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GRSI-02 星の海の歌  作者: やた


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12/22

12.沈みゆく海で

 マリンスワローは、深海の底へと、ゆっくりと、しかし確実に沈んでいった。


 船内には浸水が続き、計器は沈黙し、緊急アラートの音さえも途絶えていた。残されたのは、不気味なほどの静けさと、かすかな水の音だけだ。外部ライトが作り出す円形の光の中に、先ほどまで彼らを守ってくれたルミナス・ホエールの、もはや光を失った巨大な影が、虚ろに漂っているのが見えた。


 ミリアムは、そのホエールの死体を呆然と見つめていた。


 その「命の灯が消える音」は、彼女の心に深く刻み込まれ、もはや耳鳴りのように響き続けていた。身体的な痛みは薄れ、代わりに、全身を蝕むような深い絶望感が彼女を襲っていた。


「どうして……どうして、私にしか聞こえないの……?」


 ミリアムは、震える声で呟いた。彼女の瞳からは、もう涙は枯れ果てていた。


「どうして……私には、彼らを救う力が、なかったんだろう……」


 せっかく覚醒した、万物の「音」を聞き取る能力。しかし、その力は、目の前で大切な命が失われていくのを、ただ鮮明に「聞く」ことしかできない、無力なものだった。


 彼女は、ホエールの「ありがとう」という最期の「音」を確かに聞いた。その感謝の「音」が、かえってミリアムの心を締め付けた。


 自分を犠牲にしてまで守ってくれた命を、自分は救えなかった。その事実に、彼女の魂は深く傷つけられていた。


「ミリアム……」


 カケルが、ミリアムのそばに歩み寄った。彼の顔も、絶望と疲労に満ちていた。


 しかし、ミリアムはカケルの声に反応しなかった。彼女の意識は、深海の闇と同じくらい深い、自己嫌悪と無力感の淵に沈んでいた。


「私の……私のせいで……」


 ミリアムの声は、か細く、自己を責める響きを帯びていた。


「私が、もっと早くこの『音』を止められたら……私が、もっと強い『歌』を歌えたら……」


 イヴァンは、その場で膝をつき、大きく息を吐き出した。彼の屈強な肉体も、この精神的な重圧には耐えきれないようだった。


「くそっ……俺たちは、何もできなかった……」


 エミリーは、静かにホエールの死体を見つめていた。彼女の心にも、深い悲しみが広がっている。彼女は、ミリアムの肩にそっと手を置いた。


「ミリアム、あなたのせいじゃない。私たちは最善を尽くしたわ。敵が、あまりにも卑劣だっただけよ」


 ノアは、沈黙したままコンソールを調べていたが、その表情は暗かった。彼の論理的な思考も、この理不尽な状況の前には無力だった。


 ミリアムの耳には、まだホエールたちの「悲鳴」が残響のように聞こえていた。そして、その中に、なぜか、もう一つの「音」が混じり合っていることに気づいた。それは、死にゆくホエールが、最期の力を振り絞って発した、かすかな、しかし確かな「希望の音」だった。


「未来へ……繋いで……」


 ミリアムは、その「音」を聞き取り、ハッと顔を上げた。それは、はっきりと、ミリアムの心に届いた。ホエールが、自身の命と引き換えに、チームYに託した「音」だった。自分たちの命が尽きようとも、この海の未来を、自分たちの種族の未来を、決して諦めないでほしいという、切なる願い。


 その「音」は、ミリアムの深く傷ついた魂に、一筋の光を差し込んだ。彼女の能力は、単に苦しみを感知するだけのものではない。生命の奥底に秘められた、希望や感謝、そして未来へと繋がる「意志」までもを、聴き取ることができるのだ。


 ミリアムは、ゆっくりと立ち上がった。体は鉛のように重く、心は痛みに満ちていたが、ホエールが託した「希望の音」が、彼女の内に新しい力を呼び起こそうとしていた。


 彼女は、光を失ったホエールの死体が漂う姿が見える潜水艇の窓に、そっと手を伸ばした。


 冷たい強化ガラスの感触が指先に伝わる。


 直接触れてはいないが、まるでホエールの冷たくなった肌を撫でているかのような錯覚に陥る。

 その瞬間、ミリアムの心に、ホエールのこれまでの生きてきた「音」、このアクエリアの海で育んできた「歌」が、一瞬にして流れ込んできた。それは、喜び、悲しみ、そしてこの星の海を愛する「音」だった。そして、その全てが、未来への「希望の歌」へと収束していくのを感じた。


「そうか……これは、終わりじゃない……」


 ミリアムは、掠れた声で呟いた。彼女の瞳の奥に、再び決意の光が宿り始めた。


 ホエールは、自分たちを守るために命を落としたのではない。未来へと「音」を繋ぐために、自分たちの「歌」をミリアムに託したのだ。この海の生命の「歌」を、ミリアムが受け継ぎ、未来へと繋がなければならない。


 彼女の能力は、苦しみを「聞く」だけではない。その苦しみを「癒やし」、そして「希望」を紡ぎ出す力なのだ。

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