バス停小屋の中で
僕の名前は青銅錬磨。現在1歳9カ月の北海道魔法高等学校に通う高校生。
ホムンクルスゆえに年齢が周りとかなり差があるけど、特に支障のない学生生活を過ごせている。
入学早々クラスメイトから黒板消しを落とされ、壺を割った犯人に仕立て上げられそうになり、図書室内のラブストーリーに巻き込まれ、ウサギ殺しの犯人を特定し、先輩とちょっとだけ仲を深め、退学目的で夢を見せてきた友人とゲームをした。
うん、特に支障ない学生生活。
そんな4月だったけど、時は流れ気づけばもう6月。
この時期になると、この学校では生徒達が騒がしくなる。
なぜなら、学生にとって1年に一度しかない文化祭が来月に控えているから。
魔法学校でも例に漏れず文化祭っていう名前だけど、魔法祭と一部では言われているらしい。
しかしここは魔法学校。名前は似てても内容は全く異なる、と入学前は思っていたんだけど、どうやら非魔法使いの文化祭と大差ないらしい。
どうしてなのか博士に聞いたところ、魔法学校とは魔法を学ぶ場ではあるが、そもそもは魔法使いが非魔法使いの世界で上手く生きれるよう教育するために作られた施設らしく、イベント事は大抵非魔法使いのものに合わせて作られているらしい。
それを聞いて若干期待外れ感があったけど、生徒達は盛り上がっている。
日本人特有なのか、それとも世界共通なのか。みんな、祭り事が大好きなようだ。
じゃあ僕は文化祭というものをどう思っているのだろう。
こういう祭りは、大抵親しい友人と時間を過ごすからこそ楽しいものになるはず。
しかし僕の場合、せっかく作った友人は退学してしまったし、唯一毎日のように話す、というか嫌なのに話しかけてくる人間は明光さんだけ。
こんな人間関係で、果たして僕は文化祭を楽しむことができるのだろうか。
そんなことを考えながら窓を見てると、明光さんが近づいて来る気配がした。
露骨に嫌な顔をするが、それでも構わず彼女は近づいてくる。
「錬磨君、今年の文化祭ではステージ係と貼り絵係と模擬店係、どれに入るつもりですか?」
係、か。
ステージ係は、その名の通り体育館のステージでクラス事に考えた出し物を発表する係。正直、僕には合わないので今年はパスだ。
貼り絵係は、千切った紙を台紙に貼り付けて1つの絵を作る係。やること自体は文化祭前で全て終わり、みんなの前に出るようなこともない。正直、僕にはこれが一番合ってる気がする。
模擬店係は、文化祭の醍醐味である模擬店を出す係。といっても、来るのは生徒か親だけなので、儲けを考えるわけでも本格的なものでもない。気楽と言えば気楽だけど、やっぱり人前で何かをするのは緊張する。
文化祭最終日には3つの項目ごとに1位のクラスを選出するみたいだから、クラスの足を引っ張らないようにしないといけないし、ここは……。
「僕は――」
「貼り絵ですよね、わかってます。錬磨君がやれそうなのはそれくらいしかありませんから。じゃあ私も貼り絵にしますね」
「……じゃあ模擬店で」
「やめた方がいいと思いますけど、やりたいなら私も模擬店に」
「じゃあステージ――」
「錬磨君には不可能な選択です」
ため息が出る。
明光さんとのこういうやり取りはもう何回目だろうか。
事あるごとにこうして同じグループに入ろうとしてくるので、正直もう参っている。
これが友達だったり、好きな人だったら嬉しいんだろうけど、明光さんは僕の思考を信じられないほど当ててくる。自分でも自覚しないようにしてるところまでも。
僕は自分の思考を読まれるのが嫌いなので、当然明光さんのことは嫌いだ。
それどころか、恐ろしいとさえ感じる。
だから本当は距離を置きたいんだけど、明光さんの方からグイグイ来るし、今みたいに退路を断ってくるのでどうしようもない。
模擬店ならなんとかできるかもしれないけど、ステージは確かにやめたほうがいい。みんなと息を合わせられる気がしない。明光さんと同じなのは不安だけど、やっぱり貼り絵にするべきだ。
「じゃあ、一緒に貼り絵頑張りましょうね」
返事も待たずにそう言って満面の笑みで見下ろしてくる明光さん。恐い……。
「あ、もう授業が始まりますね」
チャイムが鳴り、明光さんがいなくなったのでやっと平穏な時間を過ごせる。
「ふふ……」
……と思ったんだけど、横から変な視線を感じたので反射的に振り向く。
そこには、僕の反応を見て笑う明光さんがいた。
そういえば昨日席替えして隣同士になったんだった。
あー、クラス替えしないかなぁ。
放課後になり、1人寮へ戻る。
最近、こうして自分1人で歩く時間に考えてしまうことがある。
ウンディーネ君が退学したせいなのだろう。自分の10年という寿命が短いと感じてしまう。
前はもっと死ぬことを受け入れられていた気がする。生きたいとは思っても、しょうがないと納得してそれ以上は考えなかった。
でも、死ぬ前にもう一度ウンディーネ君に会うことはできるのだろうか。
それだけじゃない。
この前テレビを見ていたら、病院のベッドで峠を迎えようとしている老人の場面が目に入った。
老人は家族を残して死にたくないと涙を流し、それでも運命には抗えず肉塊となった。
それでふと脳裏に浮かんだ。もし、僕にも家族のような大切な人ができたら、その人を幸せにしてあげたいと考えたら、あの老人のように『死にたくない』と思うのだろうか、と。
そういうことを考えているうちに、この短い寿命が惜しいと思い始めてしまったのだ。
黄昏る、なんて気取った言い方はしたくないけど、ここ最近はずっとこう。
「こんなことなら、生まれない方が良かったかもしれないね」
10年は長そうに見えて、長くない。
家族を作りたいと思うなら尚更だ。
友人を作るのが精々なところだろうけど、ウンディーネ君とは次いつ会えるかわからないし。
思考に浸っているうちに、男子寮の中へ。
「ただいまー」
自分の部屋に戻り、思考を別のことへシフトすることにした。
今日の夕飯はどうしようか。
最近、料理のレパートリーも増えてきたから、食の快楽というものも大きくなっている気がする。
具体的には、時間が無い時に食べたレトルトカレーが、『凄く美味しい』から、『美味しい』に下がるくらい。
それに、凝ったものはまだ作れないけど、昨日よりは美味しいものを作ろうとしている自分がいる。
料理に関しては、変化の毎日なのでとても楽しい。
ピンポーン。
……誰かが来た。
寮のインターホンを鳴らせることができるのは、魔法学校の生徒か先生のみ。
でも先生の場合、事前に部屋を訪れる連絡が来るだろう。つまり、生徒の誰か。
でも僕の部屋に訪れるような生徒ってことは……。
「もしもーし。錬磨君いますかー」
……明光さんの声がした。
どうしよう、このまま居留守でも――
「居留守ですかー?」
「……」
大人しく玄関ドアを開けよう。
「こんばんは」
笑顔で立っている明光さん。手には小さな白い小包がある。
「露骨に嫌な顔をしてますね」
それはそうだろう。
苦手な人が自分のテリトリーに入ってきたら、誰だって不快に思う。
「何か用?」
問うと、明光さんは手の小包を見せるように前に出してきた。
「実家から紅茶が届いたんですけど、どうやら友人と楽しむ分も含まれていたらしくて。なので、おすそ分けです」
「なら僕じゃなくてその友人に……ああ、そういえば君もボッチだったね」
「言い方が失礼ですね」
フフ、と笑いながら僕の手を掴み、紅茶の入った小包をその上に置いた。
「絶対に錬磨君の舌に合うので、飲んでください。では私はこれで」
背を向けて出口へ向かう明光さん。
なんだろう……。
「ちょっと待ってよ」
このまま帰したら、あとあと災難が降りかかりそうな気がする。
「もう夕飯は食べた? 食べてないなら、紅茶のお礼ってことでご馳走するよ」
「あら、もしかして錬磨君、紅茶の見返りに何か厄介なことをお願いされそう……とか考えてます?」
「そうだよ。だから今お礼をするんだ」
少し考えたあと、明光さんは答えた。
「では、お言葉に甘えましょうか」
これで面倒事は避けれるだろう。
小包だけを見ると、そんな高そうな紅茶ではないはず。
ならこちらもそれ相応の物を出すだけでいい……と思ったけど、久しぶりに自分の料理が他人に食べてもらえることに自慢したいと欲が出てしまい、1人の時は絶対に作らない量の副菜やハンバーグを出してしまった。
白米、豆腐と大根の味噌汁、ポテトサラダ、ほうれん草の胡麻和え、野菜炒め、野菜サラダ、長芋炒め、レンコンチップス、その他諸々にハンバーグ。
食後、明光さんが帰ったあと我に返り、残ったこれらをどう処理しようか考えながら貰った紅茶を飲んだ。
明光さんの前だから言わなかったけど、とっても美味しいじゃないか!
残り物のことなんかどうでもいいと思わせるくらいの驚き。
僕が飲んできた中で一番美味しいと言ってもいい。
ネットで同じ商品を見たところ、特に高価なものじゃないし珍しいものでもない。どこにでも売ってる平凡な紅茶。それなのに……。
「この味が僕の好みってわけか」
貸し借り無しになったはずなのに、僕の料理の方が金額的には上なはずなのに。
すっごい負けた気がする。
翌日の放課後。
僕は1人、近くのショッピングモールで買い物にふけっていた。
最近、食材に関して産地や状態、金額についてこだわるようになってきたせいか、買い物の時間が増えている。
人らしい時間の過ごし方をしていると思う反面、何か人として危険な欲が生まれているのではないかと感じることも。
「残り物と合わせるだけだから……どうしようかな」
今日の朝昼と昨日の残り物を食べたのに、まだ一食分も残っている。しかも、腹を満たせない微妙な量。
こういう時、何を作るべきか本当に迷う。
家事するお母さんは本当に偉大なんだね。
惣菜をいくつか適当に買い、ショッピングモールを出る。
駐車場から道路へ出て、いつもの道を歩いていた時、見られてる気配がした。
反対の歩道を見ると、そこにあるのは小さなバス停小屋。
中にはツヤツヤした長い茶髪の男性。
何年生かはわからないけど、魔法学校の制服を着ている。そして、目が虚ろで生きてる雰囲気がしない。
あと、とても小さい。120センチほどだろうか。
目が合い、失礼だと思ってすぐに逸らそうとしたけど、男性がチョイチョイとこちらに来るよう手招きしてきた。
うーん、恐い。何かの罠だろうか。
でも友達になってくれたら嬉しいかも……。
近くの信号を渡ってバス停小屋へ。
その間、男性はずっと僕ではなくショッピングモールを見ていた。
「こんばんは」
挨拶をすると、男性はゆっくりとこちらへ振り向き。
「やあ、こんばんは」
口角を上げただけの笑顔で、そう言った。
目に生気が感じられない。生きているのかもわからない。
「隣、いいかな?」
そう言うと、男性は少しだけ横に移動して僕が座る隙間を作ってくれた。
なんとなく敬語ではなくタメ口にしてみたけど、不満そうな顔はしてない。
「あの、君はどうしてここに座っているの?」
「バス停小屋にいるのに、バスを待ってる以外の目的があると思っているの?」
「君の場合、他に目的があってここにいるのかなって思っちゃって」
「……君はとても聡明そうだね。会話がスラスラ進みそう」
「そ、それはどうも、ありがとう」
いきなり褒められちゃった。
なんだろう、彼の雰囲気が誰かと似ている。
ああ、そうだ、ウンディーネ君だ。
この、ちょっと何考えてるかわかりにくい感じは彼とよく似ている。
「私は佐藤一切。君は?」
「青銅錬磨」
「青銅か、まさに君らしい名前だ」
何が面白かったのか、虚ろな目のままクスッと笑う一切君。
だけどバカにするような笑い方ではない。
「青銅、読み方を変えれば青銅だ。かつて非魔法使いは青銅器を用いて一時代を築いた。魔法使いにも同様に、青銅で作った人形を操り魔法世界に様々な悪影響を与えた者がいたという。どうだい、まさに君にピッタリな名前だろう。なぜなら、君は人間じゃないんだから」
「……誰かから聞いたの?」
もしそうじゃないのなら、初めて見破られた。
誰も僕の言葉以外で知った人はいないはずだから。
「さあ、どうだろうね」
敵対心は感じられない。
ただ雑談をしているだけ、そんな空気だ。
「ふふ、すまない、意地悪をした。本当はただの勘だ。君を見たとき、人間というよりトカゲみたいな雰囲気を感じたから」
「トカゲは酷いよ」
せめて哺乳類の何かと間違えてほしかった。
「だが、当たらずも遠からず、だろ」
「……うん」
肯定すると、ニコッと笑われた。
「勘が鋭いんだね。初めて見破られたよ」
「生まれつきでね。私は異常に勘がよくて、よく先読みしたり相手の個人情報を聞きもせず当てている。まあ、第六感みたいなものかな。それでみんな気味悪がって私に近づこうとしない」
「そうなんだ」
似たようなことを経験しているだけに共感が強くなる。
気味の悪いものを見る目、僕も入学早々向けられた。
まあ、会田さんの心ない親切を受け入れなかった僕の自業自得なんだけど。
「君は本当に興味深い。私は今自分が恐怖してないことに驚いている」
「恐怖? どうして?」
「君、人を殺したことがあるでしょ。 ニュースで見る殺人犯と同じ目をしてる」
……また勘だろうか。
でもその言葉を聞いた瞬間、焦りよりも受け入れようとしている自分がいた。
「うん、殺したよ」
雑談するように、迷わず答えてしまう。
彼は眉一つ動かない。
ただ、目の前にあるショッピングモールを見つめながら……。
「どんな感じだった?」
僕に昔の記憶を思い出させた。
どんな感じだった、か。
「殺してるときはこれでもないほどの快感があったかな。でも終わったあと冷静に考えると、殺すほどのことだったのかって後悔し始める。だから僕の場合、記憶を無茶苦茶に改ざんして自分を無理矢理正当化させたよ」
嘘偽りない回答をする。
それしか選択肢がなかった。
「君は、人を殺したかったわけじゃないんだね。優しい人だ。私が恐怖しないのもわかる」
「そんなことないよ。僕はやられたらやり返さないと気が済まないし、相手の第一印象からなかなか抜け出せない。もう何人も不幸にしてる。とてもじゃないけど、優しさとはかけ離れてる」
「君が仕返しをした時は、君の悪意が原因のものだったの?」
……思い出すと、そうでもないような気がする。
所長を殺したのは、幻の仲間を物扱いしたから。
会田さんに『どんなことがあっても助けない』という仕返しを考えたのは、壺を割った犯人にされそうになったから。
驚助君に仕返ししたのは、黒板消しを落とされたから。
ウンディーネ君は……そもそも仕返しなんて考えてない。
それでも、これだけは言わなければならない。
「主観的に見るとね、揉め事は大抵相手を悪と認識するように人はできてるんだよ。だから、仕返しをした僕は優しくない」
「じゃあ、仕返しをすることは優しさではないの?」
「どういう意味?」
「やり返さないことが優しさなら、相手はつけ上がるだけ。やり返して、やり返して、もう二度と悪さをさせないと誓うまでやり返して更生させるのが、優しさだと私は思う」
「……そう簡単にいかないから、人間はやり返すことを悪と見なしてるんだよ」
「わかってる。これは私個人の価値観。人は客観視という幻想を求めながら主観でしか物事を語れない生き物だ。私もその例外じゃない。もちろん、君も」
客観視は幻想。
客観的とは第三者の視点から物事を判断すること。
しかし、当事者たちは第三者の考え方などわかるはずもない。
いや、そもそも第三者だって結局のところ主観でしか判断していない。
第三者達を統計的に見て最も当てはまる考え方をしているのが客観的評価だと言うなら、一切君の言うことは正しいのかもしれない。
「……君は、自分を受け入れてくれる人にとことん尽くすタイプだね。だから逆に敵と認識したら過剰に冷徹になる。自分の周りにいる人には危害を加えられたくないから、守りたいから。君はやはり優しい」
「どうだろうね。僕は人生経験が浅いから自分のことはまだわからない」
この人はとても不思議だ。
話し方が独特なのに、耳に入ってくると気持ちが良い。雲の上で寝転んでるような包容感がある。
なにより、彼は僕じゃなく未来の僕を見てる気がする。
「ねえ、君って未来を見てるの?」
身近に明光さんという良い例がある。
一切君がそういう類の人だとしても不思議はない。
「未来はわからないものだ。何度も言うが、私はただ勘で君の性格を語っただけ。でも、私が性格を語って外れた試しはない。今は違っても、時間が経てばその通りになる」
本当のことだったらとんでもない話だ。本当の事なんだろうけど。
でも、何となくその勘に抵抗してみたいな。
「じゃあ今回が初めて外したことになるよ。僕は優しい人にはならない、断言するよ。僕は自己中心的で、いつも自分の事しか考えない人間になる」
「それで外したことになるの? だって、君は自分が悲しむのが嫌だから大切な誰かを守るんだよ。それはとても自己中心的でしょ」
「そうかな? 僕にはお人好しにしか聞こえないけど」
というか、そんな都合の良い存在になりたくない。
「私と君では意見が合いそうで合わないね。ほんのちょっとのところでズレている。だからこそ、この会話は楽しい」
それは僕も同じだ。
一切君はやっぱりウンディーネ君とよく似てる。
「ねえ、一切君はなんでバス停小屋にいるの?」
「それはさっきも言ったよ。バスを待つためさ」
「それは違う」
「どうして?」
「勘だよ」
静寂が僕らを包み込む。
目は合っていないけど、お互い自分のペースに引き込もうとしているのがわかる。
次の言葉を口に出そうとした瞬間、一切君の目がカッと開いた。
生気のなかった目に希望が走る。
目線の先にいたのは、ショッピングモールの店員の制服を着た女性だった。
眼鏡を掛けて頬の薄いそばかすが特徴の若い女性。
僕も買い物中に何度か見たことある。
「あの人がここにいる理由?」
「ああ。だが私の恋は成就しない」
まさかの恋愛沙汰だったとは。
「成就しないのは、魔法使いが非魔法使いと婚姻関係になるのが法で禁止されてるから?」
魔法使いは非魔法使いと結婚することはできない。
非魔法使いを魔法から守るためというのもあるけど、一番の理由は魔法の存続が危うくなるため。
魔法使いと非魔法使いの間には子供ができない。
今まで数々の研究者が実験してきたけど、理由はわからなかった。
知っているのはおそらく、『原初の魔法使い』だけだ。
「違う。彼女は魔法使いだ。成就しないのは彼女には他に愛する人がいるから。お腹にも別の命がある。今が幸せなんだよ」
「……辛いね、それは」
「うん。こうやって遠くから眺めるのも、本当はもうしたくない。でも思いは簡単には消えないから、諦められないから、ここにいる。だから死ぬことにした」
自殺……。
こういう時、止めるのが正解なのかな。
でも寿命の短い僕では彼の納得する言葉を口にすることはできない。
あと10年しか生きられないのに、「これからまた新しい恋が芽生えるよ」なんて無責任なことは言えない。
それに、彼もきっと僕の励ましが空虚なことぐらいわかる。
何も言わないことが彼にとって一番の励ましなことを祈ろう。
「……本当は死にたくない」
話題を変えるかと思ったけど、まだ続けるみたいだ。
「けど、彼女のそばにいれないと受け入れるほど私は何かを壊したくなる。人でも、物でも、どちらでも構わない。それこそ、非魔法使いを彼女以外にしてもいい」
「きっと寂しがるよ、あの人は。それに一切君じゃそんなことできない」
もしそんなことをしようものなら、誰かが止める。
「当然だ。私にそんな度胸はないし力もない。けど、君ならできるだろ、非魔法使いを殲滅することが。いや、この土の惑星を壊すことが。だって君は、人間じゃないんだから」
「また勘?」
「さっき君を優しいと評価した最大の理由だよ。君は人間じゃないくせに人間よりも人間を理解し、誰よりも人間になろうとしてる。だが、あの生き物は理解すればするほどため息が出る怪物だ。もし私が君なら、迷うことなく絶滅するほどの地球の汚点。だが君は殺さないどころか常に心配りしてくれている。本当なら今頃、全ての魔法使いが君に恐怖し震え上がっているはずなのに」
一切君は本当にどこまで見通しているんだろう。
確かに非魔法使いぐらいなら僕一人で絶滅させることができる。
もともとある魔法使いへの抑止力として研究者達が作ったのが僕というホムンクルスだ。
戦闘能力だって備わってるし、強力な魔法だって使える。
だけど、全ての魔法使いへの心配り。この部分まで見破られるとは思わなかった。
魔法使いはみんな魔法を使用する際『魔力』を消費している。
電化製品を動かすために電力を消費するように、魔法も魔力を消費することでそれを実現することができる。
魔力は魔法使い全員が持つエネルギーだ。
僕の場合はその魔力が、少しみんなより多く持っているだけ。
たったそれだけのことだけど、それが魔法使いを恐怖させる理由になっている。
だから隠した。みんなから怖がられたくないから。
僕を拾ってくれた博士ですら説明しないと気がつかなかったのに……。
「君の人生は、死ぬまでその心配りを忘れない。最後まで人に優しくあり続け、最愛に手を握られながら死ぬんだ」
「……さすがに語りすぎじゃないかな。占いで不幸なことを言われたら不快になるように、そうやって決められたように未来を言われると腸が煮えくり返る」
「頑張りなよ。君は私と違って幸せになれるんだから」
軽く脅したつもりだったのにそれでも続ける一切君。
死のうとしてる人に幸せになれると言われても嬉しくない。
「一切君は頑張らないの?」
「もう頑張ることに疲れた。恋が成就しないと分かった瞬間、私の目から色が無くなったんだ。何に対しても熱が湧かないんだよ。趣味のプチボックス集めも手が付けられなくなった」
燃え尽き症候群か。
きっと一切君は今まで好きな人へアプローチをしていたのだろう。
法でダメだとわかっていても、結ばれるために努力してきたのだろう。
それが子供という1つの命によって無駄に終わった。
付き合ってるぐらいなら、まだ奪えるという希望があったのかもしれないけど。
「一切君も、もう手遅れだと思うけど頑張って。君を見てると、なんだか退学した友人を重ねてしまって、死んだら悲しいから」
そう心から思っていることを言うと、一切君は笑った。
「それは間違ってない。私の名は佐藤一切。母の名は――」
「――水原根」
水原……ウンディーネ君のおじいさんと同じ苗字。
「ウンディーネは私のはとこだ。君が私を彼と重ねてしまうのは仕方のないことだろう」
まさかの真実に驚きが隠せない。
「え、はとこってことは、ウンディーネ君のことはよく知ってるの? 今どうしてるのかも」
「いや、知らない。親戚付き合いなんて面倒くさくてほとんど顔を合わせていないからね。彼が今どうしてるのかも私の耳にはこれっぽっちも入っていない。まあ今何をしようとしてるのか、予想はつくがね」
「教えて欲しいな」
正直安否確認ぐらいはしたい。
連絡先の交換もしてないから今どうしているのかもわからないんだ。
「……いや、聞かない方がいい。あくまで勘だ。あてにならない」
「君さっきまで信じられないほど勘が良かったよね?」
「そうだったかな? はははははは」
作り笑いしながら明後日の方向を向いてしまった。
「では、教えてあげる代わりに、私のお願いも聞いてもらおうか」
「え、なになに?」
教えてもらえないと思ってたのに、意外だ。
「それはね――」
「あ、いたいた! 探しましたよ錬磨君! 早く行きましょう! みなさん待ってますよ!」
良いところでお邪魔虫が入った。
そうだよね、彼女はこういうことをする人間だったね。
「明光さん、何か用? 悪いけど僕今この人と大事な話が――」
「こっちも急いでるんです! ほら、早く!」
そう言うと僕の手を引っ張り無理矢理立たせ、小屋の外へ。
明光さんらしくない強引なやり方だ。
そんな急ぐようなことなのかな。
「ちょっと待ちなよ」
後ろから一切君がそう言った。
明光さんは黙って立ち止まる。けど、前を見たままで、一切君を見ていない。
……明光さん、怒ってる?
「今彼は私と話していたんだ。それなのに大した事情も話さず無理矢理引き離すなんて、失礼じゃないかな。それとも、そんなに自分の思い通りにしたいのかい?」
思い通り?
「……これから文化祭について話し合うために、私たちのクラスは教室で集まることになったんです。だけど錬磨君だけ一向に来る気配がないので、みなさん腹を立ててるんです。これでいいでしょうか?」
「――そうか。それじゃあ仕方ないね」
何が仕方ないのだろう? 別に少しぐらいなら話す時間はあるだろうに。
「あの、初対面の後輩が先輩にこんなこと言うのは非常に申し訳ないんですけど、二度と私達に関わらないでください……」
いつもより少し低いトーンで明光さんは言った。だけど、前を向いたままこちらに表情を見せない。
僕を握る手に力が籠められる。まるで離したくないように。
「失礼します」
明光さんが学校へ早歩きし始め、手が繋がっている僕もそれに合わせるように歩くことに。
いつもの僕ならここで明光さんの手を振り払い、一切君の話の続きを聞いたかもしれない。
だけど、今の明光さんには逆らったらいけない気がした。
逆らったら殺される……そんな悪寒が止まらない。
死ぬ……絶対に殺される……。
手汗、大丈夫かな。明光さんを怒らせたりしないよね。
そのまま無言で校舎の中へ入り、僕たちのクラスの教室のすぐ傍まで来てしまった。
「もう、離してくれると嬉しいかな……?」
さすがに手を握られたままみんなのいる教室には入りたくない。
「恥ずかしがらなくても大丈夫ですよ。どうせ誰もいないので。だって、嘘なんですから」
「え――」
そういえば、もう7時近くで廊下は暗いのに、教室の明かりが点いていない。
「なんで、嘘なんかついたの?」
「……」
「明光さん?」
静かな廊下で彼女の体は動き出す。
ゆっくりとこちらへ振り向いて……
「さあ、なんででしょうね!」
……いつもの笑顔だった。
いつもと同じ顔、いつもと同じ声。それなのに、なんだろうこの恐怖は。
まるで幽霊にでも会ったかのように硬直してしまう。
「どうしました錬磨君? 汗びっしょりですよ? 風邪でも引きましたか? もし何かあるなら、私が看病してあげますよ」
上目遣いで僕に近づいてくる。
「大丈夫だよ……うん、大丈夫」
それは明光さんへの言葉? それとも、僕の防衛本能に対して?
「そうですか。風邪じゃなくて良かったです。夏風邪は大変と聞きますからね。それじゃ、私はもう帰りますね」
明光さんが横を通り過ぎる。
「あ、それと。次あの人と関わろうとしたら――殺しますからね」
……。
階段を下りる足音が聞こえるまで、息ができなかった。
僕も帰ろう。明光さんとは別方向から。
帰宅後、夕食を終え博士にバイタルチェックの結果を送った。
緊張のせいか鼓動が少し早かったけど、そのほかは異常なしの判定だったので博士との話もすぐに終わり、就寝時間の11時まで暇ができた。
いつもはこの時間にゲームやテレビを見て時間を潰していたけど、今日は違った。
なんだか、いろんなことが起きすぎて頭が整理できないのだ。
『二度と私達に関わらないでください……』
明光さんのあの言葉、ものすごく意味のあるものだったと思う。
なんで関わっちゃダメなのか、どうして僕だけではなく私達という言い方をしたのか。
一切君と明光さんは過去に何かあった?
……いや、明光さんは初対面だと言った。
なら、未来で何かあったんだ。
明光さんは未来予知の魔法を多用している疑惑があるし、一切君と関わって何か不利益になるような未来が見えたのかもしれない。
明光さんが得できない意味での不利益なのか、一切君が得する意味での不利益なのかは、わからないけど。
あと、そこに僕も含まれているんだ。
3人が関わる、凄く重要なことが。じゃなきゃ、明光さんがあんな強引なことするはずがない。
気になる……あんな明光さんの姿を見せられると余計に。
一切君はすでに察しているのだろうけど、僕は勘が鋭くないのでわからない。
「そうだ、見ればいい」
明光さんがやってることと同じだ。
「未来予知の魔法を使えばいいんだ」
そうすれば断片的ではあるけど、1つの未来を見ることができる。
もしそれで僕の予想通りの未来が見れれば当たりだ。
ただ、未来予知の魔法で見れるのは、無量大数以上存在する未来の中の1つだけ。
はっきり言って、狙った未来を見るのは不可能に近い。
それに、未来を知りすぎれば今の僕の行動にも影響を及ぼしかねない。
未来は見れば見るほど、現在の自分を変えてしまう。
たとえば、大学受験に合格できる未来が見えたからそのまま勉強を続けても、合格できるとは限らない。
合格できるという安心感から無意識に勉強をサボってしまい不合格になる可能性もある。見た未来が合格できないかもしれないという恐怖から途中で勉強方法を変えたことで合格したという未来の可能性もある。
未来予知はメリットしかないようでデメリットの塊なのだ。
「まあ、1回だけなら問題ないと思うけど」
未来を見てる時間はせいぜい1分。
その間に見れるのは僕の寿命である約10年のどこかだ。
ものすごい確率の低いギャンブルだけど、やろう。所詮ただの好奇心だ。
寝転がりながら、魔法を唱える。
未来を見る魔法は意外と簡単にできる。それこそ、優秀なら5歳ぐらいでもマスターできるほどに。
「未来を見る魔法」
唱えた途端、視界が真っ白になる。
あまりの眩しさに目を閉じてしまう。
目を閉じて数秒経ったあと、耳に嫌な音が入った。
燃え盛る大地の中、制服姿の僕は佇んでいる。
血肉の焼ける匂いに鼻が曲がりそうになる。
そこら中から悲鳴が聞こえてくる。
ここはどこ? そんな疑問は溶けていく魔法学校を見れば明らかだ。
問題はそこじゃない。これは僕がやったのか。
未来の僕は周りにある死骸の山など目にもくれず、一つの死体を見下ろしている。
目から生気が消え、ぼろ雑巾のように息絶えた明光さんを……。
「所詮、人間なんてこんなもんだよね。汚くて、ズルくて、醜くて、生きるに値しない存在だ……」
……誰がその言葉を吐いたのか、考える必要はなかった。
なぜなら、声は僕の口から響いていたのだから。
視界が変わる。
今度は海が干上がり赤茶色に染まった地球を、大気圏で見下ろす光景だった。
僕はその丸い地球に、トドメと言えるような大きな魔法をかけて、地球諸共塵になる。
視界がいつもの天井に戻る。
どうやらもう未来予知は終わったらしい。
「……なに、今の」
嗚咽では足りない光景だった。
僕は一体、何をしていたんだ⁉
翌日。あのあと一睡もできなかった僕は、誰よりも早く登校した。
部屋の中にいても落ち着けなかったのだ。
教室に入っても、いつもは聞こえる朝練の部活動の活気ある声はしない。
ただただ、鳥の地鳴きと強風で揺れる窓の音がするだけ。
天気予報を見るのを忘れていたけど、今日は悪くなりそうだ。
「珍しいな。お前がこんな朝早くに登校するなんて」
験実先生の声がした。
「おはようございます、先生」
「おはよう。ずいぶん顔色が悪いな。目の下に凄いクマができてるぞ。大丈夫か」
「はい。ちょっと眠れなくて」
相談したいけど、見た未来のことを話さなきゃならないと思うと気が引ける。
いっぱい人を殺したあと地球を壊しました、なんてどう説明すればいいんだ……。
それに、言った後、恐がられてしまうんじゃないか……。
「……早めに誰かに言っておけ。それが一番だ」
ありがたい言葉だった。
何に悩んでいるかは知らないのに、「相談に乗るぞ」ではなく、そう言ってくれたことがたまらなく嬉しかった。
「誰に言えば良いと思いますか?」
「さあな。それは悩みの種類や度合いによる。お前の場合、おそらく答えのない悩みなんだろ。お前がそんな顔になるなんて初めてのことだからな。そういう類は思いもよらないところでヒントにありつく可能性に頼るしかない」
「じゃあどうすれば……」
そんなの運頼みじゃないか。
「俺だったら、親身になってくれる人間より、意外性のある人間へ行くな。たとえば、嫌いな異性とか」
「明光さんって言いたいならはっきりそう言えばいいじゃないですか」
「だって俺から言ったらお前絶対行かないじゃん」
それはそうだ。
嫌いな人に相談しろと言われて誰が話したがるのか。
「アイツはお前とよく似てるし、きっとためになることを言ってくれるぞ」
確かに明光さんなら相談相手としては一番適していると言ってもいい。
彼女は未来予知を使っているし、僕と同じ未来を見てる可能性もある。
「でも……」
やっぱり嫌いなものは嫌いだ。
「青銅、お前がどうして裏表のことを嫌っているのかは知らないが、アイツは一度でもお前に酷いことをしたのか? そこまで嫌うほどのことをしたのか? 人間誰しも気に入らない相手はいるものだ。何もされてないのに目に入るだけで不快な奴は生きてればできる。だけどな、そこで嫌いなままでいることに何の意味がある。喧嘩もしないで嫌って、ただ敵を増やして何になる。一歩自分から近づくだけで、そいつが親友になることだってあるんだぞ。お前は友達を作る1つのチャンスを拒絶しているかもしれないんだぞ」
「……」
もっともらし過ぎる言葉に何も言えなくなった。
確かに明光さんは僕に何もしていない。
からかうことはするけど、怒るレベルではないし、何よりウンディーネ君のことで裏からいろんなことをしてくれてた。
僕が嫌っている理由は、ただ思考回路がよく似ているから。
僕より僕のことを知ってそうで恐いから。
嫌っている理由としては一方的で最低だ。
「……善処します」
そう言うしかない。
そのあと、朝のホームルームの時間になっても明光さんは来なかった。
ホームルームが終わってから験実先生に来ない理由を問うと、先生は「今日病欠みたい、てへぺろ!」とボケをかましてきた。
先生は悪くないけど、全力で殴りたかった。
あれだけ教師らしいことを言ったのに……みんなが来るまでに必死で考えて明光さんに話す覚悟を決めたのに……。
放課後。僕は1人下校する。
結局誰にも相談することができなかった。
「この問題は明日へ持ち越し、か」
そう思うと、寝不足で重い体がさらに重く感じる。
もうこの重みから解放されたい。
ベッドでぐっすり寝たい。
「もう、誰でもいいかな……」
相談は相談。
僕の口から言うだけだし、回答を得たいわけじゃない。
誰にしようか……。
博士は仕事で忙しいだろうし、験実先生は頼りない。
「一切君、まだいるかな……」
明光さんに関わるなって忠告されたけど、どうでもいい。
殺されそうになったら、殺せばいい。
今日はまだ一切君は生きているだろうか……。
寮には帰らず校門を出て、十字路の信号を渡る。
20メートルほど先にあるのは、一切君と話したバス停小屋。
小屋の中に人がいるようには見えない。
バス停小屋はバスの運転手が外から見えるように作られているはずだから、僕の位置から見えないということは、小屋の中に人はいないということになる。
昨日の時間から考えてまだ中にいると思っていたんだけど、もう帰ってしまったのだろうか。
それとも、もうこの世から去ってしまったのか。
いや、まだ中にいないとは限らない。
例えば、小屋に置いてあるベンチに寝転がっているとしたら。
いくらでも見えない条件は存在するんだ。ちゃんと中を見ておきたい。
誘われるように小屋へ近づく。
何の気配もしない。誰もいない。
よく考えれば、一切君がまだ今日は来ていないという可能性だってある。
もういないなんてそんなこと、僕の勝手な想像にすぎないのだ。
少しだけ待つぐらい、いいだろう。
小屋の中をゆっくりと覗く。
――赤。
中には、一切君と一切君が恋した女性が血を流して倒れていた。
一切君は左胸が、女性は下腹部が、赤く染まっている。
脳裏を貫く死体の光景。
「……」
僕は何も関係ないよね……?
後ろを向いて、震える手でポケットからスマホを取り出す。
腹から何かが出そうになるのを抑えながら、僕は救急車を呼んだ。