食べる死
透が死んだ。弟の透は学校の屋上で首を吊って自殺したそうだ。いきなりのことだった。前日までしょうもないことで笑い合っていたのに、どうして自殺なんてしたのだろうか。透の死はSNSでちょっとした話題になっていた。けど1週間もすれば忘れられ、話題に上がらなくなった。透の死が野次馬に娯楽として消費されているのようで嫌気がさしたが、この間まで自分も同じようなことをしていたと考えると自分にも嫌気がさす。現実はSNSのようにはいかない。皆透の死を受け止めるしかなく、忘れたくても忘れられなかった。透の葬式や火葬が終わり、僕は1週間ぶりに学校に登校する。しかし皆よそよそしく、いつも以上に疲れた。そんな学校の帰り道、ある食堂が目に止まる。その食堂はお世辞にも綺麗だとは言えないような、木造の小屋だった。気になった僕は好奇心でその食堂に入ってみる。食堂の中にはカウンターと椅子が3つ、壁には昔のビールの壁紙が貼ってあって、隅には申し訳程度に観賞植物が置いてあった。カウンターの向こう側には厨房があり、使いこまれた鍋などがあった。内装を見ていると店主らしき男が厨房の奥から出てきた。カウンターが邪魔で腰より下が見えないが、20代ぐらいの若い男だった。「、、、」無言で右端の椅子に座るように促される。不気味な店主だと思いながら席に着く。注文をしようとメニューを探していると、一つの張り紙が目に入る。「この店にはメニューはありません。店のものがその人に必要な料理を提供します。注文したくなったら、カウンターにあるベルを鳴らしてください。お代は均一1000円です。」と書いてあった。不思議な店だと思いながらベルを鳴らすと無言で男は料理し始める。少し危なっかしく料理するその姿は透と重なり、懐かしく感じた。何を作るのだろうなど考えながらその姿を眺めていると良い匂いがしてきた。弟が生きていた頃は帰ってきたら夕飯を作ってくれていたっけ。そんなことを考えていると料理が出来ているらしく男は料理お盆に乗せを運んでくる。お盆の上には肉じゃがと白米、そしてコップ一杯の水が乗せてあった。それは弟の得意料理だ。一口サイズに切ってあるじゃがいもやにんじん、玉ねぎ、薄く切られた肉。気持ち悪いぐらいに弟の作る肉じゃがに似ていた。僕は恐る恐る肉じゃがを口にする。少し濃いタレの味もアイツの味だった。部活から帰ってきてお腹が減った僕を満たしてくれたのはいつだってアイツの料理だった。そんなことを思い出していると、不思議と箸が止まらなかった。また一口、また一口とアイツが作った肉じゃがを掻き込む。ああ、アイツがいた頃もこうやって食べて、ご飯は逃げないよって笑われたっけ、いつだって、いつだってアイツは、、、。気づけば泣きながら肉じゃがを食べていた。食べ終わった僕はふわふわしていた。懐かしい味、アイツが作ってくれた味、そうアイツの、、、アイツって誰だっけ。思い出そうとしても頭に霧がかかったように思い出せない。何か大事なものを忘れたような気がする。思い出そうとしていると男がお盆を下げにきて、我に返った僕は男に礼を言った。「忘れたほうが、楽だよね」男が何か言った気がしたが、聞き取れなかった。その後僕は、代金を払い、店を出ようと、ドアに手をかけた。ふと店を出る時にカウンターを振り返ると、カウンターの隙間から男の全身が見えた。僕の見間違いかもしれないが、男に足は無かったように見えた。