表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/22

海底で聞こえた音

 マリンスワローは、深い海底の泥の中に、不時着していた。船体からは、きしみと水漏れの音が絶えず響き、内部の計器はほとんど沈黙している。緊急用の予備電源が、かろうじて最低限の生命維持装置と通信システムを動かしていた。


 ミリアムは、窓に手を置いたまま、光を失ったホエールの姿を見つめていた。その瞳には、もはや悲しみだけではなく、深い決意の光が宿っていた。彼女の能力は、ホエールの最期の「希望の音」によって、新たな段階へと進化していた。


「私たち、ホエールたちの分も、絶対に諦めない……!」


 ミリアムは、震える声で、しかし強い意志を込めて言った。


 カケルは、ミリアムの言葉と、その変化に驚きつつも、静かに頷いた。


「ああ。その通りだ。まだ終わっていない」


 彼は、自身の思考を切り替え、冷静に現状を分析し始めた。


「ノア、通信は回復したか?」


 カケルが尋ねた。


 ノアは、必死にコンソールを操作していたが、首を横に振った。


「だめだ、カケル。私兵たちの妨害電波が強すぎる。この深度では、外部との通信は完全にブロックされている。本部への連絡も、ホープウィスパー号との連携も、今は不可能だ」


「くそっ、孤立無援ってわけか」


 イヴァンが、荒々しい声で呟いた。彼の顔には、疲労と、そして怒りが入り混じっていた。


 エミリーは、静かに潜水艇の外部環境モニターをチェックしていた。


「私兵たちの艇は、まだ周囲にいるわ。私たちの動きを監視している。このままでは、脱出も難しい」


 その言葉に、ミリアムの顔色が変わった。彼女の耳には、私兵たちの艇から発せられる「監視の音」が、より鮮明に聞こえていた。それは、獲物を追い詰める捕食者のような、冷酷で執拗な「音」だった。そして、その「監視の音」の奥から、別の「音」が聞こえてきた。


「何か……私兵たちの艇から、変な音がする……」


 ミリアムは、眉をひそめた。


「なんか、地面を掘るような……ガリガリ、って……」


 カケルは、ミリアムの言葉にすぐさま反応した。


「掘る音だと?何をしているんだ?」


 ノアは、ミリアムの言葉を手がかりに、ソナーを広範囲に展開した。そして、彼のモニターに、驚くべき光景が映し出された。私兵たちの高速艇が、不法投棄施設とは別の地点で、海底に向かって何らかの作業を行っているのだ。その場所からは、ミリアムが感知した「掘削音」と、より大規模な「悪い音」が発せられていた。


「これは……私兵たちが、別の場所で、海底を掘削している!そして、その先には……!」


 ノアの声が、興奮と困惑に染まる。


「新たな大規模廃棄物投棄場の痕跡が!しかも、ここから放出されているのは、先の『ポリ・炭素酸トリウム』とは異なる、さらに強力な汚染物質だ!」


 カケルは、その情報に絶句した。


「二箇所目だと!?しかも、さらに危険な物質を投棄しているというのか!?」


 ミリアムの耳には、その新たな廃棄物投棄場から放たれる「音」が、まるで生き物のように蠢く、おぞましい「腐敗の音」として聞こえていた。それは、海そのものを死滅させようとする、悪意に満ちた「音」だった。


「だめ……!あの『悪い音』を止めなきゃ……!このままだと、この海が全部……死んじゃう!」


 ミリアムは、顔を歪めて叫んだ。彼女の「空間認識能力」は、その「音」から、アクエリアの海洋生態系が、秒単位で崩壊していく様を鮮明に感じ取っていた。


 イヴァンは、怒りに燃える目をノアのモニターに向けた。


「まさか、隠し場所を複数用意してやがったのか!とことん悪質だぜ!」


 エミリーは、冷静に状況を判断した。


「私兵たちは、私たちを始末した後、この新しい投棄場で証拠隠滅を行うつもりだったのでしょう。私たちが見つけた最初の施設は、 デコイだったのかもしれないわ」


「つまり、私兵たちは、俺たちを完全に沈黙させ、この新たな投棄場での作業を完遂するつもりだったということか……!」


 カケルの目に、強い怒りが宿った。


「許さない……絶対に許さないぞ、ガスクロス産業……!」


 彼らは、絶望の淵から、わずかな希望を見出したばかりだった。しかし、その希望を打ち砕くかのように、さらなる悪意が彼らの前に立ちはだかったのだ。


 ルミナス・ホエールの犠牲は、決して無駄にしてはならない。ミリアムの覚醒した能力は、彼らに新たな敵の存在、そしてより深刻な状況を突きつけた。


「カケル、どうする!このままじゃ、本当に全てが終わる!」


 ノアの声が、切迫する。


 マリンスワローは動かない。外部との通信も途絶えている。私兵たちはすぐそこにいる。そして、新たな汚染源が、アクエリアの美しい海を、刻一刻と死へと追いやっていた。彼らは、絶体絶命の窮地に立たされていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ