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静寂の手前で、世界は息をひそめる

やっほ〜、シエラだよ


今日はね、ちょっといつもと違う一日になるっぽい。

本当なら“お勉強タイム”でのんびり一日が終わるはずだったんだけど……まさかの初日からいきなり現場。

座学もマニュアルもナシ! ぶっつけ本番で“本物”の事件に向かうことになっちゃった


でもね、怖いとかは全然ないんだ。

むしろ、心の奥がちょっとだけざわついてる。

まだ何も見てないのに、空気だけが静かで重くて――まるで世界が何かを隠してるみたいなんだ。


……何が待ってるのか、あたしにもわからない。

けどひとつだけ確かなのは、どんな現場でも隣に立つって決めたこと。

それが、あたしの“ここ”での役目だから。


【午前9時15分 警視庁本庁・廊下】


 ――“あの映像”が、まだ頭から離れない。


 無音の空間。崩れ落ちる人々。


恐怖に見開かれた瞳が、一斉に同じ一点――あの少女だけを見ていた。


 音も悲鳴も存在しない、ただ“死”だけが支配する光景が、脳裏に焼き付いて離れない。


 防犯カメラの解析は終わった。


 しかし、出てきたのはどれも「理解不能」としか言いようのない記録ばかりだった。


 ――動作の記録なし。

 ――攻撃の形跡なし。

 ――抵抗の痕跡なし。


 音そのものが、凶器になっている。


 魔力反応は確かに出ていた。


けれど、それは爆発的な衝撃や破壊ではなく、“空間全体”に染み込むような異質な反応。


 攻撃を受けた形跡もなければ、身を守ろうとした痕跡すらない。


人間が反応するよりも早く、ただ“死”だけが結果として残っていた。


 「……この手の事件は、今まで一度もなかった」


 みゆきは眉をひそめ、歩きながら深く息を吐いた。


 異能が絡めば常識など通用しない――それは何度も現場で見てきたことだ。


だが、これはその中でも桁が違う。

 “誰かが殺した”という感覚ではない。


“なにかが殺している”――そう表現する方が、まだ現実に近い気がする。


 背筋を冷たいものが這い上がる。

 それは恐怖というより、“世界の理がほんの少しずれた”ような感覚だった。


 自分が知っている「殺人」という言葉が、今目の前の現実にはまったく当てはまらない


――そんな理解の追いつかなさが、心の奥で静かにざわめいていた。


 廊下の奥で、待ち合わせ場所であるロビーが見えてきた。


 本来なら今日は、新たな協力者を署内に案内し、座学や基礎知識の確認で一日が終わるはずだった。


 だが――そんな余裕は、もうどこにもない。





【午前9時18分 警視庁本庁・一階ロビー】


 ロビーに足を踏み入れた瞬間、胸の奥を締めつけていた重さが、ほんの少しだけほどけた。


 「おはよ〜〜! 今日からよろしく〜!」


 大きく手を振りながら、シエラが弾けるような声を上げる。


制服でもなければ、緊張感も皆無。

周囲の職員たちが一瞬だけ振り返るほど、その明るさはこの空間では異質だった。


 「……“おはようございます”の間違いじゃないの?」



 みゆきは半ば呆れながらも、口元が自然と緩むのを止められなかった。


 あの事件の映像が頭から離れず、ここ数時間ずっと張り詰めていた神経が、少しだけ解けていく。


 「ごめんね。本当は今日、署内を案内して座学を受けてもらう予定だったんだけど――」


 みゆきは腕の中の資料ファイルを抱え直し、表情を引き締めた。


 「急な事件が入ったの。今日から、いきなり“本番”よ」


 「マジ? いきなり現場デビューってやつ?」


 シエラは目を輝かせ、どこかワクワクしたような笑みを浮かべた。


 怖がるどころか、むしろ血が騒いでいる――そんな雰囲気だった。


 「本当はもう少し時間をかけて慣れてほしかったんだけどね。……大丈夫? ついて来られる?」


 「余裕〜! こういうの、燃えるじゃん?」


 その言葉に、みゆきは小さく息を吐く。


肩に乗っていた“職務の重さ”が、ほんの少しだけ軽くなった気がした。


 ――そうだ。暗い事件の中だからこそ、彼女みたいな存在が必要なのかもしれない。


 周囲では警官たちが慌ただしく行き交い、電話のベルが鳴り響いている。


 だが、その喧騒の中で、シエラの明るさだけはなぜか異質な温度を帯びていた。




【午前9時25分 超越対策課・準備室】


「じゃ、現場行く前にこれ着てもらうわね」


 みゆきが差し出したのは、濃紺のスーツと白いシャツ。


 “仮協力者”といえど、現場に出る以上は最低限の身なりが求められる。……のだが。


「うっわ〜……地味〜。テンション下がる〜」


 渡されたスーツを手に、シエラが心底不満そうな顔をする。


「贅沢言わないの。これでもちゃんとした制服なのよ」


「わかってるけどさ〜……こういうの、あたしのキャラじゃなくない?」


 ブツブツ言いながらも着替えを始めたシエラの姿に、みゆきは思わず視線を逸らせなくなった。


 シャツの袖を通すたび、雪のように白い肌がちらりと覗き、まるで触れたら壊れてしまいそうなほど繊細に光を反射する。


 ――見ちゃダメだとわかっているのに、視線は勝手に縫い付けられて離れない。


「……どしたの、顔赤いけど?」


「な、なんでもない!」


 慌ててそっぽを向いたみゆきの前で、シエラがネクタイを手に取る。が――。


「これ、どこに巻くの? 頭?」


 次の瞬間、シエラは当然のようにネクタイを額にぐるぐると巻き始めた。


「ちょっ……酔っ払いのサラリーマンか! それ首に巻くのよ!」


「え〜? なんかこっちのほうが“戦闘準備OK”って感じするんだけど〜?」


「どこの戦場よ……はい、じっとして!」


 渋々立ち止まったシエラの前に立ち、みゆきはネクタイをきゅっと結ぶ。


 至近距離で感じる体温と、ふわりと香る甘い匂いに、鼓動がひとつ跳ねた。


「……うん、悪くないじゃない」


「でしょ? けっこうイケてるっしょ?」


「……まぁ、思ったより“らしく”なったわよ」


 小さく笑って返しながら、みゆきは心の奥で静かに息をついた。


 ――この子はただの“異世界人”じゃない。あたしと同じ現場に立つ、“相棒”になるんだ。


「よし、準備完了。これから向かうのは、冗談じゃ済まない場所よ。覚悟はできてる?」


「当然。どんな現場でも、隣にいるから。」


 その言葉が、背筋の奥に火を灯した。




【午前9時32分 パトカー車内】


 サイレンを切ったパトカーが、都心のビル街を滑るように走っていく。


信号の光がフロントガラスを横切り、車体の影がビルの谷間を抜けていった。


「いや〜、前も思ったけどさ、これマジで地面飛んでるみたいじゃん! やっぱパトカーってすごいね!」


 助手席のシエラは窓の外を見つめながら、子どもみたいに目を輝かせていた。


 その様子を横目に、みゆきは小さく息を吐いた。


「……これは遊びじゃないのよ、シエラ」


「わかってるってば〜。でも、やっぱテンション上がるんだって」


 軽口を叩きながらも、シエラの瞳は無邪気な光を残したままだった。


 異世界では、戦場へ向かう馬車でさえ冗談を言い合った。


――“命のやりとり”が日常の一部だった彼女にとって、この空気の重さはまだ実感しきれていないのだろう。


「昨夜、27人が殺された。時間にして、たった五分間」


 みゆきは、視線を前に向けたまま淡々と概要を伝えた。


声の温度を抑えなければ、心の奥に沈んでいる“恐れ”が滲み出そうだった。


「27人も……」


 シエラの眉がわずかに動く。

しかしそれは“理解”ではなく、“想像が追いつかない”という表情だ。


「なんか……変な感じ。戦いで倒れるのはわかるけど、ただの人が、こんなふうに人を殺すなんて……理由が見えない」


 その呟きは、軽率ではなかった。


彼女の世界では、命を奪うには理由があった。

戦い、報復、任務――そこには“意味”があった。だが、ここではそれが通用しない。


「……それを、これから確かめに行くのよ」


 みゆきはシートの端を握る手に力がこもるのを感じた。もし判断を誤れば、また誰かが死ぬ。


 その重さだけが、静かに胸の奥で膨らんでいく。


「――もうすぐ着く。心の準備だけはしておいて」


「うん。……わかった」


 パトカーが交差点を曲がり、スピードを落とす。

 遠く、黄色い規制線が風に揺れていた。


 二人を乗せた車は、静かに“死の現場”へと近づいていく。




ーーーーーーー続くーーーーーー

ふぅ〜、初日からバタバタしっぱなしだったね

本当なら今日一日、机に座ってお勉強してるだけの予定だったのに……気づけばもう、パトカーの中で“死の現場”へ向かってるってわけ。


まだ何もわかってないし、何も起きてない。

けど、心の奥では何かが動き出してる気がするんだ――あたしの中でも、みゆきの中でも。

たぶんこれは、ただの事件じゃない。世界そのものが少しずつ、何かを変えようとしてる。


次回、あたしたちは**“無音の真相”**に踏み込むよ。

ここからが本番。……ちゃんと隣にいてね? 今度は目をそらしたら、置いてくから

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