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「無音に哭く」

……ねぇ、静かな夜って、好き?

あたしはさ、うるさいの苦手だけど――

“静かすぎる”のも、ちょっと怖いんだよね。


音がひとつもない場所ってさ、

逆に“何か”が隠れてる気がするんだ。

聞こえないだけで、誰かの心がまだ――泣いてるとかさ。


今日はね、“静けさ”の奥で泣いてる心を、

あたしたちが触れちゃう話。


【午後9時30分 あおい宅・リビング】


 パンをくわえたまま、あおいはソファにだらりと体を預けた。


「……そろそろ夜のレイドバトルに備えて、寝る準備でもするか」


 そうぼやきながら、何の気なしにリモコンを手に取ってテレビをつける。


 ニュース番組の画面に、聞き慣れない緊迫した声が流れた。


『速報です。今夜七時三十二分ごろ、新宿ステラダイン二階の飲食店で、客二十七人が死亡する事件が発生しました。


犯人は十五歳前後の少女とみられ、現在も逃走中です。


 警察は“異能犯罪”の可能性も視野に捜査を進めており――』


 パンの袋を口で閉じながら、あおいは黙って画面を見つめる。


 しばしの沈黙。


 テレビの中で記者が


「犯行はわずか五分ほどで行われたとみられ…」


と続けているのを聞きながら、ぼそりとつぶやいた。


「……異能事件か。物騒な世の中になったもんだな」


 数秒後、なぜか真顔になって立ち上がる。


「……いや、もしかして、俺も修行したら“波動”の一つくらい出せるんじゃね?」


 両手を前に出し、意味もなく力を込める。


「ホワァ〜〜〜〜……」


 しん、とした部屋に、自分の声だけが虚しく響いた。


 数秒の沈黙。


 手を下ろしたあおいは、ゆっくりと天井を仰ぐ。


「……何やってんだ、俺」



【午前9時45分 新宿・ステラダイン前】


 昨夜の惨劇から一夜。


飲食店「ステラダイン」の前には、黄色い規制線が張られ、報道カメラのフラッシュが絶え間なく光っていた。


 朝の街並みとは不釣り合いな、重くざらついた空気が漂っている。


ここが“二十七人が死んだ現場”であるという事実だけが、通行人たちの足を止めさせていた。


「……着いたわよ」


 みゆきが車から降りると、隣で伸びをしたシエラが、ふぅ〜と息を吐いて笑った。


「ふぅ〜! やっと着いた〜!」


 あまりに場違いな声に、みゆきは思わず肩をすくめる。


 ――まったく、どこまで本気なんだか。


けれど、その軽さが少しだけ胸の奥の重さをほぐしてくれるのも事実だった。


「お疲れ様です、対策課の方ですね」


 入り口近くで待っていた異能班の隊員が敬礼し、ふとシエラに目を留める。


「えっと、その……こちらの方は?」


「あぁ、紹介が遅れたわね。今日から応援で入るシエラよ」


「どもども〜☆ シエラだよ〜! 今日からお邪魔しま〜す、よろ〜!」


「……は、はぁ……よろしくお願いします」


 隊員は少し戸惑いながらも、すぐに表情を引き締めて資料ファイルを取り出した。


「では、現時点で判明している情報を共有します」


 淡々とした口調で事件の経緯が語られる。



 第一発見者は店舗の清掃スタッフ・田辺。昨夜20時ちょうど、定期清掃のため二階へ上がった際、床一面が血に染まったフロアと複数の遺体を発見。


直ちに通報した。


 異能班が到着したのは20時15分頃。

その時点で全員がすでに死亡しており、現場は凄惨を極めていた。凶器は店内のフォーク数本。


どの遺体も心臓や喉など急所のみを正確に貫かれており、抵抗した形跡はほとんどない。


「そして――防犯カメラの解析結果では、19時37分に一人の少女が店を飛び出す姿が記録されています。


慌てた様子で走り去っており、証言や体格から15歳前後の少女とみられます。現在も逃走中です」


「……なるほど。発見まで二十数分の空白があるのね」


 みゆきは静かに息を吐いた。その手が無意識にファイルを握りしめる。


 報告書の文字を追っているだけなのに、背筋にじわりと冷たいものが這い上がってきた。


 “わずか五分で二十七人が殺された”――。



 常識が通じない現実が、言葉よりも重く心を押し潰してくる。


「はい。その間の足取りは今も不明です」


 隊員の声にも、どこか震えが混じっていた。

彼らとて現場慣れしているが、この事件は“いつもの殺人”とは次元が違うのだ。


「――わかったわ。じゃあ、現場を見せてもらえる?」


「承知しました。こちらへどうぞ」


 隊員が軽く会釈して先導する。


 シエラは肩を回して深呼吸し、「よし、やってやるぞ」という気合と、未知の現場への高揚感が入り混じった表情で、ゆっくりと店舗の中へ足を踏み入れた。


【午前9時50分 ステラダイン店内】


 自動ドアを抜けると、ひんやりとした空気が肌にまとわりついた。


 現場はすでに清掃済みのはずだが、それでも空気の奥底には、どこか“居心地の悪さ”が漂っている。


「こちらが一階フロアです」


 先導する隊員の声に従い、みゆきとシエラはゆっくりと足を踏み入れた。


 そこに広がっていたのは――事件現場とは思えないほど“普通”な光景だった。


 テーブルはきれいに整えられ、椅子も規則正しく並んでいる。


 血痕はもちろん、割れた皿の破片すら見当たらない。


 ただ、ひとつだけ

――飲みかけのグラスが一つ、テーブルの端に置かれたままになっていた。


 ストローが刺さったまま、手だけが離れたように。


「……本当に、ここで二十七人が死んだの?」


 みゆきは小さく呟く。


 あまりにも“日常”すぎて、逆に不気味だった。時間が突然、ここだけ取り残されたような違和感がある。


「思ってたより……静かなんだね」


 隣でシエラがぽつりと漏らす。


 軽口ではない。想像していた“血と叫びの現場”との落差に、思わず出た素直な言葉だった。


「こちらが二階になります。――ご注意ください」


 隊員が深く息を整え、階段へと足を向ける。


 二人もその後に続き、一段目を踏み出した


――瞬間、みゆきの呼吸がほんのわずかに遅れた。


 理由はわからない。ただ、確かに“違う”と感じた。

 空気の温度も、明るさも変わっていないのに、体が無意識に身構える。


 視線を感じるような、背中をなでるような“何か”が、空間全体に満ちている。


「……ここで、起きたのね」


 自分でも気づかないほどの小さな声が、唇からこぼれた。


 ただ階段を上がっただけなのに、世界が“別の場所”に切り替わったような感覚がある。


 シエラも、さっきまでの柔らかな表情をすっと引き締めていた。


 その瞳は真っ直ぐに前を捉え、事件の核心を見据えていた。





【午前9時58分 ステラダイン2階・現場】


 現場検証はすでに終わっていた。


 床もテーブルも清掃され、血痕一つ残っていない。だが、この空間だけは――“何か”が違っていた。


 昨日と同じように整えられた椅子。倒れていないグラス。


 それなのに、空気は重く、冷たく、まるで“時間”だけがここに取り残されているようだった。


 「……変な空気ね」


 みゆきが眉をひそめる。

現場経験は何度もある。

それでも、ここは違った。


 その中で、シエラだけがじっと一点を見つめていた。


 まるで“ここ”を通して、まだ何かが語りかけてくるのを感じているかのように。


「……シエラ? 何か、わかるの?」


 みゆきが問いかけると、シエラは静かに頷いた。


「うん。彼女の“心の声”が、まだこの場所に残ってる。……聞いてみる?」


 異能班の面々が一瞬ざわつく。誰もが興味と恐怖を入り混ぜた顔で彼女を見る。


 “心の声”――それがどんなものなのか、誰一人知らなかった。


「……聞かせて。知らなきゃ、あの子と向き合えない」


 みゆきがそう言うと、ほかの班員たちも次々と頷いた。


「……わかった。気分が悪くなったら、すぐに言ってね」


 シエラが静かに目を閉じる

――その瞬間、空気が一変した。





 ――うるさい。

 ――なんで、見るの。

 ――笑わないで。

 ――やめて、私のこと話さないで。

 ――聞こえてるんだよ、全部。


 表層の声が波のように押し寄せ、その奥から、もっと深く、暗い衝動が滲み出す。




 ――ケセ。

 ――コロセ。

 ――ナクナレ。


 誰かがその場で膝をつき、誰かは喉を押さえて吐き気を堪えた。


 みゆきの手も震え、呼吸が荒くなる。

自分の内側まで“他人の心”が流れ込んでくる――そんな錯覚だった。


「……っ、は……はぁ……こ、これが……感情……? まるで、心そのものが刃物みたいだ……」


 涙が滲み、言葉が震える。それでも、言わなければならなかった。


「……この子、魔力に“飲まれてる”」


 シエラが静かに言った。


 その言葉に、みゆきはゆっくりと頷く。


「……後天的に発現したタイプね。制御できずに感情ごと暴走するパターン、何度か見たことがある。


 理性と魔力の境目が壊れると、感情そのものが凶器になるのよ」


「……そんなの、あたしの世界じゃ考えられない」


 空気は、沈黙の底に沈み込んだ。


 “心”が人を壊す


――それは、誰もが知っているはずの現実でありながら、あまりにも恐ろしい真実だった。



        続く

……あの現場、ほんとに“音”がなかった。

 誰もいないのに、空気だけが生きてた。

 まるで“泣き声を閉じ込めた箱”みたいに、静かだった。


 “心の声”を聞いたとき、あたしの胸もざらざらした。

 怒りでも悲しみでもない、“どうしようもなさ”があった。


 ねぇ、もし世界がこんな風に静かになったら――

 人の心はどこへ行くんだろう。


 ……きっと、どこかでまだ、誰かが泣いてる。

 聞こえなくても、その“無音”の中に


もし少しでも“静けさの中の声”を感じたなら、

感想やブクマで教えて。


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