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ブリーフィング

 ミリアムが熱帯魚に優しく語りかけていたちょうどその頃、GRSI本部の最上階、局長室ではアラン・フォードが難しい顔でホログラムディスプレイを眺めていた。


 ディスプレイには、銀河辺境に位置する、ほとんどが青い海に覆われた惑星、アクエリアの衛星画像が映し出されている。その僅かな陸地には、銀河鉄道の古い無人駅が寂しく佇んでいた。


「アクエリアか……昔は観光客もいたんだが、もうずいぶん廃れたもんだ」


 アランは呟いた。

 彼の隣に立つオペレーターが報告する。


「局長、惑星アクエリアの海洋生態系に関する緊急報告です。固有種である『ルミナス・ホエール』の個体数が激減しており、このままでは絶滅の危機に瀕するとのこと。同時に、広範囲にわたる海洋汚染が確認されました。原因は不明ですが、異常な化学物質の反応が見られます」


 アランの眉間に深い皺が刻まれる。


「ルミナス・ホエール……光を放つあの美しい生物か。まさか、絶滅寸前とは。汚染の原因は?」


「現在調査中ですが、自然発生的なものではなく、外部からの人為的な要因が濃厚です。特に、大規模な廃棄物投棄の痕跡が検出され、悪質な業者による不法投棄が強く疑われています」


 オペレーターは慎重に言葉を選んだ。


「不法投棄……!まさか、こんな辺境の美しい星まで、人間たちの身勝手な欲望が届いているとはな」


 アランの声に怒りがにじむ。GRSIの任務は、銀河の安全保障と秩序維持だ。自然環境の保護は直接の管轄ではないが、人為的な汚染が絡むとなれば話は別だ。


「チームYを派遣しろ。汚染の原因を特定し、可能であれば汚染拡大を阻止。そして、ルミナス・ホエールの保護が最優先だ。必要ならば、地元の環境保護団体とも連携を図れ」


 アランは、迷いなく指示を出した。


 執務室に戻ったカケルは、チームメンバーにアクエリアへの任務を伝えるため、中央のテーブルに皆を招集した。モニターには、先ほどアラン局長が見ていたアクエリアの衛星画像と、弱々しく光るルミナス・ホエールの映像が映し出される。


「さて、みんな。次の任務だが、惑星アクエリアへ向かう」


 カケルは、簡潔に切り出した。


「主な任務は、海洋汚染の原因特定と、絶滅の危機にある固有種『ルミナス・ホエール』の保護だ」


 映像が切り替わり、苦しそうに体をよじるルミナス・ホエールの姿が映し出された。その体から放たれるはずの神秘的な光は、汚染された海の中で、まるで命の灯が消えかかっているかのように弱々しい。


「うわぁ……かわいそう」


 ミリアムは思わず声を上げた。彼女の表情は、一瞬で深刻なものに変わっていた。画面の中のホエールの弱々しい光と、それが発しているかのような「悲しい音」が、彼女の心に直接響いてくるようだった。


 イヴァンが腕を組む。


「ホエールねぇ。デカい魚ってことか?俺らの専門外じゃねえのか?」


「生物保護が直接の専門ではないが、今回の汚染は人為的な可能性が高い。そして、環境破壊は銀河の秩序を乱す行為だ」


 エミリーが冷静に説明した。


「特に、ルミナス・ホエールは非常に珍しい生態を持つ生物で、このアクエリアの海が彼らにとって唯一無二の生息地なのよ。ここを失えば、彼らは絶滅してしまう」


 ノアがモニターのデータを指し示す。


「すでに予備調査は行われているが、アクエリアの海は非常に珍しい環境のため、ごくわずかな汚染物質でも生態系に甚大な被害をもたらすことが判明している。そして、汚染源の候補として、大規模な不法投棄が挙げられている。特に、『ガスクロス産業』という大手廃棄物処理業者の名前が浮上している。彼らは過去にも、環境規制を無視したグレーな事業が噂されていた」


 カケルは真剣な表情で全員を見回した。


「つまり、今回の任務は、環境犯罪の捜査と、希少生物の保護という、二つの側面を持つ。特に後者は、時間との戦いになる」


 ミリアムは、沈黙したままモニターのルミナス・ホエールを見つめていた。その瞳には、深い悲しみと、彼らを救いたいという強い願いが宿っていた。


 彼女には、モニター越しでもホエールたちの苦しみが「音」として伝わってくるかのようだった。それは、これまで動物たちから聞いてきた「音」とは比べ物にならないほど、深く、そして痛みを伴う「音」だった。彼女の胸の奥で、その「音」が共鳴し、締め付けられるような感覚に襲われる。


 カケルは、そんなミリアムの様子に気づき、少し心配そうに彼女を見た。


「ミリアム、大丈夫か?」


 ミリアムはハッと我に返り、小さく頷いた。


「うん、大丈夫……でも、なんだか、すごく、悲しい音がするの……ホエールたちから」


 イヴァンが呆れたように言う。


「だから、ミリアム、魚が……いや、クジラか?クジラが悲しい音を出すわけねえだろ。生物学者じゃあるまいし、そんな感傷に浸ってる場合かよ」


「イヴァンの言う通りだ、ミリアム。気持ちは分かるが、今回の任務は感情に流されていいものじゃない。冷静な判断が求められる」


 カケルはそう言いながらも、ミリアムの言葉の裏に、何か得体の知れない「感覚」があることを薄々感じていた。ミリアムの言葉が、単なる「動物好き」という範疇を超えていることは、長年の付き合いで理解している。しかし、それが具体的な能力として認識されることは、まだなかった。


 ミリアムは、カケルの言葉に少しうつむいた。


「そうだよね。聞こえる“気がする”だけだよね。動物と会話なんかできないんだし…」


 カケルは胸を締め付けられる思いがした。ミリアムは嘘を言うような人間では無い事を重々承知していた。だが、リーダーとして、冷徹な事を言うべき時もある。その狭間で、彼は苦しんでいた。

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