こんな朝が続けばいいのに。


 そう思った瞬間だった。


 ガチャァンッ!


 ドアが勢いよく開き、爆音のような声が響く。


「おっはよ〜〜っ!!!」


まるで朝の光ごと飛び込んできたような勢いでシエラが現れた。


 みゆきはマグをテーブルに戻しながら、


 「……また今日も賑やかね」と小さく呟いた。


 視線の先には、


 金と紫のオッドアイを輝かせたギャル――シエラ が、満面の笑みで立っていた。


「今日から本格勤務でしょ? テンション上げてかないと〜!」


 まるで太陽の化身。

 けれど、まだ午前九時である。


「……まずは席につきなさい。隣はりん、向かいはたくまよ」


「おっけ〜! 二人ともよろしくねっ!」


 りんが眉をひそめ、


「……よろしく」とだけ返す。


 拓磨は「うっす」


 と頭を下げた。


 みゆきはそんな三人を見渡し、

 心の中で小さくため息をつく。


 みゆきは机の端に積まれた書類を手に取り、軽く指先で示した。


「じゃあまず、ここにある紙を、あそこのシュレッダーに入れて処分してくれない?」


 頼まれたシエラは一瞬きょとんとした顔をしたが、

 すぐに笑顔を取り戻す。


「了解っ!」


 勢いよく立ち上がり、オフィスの隅にある銀色の機械へ。


 興味津々で覗き込み、目を輝かせた。


「これが“しゅれっだー”っていうんだ!」


 その様子を見て、りんが小さくため息をつく。


「紙を入れたら動くわよ」


「おぉ〜! すごっ! 未来って感じ〜!」


 シエラは感心しながら紙を数枚入れる――が、何も 起きない。


「え、あれ? お〜い!」


 困ったように機械をつつき、首をかしげた。


 りんが近づいて、スイッチを押す。


「このボタン、押すのよ」


「おぉ〜! 動いた!」


 機械が唸りを上げ、白い紙をガリガリと飲み込んで いく。


 その音に合わせて、シエラの表情がぱっと明るくな った。


「たのし〜! よーし、いっぱい食べてね〜♪」


「お前、シュレッダーを動物か何かと思ってない   か?」


 たくまがあきれ気味に言う。


「え、かわいいじゃん!」


 シエラは無邪気に笑い、さらに数枚の紙を手に取っ た。


 その間に、みゆきは電話を受け取り、席を立つ。


「ちょっと電話してくるわ。よろしくね」


「はーい!」


 返事だけは今日も元気満点。


 シエラは調子に乗り、机の端に積まれた別の書類も 抱えてくる。


「これもまとめてやっちゃお〜♪」


 その束の中に、“重要機密”と赤字で書かれた一枚が 混じっていた。


 彼女は首をかしげながら、その文字を指でなぞる。


「ん〜……なんて読むんだろ、これ……?」


 その瞬間、コピー機へ向かっていたりんが振り返  り、目を見開く。


「……待って、それ、“重要機密”って書いてない?」


「あっ……え?」


 間に合わなかった。


 紙が、機械の口に吸い込まれていく。


 ――カラカラカラ。


 短い音が静寂を切り裂いた。

 シエラ、りん、たくま――三人の時間が止まる。


 ――最悪のタイミングだった。


 廊下の奥から、ヒールの音がゆっくりと近づいてく る。


 その気配だけで、三人の背筋が同時に伸びた。


 扉が開く音。


 全員が同じタイミングで顔を見合わせる。


「……あっ」


 声まで揃っていた。


 みゆきは何も知らないまま席に戻り、机の上を見回 す。


「あれ? 私の机に置いてた“重要機密事項”の紙   は?」


 シエラの背筋を、冷たい汗が一筋伝う。


 口を開こうとしても、喉が固まって声にならない。


「ご、ごめんなさい……」


 その小さな声に、みゆきの表情が固まる。


「……えっ、まさかシュレッダーにかけたの?」


 シエラは、無言でこくりと頷いた。


 時間が止まった。

 空気の重さが変わる。


 みゆきの目が大きく開き、そのまま膝が抜けるよう に床へと崩れ落ちた。


 机の縁に触れた指がわずかに震えている。


「……あれは、今度の会議で使うから、チェックするようにって、村崎警視長から言われてたやつなのよ……」


 りんも拓磨も、凍りついたように動けない。


 オフィスの時計の針の音だけが、やけに大きく響いていた。


 シエラは真っ青な顔で立ち尽くす。


 見開いたままの瞳に、ただ後悔だけが浮かんでいる。


 みゆきは顔面蒼白のまま、机を支えてゆっくり立ち上がった。


 唇がかすかに震え、声が擦れる。


「……だ、大丈夫。もう一度、取りに行くから……」


 その声は、壊れそうな笑いと泣き声の中間だった。


 みゆきはふらふらとドアへ向かい、そのまま廊下に消えていく。


 ――沈黙。


 残された三人の間に、痛いほどの静けさが落ちた。


 りんが慌てて声を上げる。


「だ……大丈夫よ! 誰にだってミスぐらいあるわ!」


「そうそう! 俺だって会議すっぽかしてジム行って、めっちゃ怒られたことあるし!」


 りんが即座にツッコむ。


「……それ、なんのフォローにもなってないわよ」


「……うぅ……」


 シエラは半泣きのまま笑おうとするが、うまく笑えない。


 空気がようやく緩む。


 オフィスの中は、少しだけ長く感じられた。


 時計の針が、正午を指した。


「昼、行こうか」


 りんの声に、拓磨が肩をすくめる。

「だな。今日はちょっと外、行きてぇ」


 シエラは指先で袖口をいじりながら、視線を落とし た。


「……あ、あたしはいいよ。なんか、悪いし……」


 りんはわざとらしくため息をついて、シエラの背をぽんと押した。


「あ〜もう! 行くの! 今日はあんたの慰め会してあげるんだから!」


「……え? いいの?」


「決まり。ほら、行くわよ」


 三人は庁舎を出た。


 昼の光が眩しく、アスファルトの照り返しが白くきらめく。


 近くの定食屋の暖簾をくぐると、味噌汁の香りがふわりと漂った。


 席についたシエラは、箸袋をいじりながら小さくつぶやく。


「ほんとにいいの? あたしのせいで迷惑かけたのに……」


 りんは微笑んで、グラスの水を軽く揺らした。


「いいのよ。落ち込んでる顔、見てられないし」


 拓磨が肩をすくめる。


「まぁ俺も昼飯まだだったしな。どうせ行くなら一緒でいいだろ」


「……ありがと、二人とも」


「気にしないで。次、気をつければいいだけ」


「うんっ!」


 シエラが笑う。


 その笑顔に、りんと拓磨も思わず笑みをこぼした。


 昼の光がテーブルを照らし、湯気がやわらかく揺れる。


 その距離は、湯気のようにやわらかく、静かに縮まっていった。


 昼の慰め会を終え、午後の仕事が始まった。


 オフィスには、コピー機の音とキーボードの打鍵音だけが静かに響く。


 シエラは午前中の失敗を引きずらず、真剣な表情で書類整理に取り組んでいた。


 一枚ずつ丁寧に確認し、ホチキスを留める手も慎重そのものだ。


 そこへ、みゆきが新しい資料の束を持ってくる。


「今度は、この資料をまとめてファイリングお願いね」


「了解っ!」


 シエラは姿勢を正し、深呼吸をひとつ。


 丁寧にファイルを開き、ゆっくりとページを揃える。


 やがてすべてを終え、満足げに机を見つめた。


「終わりましたっ!」


 みゆきが確認して微笑む。


「今度は完璧ね」


「へへっ、あたりまえでしょ!」


 りんが小声でつぶやく。


「……さっきの倍は緊張してたけどね」


「き、聞こえてるから!」


 拓磨が笑って頬杖をつく。


「まぁ今日はよく頑張ったな」


 オフィスには、午前とは違う穏やかな空気が流れていた。



 ――夕方。


 仕事を終え、りんとシエラは並んで庁舎を出る。


 夕焼けがガラス壁に反射し、二人の影を長く伸ばしていた。


「今日、りんと一緒でよかった〜。ありがとね!」


「ううん、別に。……でも、あなた……シエラって面白い人ね」


「えっ! いま、あたしの名前言ってくれた!」


「う……うるさい!」


 りんが顔を赤らめてそっぽを向く。


 シエラは笑いながら、りんのほっぺをぷにぷにとつついた。


「りん可愛い〜!」


「ちょっ、触るな!!」


 シエラはさらに笑って手を振る。


「また明日ね!」


「……うん、また明日」


 庁舎の前で手を振るシエラの姿が、夕焼けに溶けていく。


 りんはその背中をしばらく見つめてから、ふっと息を吐いた。


「……シエラ……」


 その名を確かめるように、もう一度つぶやく。


「……ふふっ……シエラ」


 口元に小さな笑みが浮かぶ。


 その頬に赤みを残したまま、りんは小走りで夕暮れの街へと消えていった。


その背に、オレンジ色の光がまだ残っていた。


 午後六時半。


 西の空はまだ淡く橙を残している。


 カーテン越しの光が、部屋の中をやわらかく染めていた。


 玄関の扉が静かに開く。


「ただいま……」


 短い言葉が、静かな空間に溶ける。

 返事はない。


「……って、誰もいないんだった」


 りんは苦笑を浮かべながら、靴を脱いで揃える。

 そのまま廊下を歩き、ふぅっと小さく息を吐いた。


 ふと、リビングに目を向ける。


「ん……? なんか、ちょっと配置が……変わってるような……?」


 小首をかしげ、数秒だけ考え込む。

 しかし、すぐに肩をすくめて呟いた。


「……まぁ、いっか」


 そのまま、部屋の奥へと姿を消す。


 ──そして。


 静まり返ったリビングの空気が、ほんのわずかに揺れた。


 カーテンの裾が、誰もいないのにふわりと膨らんだ。



第3章『透明な檻』


11月3日公開予定


はぁ〜……今日はマジで心臓止まるかと思った……

初日から“重要機密”とか聞いてないんだけど!?

でも、りんと拓磨が一緒にフォローしてくれて、

なんとか生きて帰れた……ほんと助かった〜。


みゆきには……あとでスイーツでも買って謝ろ。たぶんまだ怒ってる。


でもね、失敗して落ち込んで、

それでも隣で「大丈夫」って言ってくれる人がいるの、

けっこう……あったかかった。


明日も頑張ろ。今度こそ、ちゃんと。


――あ、でもシュレッダーにはもう近づかない!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ