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無音の咎 完結編 第2章完結

第2章「無音の咎」

この話で完結するよ


ねぇ、思ったんだけどさ。

人間って、壊れる時はあっけないよね。

ちょっとの無関心とか、

ちょっとの言葉の棘とか。

そんなの積み重なっただけでさ

簡単に、“怪物”だよ。


でもさ。

怪物って、助けちゃダメなの?


あたしはそう思えなかった。


……んじゃ、最後まで読んでね。


 真白は俯いたまま、教室の中央で震えていた。


 倒れた机の下。伸びた手。

 血の上で途切れた足跡。


 床のスマホが通知を光らせる。


 返らないままの文字だけが残っている。


 静かだった。

 声が何も残らなかった空間。


 シエラは歩く。視線は逸らさない。


(……あなたが、加賀美真白ちゃんだね)


 空気がひび割れた。

 ガラス片がひとつ跳ねる。


 ――チリ。


 真白が顔を上げる。濁った瞳が揺れる。


「……なんで、あなた……喋れるの……?」


 軋む気配が、床から天井までをなぞった。


 シエラは息を吸う。


「もうやめようよ……こんなこと。」


 真白の肩が揺れる。


 声が出ない。

 出したくない。


「……本当は、助けてって言いたかったんだよね」


 真白の表情が壊れる。


「なに言ってんのよ、あんたみたいな――!

 知らないくせに!!

あんたも……あんたも……殺してやる!!」


 真白が突っ込む。

 泣き声のまま、殺意だけが走る。


 フォークが振り下ろされる。

狙いはまっすぐシエラの胸元。


 シエラの身体がわずかに捻れる。

届かない。


届きそうなのに、絶対に触れられない。


 それが真白には一番苦しかった。


「はぁ……はぁ……っ」 


シエラはゆっくりと一歩踏み出す。


「……日記、読んだよ」


 真白の瞳が揺れる。


「誰も、あなたを見てなかった」


 喉が小さく鳴る。


「ひとりで泣いてたんだよね……」


 その優しい声色が、真白の心に触れかけた。

 だからこそ、たまらなくなった。


 真白は膝を折りかけ、両手で頭を抱え込む。

髪を掻き毟りながら、潰れた声が漏れる。


「やめて……やめて……!」


 一瞬の凪。


 真白が顔を引き上げた。


「うるさい……うるさいうるさいうるさいッ!!!」


 涙を飛ばしながら、狂ったようにフォークが振り下ろされる。


 床。壁。机。

断続的に音が戻る。

空気が痛みに呻く。


 それでもシエラは近づく。


避けているのに、離れない。

瞳だけは真白を捕えたまま。


 当たらない。

 それが、真白を追い詰めた。


「……なんで、当たらないの……?」


 視線が逸れる。

 みゆきがそこにいた。


「……あっちなら……!」


 突進。

 息が切れる。

 空気が跳ねた。


 みゆきの声が半拍遅れる。


「――しまっ……!」


 その前に、シエラが消えた。


 次の瞬間、


 真白の手首が掴まれていた。

 乾いた衝撃。

 世界が止まる。


「やめて、真白ちゃん……」


 優しい声ほど、息が詰まる。


 真白の視線が落ちる。

 そこで、全身が固まった。


 ――シエラの背に、手があった。


 小さな手。

 冷たい手。

 何かを求めたまま、止まった手。


 離れようとしない。

 何度も掴まれた跡が、そこにある。


「……なに、それ……」


 喉が裏返る。


「あんた、何を背負ってるの……」


 一歩、また一歩。


 後ずさるたび、床が軋む。

 音が戻る。

 泣き声じゃない。罪の音だ。


 真白の手が震える。

 フォークの先が、鳴る。


「……どうして」


 声がちぎれる。

 顔がぐしゃりと歪む。


「こんな強いなら……なんで助けてくれなかったのよ……!」


「私……助けてほしかった……!」


「誰かに、大事にされたかった……!」


 言葉が崩れ落ちる。

 涙が止まらない。


「毎日、喧嘩の声が嫌で……

 扉閉めても、聞こえてきて……

 私のせいだって、そう思って……」


 呼吸がうまくできない。


「毎日、『ごめんね』って言っても……


 “うるさい”“あっち行って”“話しかけないで”って言われて……

 ずっと……苦しかった……!」


 視線が上がる。

 その瞳は、殺意じゃなかった。


「なんで……なんで、怪物になった“今”なんだよ……」


「なんで…普通の私を……

 助けに来てくれなかったの……!」


真白の叫びが途切れる。


 肩が小刻みに震えていた。

 握りしめたフォークの先が、かすかに揺れる。


 シエラは一歩だけ踏み出す。


 その動作に迷いはない。

 伸ばした腕が、そっと真白を引き寄せた。


「離してよ……っ!」


 暴れる体を抱き止める。


 けれどシエラは何も言わない。

 言葉にしてしまえば、全てが壊れそうだった。


 シエラは、温度だけを預ける。

 真白の涙がシエラの胸元を濡らす。


 力が抜けていく。

 指先が震え、フォークが手から滑り落ちた。


 ――カラン。


 乾いた音が床を跳ねる。

 それだけが、この場に残った。


 真白は泣きながら、しがみついた。


 世界はまだ壊れたままなのに。

 その腕の中だけが、少し暖かかった。



【13:20 校門前】


パトカーのライトが赤く瞬く。


制服の警官たちに囲まれながら、真白は静かに乗り込んでいく。


その背中を見送りながら、みゆきがぽつりと呟いた。


「……今回も、あなたに助けられたわね。」


シエラは笑う。


「いいのいいの。みゆきが無事なら、それで。」


少し沈黙。


パトカーのライトが赤く点滅する中で、シエラがふと口を開く。


「ねぇみゆき。……真白ちゃん、この後どうなるの?」


みゆきは少し視線を落とした。


「……多分、政府の管理下に置かれるわ。

 “特異個体”として、施設に送られると思う。」


「へぇ〜、そんな場所あるんだ。」


シエラが軽く笑う。

でも、その笑顔はどこか寂しそうだった。


遠くで、報道のカメラと野次馬の声が空に霞んでいく。


「ねぇみゆき。」


「なに?」


「……あたしね、今までは“人を助ける”って、


 強い魔物を倒したり、誰かを救えばそれでいいって思ってたんだ。」


みゆきは少しだけ目を伏せる。


「……そう」


シエラは前を向いたまま、ほんの一瞬、笑った。


「この街の人たちってさ……ほんと繊細なんだね。」


「……そうね。」


「ねぇみゆき。」


「…ん?」


「日本って――むずいね。」


その言葉に、みゆきはふっと笑った。


パトカーのサイレンが、遠くでまだ鳴っていた。



加賀美真白 連続殺人事件記録


第一事件:「ステラダイン大量殺人」


2025年5月19日19時32分、港区南雫町のファミレス「ステラダイン」にて発生。


真白は被害妄想により“自分が笑われている”と錯覚し、異能「無音領域」を発動。


無音化した空間でフォークを凶器に使用し、わずか5分で27名を殺害。


死因はいずれも喉部刺突による失血死。抵抗・悲鳴は確認されていない。


第二事件:「加賀美家惨殺」


2025年5月20日19時15分、自宅で両親を殺害。


能力発動により家屋内の空気圧が異常化し、内部構造が半壊。


事件直後、真白は姿を消す。


第三事件:「新宿第六中集団殺人」


2025年5月21日12時30分発生。


校舎全域に無音結界が展開され、生徒・教職員計725名が死亡。


対超課第七分隊が介入し、異界転移者シエラ・ヴァルキュリアによって鎮圧。


真白は同日13時20分に確保、意識混濁状態。


主犯:加賀美真白(15)

能力:無音領域サイレンス・フィールド

罪状:殺人・殺人未遂・公共施設破壊

処遇:Elysium-07(第七特別管理区画)収容。

記録は国家機密指定。



        第2章 完

ここまで読んでくれてありがとう。

真白の物語は、これでいったん幕を下ろします。


彼女がしてしまったことは消えないし、

救いきれなかった現実も残ります。

それでも、誰かが手を伸ばしたという事実だけは、

ここに残しました。


次からは少しシエラたちの日常を書いてから、3章に突入したいと思います。

引き続きよろしくお願いします

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