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GRSI-02 星の海の歌  作者: やた


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11/22

11.猛攻撃の末に

 ガスクロス産業の私兵が操る高速艇は、まるで深海の狼のようにマリンスワローを包囲し、無慈悲な攻撃を続けていた。ミサイルやレーザーが潜水艇のシールドを叩き、船体から嫌な軋み音が響く。警告灯の赤色が船内を不気味に照らし、アラート音がけたたましく鳴り響いていた。


「シールド出力、残り20パーセント!このままじゃ持たない!」


 ノアの叫び声が響く。


「くそっ、やりやがったな、てめえら!」


 イヴァンは怒りに顔を歪め、船内の武器庫から水中ライフルを取り出そうとした。


「待って、イヴァン!」


 ミリアムが、か細い声で制止した。彼女の顔は蒼白で、意識はもうろうとしていた。


「だめ……ホエールたちが、近くにいる……流れ弾が当たっちゃう……」


 その言葉に、イヴァンはハッと動きを止めた。ミリアムの言う通りだった。狂暴化したルミナス・ホエールたちは、私兵たちの攻撃と汚染の影響で錯乱状態にあり、マリンスワローの周囲を予測不能な動きで泳ぎ回っている。


 正当防衛とはいえ、彼らが本気で応戦すれば、流れ弾がホエールたちに当たってしまう危険性が高かった。GRSIの任務は、あくまでホエールたちの保護が最優先だ。


 カケルも、そのジレンマに苦しんでいた。


「奴らはそれを分かってやっているんだ。俺たちに本気を出させないように……!」


 彼は、歯噛みした。


「エミリー、目標を絞って、推進器だけを狙え!船体への直撃は避けて、機動力を奪うんだ!」


 カケルは、エミリーに指示を出した。


 エミリーは、精密な射撃で私兵の高速艇の推進器を狙う。数発の正確な射撃で、一隻の高速艇が動きを鈍らせた。しかし、それは一時しのぎに過ぎなかった。敵は数に勝り、次々と新たな攻撃を仕掛けてくる。


「もう一隻、推進器に損傷を与えたわ!でも、残りの艇が回り込んできた!」


 エミリーの声が、焦りを帯びる。


 ミリアムの耳には、ホエールたちの「苦痛の音」と、私兵たちの「嘲りの音」が混じり合って聞こえていた。彼らは、ホエールたちが苦しむ姿を、まるで楽しんでいるかのようだった。その冷酷な「音」が、ミリアムの心を深くえぐり、彼女の覚醒したばかりの能力は、彼女自身を最も脆弱な状態に追い詰めていた。


「だめ……ホエールたちが……」


 ミリアムは、必死に歌を紡ごうとするが、私兵たちの攻撃による衝撃波が、彼女の集中を妨げ、歌声を乱す。彼女の癒やしの歌は、もはやホエールたちには届いていなかった。


 突如、マリンスワローのシールドが悲鳴のような音を立てて砕け散った。私兵たちの強力なレーザーが直撃したのだ。船体が激しく揺れ、火花が散る。


「シールド、ブレイク!船体各所に亀裂発生!浸水開始!」


 ノアの絶望的な叫び声が、船内に響き渡った。


 マリンスワローは、制御不能になり、深海へとゆっくりと沈み始める。私兵の高速艇は、とどめを刺すかのように、マリンスワローに追い打ちの攻撃を仕掛けてきた。その狙いは、マリンスワローのコックピットを貫き、チームYを確実に仕留めることだった。


「レーザー接近!!」


 ノアが絶望的な悲鳴をあげた。他のメンバーも全てを覚悟した。


 その時だった。


 マリンスワローの目前に、一頭のルミナス・ホエールが割って入った。


 そのホエールは、これまでミリアムの歌によって鎮められ、穏やかに泳いでいたはずの個体だった。


 その体から放たれる光は、再び輝きを増していた。だが、それは苦痛の光ではなく、マリンスワロー、そしてチームYを守ろうとする、決意の光だった。


ドォン!!


 マリンスワローは大きく揺れた。私兵の放ったレーザーは、目の前に入ったホエールの巨大な体に直撃していた。


「あ…!!」


 ミリアムは、声にならない悲鳴を上げた。ホエールの体から、光が急速に失われていくのが見えた。

その光が消えていく「音」は、まるで美しいガラス細工が砕け散るかのような、脆く、そして悲しい「音」だった。しかし、その悲しみの「音」の奥底には、ミリアムの心に直接語りかけるかのような、温かく、力強い「音」が響き渡った。


「ありがとう……」


 それは、はっきりと、ミリアムの心に届いた。ホエールが、チームYを、そして自分を救うために、身を挺してくれたのだと理解した。


 ホエールの巨大な体が、ゆっくりと、しかし確実に光を失いながら、深海の闇へと沈んでいく。


 その光景と「音」は、ミリアムの心を深く、深く、えぐり取った。彼女の目からは、もう涙さえも流れ落ちなかった。ただ、深い絶望と、何も救えなかった無力感が、彼女の全身を支配した。


 その瞬間、チームYの他のメンバーも、ホエールの「気持ち」を感じ取っていた。


 カケルは、沈んでいくホエールを呆然と見つめていた。言葉にならない感情が胸を締め付ける。


「そんな……なぜ……」


 彼の脳裏には、ホエールの「決意」と、チームを守ろうとする「意志」が、明確なイメージとして焼き付いていた。


 イヴァンは、目に涙を浮かべ、拳を固く握りしめた。


「くそっ……!俺たちを……守ってくれたのか……」


 彼には、ホエールの「勇気」が、皮膚の感覚として伝わってきたかのようだった。


 エミリーは、静かにホエールが沈んでいくのを見守っていた。彼女の表情は、感情を抑えていたが、その瞳の奥には、深い悲しみが宿っていた。


「あの子は、私たちに、希望を託してくれたのね……」


 彼女には、ホエールの「犠牲」が、言葉を超えた「メッセージ」として心に響いた。


 ノアは、モニターに映るホエールの消えゆく光の反応を見つめながら、静かに、しかし力強く呟いた。


「あのホエールは……僕たちに、未来を託したんだ……」


 彼には、ホエールの「意志」が、データという枠を超えて、確かな「情報」として伝わってきたかのようだった。


 彼らは、ミリアムのように「音」として理解することはできない。しかし、ホエールが自分たちを守るために命を捧げたこと、そしてその最期の瞬間に、言葉にはならない「感謝」と「希望」を託したことを、全員が深く理解したのだ。


 全てが、失われた。


 守るべきホエールの一頭は、目の前で命を終えた。


 マリンスワローは、深い、深い、未知の領域へと沈み始めた。


 ホエールたちの「悲鳴」も、私兵たちの「嘲り」も、そして自分自身の「無力さ」も、全ての「音」が、ミリアムの心を深く、深く、暗闇へと引きずり込んでいくようだった。


 彼女は、せっかく覚醒したばかりの自分の能力が、まるで何の役にも立たなかったかのように感じた。ホエールを救うどころか、目の前で命が失われていくのを、ただ聞いていることしかできなかったのだ。


 そして、その犠牲が、自分たちを守るためだったという事実が、ミリアムの心を、これまでにないほど深く打ちのめした。

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