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GRSI-02 星の海の歌  作者: やた


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15.脱出

 ホエールたちによって曳航されたアクアレル号は、マリンスワローのすぐ隣、海底の泥の中に静かに着底した。私兵たちのソナーが捉えられないほどの巧妙な連携は、奇跡としか言いようがなかった。しかし、安堵する暇はない。私兵たちは、アクアレル号が動いていることに気づいていないものの、依然として周囲を警戒している。


「ノア、アクアレル号への乗り込み準備は?」


 カケルが声をひそめて尋ねた。


 ノアは、マリンスワローのコンソールで残りのエネルギーをアクアレル号へのハッチ接続に集中させていた。


「急いでいるが、マリンスワローのハッチとの物理的な接続が必要だ。生命維持を優先しているので時間がかかる」


「どのくらいだ?」


 イヴァンが焦れたように言った。


「最短で10分。最大限の注意を払って作業する」


 ノアは、額の汗を拭いながら答えた。


「10分……か」


 カケルは、私兵たちの潜水艇から発せられる「監視の音」に、ミリアムが集中しているのを感じていた。


 ミリアムは、窓の外に目を凝らし、耳を澄ませていた。私兵たちの潜水艇は、相変わらずマリンスワローの周囲を巡回し、海底の掘削作業も続けている。しかし、彼女には、彼らがまだアクアレル号の存在に気づいていないことが、彼らが発する「音」から明確に分かった。それは、勝利を確信した者の「油断の音」だった。


「私兵たちは、まだアクアレル号に気づいてない。でも、どんどん、私たちがいるところに近づいてる『音』がする……」


 ミリアムは、必死に情報を伝えようとした。


「もう少しで、見つかっちゃう……」


「ノア、急げ!」


 カケルの声に、焦りがにじむ。


 エミリーは、マリンスワローの残存兵器システムを起動させていた。水中銃のエネルギー残量は僅かだが、時間を稼ぐには十分かもしれない。


「私が、彼らの注意を引くわ。無駄弾は撃たない。ノアが接続を完了するまで、彼らをこちらに引きつける」


「無茶だ、エミリー!一人で撃墜できる相手じゃない!」


 イヴァンが反対した。


「撃墜するんじゃない。撹乱するのよ」


 エミリーの瞳は、一点の曇りもなく、冷徹なプロの目だった。


「時間稼ぎは得意よ」


 カケルは、エミリーの決意を察し、苦渋の決断を下した。


「わかった。無理はするな。何よりも、生き残ることが優先だ」


 その時、ミリアムがカケルの腕を掴んだ。


「待って、カケル!私に、もう少しだけ、時間を稼がせて……!」


「ミリアム?どうするつもりだ?」


 カケルが驚いてミリアムを見た。


 ミリアムは、深呼吸し、再び「歌」を歌い始めた。今度の歌は、先ほどホエールたちを鎮めた優しい歌とは異なっていた。それは、海流と、海底の泥、そして私兵たちの潜水艇が発する「音」と共鳴し、奇妙な「幻惑の歌」へと変化していった。


 彼女の歌声が、マリンスワローの外部スピーカーから深海へと放たれる。その歌声は、私兵たちのソナーに不規則なノイズを発生させ、彼らの計器を混乱させた。さらに、彼女の「歌」は、海底の泥を微細に振動させ、遠くの私兵たちのソナーに、あたかも別の巨大な生物が動いているかのような偽の反応を送り込んだのだ。


『何だ!?ソナーに異常反応!海底に巨大な生物影が出現!』


 私兵たちの潜水艇から、混乱した声が聞こえてくる。ミリアムには、彼らの「焦りの音」が鮮明に聞こえた。


「すごい……ミリアムの歌が、私兵たちのソナーを欺いている!」


 ノアが感嘆の声を上げた。彼のモニターには、私兵たちが偽の反応に気を取られ、マリンスワローから遠ざかっていく様子が映し出されていた。


「これなら、少しは時間が稼げる……!」


 イヴァンも、ミリアムの能力に目を見張った。


 ミリアムは、歌い続けながら、私兵たちの動きを牽制し続けた。彼女の「幻惑の歌」は、彼らの感覚を狂わせ、疑心暗鬼に陥らせる。


 ノアは、その間に必死でハッチの接続作業を続行した。汗だくになりながらも、彼の指は正確に、そして高速でコンソールを叩き続ける。イヴァンは、周囲を警戒しながら、ノアの作業を補助した。エミリーは、水中銃を構えたまま、いつでも発砲できる態勢で、私兵たちの動向を監視していた。


 そして、刻一刻と時間が過ぎる。ミリアムの「歌」は、彼女の精神を激しく消耗させていた。ホエールの犠牲によって覚醒した能力は、まだ彼女の身体に馴染んでいない。


「もう少し……もう少しで接続が完了する!」


 ノアの叫び声が響いた。


 その瞬間、鈍い衝突音がマリンスワローの船体を揺らした。私兵の一隻が、偽のソナー反応に気を取られながらも、偶然にもマリンスワローに接近しすぎて、船体に接触したのだ。


「くそっ、バレたか!」


 カケルの声が響く。


 私兵たちの潜水艇から、激しい「警戒の音」が発せられる。彼らは、ついにマリンスワローの存在に気づいたのだ。複数のレーザーがマリンスワローに向けられ、次の攻撃が迫る。


「ノア、接続は!?」


 カケルが叫んだ。


「完了した!ハッチ、開く!」


 ノアの声と同時に、マリンスワローとアクアレル号を繋ぐハッチが開き始めた。


「全員、アクアレル号へ移動だ!急げ!」


 カケルは、チームメンバーに指示を飛ばした。


 イヴァンとエミリーが、素早くアクアレル号へと滑り込む。ミリアムは、最後まで私兵たちの動きを警戒し、カケルと共にマリンスワローのハッチを抜けた。彼らが脱出した直後、マリンスワローの船体は、私兵たちのレーザー攻撃によって無残に貫かれた。


 チームYは、間一髪で窮地を脱した。しかし、彼らは今、海底に沈む旧型潜水艇の中にいる。修理はまだ完全ではない。そして、ガスクロス産業の私兵たちは、彼らを抹殺するため、すぐそこまで迫っていた。この海底の沈黙した要塞が、彼らの新たな拠点となるだろう。

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