表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

デフォルター「かぐや姫」を逮捕せよ

作者: 畔道一歩

日本が月へ探査機を送る本当の理由を知っていますか。鉱物資源を探し、ニュービジネス(宇宙観光、リゾート)を開拓し、居住環境を整えるためではありません。デフォルター(債務不履行者)「かぐや姫」を逮捕する前線基地を創るためです。捜索は今の続いています。その顛末をお話しましょう。

 人間が月へ探査機を送る理由を知っていますか。流布(るふ)されている理由はこうですよね。月の北極と南極には水が氷の状態で存在している。これは飲み水やロケットの燃料などに活用できる。鉄やチタンなどの鉱物もある。これらを使ってロケットを製造できるし、月面で人間が生きていけるだけのインフラも構築できる。さらに地球外生命体の住む─それは人間の住める─惑星を探査するための前線基地を造ることもできる。

 こうしたことの予備調査のために探査機は送り込まれています。これは真実です。では、日本に限れば、なぜ探査機を送り込み、前線基地を造らなければならないのか。そこには他国とは異なる特殊な事情があります。そもそもその原因を作ったのは月に棲むウサギたちでした。今では、ウサギたちは人間による月での探査活動を理不尽な侵攻と受け取り、業を煮やし、陰に隠れて侵攻阻止作戦を展開しています。この経緯について、歴史の顛末(てんまつ)を紐解いてみましょう。

 人間が月に興味を持つきっかけを作ったのはウサギたちでした。ウサギたちは月での生活に多くの困難を抱えていました。たとえば、水はあっても岩石ばかりで草さえ生えない痩せた土質、昼夜の極端な気温差。これらを克服し、豊かな生活を夢見ていました。ウサギたちは人間の科学技術のレベルを調べ、その情報を活かしたいと考えました。

 古来より、ことのほか月に興味を持ち、愛でることに秀でていた国を文献調査しました。その結果、日本が選ばれました。その日本へスパイを送り込み、情報の収集をさせたようとしたのです。さっそく、ウサギたちはスパイのノミネートをしました。スパイの条件は負けん気が強く、誰に対しても愛想が良くて、ずる賢く、いざとなれば厚顔無恥な振る舞いのできる気質を備えていることでした。人間に取り入り、油断させるためには、もちろん女性でかつ美顔は必須条件です。で、このミッションを任されたスパイは誰? 言わずと知れた「かぐや姫」です。

 ウサギたちは地上での親代わりとして、子どものいない老夫婦に目をつけました。きっと天からの授かりものとして大事にしてもらえるだろうと。案の定、姫は竹職人のお爺さんとお婆さんの目に─竹薮で赤子のように身を縮めていた─留まり、育てられました。育てられたと言っても月と比べて地上では6倍の重力があるので、あっという間に成長し、花も恥らうお年頃になりました。

 ウサギたちから支給された活動資金の黄金─竹薮に隠していた─を使い、かぐや姫は生来の美顔を武器に金持ちで貴い男たちを手玉にとりつつ、科学技術の情報を物色することに明け暮れました。他方で、美顔やスタイルを保つため、活動資金の一部はエステやフィットネスクラブに流用していました。また多くの男たちに接触しようとホストクラブへも3日と空けずに通いました。ホストへのお小遣い(貢ぎ金)も水道を垂れ流すごとく使いました。この流用は収支簿には記載されず、ウサギへは報告されませんでした。

 男たちは親しくなると、自然の摂理で、求婚を迫ってきました。そのたびにかぐや姫は無理難題を課し、諦めさせていました。色恋に染まっている暇はありません。ミッションの遂行が最優先です。もちろん袖にされた男たちからは恨みを買っていました。育ての親であるお爺さんとお婆さんは男たちからの罵詈(ばり)雑言(ぞうごん)にも耐えました。

 しかし、本来のミッションはまだ遂行途中です。雑魚(ざこ)じゃなく、もっと高貴な(みかど)クラスに取り入ることを画策しました。そのため美顔をさらに磨くことのみならず、教養を身に付けようとカルチャーセンターへも入会しました。また飲めなかった酒もたしなむようになりました。これが良くなかった。酒は性悪(しょうわる)な性格を助長させてしまった。ミッションはそっちのけで遊び癖が付いてしまいました。こうして日増しに活動資金は減り、ついに底をついてしまいました。しかし、まだ有力な情報は入手できていませんでした。

 かぐや姫は放蕩(ほうとう)三昧(ざんまい)な生活へと落ちぶれかけていました。そんな娘ではあっても、お爺さんとお婆さんは、天からの授かりもの、ということで我慢に我慢を重ね、できる限りの資金援助をしました。家屋敷を担保に銀行からも借り入れしました。それも足りなくなると、クレジットカード、消費者金融での借り入れの連帯保証人にもなりました。金を湯水のように使えるようになった姫は本来のミッションを遂行することには興味もすっかり失せたかのように、生活はいっそう乱れ放題になりました。帰宅時刻はいつも午前様で、かつ酔っ払っていました。帰宅しない日も増えてきました。姫から借金を取り立てようと連日、お爺さんとお婆さんの家には多くの債権者が押しかけてくるようになりました。

 そんなお爺さんとお婆さんの苦労は露とも知らず、かぐや姫は巷の男やホストでは役に立たないと判断し、時の(みかど)に近づき得意の色仕掛けで接近し、首尾よく寵愛を受けていました。しょせん、帝も単なる男。求婚を迫ってきました。これはいいチャンスとばかりに帝から情報を得ようとあの手この手を使い、探りを入れてみましたが、帝がそんな情報を持っているわけがありません。

 一方、お爺さんとお婆さんはかぐや姫にこの求婚を受け入れるよう執拗に助言しました。めったにない玉の輿であったから。上手くすれば借金の返済を肩代わりしてもらえそうに思えたから。

 ところが、かぐや姫はつれなく一言(ひとこと)二言(ふたこと)返しました。

「タイプじゃないのよね~。♪近頃少し、地球の男にあきたところよ♪」

 その瞬間、お爺さんとお婆さんの脳裏には借金の札束が飛び交いました。

 帝に取り入っても、十分な情報を入手できぬことと、地上での生活にも嫌気がさしてきたかぐや姫はある月夜にお爺さんとお婆さんに手をついてお別れの挨拶をしました。

「わたしは月へ帰ります」

「しゃ、しゃ、借金が残っているぞ」

 唐突な別れの挨拶にお爺さんはうわずった声で問いかけます。

「考え直して、帝に相談してみれば」

 お婆さんも声を振るわせ優しく諭します。

 がしかし、かぐや姫はカルチャーセンターで学んだ知識を口にします。

「わたし名義の借入先はクレジットカードと消費者金融です。借金の消滅・時効期限は5年です」

 知識のないお爺さんとお婆さんは─何のことやら─キョトンとした顔で応えます。

 それを察して、かぐや姫は言葉を加えます。

「5年以上返済していない。10年以内に提訴されない。5年以内に債務承認の行為をしていない。時効の手続きをする。債務者が債権者に対して『時効により借金は消滅しています』と意思表示をする」

 この手続きをすれば、借金はチャラになる、と涼しい顔で話しました。

 たまげたお婆さんがまた説得するよう助言します。

「では、債権者たちにお伝えしなければならないね」

 するとかぐや姫はシラッと答えました。

「月からは遠いし」

 まるでかつてテレビで観た消費者金融のコマーシャルの台詞(せりふ)そのものです。

 こうして莫大な借金を踏み倒したまま、かぐや姫は十五夜に─お月見のお団子をお土産にもらい─月へと帰って行きました。その後、連帯保証人の責務を果たすため、お爺さんとお婆さんは帝のお屋敷でパート従業員として働き始めました。家事全般、犬の散歩、庭の掃除・草取り、庭木の手入れ、馬の世話などなど、老体に鞭打ち休む暇なく働きました。生業(なりわい)とする竹工芸品の製造・販売だけではスズメの涙ほどしか稼げませんでしたから。毎月、わずかではありますが、返済を続けました。が、寄る年波には勝てません。2人ともぽっくりと死んでしまいました。墓は、かぐや姫を見つけたあの竹薮の中に造られました。かぐや姫が墓参りに里帰りして来ても迷わないようにという心優しき帝のご配慮からでした。

結局、地上には回収不可能な莫大な債務のみが残りました。デフォルト(債務不履行)です。かぐや姫が言う債務返済の時効要件はすべて満たせていません。月へ帰ろうとも治外法権は許されません。

 月に帰った姫は日本の科学技術の現状を報告しました。聞くやいなや、ウサギたちはその情報の乏しさに長い耳を深く垂れ、がっかりさせられました。活動資金の黄金は……。余りにもコスト・パフォーマンスが悪すぎました。

 かぐや姫は席を立つ前に神妙な声で、

「わたしを追って日本から客人が来るかもしれません」

 と一言残して、姿を消してしまいました。

 ウサギたちには嫌な予感─スパイ行為がばれて、軍事侵攻されるかも─だけが残りました。


 ここまでが歴史の顛末です。日本が月を探査する理由。もうお分かりですね。一千年の時を越えて、デフォルター(債務不履行者)かぐや姫を逮捕するためだったのです。その捜索作戦の準備が今になってようやく展開されているのです。

 この作戦はかぐや姫が借金を踏み倒した日本がリーダーシップを取るべきものでした。が、日本には月へ捜索隊を送り込めるほどの技術がありませんでした。日本は捜索作戦を展開する前に初動捜査として月面の探査が必要でした。そう探査機を送り込むことが必須の課題だったのです。

 この情報を極秘で入手した日本以外の大国はいち早く月への探査に必要な技術の開発に猛進しました。その当初の目的は、技術を日本へ売りつけるためでした。そのかいあって、旧ソ連の探査機「ルナ9号」が月面に初めて着陸しました。1966年のことです。その機体を見たウサギたちは長い耳をさらに伸ばして驚嘆(きょうたん)しました。でも、なす術がありません。人間が初めて月面に降り立ったのは1969年でした。アメリカの「アポロ11号」です。目の前に生身の人間を見たウサギたちの驚きは天地が引っくり返るほどでした。その目はいっそう真っ赤かに充血してしまいました。その後、時を経て中国(2013年)、インド(2023年)の探査機が月面に降り、映像を地上へと送りました。

 こうした国は日本にこの技術の購入を迫ってきました。が、購入資金の調達を巡り国会での審議が紛糾したこと、自前で技術開発すべきという反対意見があったことから、結論は出ぬまま時間が過ぎました。他国はもう待っていられないということから、月の探査目的をニュービジネス─宇宙観光・レジャー、商業施設、不動産─の開拓へと変更しました。日本は地道に独自な技術開発をする道を選びました。

 この段階になってもウサギたちはこの侵攻を阻止する具体策を持っていませんでした。というのもかぐや姫が言った「客人」は日本人で、日本からの探査機はまだ来ていませんでしたから。が、日本も他国に負けまいとロケットの技術開発と打上を繰り返していました。「はやぶさ2」「H3ロケット2号機」のように成功した事例もありましたが、アメリカの「アルテミス計画」に便乗するなど、日本にはまだそんな高度な技術はない、とウサギは踏んでいたようです。それが幸いし侵攻阻止の手段を考える時間は十分にありました。くる日もくる日も会議を開き、知恵を絞り妙案を練りました。ついに阻止作戦が決定しました。さあ、いつでも来い。

 その日を一日千秋の思いで待ち構えていると─刻苦勉励、生真面目な性格、エコノミック・アニマルよろしく金に執念深い性癖を持つ─日本人はついに探査機を月面に着陸させました。そう「SLIM(スリム)(Smart Lander for Investigating Moon)」です。2024年1月20日午前0時20分のことでした。これは世界で5番目の快挙です。ピンポントの着陸に成功した─予定の着陸地点から100メートルほどの誤差で着陸させた─「SLIM」は60点という合格点をもらいました。地上ではこの技術の優秀性を自画自賛する研究者たちが歓喜の雄叫びを上げていました。

 がしかし、手放しで喜んでいる状況ではありませんでした。ウサギたちが侵攻阻止作戦を実行したからです。予想される降下地点には大小さまざまな岩石を並べました。次に、降下してくる「SLIM」に向かって長い耳を一斉に大きく前後に振って、台風なみの暴風を送り、機体のバランスを崩させました。この岩石攻撃と暴風攻撃は功を奏し、「SLIM」を予定とは違い「倒立」した姿勢で着陸させました。そのため太陽電池パネルに太陽光が当たらなくなってしまいました。ウサギたちはピョンピョンと飛び跳ね─お互いの耳を絡めあい─健闘を讃え合いました。侵攻阻止作戦の第一弾は成功裡に終わりました。なお、ほぼ1カ月後(2月22日)に着陸してきたアメリカの民間無人宇宙船も着陸後、同じ攻撃によって2秒後に約30度傾かせました。

 ウサギたちの次なる侵攻阻止作戦は月の自然環境に頼ることでした。自然の力で何とか「SLIM」を故障させたい。というのも月面では「夜」になると太陽が当たらなくなり、気温はマイナス170度にまで下がるからです。棲み慣れたウサギでさえ、過酷な環境です。「SLIM」は太陽電池パネルに太陽光が当たらない西側を向いており発電できなくなっていました。また「SLIM」はこの超低温に耐えられるような設計にはなっていませんでした。♪空に 太陽がある限り♪、ウサギも人間も探査機も生きていられるのです。

 「SLIM」は太陽光が西から差し込む「夕方」になれば再起動できる可能性があったので、電力を約12%残して電源をオフにされていました。休眠状態です。研究者たちは、ウサギが期待したように、夜の寒さには耐え切れず、このまま復活しないだろう、と諦めかけていました。ところがウサギの期待に反し、何と超低温にも耐え抜いて、休眠状態から約9日ぶりに太陽電池パネルによる発電ができ、地上との通信も再開しました。日本人の技術力に万歳! 研究者たちはまた歓喜の雄叫びを上げました。

 さあ、かぐや姫の捜索開始です。がしかし、「SLIM」が送ってくる映像を、モニターを通して見つめる研究者たちの目に写るのは岩石とクレータばかりです。搭載した特殊カメラを使い、どこをどう探しても姫の姿も、隠れていそうな場所も特定できませんでした。あれだけいたウサギたちの姿もどこにも見当たりません。仕方なく、研究者たちは観測候補となる岩石に「しばいぬ」「ブルドッグ」「(トイ)プードル」「セントバーナード」「かいけん」などの愛称を付けて慰め合いました。

 落胆したのは研究者、政府、警察だけではありません。この捕り物を幾世代にも渡り語り受け継いできた国民の落胆はいっそう大きかった。

 いったい全体、かぐや姫はどこに身を隠しているのか。月への探査活動が盛んになると、それを察して、高飛びをしたのです。性悪な女です、月にはもういないでしょう。毎年、誘導作戦として、日本では十五夜のお月見の会─姫の好物である団子を盛って─を開催していますが、そこにも顔を出したことはありません。では、姫はどこにいるのか。最も有力視されているのが火星です。その捜索のための前線基地として、月を開発し、火星及びその他の惑星へと捜索の手を広げることが急を要しているのです。そのためには日本も他国に勝る高度な技術を開発しなければなりません。

 他国の目的─ニュービジネスの開拓─とは違い、これが、日本が月へ探査機を送る本当の理由だったのです。今もって不思議に思われることは、ウサギたちはかぐや姫が日本に残してきた莫大な債務のことを一切知らされていなかったことです。(了)


参考文献。

『朝日新聞』(2024)「月面着陸の宇宙船 ミッション成功」3月1日。

『朝日新聞』(2024)「H3 やっと出発点」2月18日。

『朝日新聞』(2024)「月面着陸」「着陸9日 月探査機が復活」「月探査機SLIM 通信復活」1月21日・30日・2月27日。

『朝日新聞』(2023)「「月面開拓の時代へ」準備着々」12月29日。


注。

♪近頃少し 地球の男にあきたところよ♪は、ピンク・レディ『UFO』1977年リリース。作詞、阿久悠。作曲、都倉俊一より。

♪空に 太陽がある限り♪は、にしきのあきら『空に太陽がある限り』1971年リリース。作詞・作曲、浜口庫之助より。


付記。SFといえば、空想の世界に軸足を入れたままというイメージがあります。がこの作品は現実から空想へ広がり、また現実へ戻ってくるというイメージで創作しました。現実と空想を行き来するSF小説を目指しました。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ