文化祭テンション
※この回では、文化祭準備期間の雰囲気に当てられテンションがおかしくなった生徒たちが多数見受けられます。しかし、それは文化祭準備期間を経験した全ての日本人たちが見た、または自身に起きた出来事であるともいえます。なので、「このキャラクターがそんなことするわけがない!」など、解釈不一致による怒りは抑え、どうか生暖かい目で読んであげてください。自分のイメージを維持するのは、それくらい難しいのですから。
あと、謎解きの要素はないので脳みそを空っぽにしてご愛読ください。
文化祭……日本ではほとんど中学校からおこなわれている学校行事の1つ。
学校ごとに日時や内容は変わるけど、通常授業の時間を削ってまで準備するほどの一大イベント。
ここ北海道魔法学校では夏休み直前の7月6日と7日におこなわれることになっている。
1日目に体育館でクラスごとに出し物を披露する『ステージ発表係』、2日目の一般公開でそれぞれのクラスで飲食物などを販売する『模擬店係』、文化祭前日までに台紙に紙を張り付けて1つの絵を作る『貼り絵係』。生徒たちは必ずこの3つの係のうちどれかに参加しなければならない。
そして今日、午後の授業を使って初めて係ごとに作業をする時間が設けられることになっている。
僕は貼り絵を選んだが、少し憂鬱だった。学校行事あるあるとでもいうのだろうか、メンバーが少し、いやかなり悪いのだ。
ちょっとため息まじりに息を吐き、部活に励む生徒の活気ある声を耳に入れながら登校する。
玄関が見えたあたりのところで、コソコソと2人組が学校裏へ歩いていくのを見かけた。
あれ、驚助君だよね? 隣にいるのは、明光さん?
考えていただけだけど、噂をすれば影だろうか。
あの2人こそ、僕を憂鬱とさせる元凶の2人。
明光さんはまだいい。この前の一切君の件で多少なりとも彼女のことを理解できたと思うし。ただ驚助君がかなり厄介だ。入学式翌日に黒板消しを落とされ、その仕返しをしたあとから全くと言っていいほど会話がない。
係を決める時に驚助君が貼り絵係を希望した時は驚かされた。てっきりステージ発表の方に行くと思っていたから。まあ、ステージ発表も兼任してたけど。
それにしてもあの2人が一緒にいるのは意外だ。明光さんも黒板消しを落とされて怒っていると思ってたのに。
口が動いていないところを見ると会話はしていないっぽい。気になるけど明光さんは僕の思考が読めるから後を追うのはリスクが大きそうだ。もうとっくにこっちの存在に気づいてるだろうし。
そのまま学校裏へと消えていく2人を確認したあと、僕は校内へ。
エントランスホールで上靴に履き替えていると、今度は意外な人から声を掛けられた。
「おはよう、青銅錬磨」
「あ、おはようございます。幸生徒会長」
ステージ発表のルール変更以来初めて話す。今日も口に棒付きキャンディを咥えながら、だるそうな表情をしている。
「ちょっといいか?」
声を掛けられたから当然用事があるだろうとは思っていたけど、なんだろう? またルール変更のことかな?
断る理由もないので快く了承する。
「すまないな。聞きたいのは、少し前にうちの照代が自主退学したことについてだ。あいつ、お前のことをえらく気に入ってたからな。何か知らないか?」
「えっ⁉ 照代先輩退学しちゃったんですか⁉」
あまりにも突然のことに困惑してしまう。
なんで退学したんだろう。話してた時は悩みがあるようには見えなかったのに。
もしかして、本を書いている過程であまりにも不摂生な生活をしすぎて体を壊したとか?
「そうか、お前も何も知らないのか……」
顎に手を当てて少し考えたあと、幸生徒会長はおかしなことを聞いてきた。
「お前、最近何かされたような感覚はないか? 咲生のことなんだが、ここ最近呆けているというか、話を聞いていないことが多くてな」
「ん? 僕は何もされてませんけど……どうして咲生先輩が出てくるんですか?」
咲生さんに何かあったのだろうか。
「……いや、なんでもない。呼び止めて悪かったな」
そう言って幸生徒会長は背中を向けて去っていく。
「あわよくばあの時間をもう一度と思って合わせてたが、無駄だったか」
そんなことを囁いていたが、僕には意味がわからなかった。
エントランスホールで突っ立ってると目立つので僕も自分の教室へ。
験実先生の口酸っぱい話が朝のホームルームの教室に響く。
「今日から文化祭準備期間だ。毎年この時期になると騒ぎを起こすバァカが絶対1人は出てくる。お前らはそういうことするなよ」
これも学生あるあるなんだろう。
1週間ほど前から験実先生はこの調子だ。おそらくこの時期は教師にとってストレスが溜まるのだろう。
実際文化祭の時期に問題を起こす生徒はお決まりといえるぐらいどこにでも存在する。程度はあれど、それを対処しなければならない立場を考えると同情してしまう。
午後の授業の時間になり、生徒たちはそれぞれの係ごとに集まって作業をする。
学校から出された貼り絵のテーマは『花火』。事前の話し合いで僕たちのクラスは小樽運河で打ち上げられる花火に決まった。水に反射する花火を紙で表現できるのか心配だ。
「玉藻さん絵描くの上手ですね」
「そうかな? 美術で習ったこと通りに描いてるだけだよ。裏表さんだって綺麗な線だよ」
台紙に鉛筆で下書きを描いている時に隣から2人のやり取りが聞こえる。
確かに2人の描く絵は綺麗だけど、それぞれに個性がある。線一つだけでも目でわかるほどに。
この2人と比べて逆では……
「空回君もっと綺麗に線を描いて! あなたの描いたところ全部私が修正してるんだけど!」
「どうせ紙で見えなくなるんだからいいだろ。会田は細かいことを気にしすぎなんだよ」
さっきからこの調子だ。他は静かなのにここだけ異常にうるさい。
まあ、もともと相性が悪そうなのはわかってたしできるだけ関わりたくないから無視しよう。
「あ、拓斗、買い出しか。俺も行く」
「ちょっと!」
会田さんとのやり取りがめんどくさくなったのか、驚助君はステージ発表係の方へ行ってしまった。
「はあ……」
疲労のため息を吐く会田さん。
「ごめんね、うるさかったよね?」
こちらの視線に気づいたらしい。
「大丈夫だよ。それよりも意外だった。会田さんも言い争いをするんだね」
いつも人から嫌われないように大人しくしているイメージがあるし。
「青銅君のおかげかな。私も変わらなきゃいけないって思ったから」
「……」
変わる、か。
「錬磨君、さっきから手が止まってますよ」
「あ、ごめん」
絵は慣れないな。文字と違って別のことに意識を向けると全然先に進めない。
そのあと1時間くらいしたあとだろうか。驚助君も戻ってきてまた全員で作業していた時のこと。
「ちょっと来てくれ」
また驚助君がクラスメイトと一緒にどこかへ行ってしまった。
そして数分で帰ってきたかと思うと、また別の生徒を呼んで消えてしまう。
呼ばれてるのが全員黒板消しを落とされた生徒ってところが気になる。
気になるけど、僕までいなくなったら作業の効率が落ちるしなあ。
悶々とした気持ちを抑えながら作業をし、放課後になる。
「青銅、ちょっといいか?」
「ん?」
驚助君に呼ばれた。
ついに僕の番が来たみたいだ。
あまり人が来ない廊下の端まで連れて行かれ、開口一番耳を疑う言葉を吐いた。
「青銅、黒板消し落としたこと、ごめんな」
疑っているのは耳だけではなかった。目すら信じたくなかった。
彼の態度から反省具合が嫌というほど伝わってくるからだ。
今ここで土下座してきても驚かないほどに。
「あのあとちゃんと考えて、俺のしたことが最低なんだってわかったよ。自分は悪ふざけのつもりでも、された側はそうと受けとめるとは限らないんだよな。みんなにももう一度謝ったよ。今度はイヤイヤじゃなくて、ちゃんと」
衝撃だ。あの驚助君がここまで……。
クラスメイトを呼んでたのは、謝るためだったのか。だから朝明光さんと一緒に。
どう答えようか迷っていると、胸ポケットから出された封筒が僕の前に差し出される。
「これ、チョークで汚した制服の替えの代金。受け取ってくれないか」
「これは、自分のお金?」
制服は結構お金がかかる。十数人に渡しているのなら数百万はくだらないだろう。
「バイトして貯めたんだ。魔法使いだからよ、1ヶ月で100万ぐらい簡単に稼げる」
「そう、なんだ……」
確かに魔法使いは年収が億を越えることは珍しいことじゃない。魔法がある以上、それを使えばどうとでもなるから。
でも驚助君の場合学業と両立しながらだし、簡単とは言えない。きっと毎日頑張ってたんだろう。
2ヶ月前とはまるで別人の対応に困惑が収まらない。
でも早く何かしないと空気が重くなってしまう。
「このお金は自分のために使いなよ。僕も同じ魔法使いなんだから、チョークの汚れぐらい自分でなんとかできる」
封筒を驚助君へ戻す。
「そうか。参ったな、他の奴らもそう言って受け取ってくれないんだ。もう許されないってことか」
引きつった笑顔。でもそれは勘違いだろう。
「これは私感だけど、みんな驚助君の真剣さがわかったから受け取らないんだと思うよ。だって、前の驚助君ならこんなことしてないだろうし」
「そうかな?」
「少なくとも僕はそうだったよ」
今見ている姿は前のイメージとは全然違う。
「……じゃあ、これは貯めておくよ。お前らが困った時のために」
別にそこまでしなくてもいいのに。
そうしないと安心できないぐらい反省してるってことかな。
僕は根に持つタイプだけど、これを許さなければ今度は僕の方に非があるように見えてしまう、か。
「いろいろあったけど、これからよろしくね」
右手を差し出す。
それを見て安心した表情を見せた。
「ああ、よろしく」
相手も右手で握ってくる。
これで驚助君へのクラスメイトの総合評価がプラスになったとは言い切れない。だけど上がっていっていることだけは確かだ。
婚約者がいなくなったことを知ったことは驚助君に大きな変化を与えたのだろう。
僕が学校生活を送ることで変化するように、この学校にいる魔法使い全員が日々変化していると実感できる出来事だった。
これも、文化祭あるあるなのかな。
驚助君にトイレに行くからと先に教室へ戻らせたあと、ずっと陰からこちらを観察していた人物に視線を送る。
「男の友情ってやつですか?」
「ただの日常だよ」
何がそんなに面白いのか、ニコニコ顔の明光さんが姿を現す。
「以前のあなたなら表面上だけでしか許さなかったはず。何か心境の変化でも?」
「……なんでだろうね」
生徒会と関わったあたりぐらいから、僕の中で知らない変化が起きている気がする。僕の前の人間の意思だろうか。頭は知らなくても、体が憶えているというか……。
このまま、何も知らずに僕は僕じゃなくなっていくのだろうか。
「フフ、そんなに不安にならなくても大丈夫ですよ。錬磨君はかわいいですねえ」
わざわざ背伸びしてまで頭を撫でてくる明光さんに腹が立つ。いっそ今ここで突き飛ばしてしまおうか。
「そういえば、明光さん僕の寝顔を黙って撮ってたよね。しかも科学部にも見せてた」
「あら? 何のことでしょうか?」
どうせ無駄だとわかっているのにしらを切るとは。
「恥ってさ、本人が知ることで初めてその効力を発揮するんだよね。だからこそ、みんな自分の行いに慎重になる」
「一理ありますね」
「……ここで恥をかくか、みんなの前で恥をかくか、どっちがいい?」
指に力を籠める。
なんとしてでも僕に頭を下げさせてやろう。
「フフ、どっちもまっぴらごめんです」
「……」
「――じゃ」
明光さんのムカつく笑顔が残像として残り、本体は階段へ。
陸上アスリートも涙目の鬼ごっこが始まる。
そして3分後に先生に止められて終了した。
その日の夜。博士とバイタルチェックのついでに文化祭のことについて話し合うことになった。
「そうですか……今回はみんな来れないんですね」
どうやら初めての文化祭は1人らしい。
『ごめんね。ここのところ魔法医療の研究が佳境に入っててね。妻もコンサートがあるらしいから。喜嬉だけでも行かせるかい? あの子錬磨に会いたい会いたいって駄々こねてるし』
喜嬉君か。僕も久しぶりに会いたいけど電車での移動になりそうだし、あの子の年齢から考えてそれは危険なことが多すぎる。付き添いを頼むこともできるけど、すやさんは家政婦の仕事があるしそこまでして文化祭に来ることもないだろう。
『そうか。まあ喜嬉が行けば面倒を見るだけで文化祭どころじゃなくなるだろうからね』
そうなんだよなあ。喜嬉君からゲームの面白さを教えてもらったけど、一度負かしてから僕に勝つために毎日画面に夢中になっちゃってるし。
『わかった。喜嬉には文化祭のことは秘密にしておくよ。夏休みは帰ってくるのかい?』
「はい。部活もないのですぐに帰る予定です」
『了解。豪華な料理を作るようすやさんに頼んでおくよ。あと確認することは……』
『アナタ、ちょっといい? 私も錬に話しておきたいことがあるの』
姫妃さんの声だ。
『久しぶり、錬。調子はどう? ちゃんと栄養のあるもの食べてるの?』
「はい。言われた通りたくさん食べてますよ」
画面越しに見えるのは、紫色の長い髪に羊の角、背中に生えた蝙蝠の翼、
非魔法使いで言うところの『悪魔』だ。でもれっきとした人間。魔法使いの間だけで知られている話で、昔ある魔法使いの研究者が人間と動物を融合させて新たな生き物を作ろうとしていた。俗にいうキメラである。それでできたのが姫妃さんの一族。変身魔法の失敗で生まれた獣人とは違い、他の生き物の特性を完璧に備えているため、人間の上位互換と言える。
『悪魔』と呼ばれるに至ったわけは諸説ある。僕はたまたまキメラが人を殺している瞬間を見たからだと思っているけど。
『そう。それは良かったわ』
実は、僕はこの人が少し苦手だ。
『ところで錬、あなた私に謝ることがあるんじゃないかしら?』
「……なんのことでしょうか?」
画面から魔法で作られた奥さんの巨大な手が飛び出してくる。
『とぉぼけてんじゃないわよお‼ あれだけ忠告したのに自分の素性をべらべら喋ってオラオラ‼』
「いひゃいいひゃい‼ ほっへたひっはらないでふらひゃい‼」
なぜなら、かなり荒っぽいからだ。
音楽家として魔法世界でその名を知らぬほどの技術と美貌、そしてそれらから考えられないほどの野蛮さ。僕はこの人から常識を学んできたけど、そのたびに何度トラウマを植え付けられたことか。
『あんたがホムンクルスなことは誰にも言わないって約束はどうしたのよ‼』
「だって、自慢したかったんですもん‼ あああああーーっっ‼」
キャメルクラッチはやりすぎ‼
『なんであんた頭は良いのにそういうとこだけ子供なのよ‼ バカ男共に似ちゃって‼ 少しはすやさんを見習いなさい‼』
こんなことになるなら博士に報告しなきゃよかった。それはそれで問題だけど。
「まあまあ、もうやめなよ姫妃。やってしまったことを怒っても仕方ないじゃないか」
博士のフォロー。だけどそれは悪手だ。
『何言ってるの? 元凶はアナタなのよ? アナタが喜嬉に最初に教えた言葉がチン〇ンなこと、まだ許してないんだけど?』
標的が僕から博士に移る。目が怖い。
「あらあら、夫婦仲良しで良かったですね」
「そうかな?」
横で画面を覗く明光さんからはそう見えるらしい。
まあ明光さんの方が人生経験豊富そうだし、今まで離婚してないってことはそういうこ――
「……なんでいるの?」
いつどうやって僕の部屋に入ってきたんだ?
「玄関から堂々と。そしたら錬磨君が凄いことになってたので、しばらく観賞させてもらいました」
「ああ、だから気づけなかったんだ。で、なんで入ってきたの?」
ていうか不法侵入……。
「ちょっとそこで睨まれてるご主人に用事がありまして」
ご主人とは、博士のことか。
明光さんが博士に一体どんな用事があるのだろう。
科学という共通点はあれど、科学部と科学者では全然話が違う。
『あれ、錬。隣にいる子は?』
博士の胸倉を掴んでいた姫妃さんが明光さんの存在に気づいたようだ。
「錬磨君の御家族さんですよね。初めまして。私、錬磨君のクラスメイトの裏表明光といいます。実は験実博士に少しお話がありまして」
明光さんの話は、聞けば聞くほど耳を疑いたくなるようなものだった。
『じゃあまた明日ね、錬磨』
『錬、自分のことは自分で守らなきゃダメよ』
通信が切れる。
静かになった部屋の中で僕は明光さんを見る。
「で、今の話本当なの?」
「本当ですよ。そのためにウンディーネ君は旅に出たんですから」
なるほど。母親を生き返らせる魔法なんてどこに存在するのかって疑問だったけど、それなら納得がいく。
「見つけられるのかな?」
「入口の手掛かりは教えました。あとはウンディーネ君次第です。妖精の国の門を通れるのは、同じ妖精だけですから」
「そっちもあるけど、僕が聞きたいのは母親の方だよ」
「幼い子供を残して亡くなってしまったんですよ。傍にいない方がおかしいくらいです」
なら、あとは本当にウンディーネ君次第なんだね。
「じゃあおやすみなさい」
そう言って明光さんはベッドの中に入った。
「うん、おやすみ…………それ僕のベッド‼」
なんとか明光さんを帰らせたあと、すぐに倒れるようにベッドに横になった。
翌日、貼り絵の作業中のこと。
下書きが終わり、色紙を張り付けていたら……。
「なんで魔法を使ったらダメなんだろうな」
横から驚助君が僕に聞いてきた。
昨日の謝罪以降、こういう話を唐突に振ってくる。
僕の周りには知的な人が多いせいか、話題づくりのために疑問をぶつけてくるタイプは珍しいのでこちらも流れるように答えてしまう。
「非魔法使いのことを学ぶためだよ。こうやって手作業でやれば彼らの苦労がわかってくる」
「ケッ、時間の無駄だぜ! こんなもん、魔法使ったら一瞬で終わる」
確かに魔法使いの立場から見て効率的かと言われたら絶対に驚助君が正しい。これは時間の無駄遣いだ。
僕が答える前に会田さんが先に口を開く。
「そうやってなんでも魔法で効率的にやろうとしてる人がいるからでしょ。家事を全て魔法で済ませてた魔法使いがうっかり魔法禁止区域でも魔法を使って逮捕されるケースをよく耳にするでしょう。そういうことを防ぐためにも、私達は非魔法使いの世界を知らないとダメなのよ」
会田さんの意見も間違っていない。
こういう時、僕はどっちの味方になるべきか。
「どうやったって俺たちと非魔法使いじゃ常識が乖離してるんだ。古いんだよお前の考え方は」
驚助君のその言葉に僕と会田さん、いや貼り絵係のみんなが驚愕する。
「なんだよ?」
みんなから注目されていることに気づいた驚助君は、回答を求めるように僕を見てきた。
「いや、ちょっと驚いたというか。驚助君にしては難しい言葉を使ってきたなって」
イメージから離れすぎていてまだ聞き間違いなんじゃないかって疑っている。
「舐めてんのか! 成績じゃ上寄りの中なんだぞ俺は!」
「自慢するほどのものでもないでしょ」
会田さんの鋭い指摘に「なんだとこら!」と怒る驚助君。
会田さんは驚助君に対しては凄い噛みつくんだなあ。
それが嫌悪から来るのか、はたまた別のものか。おそらく、2人の諍いを見ている生徒はその違いに気づいているのだろう。
それから1時間後くらいだろうか。また驚助君から突拍子もないことを聞いてきた。
「なあ青銅、お前好きな人いるか?」
「……え?」
その言葉に貼り絵係と他の係の数人が一瞬だけ僕の方に視線を向けたけど、すぐに作業に戻った。
いつの間にかみんな、僕たちの会話を聞いているだけになっている。さながら、僕と驚助君は作業中に流すラジオ。
「どうしたの急に?」
「いや、なんかこうやって紙を貼り付けてるとさ、頭がボーッとして変な会話しちゃうだろ。文化祭あるあるだ」
「そうなの明光さん?」
「あるあるかはわかりませんけど、いつもと違う状況に影響される生徒は一部いますね」
「そうそれ。でさ、今なんかこう頭の中で、俺今まで婚約者がいたから周りと恋バナしたことないなーって思っちゃったわけよ」
初めて話したときに聞いてもいないのに僕に婚約者の惚気話聞かせてこなかったっけ?
驚助君からしてみれば、それは恋バナじゃないってことなのか。
「こう、記憶に残る青春時代を過ごしたいだろ? だからもう恋は無くても話ぐらいは誰かとしてみたいんだよ」
……。
「それでなんで僕に好きな人がいるかどうかの話になるの?」
「青銅って男も女も関係なくずっと同じ態度だろ。だから彼女いたことあるんじゃないかなって」
……。
「いないよ。態度が変わらないのは……男性と女性で変える必要がないと思ってるからさ」
「そんなの誰だってそうだろ。でもそれを実際にやれる奴なんて異性との関係に慣れてる奴くらいだ、俺だってそうだし。やっぱり彼女がいたことが――」
「ないよ。それに僕、誰かを好きになる人って、どうやって好きになってるのかわからないもん」
気になる人は男女関係なくいる。しかしそのどれもが恋愛面での好きとは言えない。
「そりゃああれだって……顔とか性格とか? あとは体だったりで――」
体って言った瞬間横にいる会田さんが彼を睨んでた。
「普通はそんなところだよな?」
なぜかそこで明光さんへ振る驚助君。
「まあ、お付き合いしたいと思う要因としてはどれも当てはまっていると思いますよ。体はどうかと思いますが……」
「体目当てってそんなにダメなことなの? 体のステータスも考慮の材料としては妥当だと思うんだけど」
人間以外はそうしてると思うし。
「お、青銅って意外とそういうタイプなんだな。じゃあお前、胸派、尻派?」
「ん? なんでそういう話になるの?」
「だってお前今体もお付き合いする基準に入るって言ったじゃん」
「多分、練磨君はそういう意味で言ったわけではないと思いますよ」
「え? じゃあどういう意味だよ?」
「純粋に、生き物としての強さじゃないかと。ですよね?」
「うん。優秀な相手と結ばれれば優秀な子孫を産むことができるでしょ」
「いつの時代の考え方だよ。今どきそんなこと言う人間なんかいねぇぞ。変わってるな青銅」
「僕は胸とか尻とかで相手を決める方が変わってると思うけど。ああいうのってそんなに良いものなの?」
顔はともかく、胸や尻は脂肪にすぎない。健康かどうかの材料として見るならともかく、そんなことで生涯のパートナーになりえる相手を決めたくはない。
「良いものだぞ。見てるだけで幸せな気分にしてくれる」
「幸せ……ああ、マスターベイションが捗るって意味で!」
「おまっ⁉ 口に出すか普通⁉」
「君だってほとんど言ってたようなものだろ。それに恥ずかしがることじゃないと思うよ。生きていくには当たり前のことなんだから」
「いやそうだけど! そんなんだけど‼ それでも言っていいことと悪いことがあるだろ。ほら、みんな見てるし」
いつの間にか視線がこちらに集まっていた。
クスクスと笑う人もいれば蔑むような目をする人もいる。一体何が可笑しく、また嫌悪することなのだろう? 放屁をできるだけ出さないのもマナーしかり、人はどうして自身の身体機能ごとにそこまでの差別があるのか。
みんなしてることなのに……。
「ゴホン‼ じゃあ周りに聞こえないように言うけど、その通りだ。てかさ、今の会話の感じからして、青銅ってそういうので興奮したことないの?」
「うん」
僕にそういう機能はない。
そもそも子孫を作るような機能もない。だからこそ知りたくもあるけど。
そういえば咲生先輩を初めて見た時は顔色や体つきばかり気にしてたっけ。元気そうだなって謎の安心感があったけど、あれも性的興奮の一部になるのかな?
「マジか……」
ドン引きされてる。そんなにリアクションするほど?
「え、大丈夫なのかそれ。だってお前、男が好きってわけでもないんだろ?」
「そうだね」
「あ、もしかしてアロマンティック・アセクシュアルってやつか」
またイメージに似合わないことを。
アロマンティック・アセクシュアルとは、他者に恋愛感情や性的感情を抱かない人のこと。
でも多分僕は違うと思う。単純に、人に対して警戒心が強いだけだ。
「青銅君の場合、まだそういうことがよくわからないだけだと思いますよ」
それもある。要するに経験不足だ。
「幼稚園児かよ! 高校生で性欲無いならもう見込みないだろ!」
そこまで大きな声で言わなくてもいいと思う。
そっか、驚助君は僕がホムンクルスってことを知らないから明光さんと意見が違うのか。
同じ高校生として見てくれてることにちょっとだけ嬉しくなった。
放課後の作業中のこと。
あれ、色紙がないや。確か向こうにまだ何枚か――。
「はい、どうぞ錬磨君」
「ありがとう明光さん」
「……」
「……」
あ、糊がない。確か明光さんの方に――。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
……。
「……お前ら、熟年夫婦か」
「何が?」
「いや、さっきからお前らのやり取りがね、こう……うちのじいちゃんばあちゃんとそっくりなんだよ。口に出さずとも奥さんの方が察するその流れがね」
僕は何にも思ってなかったけど、驚助君から見れば違うのか。
「勝手に夫婦にしないでよ」
「ええー、面白いじゃないですか。私と錬磨君、相性ピッタリですよ」
「嫌だよ、明光さん怖いもん」
思考は似てるけど、そのせいで見透かされてて嫌だ。
「そんな、酷いわ! 全てアナタのためだったのに!」
なに女房みたいなこと言ってるのこの人?
「娘を泣かせるとは、見損なったよ錬磨くん!」
「驚助君はいつ明光さんのお父さんになったのさ……」
文化祭の空気は人をこんなに変えてしまうのか。
「どうしても戻ってきてほしいなら、私に愛を叫んで!」
戻ってきてって……いつから離れたのさ。自分から近づいてきたくせに。
「そうだ! 娘への愛が本当なら叫ぶんだ!」
「まだやるのこれ……」
「さあ、早く言うんだ!」
これは付き合わないとずっと絡んできそうな流れだな。
「はいはい、愛してる愛してる」
「「もっと感情を込めて!」」
「愛してるって」
「「もっと!」」
「愛してるってば!」
「聞いたお父さん! 彼私のことまだ愛してくれていたわ!」
「うむ、そこまで言うなら今回は許してやろう」
なにこれ。
「さあ仲直りのキスよ。チュー……」
「そこまでやってられないよ!」
迫ってきた顔を手で鷲掴みにして押さえる。
「いいじゃないですか、流れに乗りましょう」
「そんなんで僕の初めては失いたくない!」
ていうか、さっきからやけに周りが静かだな。
見渡すと、みんな頬を真っ赤にして僕達を見ていた。
「なんでみんな僕達を見るの?」
「いや、ノリで付き合ってたけど、まさか本当にキスしようとするとは思わなくて。明光って結構積極的なんだな」
僕としては恐ろしいよ。
「あ、オレンジの紙がもうない」
会田さんの言葉に僕はチャンスだと思い手を挙げる。
「じゃあ僕が買いに行くよ」
この空気に堪えれそうもないので逃げることにしよう。
「ありがとう。領収書はちゃんと貰ってきてね」
あとで精算するときに使うんだっけ。
学級委員はこういうことにも気を配らなきゃいけないんだから大変だなあ。
教室の扉に手をかけると、朱美さんから声をかけられた。
「一人だと大変でしょ。一緒に行きましょう」
そう言って変身魔法を使って狐の耳と尻尾を消した。
獣人は本当の姿を非魔法使いに見せるわけにはいかない。だから外に出たいなら変身魔法を身に着けることが必須条件だ。
「アナタ、浮気しちゃダメよー」
「うるさい」
扉を思い切り閉める。
「なんというか、青銅君も苦労してるのね」
同情されてしまった。
「念のために聞いておくけど、裏表さんとは付き合って――」
「天地がひっくり返ってもないよ」
「あ、そう……」
そういえば、朱美さんとこうして話すのはウサギ小屋の件以来か。
鶴さんとはそれからどうしてるのだろう。
「鶴さんとは、あれからどう?」
十字路の信号で待っている間に聞いてみた。
「それ聞いちゃう?」
「ごめん」
実際無神経な質問だと思う。ただ僕も当事者なので、完全に無視するというのもどうかと思ったのだ。
「前よりは良くなってると思うよ。鶴の方から寄ってきてくれたおかげだけど。優先順位を変えたんだって」
「優先順位?」
「人間を一番大事にすることにしたってこと。人間はウサギの時間を全て診てられるけど、ウサギは人間の10分の1程度しか見てくれない。けど人間同士なら違う。もしかしたら自分よりも長生きしれくれるかもしれない。だから友達を選ぶことにしたんだって」
面白い発想だ。悲しみを背負わなくていいかもしれないからそちらを選ぶ、か。
「まだ関係が修復できたとは言えないけど、これからも頑張るよ」
朱美さんの横顔からは絶対に元通りにしたいという覚悟が伝わってくる。
「応援してるよ」
なら、僕もできる限り協力しよう。必要になったらの話だけど。
僕が入る余地なさそうだし。
準備期間最終日。提出期限まであと3分。
貼り絵は体育館に置かなければならないため、できたら自分たちで持っていかなければならない。
そして今、大きな絵を乗せた木の板をみんなで息を切らしながら運んでいた。
「うおおおおおおおお間に合わないぞお‼ 走れ走れーっ‼」
「だから下書きは丁寧にって言ったでしょーっ‼ 修正に無駄な時間を使っちゃったじゃない‼」
怒号を耳に入れながら僕は猛スピードで移動する貼り絵の上に糊をべた塗りする。
縦に飾る以上、下から糊で貼り付けるだけでは紙が落ちてしまうため、最後にもう一度全体に糊を塗らなければならないからだ。
「空回君、好動さん、喧嘩してる暇があるなら走ってください。あ、錬磨君、そっちもうちょっと糊多めに。玉藻さん、そこ白い部分が見えちゃってるので茶色の紙で隠してください」
よく落ち着いて指示できるものだ。こっちはみんなの足を蹴らないようにしながら糊を塗るだけで精一杯なのに。
「おい、誰か先に行って体育館の扉開けてこい‼ このままじゃ激突するぞ‼」
「錬磨君、糊はもう十分なので先に行ってください」
「了解!」
糊を明光さんに渡し、一足先に体育館に行く。
扉を開けて待っていると、角から強張った顔の集団が猛スピードで出てきた。
飛び込んだのを確認したあと僕も入る。はたして間に合っただろうか。
並べられた貼り絵の横に自分たちの作品を置くと、みんな息を切らして尻餅をつく。
「お疲れ様。君たちのクラスで最後だね」
作品の確認をしていたであろう達也副会長が近づいてきた。
「間に合いましたか?」
「ジャスト。危なかったね」
よかったあ。あんなに頑張ったのに無駄になるのはさすがに心に来る。
それを聞いていたみんなも息を大きく吐いて安心した顔をしている。
「はあ……はあ……来年はもっと計画的にしようぜ」
「十分計画的だったわよ。誰かさんが台無しにしなきゃね」
まだ喧嘩してる。
終わったんだからもう少しこう……仲良くしてほしい。
「さてと、教室に戻って他の係の手伝いに行くか」
息を整え終えたみんなが教室に戻っていく。
僕も行こうとすると
「青銅、ちょっといいかな?」
達也副会長が偉く真面目な顔で呼び止めてきた。
「錬磨君、戻りますよー」
「先に行っててー。ちょっと用事があるから」
僕は達也副会長のもとへ向かう。
「何かあったんですか?」
「実は、幸生徒会長のことでね」
生徒会長?
そういえばこの前照代先輩が自主退学したことについて聞かれたけど、そのことだろうか。
「最近、やけに優しい気がするんだ。いつもはボクがどう口説こうと軽くあしらわれるんだけど、今は一つ一つ受け止めてくれるというか……とにかく優しいんだ」
「優しい、と。それでどうしてそんなに不安そうな顔に?」
むしろ喜ぶべきことだろう。
今までのストーカーまがいな行為が実を結んだのに。
「あなたはわかってない。いきなり態度を変えたんだよ? ほら、転職する前とかによくあるだろ。今いる場所には未練がないから建前とかが無くなるやつ」
……ああ、そういう。
「つまり、このままだと幸生徒会長が生徒会から抜けてしまいそうで心配、ということですね」
「そうなんだよ! もしそんなことになったらボクは、これからどうやって生きていけばいいんだぁ……」
大げさな。まだ抜けるって確定したわけでもないのに。
それに、動機だって見当たらない。強いて言えば照代先輩が関係していることだけど、この前の幸生徒会長の様子からしてそんな感じでもなさそうだし。
「考えすぎですよ。むしろこう考えるべきです。今までの自分の行いが遂に幸生徒会長に届いたんだって」
「あんなストーカー行為でボクのことを好きになるはずがないじゃないか!」
「ストーカーだってわかっててやってたんですね今まで」
達也副会長を好きになったわけじゃないのなら他に考えられそうなことは、あまりのストーカー行為に嫌気がさしたとかかな。それだったら達也副会長の自業自得か。
「やっぱり辞めるのかもしれませんね、生徒会」
笑顔でそう言うと、絶望した顔で膝をつく達也副会長。
「ボクのせいだ。ボクがちゃんと支えてあげてればこんなことには」
「逆です。支えすぎなんですよ。もう少しブレーキをかけてください」
泣いている副会長の背中をさする。
年齢や立場的には僕が慰められる側な気がするんだけど、今は考えないようにしよう。
落ち着いてきたところで僕からも聞きたいことがあったのを思い出した。
「そういえば副会長、咲生先輩のことで聞きたいことがあるのですが、いいでしょうか?」
「ん? 何かな?」
「前に副会長、咲生さんのことを花鬼って言っていたじゃないですか。あれってどういう……」
ずっと気になっていた。なぜ咲生さんに鬼なんて言葉がつけられたのか。
「そっか、1年生は知らないのか。ほら、竜胆先輩って学園のアイドル的な位置にいる数人のうちの1人だろ。だから男子生徒からの告白が絶えないんだ」
確かに咲生さんぐらいの容姿を持っていたらモテるのは必然だろう。しかも文武両道とくれば尚のこと。
「俺がここに入学して間もない頃だ。1人の1年生がたまたま竜胆先輩に話しかけられたんだが、その時にソイツが『竜胆先輩は自分に好いている』って思い込んでしまってな。そのあとから竜胆先輩にしつこく付きまとうようになったんだ。単純に委員会の話をしただけなのにな」
いわゆるストーカーか。今目の前にいる先輩と同じだ。
僕がその場にいたら血祭りにあげていただろう……。
「青銅、顔が怖いぞ。どうした?」
「いえ、なんでもありません。それで、咲生さんはそのあと?」
「好きでもない奴から付きまとわれて不快に思わないわけがない。竜胆先輩は何度も注意したが、全くストーカーが収まることはなくてな。そして文化祭の日、遂にキレた竜胆先輩はその1年を血祭りにあげたんだ」
「血祭りですか!」
「なんでそこで喜んでるんだよ。まあとにかく、その凄惨な光景を見たあと竜胆先輩は男子生徒から恐れられ、竜胆という名から花鬼なんて異名が――痛っ⁉」
達也副会長の頭に突然チョップが降ってきた。
いつの間にか達也副会長の後ろには、咲生さんが頬を赤くさせ睨みながら立っている。
「後輩に変なこと吹き込まないでちょうだい」
「でも事実ですよね」
「言い方に誇張があるでしょ! なによ凄惨な光景って! アタシは顔面に回し蹴り一発喰らわせただけよ!」
「コブダイのように腫れた顔を見せられて凄惨以外の言葉なんか出ませんよ」
コブダイって、確か頭がコブみたいになってる魚だったはず。
それくらい晴れるって、どんな蹴りだったんだろう。
「ほら、青銅君だって怖がってるじゃないですか」
「誇張するからでしょ。それにアタシが本気で暴力をふるったのはあの時だけなんだから。鬼なんて言わないでほしいわ」
悪いのはそのストーカー生徒なのだから、正当防衛しただけの咲生さんが怖がられる筋合いはないもんね。
「咲生先輩は花だけの方が似合いますよ」
「錬磨君……」
鬼なんて咲生さんのどこにもない。
「アナタたち、仲が良いんですね」
「そうですか? 普通の先輩後輩の関係ですよ」
「普通だったら今みたいなセリフは口にしないよ。それこそ付き合ってでもない限りね。まるでバカップルを見てるようだったよ」
フォローしただけのつもりなんだけどなあ。
「私は別にそんなつもりは……」
咲生さんは咲生さんで指遊びをしながら何かゴニョゴニョと口にしている。
まあ、異性とカップル扱いされて取り乱さないわけがないよね。
文化祭の日。初日は一般公開はせず体育館に集まり、各クラスが考えたステージ発表を見せ合うことになっている。
1年生から何も問題なく順番に進み、僕たちのクラスの番が来た。
「よーし、遂に俺らのクラスだな」
ただ1つだけ疑問が。
本人は何も気にしていないようだけど、1人ここにいるべきではない人物が僕の真横で腕を組んで堂々と座っている。
「驚助君、なんで観客席にいるの? ステージ係だよね」
「俺は出番がないからな。小道具の作成でお役御免だ。だから貼り絵にずっといただろ?」
僕と駄弁に沼っていた理由はそれか。
役を受けなかったのは、驚助君なりの反省の仕方だろうか。
始まりのブザーがなり、全員がステージに視線を向ける。
内容はいたってシンプル。ある魔法使いが魔王に囚われた姫を救う物語。
音楽に合わせて歌ったり踊ったりと、非魔法使いの文化祭でよく見る演劇だ。
「よーし、ラストだ」
勇者と魔王の決着が着く時、それは起きた。
舞台の真ん中に突然、体育館の天井まで届きそうなほどの巨大な地球が現れたのだ。
かなり精巧に作られた地球。おそらく魔法で作られたもの。
先生たちが焦りだす。
それはそうだろう。この文化祭では魔法の使用は禁止されているのだから。
それとは反対に、舞台にいる僕のクラスメイト達は何も問題がなかったように役を演じている。
そして敗れかけた魔王が最後の意地を見せ、その巨大な地球を魔法で作った炎で破壊した。
地球が壊れる光景。なんだろう、凄くどこかで見た経験がある。
どこかで…………そうだ、未来予知だ。一切君と初めて会った日の夜に見た未来予知で、僕が地球を破壊する光景が見えたんだった。
舞台は暗くなり、エンディングが流れる。それに他の生徒たちは困惑していた。
勇者は? 姫は? そのあとはどうなったの?
文化祭らしからぬバッドエンド。なんとも後味が悪い。しかしこれだけではなく、エンディングが終わるとご立腹な先生たちが舞台に上がり生徒たちを連れて行ってしまった。験実先生はため息を吐いている。
文化祭準備中に先生が注意していた魔法の使用。まさか自分のクラスで起こるとは思いもしなかったのだろう。僕もまさか本当にやるとは思っていなかった。
「よーし、決まったあ!」
困惑している僕たちをよそに大喜びする驚助君。
「いやあ、よくやったぜ全く。先生にバレないようぶっつけ本番だったのにな」
まさか……。
「あれって、驚助君が提案したの?」
「ああ。よかっただろ? 文化祭でバッドエンドなんてなかなかないしな」
……つまり、未来予知で見た僕が地球を破壊する姿は、僕がステージ発表係になって魔王役を引き受けた場合に見る光景だったってわけか。
どうして僕が地球を壊すのか疑問だったけど、全部偽物。
後ろにいる明光さんの笑い声が聞こえる。そういえば明光さんに未来予知のこと話してたっけ。
やっぱり、未来予知の魔法はデメリットばかりで役に立たないことが証明された。そして僕の恥がまた1つ増えた。
さらに僕を悩ませた元凶はすぐ目の前にいることも。
「どうした? 黙ってないで感想聞かせてくれよ」
感想、ね。
うん、わかった。その体に染み込ませてあげよう。
「これが僕の感想だぁ‼」
全力の拳を喰らわせ、驚助君の体は体育館の窓を突き破り空の彼方へと飛んで行った。
「ぐわああああ、ご視聴ありがとうございましたぁああああああああ‼」