21.報告
アクアレル号は、静かに海面へと浮上した。
深海の重圧から解放された船体は、夜空に輝く無数の星々を映し出し、鈍く光る。惑星アクエリアの夜の帳が降り、宇宙の広がりがチームYの眼前に広がっていた。疲労困憊の彼らは、しかし、その目に確かな達成感を宿していた。自分たちの手で、そしてアクエリアの生命と共に、巨大な悪を一時的に退けることができたのだ。
「やった……!本当にやり遂げたぞ!」
イヴァンが、歓喜の声を上げた。彼の顔は、泥と汗にまみれてはいたが、その表情は晴れやかだった。
「これで、汚染は食い止められる。ホエールたちも、幼生たちも、きっと救われるわ」
ミリアムは、安堵の息を漏らした。彼女の心には、幼生たちが放つ「かすかな回復の音」が響いていた。
カケルは、海面の彼方、遠くに見える惑星アクエリアの無人駅へと視線を向けた。そこにホープウィスパー号が停まっているはずだ。
「急いでホープウィスパー号に戻るぞ。本部への連絡は、そちらの設備を使って行う。証拠を届け、ガスクロス産業に正義の鉄槌を下すんだ」
アクアレル号は、重い船体を揺らしながら、無人駅へと向かった。夜の海面を滑るように進み、やがて無人駅のドックに到着する。ホープウィスパー号のランプが、暗闇の中で彼らを待ち受けていた。
アクアレル号を係留し、チームYは、よろめく足取りでホープウィスパー号へと乗り込んだ。彼らの疲労はピークに達していたが、興奮と使命感が彼らを突き動かしていた。
ホープウィスパー号のメインコックピットに入ると、ノアはすぐさま通信システムを起動させた。
「本部へ繋ぐ!マリンスワローからの連絡が途絶えた件、緊急事態発生の報告、そしてガスクロス産業の不正に関する証拠データを送信!」
数秒の沈黙の後、GRSI局長アラン・フォードの声が響いてきた。
「チームYか!無事だったか!マリンスワローからの通信が途絶えた時、最悪の事態も覚悟したぞ!」
アラン局長の声には、安堵と、かすかな怒りが混じっていた。
「局長、ご心配をおかけしました。我々は無事です。そして、任務は達成しました」
カケルは、簡潔に報告した。
「任務達成だと?しかし、ガスクロス産業から、惑星連邦経由で越権捜査に関するクレームが届いているぞ。彼らは、君たちが不法侵入と器物損壊を行ったと主張している!」
アラン局長の声が厳しくなる。
イヴァンが思わず声を荒らげた。
「ふざけんな!あいつらがどんな悪事を働いてたか、見てみろってんだ!」
「落ち着け、イヴァン」
カケルは制止し、状況を説明した。
「局長、ガスクロス産業は惑星アクエリアの深海に大規模な不法投棄施設を複数隠蔽し、極めて有害な汚染物質を投棄していました。ルミナス・ホエールを含む、アクエリアの生態系に壊滅的な影響を与えています」
ノアがすかさず補足した。
「そして、我々が接触した際、ガスクロス産業の私兵が武装した潜水艇で襲撃してきました。我々は正当防衛で応戦しましたが、私兵たちはルミナス・ホエールを巻き添えにする攻撃も辞さず、その結果、ホエールの一頭が我々を守るために命を落としました。ダウンロードしたデータに全ての証拠が含まれています。彼らは、ルミナス・ホエールの幼生を捕獲し、実験に利用していました」
アラン局長は、しばらく沈黙した後、深い息を吐いた。
「……そこまでとはな。理解した。クレームの件は問題ない。君たちからの連絡が途絶えた後、人命救助を名目に、既にGRSIの応援部隊がアクエリアに向かっている。間もなく到着するだろう」
その言葉に、チームYの間に、ようやく本当の安堵が訪れた。応援が来る。これで、幼生たちも救われる。ガスクロス産業の悪事も、完全に暴かれる。
「本当に……助かった……」
ミリアムは、幼生たちの「かすかな生命の音」に、より鮮明な「希望の音」が重なるのを感じた。
カケルは、安堵の表情で仲間の顔を見回した。ノアは、安堵からか、コンソールに額を押し付けていた。エミリーの顔にも、わずかな笑みが浮かび、イヴァンは、大きく伸びをして歓声を上げた。
「これで、事件は解決ね」
エミリーが静かに言った。
「ああ、解決だ」
カケルも頷いた。
彼らは、想像を絶する困難と、命の危機を乗り越え、ついにこの事件を解決へと導いたのだ。アクエリアの海に平和が戻り、ルミナス・ホエールたちが再び光を放つ日が来るだろう。チームYは、深海の悪意に打ち勝ち、生命の尊厳を守り抜いた。




