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学オケ

49.きっと会える ~その日まで~ (ゴンチチ) ー小島葵目線ー (学生オーケストラ団員の箱詰めをどうぞ ~大学オーケストラ団員の恋愛事情~)

作者: 西坂 海

 週一回の朝礼が終わり、社員がぞろぞろと持ち場へ戻って行く。

「おはよー」

「おはようございます」

 挨拶してくる若手社員に愛想よく挨拶をしているのは、受付の小島葵(こじまあおい)だ。

 きちっと身なりを整えて姿勢の良い彼女は、男性社員から人気がある。

 今年の春からこの会社の受付嬢として働いている。


 秋良も持ち場へと向かう。

「おはようございます」

 葵は秋良に挨拶をした。

「あ、おはようございます」

 秋良は表情を変えることもなく儀礼的に挨拶交わして立ち去った。

 見送る葵はじっと秋良の背中を見詰めている。

(不愛想な人)

 葵の秋良への評価はこんなものだった。

(ま、そのうちみんなのように『おはよー』って愛想よく言ってくる様になるわ)

 が、いつまで経っても全く変化がない。

(どういうこと? みんな私を見るとデレっとなるのに)

 葵の方が秋良が気になり始めた。

 情報収集もしてみた。

 分かったのは名前が「椎木秋良」と言う事くらいだった。


 夏の暑さが過ぎたそんなある日、同い年という事で新入社員のBBQに誘われた。

 会社の寮に住んでいる新入社員で集まるらしく、参加者を聞くと秋良が含まれていた。

 同い年だったんだ。

 胸がときめいた。

(いやいや、私が何で……)

 ただ、(何れにしても、私の株を上げるチャンスね)という事に気が付いて参加する事にした。

 両親がキャンプ好きなので、BBQはお手の物、というか、もういいというくらいやって来た。

 私がアウトドアも対応可能というプラス評価が付くことだろう。


 当日の朝、待ち合わせ場所にやって来たいBBQ様にちょっとボーイッシュな葵の服装を見て、男性陣は顔がデレっとなっていた。

(そうそう、正しい反応ですよ)

「どうかしました?」

 葵はちょっとあざとく上目遣いに言った。

「い、いや。なんでもないです」

 秋良以外はみんな顔を赤くして目をそらしている。

(くそ、一発どうしても当たらない)


 幹事にはさりげなく買い物リストを渡しておいた。

「さすが小島さん、気が利くねー」

「いえいえ、女性目線も必要かなーと思っただけですよー」

「ありがとう。助かる」

 5人の参加者たちはスーパーに立ち寄り、買い物を済ませた。

「小島さんのメモのおかげで買い忘れがなくなったみたいだ。俺たち器や箸を買わずにどうやって食べるつもりだったんだろうな」

 メモはなかなかに好評な様だ。


 買い物を済ませて現地入りするとさっそく準備に取り掛かる。

 まずはグリルに炭を入れて火起こしが始まったが、煙ばかりで火が付く気配が無い。

(見ていられないわね)

「ちょっといいですか。私やってみますね」

 葵は笑顔を振りまきながら苦戦している社員からバーナーを受け取った。

 まずは炭を山の形に並べ直して、それからバーナーであぶり始めた。


 しばらくすると、炭に火が付いた。

「小島さん手際がいいね」

 男性陣は内輪で火を育てている葵に感心している。

「小さい頃から家族でキャンプしてたから」

「アウトドア派なんだ。カッコイー」

(そうそう、私を褒めてくださいね)


 隣のテーブルでは秋良が野菜を切っている。

(あら、意外と上手に切るのね)

 秋良はやがて野菜を全部切り終えて皿に盛ってグリルのテーブル方に置いた。

 葵はちらりと盛られた野菜に視線を飛ばした。

(意外。盛り方もきれい)


「火も落ち着いて来たから、そろそろ焼きますよー」

「おー」

 わらわらと男たちが集まってくる。

 肉の焼けるいい匂いが立ち込め始め、食欲を刺激された男たちの胃袋に次々に収まって行く。

「野菜も食べて下さいねー」

「はーい」

(うふふ。みんないい子。あーたのしー)


 やがて食べ終わり、河原で遊びが始まった。

 葵も誘われたので一緒に遊んでいたが、秋良が居ないことに気が付いて見回すと、片付けをしていた。

 テキパキとテーブルの上の紙皿をまとめて、グリルも洗い終わっている。

(この人、きっと恋人がいるわ。でも、何かありそうでもあるわね)

 葵は確信した。


 ある程度片付け終えると秋良も遊びに加わって、しばらく楽しい時間を過ごしていたが、すぐに夕方になって、そろそろ帰ろうという事になった。

 秋良のおかげで、すぐに全部片付いた。


 帰りは葵も寮まで行ってみることにした。

 単純に興味があったのと、秋良の事が気になって来たから。

「寮は女人禁制だから中には入れないよ」

「BBQセットはどこにしまうんですか?」

「寮の隣の倉庫」

「そこも入れないんですか?」

「そこは大丈夫じゃないかな」

「じゃあ、片付け手伝わさせて下さい、それに、、こういう機会でもないと寮に行くこともないですから」

 葵は軽く笑顔を飛ばしておく。

「そ、そお」

 男性社員は顔がデレっとしている。


 寮に帰り着いて倉庫へ向かう。

 秋良は葵の予想通り、率先して片付けを始めた。

 ほぼ全部倉庫にしまわれた頃、葵は他の男性社員に「じゃあ。これで私帰りますね」と伝えてぺこりと頭を下げて門の方へ歩き始めた。


 葵が帰ると、もうほとんど片付いている事もあり秋良以外の男性社員は一度顔を見合わせて秋良に向かって「椎木ー。先に戻るなー」と声をかけて寮の建物へ向かった。

 それを確認すると葵は倉庫に引き返して秋良に声をかけた。


「椎木君」

 後ろから声を掛けた。

「ああ、小島さん……、だっけ」

「そう。名前覚えてくれたんだ」

(よし)

「まあ、お奉行さまの名前は覚えとかないとね」

「なにそれ」

 葵はぷくっとほっぺたを膨らませた。

「……椎木君……ってさ。彼女いるよね」

「え? なんで……」

「そりゃあ今日の椎木君見てたらわかるよ。野菜の切り方とか、最後の洗い物とか。今だって」

「ね。彼女いるんでしょ」

「ああ。そうだね」

「やっぱり。椎木君ほかの人たちと違って、私に愛想悪いもんね」

「え。いや、そんな積りは無いんだけどな」

「いえいえ、ほかの殿方は気さくに『おはよー』って言ってくるのに、椎木君だけ『おはようございます』だもん」

「そうなのか?」

「その彼女さんとはいい感じなんでしょう?」

「あ、まあ。将来結婚する前提で付き合ってる」

「いいなー」

(ち、落ちないか)

「最近は会えてないけど……」

「どうして?」

「言えないけど、諸事情ある」

「ふーん。でも彼女さん会いたがってると思うよ」

「俺も、そうだと思う。けど」

 秋良は葵の方をちらりと見た。

「大丈夫よ。口は堅いですから。誰にも言いません」

(その事情が聞きたいのよ)

「俺の、問題もあって」

 秋良は事情をかいつまんで話した。

「……その日、俺の中にすとんと何かが入ってきて、気持ちが止まってしまったって言うか、何だろう、前に進めないんだ。彼女の事は好きなのに、心が固まってしまってるんだ」

「困りましたね」

(これは、行けるかも)

「ああ、困ってる」

 秋良は倉庫を出て歩き出した。

「じゃあ、こういうのはどうでしょう?」

「なに?」

「別の女の子と付き合ってみるとか」

「え? いや、そんな」

「ほら、そばに君と付き合ってもいいなー。って思ってる女の子が居るんですけど」

「ええ? それ、は、で、きない」

「楽しませてあげますよー」

「君、どうして……」


「秋良!」


「朱音?」

 朱音と呼ばれた女性は、椎木秋良に駆け寄って抱き付いた。

(え、どういう事)

「秋良ー。会いたかったー」

 彼女は顔を秋良の胸にうずめ、泣きながら話し始めた。

「会いに来なくてごめんねなさい。私、会えなくて苦しかった、辛かった。なのに秋良がきっと来てくれるとばかり思っていて。会えてよかった」

『うわあああ』

 彼女は周りをはばからずに声を出して泣いた。

「私、秋良と一緒に居たい。傍に居させて。もう離れているの嫌」

「俺も朱音が近くに居ないのが寂しくて、でも、事情を考えたら、言えなくて。心に蓋をしてた。朱音に辛い思いをさせてしまってた。ごめん。来てくれて嬉しいよ」

 秋良は朱音を抱きしめると一緒に泣き出した。


(ちょっと。私は何を見させられてるの)

 葵はハーッとため息をついてつぶやいた。

「もともと私の入る余地は全然なかったなー。彼女さん、あんなかわいいし」

(あーあ。また振り出しか)

 葵は二人の邪魔をしないように、そっと帰って行った。

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