変になった人達は?
割烹着の集団が見える。
明光さんの部屋で眠りこけ早朝に部屋を出た後のこと。
女子寮前で偶然会った竜胆先輩から文化祭のことで頼みがあるから付き合ってほしいと言われ、僕達は校内の学生食堂に移動した。
最初はどちらかの部屋でいいかもと口から出そうになったけど、明光さんの件もありそれは止めておいた。
また知り合いに会って変な勘違いをされそうになると面倒だし。
日曜の朝8時なのに制服を着てバッグとともに校内にいる。なんだか変な感じ。
明光さんとの会話で疲れた脳を働かせるためにコーヒーの入った紙コップに一口つけ、本題に入ることに。
「ステージ発表のルール変更、ですか」
「うん。この前決まったんだ。ステージ発表での動画使用は禁止にするって」
どうやら文化祭のメインの1つである、各クラスのステージ発表でルール変更があったらしい。
「なんでそんなことに?」
竜胆先輩の目と合わせることは避けつつ会話を続ける。
確かステージ発表のルールは単純に、魔法を使用せず制限時間の12分以内で各々考えた演劇などを発表することだったはず。
ルールを変更するということは、何か問題があったということ。
去年のステージ発表でどこかのクラスがやらかしたのだろうか。
「去年のステージ発表でね、3年生のクラスの大半が事前に作った動画を発表するだけだったのよ。で、それを見た生徒会顧問である高田先生が、こんなのステージ発表じゃないって不満を持っちゃったらしくて。生徒会でルール変更を提案して誰も反対しないからそのまま決定ってなっちゃったわけ」
「高田先生って、確か体育教師でしたよね」
強面かつ声が大きいこともあり、恐いことで有名だ。
まあ、恐い先生なんて学校1つにつき1人ぐらいの確率でいるだろうから特に珍しいことではないんだろうけど。入学前に学校について調べてた時に見たドラマでも、そういう類の先生は定番だったし。
「今の生徒会は高田先生を相手するのが面倒臭くて口答えしないのよ、あの先生昭和丸出しだから。で、今日私が抗議しに行ったんだけど、『もう決まったことだから』って全然聞く耳持ってくれなくてさあ」
そう言って不満を吐き出すようにため息をした。随分言い争ったのだろう。かなり疲労の溜まった顔をしている。。
しかし自分の意見を通そうとするタイプの先生か。
しかも生徒からの反対なら、余計耳を貸すことはないだろう。
「1つ聞きたいんですけど、そのルール変更の案は高田先生の独断なんですか? 他の先生達も同じことを?」
「高田先生だけよ。ただルール自体は生徒会が決めることだから、彼らがOKを出せば通っちゃうのよ。逆に彼らが認めなければ、教師の案だろうと認められない」
なるほど。それなら高田先生1人で決められるだろう。
生徒会で提案してあとは通せばいいだけなのだから、いちいち教師の意見を集める必要もない。
何か言われても、「生徒会が認めたので」と言えば済むことだし。
生徒会顧問の特権ではなく、逆らってこないことを利用したパワハラ上司みたいなやり方だね。
「生徒会の権限って結構あるんですね」
「文化祭は生徒メインの行事でしょ。だからある程度のことは生徒に任せてるのよ。生徒会でもできないことっていえば、魔法の使用許可ぐらいかしら?」
「やっぱりそこだけは譲らないんですね」
「魔法世界の文化祭は、もともと魔法使いが非魔法使いのことを学ぶためにおこなわれてきたからね」
魔法使いは非魔法使いの世界で身を潜ませながら生きている。
しかし学び舎まで同じというわけにはいかない。
双方の安全のためにも魔法使い専用の学校は必要だ。
ただ魔法使いに囲まれながら魔法のことを学ぶので、非魔法使いの常識を身に着けるのは難しい。
だからこそ、こういう行事で魔法を使わずに体のみで何かをすることが重要、と学校側さらには大人が思っているのかもしれない。
「もうそういう考え、いらないと思うんだけどね私は」
だけどそれは情報伝達がまだ遅かった頃の話。今の時代はテレビやスマホで嫌というほど社会の情報が頭に入れられるから……。
「学校行事での魔法の使用禁止というルールは、もう古い考え方なんでしょうね」
どこでもこんな問題は出てくるものなんだね。
昔の人が決めたルールは決められた時代に合うように作られたもの。時間が進めばズレてくるのは必然だ。
しかし大人達は変えようとしない。
変革は言いだしっぺに代償を伴わせるから。
大抵は周りからの批判だろうか。それを恐れて不満があっても変革を言い出すことができない。
他には怠慢もある。つまり現状維持が最適と思ってることだ。
ルールの現状維持など、一世代過ぎれば無理なこと。そんなことみんなわかっているのに、気づかないふりをして何もしない。
じゃあ見方を変えれば、高田先生の案も理由が全うなら変革と言えるのかもしれない。理由が全うなら。
いくら去年が動画だらけになってたとしても、生徒メインの行事である以上生徒の意見を反映させるべきだ。
極端なんだろうね。もう少し緩い制限にしとけば、竜胆先輩もここまで反対しなかったのかもしれない。
「そういえば、竜胆先輩はどうしてルール変更に反対するんですか? 自分のクラスが動画を使うとか?」
「いいえ、私のクラスでは動画は使わないわ。反対するのは、先生1人が自分のためにルールを変更するっていう流れが嫌なのよ」
……竜胆先輩は政治家に父親を奪われている。
それが全ての要因ってわけじゃないと思うけど、こういう大人の圧力に屈するのは心底嫌なんだろう。
抗えることには最後まで抗う、そういうスタンスで行くのなら、僕もできる限りサポートしてあげないと。
「とりあえず、やるべきことは生徒達の意見を集めることですね。去年の文化祭に参加した生徒、つまり2年生と3年生の先輩方全員にアンケートして、動画ばかりだったステージ発表に不満はなかったか聞きましょう」
「確かにルール変更に対して生徒から多数の反対意見が出たら、生徒会もさすがに現状維持に動かざるを得ないわね。でもどうやってアンケートするの? ホームルームの時間を使うったって、私的な理由じゃ先生は認めてくれないわよ。地道に1人ずつじゃ時間が足りないだろうし」
「そうですね。どうやって生徒全員から一気に意見を集めましょうか……」
生徒全員に同時にメッセージを伝えるなら『テレパシー』の魔法が最適だけど、問題は回答を受け取る時だ。
テレパシーで質問すれば当然テレパシーで返ってくる。その場合、聖徳太子でもない竜胆先輩が1人で全員からの回答を集計することは不可能。
それに技術的にテレパシーを使えない生徒だっているかもしれない。
こういうものは個人の力である魔法ではなく、非魔法使いの知識の方が向いてるか。
メールを使う……さすがの竜胆先輩でも生徒全員のメールアドレスは持っていない。
廊下に投票箱……いやそれじゃあ全員が投票するとは限らない。
全員が目にするかつ、意見を出してくれるようなやり方は……。
「そうだ、ポストは! 寮のポストに提出期限付きのアンケート用紙を入れるの。それで私のところに用紙でもメールでもなんでもいいから回答を出すようにすれば、全員から意見を集められるんじゃない?」
「いいですねそれ。ついでにアンケート用紙を取った生徒が他の生徒にもポストを見るよう連絡するように書けば、伝達スピードは上がります」
かなりの妙案にお互い前のめりになってしまう。
しかし目が合いそうになった途端、僕は反射的に引っ込んでしまった。
「さ、早速準備しましょう。参考に1枚アンケート用紙を作れば、あとは魔法でいくらでも複写できます」
「OK、任せなさい!」
グッドサインとウインクで元気よく答える竜胆先輩。バレてない、かな?
隣の席に置いていたバッグからシャーペンとノートを取り出し、そこに文化祭での動画使用禁止は賛成か反対かという質問と提出期限、竜胆先輩の連絡先、その他の情報を綺麗な字で書きだした。
堅苦しく見えないようにするためか、隙間に花の絵などもつけていく。
「これでどう? もう少し華やかさとかいる?」
「充分です。あとは魔法で複写しましょう」
ポストに入れても気づかないことがあるから、大きさはA4ノートの4分の1ぐらいのおおきさでいいかな。
2人でノートに1ページずつ複写していく。2年生305人、3年生298人だから、アンケート用紙の人用枚数は603枚。1ページで4枚の複写だから、約151ページ必要だ。
お互いにノートを使い切ったら、別のノートで複写をする。
3冊目まで到達し、約50分を掛けて複写を終えた。
「ふう~、次は紙を切らなきゃね」
「そうですね。ハサミでさっさと切っちゃいましょう」
風魔法で一気に切りたいところだけど、紙の耐久性や安全性のことを考えたら得策じゃない。
でも4等分するだけだから細かい切り方はしないし、5枚重ねて切ることにする。
「なんだか幼稚園を思い出すわね。こういうことしょっちゅうやってたわ」
僕はまだ5回程度しかやったことないけど、紙を切る作業は歳を重ねるにつれてやらなくなるものなのかな。
竜胆先輩にとっては、これは懐かしい作業になるのだろう。
15分経ったぐらいで最後の紙を切る。
「終わったあ! あとはポストに入れるだけね」
晴れやかな顔で大きく伸びをする竜胆先輩。
手足が軽く引っ張られているようで、気持ちが良さそうだ。
「楽しそうだね」
食堂のおばあさんが話しかけてきた。
手には2つの器が乗ったトレーがある。
ていうか謝らなきゃ。今更だけど、食事をする場所で作業しちゃったんだし。
「すみません、テーブルで勝手に作業しちゃって」
「いいのいいの。それよりも、はい、これどうぞ」
そう言って食堂のおばあさんがテーブルに置いたのは、天ぷらうどんだった。
「いえ、あの、悪いですよ。テーブル勝手に使った上にこんなこと」
「そうよおばあちゃん。私達お金払うから」
「いらないいらない。何かに夢中になるのってホント良いことよね。あなた達の楽しそうな顔見てたらこっちも楽しくなっちゃって。これはおばさん達からのお礼。文化祭、頑張りなよ」
そう言って笑顔で厨房に戻って行ってしまった。
2人揃って立ち上がり、その背中と厨房にいる全職員に向かって頭を下げる。
「「ありがとうございます」」
頭を上げた時、おばあさんはもういなかった。
「かっこいいわね」
「そうですね」
久しぶりに、人間の温かさを感じた気がする。
「食べましょうか」
「そうね。伸びたら勿体ないし」
席に座り、手を合わせる。
「「いただきます」」
割り箸でうどんを掴み、すする。
「美味しいね」
「はい。とても美味しいです」
美味しい。よく食べてる味なのに、今日は特に美味しく感じられる。
ダシがどうとか、麵がどうとか、そういうことじゃない。もっと違う大きなもの。
箸が止まらない美味しさとはこういうものなのだろうか。
僕の頭の中で、料理の味は人の温かさでも変わることが今更になってインプットされていく。
こんな味を、いつか僕でも作りたい。
そのあと僕が男子寮、竜胆先輩が女子寮のポストそれぞれにアンケート用紙を入れ、提出期限の2日後、6月11日まで待つだけになった。
数人は無回答かなと思ったけど、思いのほかみんな回答してくれて無回答はなかった。
集計結果は、賛成0、反対603。
魔法使いだからかな? みんな縛られるのが嫌いなようだ。
6月12日、水曜日の放課後。アンケートの結果を持って竜胆先輩とともに生徒会室へ向かう。
職員室の隣という、なんとも窮屈な場所にあるその扉はとても殺風景だった。
生徒会室に入るのは初めてだけど、中はどんな感じなんだろう。
「青銅君、生徒会に会う前に言っておきたいんだけど、個性的な人ばかりいるからペースに飲まれないように気を付けて」
個性的?
「おかしいってことですか?」
「そこまでではないと思いたいんだけど、私はもう慣れてるところあるから……とりあえずポーカーフェイス気取ってて」
「……わかり、ました?」
言われたとおり表情を変えないよう意識することに。
竜胆先輩が扉を3回ノックすると、中から声が聞こえた。
「どーぞー」
気だるそうな女性の声。
「おじゃましまーす」
逆に元気な声を出す竜胆先輩。
「失礼します」
続くように僕も大きすぎず小さすぎずの声を出す。
中に入るとまず目に入ったのが、教室よりも狭く資料室よりも広い部屋、その2分の1は占有しているであろうテーブル。おそらく机同士をくっつけて大きくしているのだろう。
それから壁に置かれた大きな棚。中はファイルでぎっしりだ。
どんどん小さな物へ目を向き始め、端にある湯沸かしポッドで目移りは終わった。
部屋にいるのは3人。役員は女子生徒1人、男子生徒2人の合計3人だから、全員揃っているようだ。
校内にいる生徒数に対して少ないと思うけど、部屋の広さから考えても生徒会なら妥当な人数なのだろう。
「クルハロー! 疑似デモに来たわよ!」
「珍しく来客かと思ったら咲生か」
小さな口から出る熱のない心底気だるそうな声。
しかしボリュームのあるフワッとした長い髪の毛は美しいピンク色で、ポニーテールなこともあってか伝わってくる活力。
生徒会室で着るには似合わない白衣のせいもあって、死と生、その中間にいるような人間に見えた。
口に咥えられた白く細い棒はタバコかと思ったけど、よく見るとペロペロキャンディの棒だ。僕も最近舐めたことがあるからわかる。
生徒会長は科学部と掛け持ちしてる尖り耳の女子生徒だって竜胆先輩から聞いてたから、この人がそうだろう。
名前は『験実幸』。験実楽先生のはとこ。
「ここに来た理由はわかっている。例のステージ発表の件だろ」
「よくご存じで」
アンケート用紙は生徒会にも渡っているはずだから知っているのは当然。そんなことわかりきってるはずなのに……竜胆先輩、ちょっと楽しんでる?
「で、そっちの生徒は……青銅錬磨か。しくよろ」
「どうして僕の名前を?」
面識はないはずだけど。
「明光からしょっちゅうお前の話を聞いた。この前寝顔の写真を見せられたばっかだから顔を記憶していた」
あのからかい上手め! 顔に落書きだけじゃ飽き足らず写真まで撮ってたとは!
「あ、写真のこと言うなって明光から言われてたんだった。今の忘れてくれ」
どうやって忘れろというのだ。
そういえば明光さんも科学部に入ってたっけ。
まさか科学部全員に見せてるとかないよね……。
「いいえ、むしろありがとうございます。今度別のベクトルでやり返すことにします」
深々と頭を下げて挨拶する。
「そうか、まあ頑張れ。で、アンケートの結果はどうなんだ?」
「ふふん! これが集計結果よ。見て驚くといいわ」
竜胆先輩が集計結果を書いた紙をその女性に自慢するように胸を張って見せつける。
「賛成0,見事な結果だな。まあ予想通りだが。生徒会も全員反対に入れてたし」
眉一つ動かすことなく集計結果を見つめる幸生徒会長。
なんだか、仕事のデータを確認する上司を見てる気分だ。
「で、これを見せて私に文化祭のルール変更を高田教師に打診して来いって言いたいんだろ」
「その通り! わかってるじゃない生徒会長様! これはアタシ達生徒の回答なんだから、ちゃんと伝えなきゃダメよお」
アタシ? 竜胆先輩さっきまで一人称は私だったような……。
そういえばいつの間にか変わっていたけど、僕と初めて会った時もアタシって言ってたっけ。
また遠回しに何かを伝えようとしてるのかな?
「はあ……わかってるよ。ああメンドクサ。なんでこんな仕事ばっかなのに生徒会長になんてなっちゃったんだろうな」
怒気を含みながら言ったあと、僕の横を通り過ぎて生徒会室を出ていった。職員室に向かったのかな?
「ボクは別に動画禁止でもいいんですけど」
別の声がした。
こちらに近づいてくるのは生徒会役員3人のうちの1人。
眼鏡をかけていて、髪はストレートの黒。
制服をしっかり着込み、真っ直ぐなネクタイが良く似合う佇まい。目つきが鋭くてちょっと恐いけど。
副会長の羽良達也先輩。2年生だ。
「そう言う割には反対に票を入れてくれたのね。去年のステージ発表では1組の動画がクオリティ高すぎて完敗だったのに」
「会長が反対にしたからボクもそれに従ったまでです」
照れ隠しなのか、特にズレてもいないのにクイっと眼鏡を上げる達也副会長。
「それで、会長は何も言わなかったので代わりにボクが聞きますけど、どうして1年生が竜胆先輩と一緒にいるんですか? まさかあの花鬼に彼氏ができたとか?」
花鬼? なんでそんな二つ名が?
「違う違う。彼には手伝ってもらったのよ。アンケートの案も彼が思いついたんだから。この子凄い頭が良いのよ」
まるで自分のことのように喋り、僕の頭を撫でてきた。
「ほお……」
褒められたのは嬉しいけど、『花鬼』の部分がとても気になる。あと、達也副会長の品定めするような目がキツイ。
この人とは何故か関わっちゃいけない悪寒がするんだよなあ。
「あなた、少しボクと似てるね」
「え?」
「同じものを感じる。なんだか仲良くなれそうな気がするよ。ボクの名前は羽良達也。よろしく」
まだ会ったばかりの先輩から変なことを言われた。
似てるって何のことだろう。
差し出された手をとりあえず握るが、顔を真っ直ぐ見れない。
少し戸惑っていると、テーブルを叩く音がした。
「あーこれも違う、全然インパクトが足りない! チクショーこんなことやってられないよクソッタレ‼ なんで俺が台本作んなきゃいけないんだよ‼」
テーブルに座ってノートパソコン相手に怒鳴り声を出す男子生徒。
長くボサボサした白髪で、こけた頬。
体のラインが細く、見るからに不健康そう。周りに置かれたエナジードリンク缶の山が凄い。
「彼は穴馬照代。優秀だからウチで会計と書記をしていて、そのうえ小説家だ。だけどクラスメイトからステージ発表の台本づくりを頼まれて、絶賛イライラ中。あまり近寄らない方がいい」
この魔法学校に小説家がいたんだ。魔法使いが魔法関係以外の仕事に就くことなんて滅多にないことなのに。
どんな本を書いてるのか、ちょっと気になる。
「うるさいぞタッツー。人を危険人物みたいな言い方するな。あーイライラして碌なアイデアが浮かばない」
頭に栄養を送るためだろうか、今日はもう何本目なのか心配になるくらいの勢いでエナジードリンクを喉に通していく。
締め切りに追われるクリエイターってみんなあんな感じなのかな。
「こんなこと1年下の後輩から言われたくないとわかっていますが、体には気を付けてくださいね。倒れて続きを書けなくなることが読者にとって一番の損失なんですから」
「あらー、言われちゃったわね照代君。まあ休むことも仕事のうちって言うもんね。ていうかそんな大量にエナジードリンク飲んだら魔法使いでも死ぬわよ」
「ほら、先輩後輩からも心配されてるよ」
僕に続くように竜胆先輩と達也副会長も言った。
「クリエイターの仕事はね、どこまでいってもブラックとは切り離せない運命なんだよ。それと青銅だっけ? お前はそうかもしれないけど、読者は大抵好きな作品が無くなっても他で補填するぐらい要領がいい。だから俺がやるのは体の限界まで――」
まだ話してる途中なのに僕を見た途端、照代先輩は固まった。
「お前ら……いいな。凄くいい」
親指と人差し指で長方形を作り、まるでカメラマンのようにその小さな枠からこちらを見てくる。
いや、僕というより、僕と竜胆先輩を見ている?
「誰もが認めるほど優秀で高身長な先輩と平凡な後輩のカップリング。王道だけど、こうして横に並んでると絵になる。やはり王道こそ物語の基礎であり基盤。……よし、次のストーリーはこれでいくか」
カップリング?
「ありがとな! 次のは満足できそうな本にできそうだ」
何もしてないのにお礼を言われ、軽く肩を数回叩かれた。
竜胆先輩と同じタイミングで首を傾げる。
「よし、思いついたことを片っ端からメモしてくぞ」
そう言って照代先輩はまたノートパソコンに集中してしまった。
「ね、気を抜くと向こうのペースに飲まれそうでしょ?」
「まあ、今のはそうですね。でも達也副会長と幸生徒会長は特におかしなところはないと思いますよ?」
「それも多分あと少しでわかると思うわ」
あと少し?
すると、幸生徒会長が帰ってきた。
高田先生との話し合いの結果はいかに。
「ダメだった」
「「「ええ⁉」」」
開口一番の納得いかない答えに照代先輩以外が反応してしまう。
2年3年全生徒の意見なのにどうしてだろう?
「なんかもうすでに決まったことだとか、動画ばかりだとクオリティやら本番の雰囲気が悪くなるとかいろいろ言われて、もう面倒くさくなったから適当に流した」
そこは抵抗しましょうよ。
なんでこんなやる気ない人が生徒会長になれたんだ?
「頑張ってアンケート取ってくれたのに悪いな2人とも。お詫びに飴ちゃんやるから勘弁してくれ」
そう言って口から出したペロペロキャンディを僕達に向けてきた。
紫色だからグレープ味かな? つばまみれで汚い。
「いらないわよそんなの」
「僕も人の舐めかけはちょっと……」
僕達の当然の返しに幸生徒会長は「うまいんだけどな、これ」と残念そうに舐めかけのペロペロキャンディを見つめる。
「じゃあボクが貰ってもいいですか⁉」
その声は達也副会長だった。
手を上げて欲しそうにペロペロキャンディを見る姿は、まるで餌待ちに尻尾を振っている飼い犬のよう。
正気かこの人?
「いいよ、まだたくさんあるから」
「ありがとうございますありがとうございます!」
将軍から褒美を貰う家来のように跪いてペロペロキャンディを受け取ると、「ヒャッホウ‼」と跳ねる副会長……。
「あの、なんでそんなに嬉しがってるんですか?」
疑問しかなかった。食べかけの何が嬉しいんだろう。
「当たり前だろ。生徒会長が舐めた飴を舐められるんだ。こんなに嬉しいことはない。あなたもそう思うだろ?」
なにこの人気持ち悪い。
もしかしてさっきの「僕と似てる」ってこれのこと? だとしたら失礼すぎて頭にくる。
「僕、好きなものに一直線なタイプの人は羨ましいと思うし憧れますけど、そういう一直線はさすがに嫌です。人としてのマナー、というより矜持ぐらいは守りたいです」
横から竜胆先輩がうんうんと頷きながら「よく言った。偉いわ」と褒めてくれた。
あとなんでそんな副会長を見ても生徒会長は気にせず他のキャンディを舐められるの?
今度は黄色だからオレンジ味だろうか?
「さっきまで舐めてた飴があんな扱いされてますけど嫌じゃないんですか?」
わざと副会長に指をさしながら生徒会長に聞いてみる。
「ん……実害は今のところないし別にいいんじゃないの?」
今はなくてもこれから充分ありそうなんだよなあ。
生徒会室に入る前に竜胆先輩が忠告してくれた理由がよくわかった気がする。
このお三方、ものすごく変わってる。
「あー生きるのメンド。早く日本にも安楽死制度導入してくれー。苦痛を認識することもなくすぐ死ねるって理想的な最後だわ」
息を吐くようにとんでもないこと言ってるよこの生徒会長。
て、そんなことよりもステージ発表の件をどうにかしないと。
「幸生徒会長、高田先生さえなんとかすればルール変更の件は無しにできるんですね?」
「なんとかできればな。何か考えがあるのか?」
「考えってわけではありませんけどなんだかその先生、上演と上映に優劣をつけてるような気がするんです。なので、今度は僕が高田先生と1対1で話してみます」
生徒会室を出る途中「1人で大丈夫?」と竜胆先輩から心配されたけど、「大丈夫です!」って元気に答えた。
廊下に出て生徒会室の扉が閉まったあと、また扉が開いて照代先輩が出てくる。
「俺も行かせてくれ。心配しなくてもお前の邪魔はしない。ただ、どんなことをあの教師に言うのか気になっただけだ。それにお前が失敗した場合の保険にもなれる。1人増えれば意見は2倍だからな」
……まあ邪魔しないならいいか。
「いいですよ」
2人で職員室に入るが、高田先生はいなかった。
験実先生に聞いたところついさっき出ていったらしく、おそらく行き先は資料室とのことだったので資料室に向かうことに。
「照代先輩ってどんなジャンルの小説を書いてるんですか?」
道中会話無しはキツイので、気になってたことを聞くことにした。
「恋愛小説だ。愛は良いものだぞ。書いてるとその物語のキャラクターだけじゃなく、書いてる俺までキュンキュンする。魔法使いなのにと思うかもしれないが、本を書くことは俺の天職だ。生徒会に入ったのだって、何かネタになるものが見つけられるかもしれないと思ったからだしな」
照代先輩は嬉しそうに語った。
天職というくらいなんだから、この人は本当に本が好きなのだろう。
達也副会長のは例外だけど、何か1つのことを一直線に好きになれることは羨ましいと思う。
「お前も何か趣味あるか?」
「いいえ、特にはありません」
「部活は?」
「入ってません。最初ゲーム部に入ろうかなと考えましたが、1年が僕しか入りそうもなかったみたいで。それってつまり、いつか僕が部長になるってことですよね。僕そういう責任は持ちきれないので」
積み重ねると精神的にも悪いしね。
「上昇志向が無いってことか。残念だなあ。もし入ってくれたら生徒会にやっと1年が来ると思ったんだけど」
「すみません」
「謝ることじゃない。気が変わったらいつでも来てくれ。歓迎するから」
そんな会話をしているうちに資料室まで来た。
ちょうど高田先生が出てきたので、近づくことに。
どういうことを言おうかなあ……。
30分後。生徒会室にて、高田先生と生徒会役員の会議が行われていた。
関係者として僕と竜胆先輩も参加することになったが、特に発言することはなく話し合いは進んでいる。
「グスングスン……では、動画の使用については制限時間を設けるということで。先生は失礼します。あとは生徒会で何とかしてくれ」
会議が終わった途端、高田先生が泣きながら帰っていく。
横暴なくせに泣き虫なんだなあ……。
ちょんちょんと竜胆先輩から指で肩をつつかれた後、耳元で囁いてきた。
「青銅君、一体高田先生に何言ったの? あんなに泣く姿初めて見たわよアタシ」
「そう言われても、別におかしなことは言ってないんですけど……」
ただこっちの意見を堂々と言っただけ。そのあとちょっとだけ脅迫したけど……。
どう説明しようか考えていると、照代先輩が近づいてきてさっきの会話を話し出した。
「凄かったぞ。特に胸に響いたのは、
『上映と上演に優劣はありません。2つとも裏には関係者達の物語があり、彼らの記憶に残るんです。学生だって同じです。彼らが不満に思っていないのなら、大人は余計な口出しはせずに見守るだけでいいのではないですか。クオリティや本番の雰囲気がどうとかよりも本人達がしたいことをしてる、それが教師として子供に与えるべき環境だと僕は思いますけどね。学校は会社と違っていれる時間は少ないんですから、大人の理想よりも子供の理想を見せてあげましょうよ。まあ、それでも自分の意見を通したいなら教師特有の圧でもかけてどうぞ実現させてください。そんな教師が子供に教えられることは、黒板に書いてある文字だけですから』って言うと怒った高田が胸倉を掴んできたけど、機械のように真顔で青銅が、
『子供が大人を諭そうとすると怒鳴りや暴力で黙らせる。そういうところも子供はちゃんと見てるんですよ。そして自分達でこう考える。あの人から学べることは、あの人みたいな大人にはなってはダメだということだけ。何も期待しない、無関心でいい、だから誰もあなたに意見しない。先輩たちの評価から考えて、あなたは生徒から教師ではなく、ただの横暴な大人としか見られていないようですね。子供は大人が思ってるより何倍も頭が良いんです、あなた達が子供の頃もそうだったように。この学校にあなたのことを尊敬してる生徒は、誰もいないんでしょうね』だってよ。いやあ、素晴らしかった」
照代先輩が満足した顔で拍手をくれる。
「なんで一字一句間違えずに言えるんですか」
恐ろしい記憶力だ。
「だが高田が泣いたのはそのあとだ。青銅が魔法で遠隔操作してたスマホを高田に見せたんだ。画面には青銅の胸倉を掴む高田の姿がバッチリと撮られてた。アイツ、監視カメラの影だと思ってたからさぞ肝が冷えたんだろうな」
竜胆先輩からの評価が下がりそうだから、あんまりそのことは言わないでほしいなあ。
……あれ、なんで評価が下がってほしくないんだろう?
答えが知りたくて竜胆先輩を見つめてたら、目が合ってしまった。すぐに逸らさないと。
「どうしたの青銅君?」
「いえ、ちょっと乱暴すぎたかなと思いまして」
「青銅君はただ生徒からの意見を通そうとしただけでしょ。世間的に見れば褒められたやり方じゃないのかもしれないけど、アタシとしてはスッキリしたから反省する必要はないんじゃないかしら」
「……そうですか」
失望されていないならいいか。
「……やっぱりいいな、あの2人。推し決定だ」
照代先輩がまじまじと見てくる。
おし?
「これでルール変更の件は一件落着か。青銅、お礼にジュース奢るよ。近くの自販機で買ってくるから。何が飲みたい?」
達也副会長がそう言って高そうな長財布を取り出す。
別に奢られるようなことをしたつもりはないんだけど……。
でも人の親切は心が無くてもちゃんと受け取らないとダメだよね。
「ありがとうございます。じゃあオレンジジュースで」
「アタシ、紅茶」
「ワタシはコーヒー、微糖ブラックで」
「俺はエナドリ」
「そんないっぺんに言われても覚えきれませんよ! ……ってなんで全員分奢ることになってるんですか⁉ 会長ならともかく他2人は自分で買ってくださいよ!」
「いいだろ、お前ん家金持ちなんだし、エナドリぐらいケチケチするなよ」
やっぱりお金持ちなんだ。
ていうか照代先輩はまだエナジードリンク飲むつもりなの?
「お金の管理はしっかりするように親から教育されてるんだよ。ところで会長、微糖ブラックってなんですか? うちの自販機にそんな矛盾したコーヒーありましたっけ?」
「冗談だ。ワタシは自分の金で買う」
やれやれといった感じで幸生徒会長が立ち上がると、「さすが会長、ユーモアですね! 今度一緒に海外旅行行きませんか?」と達也副会長が変なことを言った。速攻で断られたけど。
「じゃあアタシも買いに行こうかな。青銅君も行く?」
「はい。自分の分は自分で持ちます」
照代先輩も「しょうがないなあ」と言って立ち上がり、結局全員で自販機に行くことになる。
こうして、ステージ発表のルール変更の件は終わった。
沈みかけた夕日によって空がオレンジ色と暗い青で分かれている頃。
寮への帰路を竜胆先輩の隣で歩いている。
運動部の声がたまにするぐらいで比較的穏やかな雰囲気。さっきまでの騒ぎが嘘のようだ。
「なんだか凄く肩が軽いわ。大仕事が終わった後の社会人ってこんな感じなのかしらね」
縛りから解放されたように大きく伸びをする、ある種の平和的日常な竜胆先輩の姿を見てほっこりしてしまう。
「お疲れ様です」
「それはこっちのセリフ。一番活躍したのは青銅君でしょ。私はアンケート用紙を作って配っただけ」
あ、『私』に戻ってる。
一人称を変えることなんて普通はしないだろうし、やっぱり何か伝えようとしてたのかな?
「ありがとね、青銅君。私だけじゃ多分ここまでできなかったわ」
「そんなことないと思いますよ。最後は僕がちょっとやりすぎちゃいましたけど、ほとんどのアイデアは竜胆先輩が考えたものです。僕がいなくても竜胆先輩なら誰かと協力して解決してましたよ」
もしかしたら僕よりも早く平和的に解決してた人間だっているかもしれない。
たまたま頼まれたのが僕ってだけだ。
それよりも聞きたいのは、どうして僕に頼んだのか。
他にも候補はいるだろうに、わざわざ後輩である僕を選ぶ必要はない。
聞きたい、でもできない。女子寮で頼まれた時のキラキラした目を再び見ることになると思うから。
「幸がもう少しやる気なら私はそっちに行ってたのかもね。でもそんなやる気があったら高田先生がルール変更の案を出した時点で反対してるか」
「そういえば、どうして幸生徒会長は生徒会長になったんですか? あんなに生徒会の仕事を面倒くさそうにしてるのに」
「前は真面目な子だったのよ、元気があって素直だったし。でも生徒会長になった直後くらいから突然あんなになっちゃったの。夏休み明けに会ったクラスメイトが一皮むけて変わったって話は聞いたことあるけど、ちょっと変よね?」
真面目だったんだ。
何がどうしたら安楽死を望む人間になるのか。
「そういえば副会長が幸大好きの変態になったのも同じくらいだったわね。もしかしてあの2人って意外にも付き合ってたりして」
「それはないと思いますよ……」
想像したら達也副会長のおぞましい姿が浮かんできた。
「じゃあ僕はこっちなので」
男子寮と女子寮の分かれ道に着いたので、男子寮の方へ。
「あ、ちょっと待って! 実はもう1つお願いがあるの」
「なんですか?」
話を聞こうとするも、竜胆先輩は何も言ってこない。
待っていると、気まずそうに指をいじりだした。
「先輩?」
無意識に首を傾げていしまう。
口にしづらい頼みなのだろうか?
「そのぉ……私のおじいちゃんに青銅君がパパに似てるって話したら凄く興味持っちゃったらしくてね。えっと……今度連れてこいって言われたの。それで、青銅君さえよければ一緒におじいちゃん家に来てくれないかなぁって。そんなに遠くないから夜には帰れるし……ダメ?」
なんだそんなことか。
えらく話し辛そうにしてたから何事かと心配してしまった。
「いいですよ」
「ホントに⁉ 他人の祖父母の家に行くってかなりハードル高いわよ」
「まあ、多少は気まずくなりますけど、断る理由もないですし」
それになんだか竜胆先輩のおじいちゃんを無性に見て見たくなった。
どんな人なんだろう……。
「……青銅君ってかなり度胸あるわよね。今日も先生のこと脅迫してたし。そういうの活かせる仕事してみたら。かなり出世できるわよ、絶対」
そうかな?
最善だと思うことに失敗した時のパターンを何通りも考えてその通りに実行してるだけなんだけど。
まあ、寿命が10年しかない僕には関係ないことか。
「多分夏休みになると思うけど、細かいことは今度伝えるから。それじゃ、またね」
「はい、お疲れ様です」
「あ、今回のお礼は今度するから! また一緒にどこか行きましょう!」
「あ、はい……」
背中を向ける瞬間、少しだけ竜胆先輩の顔が赤くなっていくのが見えた。
「……」
嬉しがるべきなのか、忌避すべきなのか。
博士の言う通り、これは軽い気持ちで向き合ってはいけない感情なのだろう。だから矛盾した2つの気持ちに天秤が迷っている。
嬉しいという気持ちはわかる、凄いわかる。でも忌避したい気持ちの理由が何度思考してもわからない。
自分の意識から来るものじゃないから? 無意識、または誰かによるものだから?
「帰ろう」
ここじゃあ答えは出ない。
今回のように関わっていけばいつかわかることだろう。
そんな人為的な楽観視にふけながら、僕は男子寮へ向かった。