22.星の海の歌
チームYが持ち帰った決定的証拠により、ガスクロス産業の悪事は全宇宙に明るみに出た。彼らが隠蔽していた深海の不法投棄と、惑星アクエリアの生態系に与えた壊滅的な影響は、銀河社会全体に衝撃を与えた。ガスクロス産業は、莫大な罪を背負うことになり、その悪辣な企業体質は徹底的に糾弾された。
惑星アクエリアの汚染された海は、ガスクロス産業だけでなく、不法投棄を止められなかった惑星連邦もその責任を重く受け止め、大規模な浄化プロジェクトが発足した。各地から集められた最新鋭の浄化装置と、専門家たちの手により、アクエリアの海は少しずつ、しかし確実にその輝きを取り戻し始めていた。
チームYが保護したルミナス・ホエールの幼生たちも、GRSIの専門施設で手厚いケアを受け、日に日に活力を取り戻し、元気に過ごしているという報告が届いていた。
海底に沈んだ潜水艇から救助された私兵たちも、それぞれが犯した罪を償うため、法の裁きを受けることになった。
・
数週間後。
青い空が広がる惑星アクエリアのある場所の海面に、一隻の式典用クルーズ船が静かに停泊していた。そこは、チームYのために命を落とした、あのルミナス・ホエールが眠る場所だった。
クルーズ船の甲板には、GRSIの式典用正装に身を包んだチームYの五人が、直立不動で整列していた。
カケルの表情は引き締まり、ノアは静かに前を見据え、イヴァンは腕を組みながらも、その瞳には真剣な光が宿っていた。エミリーは、感情を抑えつつも、その視線の先には深い敬意が見て取れる。そしてミリアムは、わずかに唇を震わせながら、海面に視線を落としていた。
彼らの後ろには、GRSI局長アラン・フォードをはじめとするGRSIの幹部や、惑星連邦環境保護局の代表者など、関係者たちが厳かに整列している。
張り詰めた空気の中、彼らの正面に、銀河鉄道株式会社総帥アリア・テレスが、荘厳な様子で静かに立った。彼女の存在は、その場にいる全ての者を圧倒するような威厳を放っていた。
アリア総帥は、ゆっくりと、しかしはっきりと、言葉を紡ぎ始めた。
「我々は、今日ここに、ある尊い命の犠牲を追悼するために集いました。惑星アクエリアの、名もなきルミナス・ホエール。彼らは、自らの住処を脅かす悪意から、この未来ある若者たちを守るために、命を捧げました」
彼女の言葉は、重く、深く、参加者たちの心に響き渡る。
「彼らの犠牲は、私たちに、生命の尊厳、そして私たち人間が負うべき責任の重さを、改めて教えてくれました。GRSIチームY、君たちの勇気と献身が、その尊い犠牲を決して無駄にしなかったことを、ここに証言します」
アリア総帥は、チームYに視線を向けた。
「君たちの功績は、銀河鉄道の歴史に、そして宇宙の生命の歴史に、永遠に刻まれるでしょう」
アリア総帥の言葉が終わり、カケルが号令を発した。
「敬礼!」
チームYの五人は、一糸乱れぬ動きで、ルミナス・ホエールが眠る海面に向かって、深く敬礼した。その後ろに続くアラン局長たちも、厳かに敬意を表する。
敬礼が終わると、ミリアムがそっと口ずさみ始めた。それは、彼女がルミナス・ホエールたちを鎮めた、あの優しい子守唄だった。
透明で、心に染み渡るようなその歌声は、風に乗って海面へと広がり、深く、深く、海の底へと響いていく。ミリアムの歌声には、追悼の念だけでなく、感謝と、そして「未来へ繋ぐ」という、ホエールが最期に託した願いが込められていた。
『星の海の歌』
静かに眠る 青い揺りかご
光の粒が そっと舞い降りる
遠い星から 届く子守唄
小さな命に 夢を灯して
深い海の底 響く声は
喜びとなり 悲しみも抱きしめて
巡る命の 優しい調べ
未来へ繋がる 希望の歌
闇を照らす きらめく光
あなたを守る 温かい愛
瞳閉じれば 広がる宇宙
どうか安らかに お眠りなさい
この星の海 全ての命
共鳴し合う 愛のハーモニー
巡る命の 優しい調べ
未来へ繋がる 希望の歌
ミリアムの歌声に導かれるように、海面がゆっくりとざわめき始めた。そして、まず一頭の巨大なルミナス・ホエールが、海面を突き破るようにして、その巨大な体を夜空へと躍らせた。その体からは、まるで深海の星々を集めたかのような、神秘的な青い光が放たれ、夜空を淡く染め上げる。
続いて、別のホエールが、そしてまた別のホエールが、と次々に海面から飛び出し、弧を描くように空中を舞い、優雅に水面へと帰っていく。彼らは、単独でジャンプするのではなく、まるで呼吸を合わせるかのように、波打つように連なって跳躍する。その動きは、まるで深海のバレエを見ているかのようであり、雄大で、しかし限りなく繊細だった。
彼らの体表に走る光の模様は、それぞれが異なる旋律を奏でているかのようであり、その全てがミリアムの歌声と共鳴し、夜空の下で壮大な光のシンフォニーを繰り広げた。
「ホエールたちが……!」
ミリアムの瞳からは、涙があふれ落ちた。それは、悲しみではなく、喜びと、そして深い感謝の涙だった。彼女の歌が、彼らに届いている。彼らが、生きている。
その光景を見たチームYのメンバーも、それぞれの感情を露わにしていた。
カケルは、その圧倒的な生命の躍動に、静かに目を見開いていた。彼の胸には、言葉にならない感動が込み上げていた。この海の、この惑星の生命は、まだ生きている。そして、未来へと繋がっていくのだと、改めて確信した。
イヴァンは、その巨大な生物たちの舞いに、男泣きに泣いていた。
「すげぇ……本当に、元気になったんだな……」
彼の口からは、嗚咽が漏れていた。
エミリーは、感情をほとんど表に出さない彼女にしては珍しく、その瞳を潤ませていた。彼女の口元には、かすかな、しかし確かな笑みが浮かんでいた。
「美しいわ……」
ノアは、その光景を脳裏に焼き付けるかのように見つめていた。彼の論理的な思考では説明のつかない現象。しかし、その神秘的な美しさに、彼の心は深く打たれていた。
アラン局長をはじめとする関係者たちも、この奇跡的な光景に言葉を失っていた。彼らの多くは、ルミナス・ホエールの存在すら、文献でしか知らなかったのだ。目の前で繰り広げられる生命の舞いは、彼らの固定観念を打ち破り、深い感動と畏敬の念を与えていた。
そして、荘厳なアリア総帥の表情にも、わずかな、しかし確かな変化が見て取れた。彼女の普段の冷静沈着な佇まいの中にも、微かな光が宿り、その口元には、慈愛に満ちた微笑みが浮かんでいた。彼女は、チームYと、そして海に生きる生命たちの絆が、この宇宙に新たな希望の歌を紡ぎ出したことを、深く理解していた。
ホエールたちのジャンプは、チームYのために犠牲になった仲間の魂を慰め、そして、この海に、そして宇宙に、新たな希望の歌が響き渡ることを告げていた。惑星アクエリアの海は、その生命力を取り戻し、未来へと向かう道を歩み始めたのだ。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
拙い文章でしたが、これにてGRSI小説の第2話『星の海の歌』完結です。
次回以降も執筆中です。
今後もよろしくお願いいたします。




