思う。なら、先へ。②
思う。なら、先へ②
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ベネットの宿り木の2階。
三人の青年がテーブルを囲んで座っている。テーブルにはライスにパン、スープにサラダ。卵に肉の炒めたものが、テーブル一杯に広がっている。
「朝から有り難いね」
クイントはうん、うんと首を縦に振る。口の中には野菜と肉が詰まっている。
「ああ。で、レビン何かすんのか?」
ジャックがパンを齧り、レビンを伺う。
「そうだね、憐れみには施しを。それが僕だからね。二人にも付き合わせる事になるけど、いいかな?」
「構わねぇよ。クイントも、いいだろ?」
応えようとするが、喉に詰まりそうになるクイント。レビンが背中を叩こうと準備をする。ジャックは二人を見ながら、懐かしむように言う。
「可哀想と思うのなら、手を差し伸べなさい。何もしないのなら、その思いは空しいだけ。か」
「たとえ、お節介と取られてもね」
レビンが秘密の共有をするように、小声で話し出す。
「で、状況の確認だけど」
クイントも水を飲んで、一息吐くと加わる。三人は、まるで悪戯を考える子どもみたいに話し合う。
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レビンとクイントが食器を返しに一階へと降りてくる。べネットとリズベットは、二人揃って受付にいた。食器を受け取りに出てくるリズベット。
「あっ。ごめん。リズベットちゃん。部屋にひとつ食器を忘れたみたい。僕たちはべネットさんとお話があるから。悪いけど、取りに行ってくれないかな?」
「全然です。本当なら、全部お下げするので。ありがとうございます」
受け取った食器をべネットに渡した後、レビンとクイントにペコリと頭を下げ、2階へと上がっていく。リズベットはお話とは何だろう?続けて泊まって貰えたら良いな。と思いながら二階の部屋を開ける。そこには椅子に足を広げて座る、目付きの悪い青年がいた。
「よぉ。待ってたぜ」
「はい。食器はどこにありますか?」
リズベットはテーブルの上を見るが、食器は見当たらない。
「いや、食器はないんだ。ガキんちょが持っている魔法の本があるだろ?それを俺らに譲って欲しいんだ」
ジャックが軽く手を広げて、立ち上がる。
リズベットは訳がわからない。頭の中に言葉が散乱する。ガキんちょ。食器はない。本を譲る。ガキんちょ。本が欲しい。食器。ガキんちょ。
混乱し感情のまま、目の前にいる青年を見る。目付きが悪い。リズベットは一旦部屋から出る。
「あっ、おい」
ジャックは呼び止めようとするが、その必要はなかった。箒を逆さに持って、現れたからである。
「ガキんちょって言わないで下さい!!何度も!私はリズベットです!本を譲って欲しいとは何ですか?!食器が人質ですか?ガキんちょではありません!」
箒をジャック目掛けて何度も降り下ろす。ジャックは箒の先が、目に入らないように顔をかばう。何度目か、リズベットが大きく振りかぶった時。背後からそれを抑える人物が現れた。
「や、やめろ。何だってんだ一体?」
「何だってんだは僕のセリフだよ。ごめんね。リズベットちゃん」
レビンが箒を抑えると、リズベットもだんだんと落ち着いてくる。
「レビン。早いじゃねぇか。べネットさんの方はどうなっているんだ?」
「大丈夫だよ。クイントに任せているから。それよりジャックは何をしているんだい?心配で早めに戻ってきた甲斐があったよ。全く」
べネットの名前が飛び出し、リズベットは表情が険しくなるが、レビンが先んじた。
「何が一体どうなっているか、わからないけど。僕たちはリズベットちゃん。君に魔法を教えたいんだよ」
「えっ?私に?魔法を??」
「そうだ。だからガキ、リズベットの持っている本を俺らに譲れと言ったんだ」
リズベットの目が一瞬鋭くなる。ジャックはもう箒はごめんだと両手をあげた。レビンが補足していく。
「ごめんね。食器はべネットさんから離れてもらうための口実だったんだ。君は魔法の事をべネットさんには内緒にしていたみたいだったから」
リズベットは箒を正しく持ち直す。
「それで...なら、どうして私の魔法の本を譲って欲しいなんて言うのですか?」
「それなんだけど、あの魔法の本は上級者用の本なんだ。今朝、裏庭で魔法を使おうとしていたみたいだけど、あの本だけを読んでも書いてある魔法は使えないからだよ」
「そんな!?」
箒を落としてしまうリズベット。
「君がどうして、あの本を持っているかは知らないけど、基礎も知らずに応用だけ書かれた本を読んでもね」
衝撃的な事実を前に言葉が出なくなるリズベット。ジャックは箒の危機は去ったと椅子に腰かける。
「で。ジャックはリズベットちゃんに何て言って怒らせたのかな?」
べネットの宿り木の2階で、ジャックが気まずそうに話を始めた頃。裏庭では、クイントとべネットが大きな物干し台を設置していた。
「ありがとうね。長期で泊まってくれる冒険者は本当に久しぶり。随分と仕舞ったままだったけど、まだ使えそうね」
べネットが設置し終えたばかりの、物干し台を見上げている。
「クイントさんと言ったかしら、あなた達には本当にお世話になるわね」
クイントは力こぶを作って、おどけて見せる。
「ふふふ。それだけじゃないわ。リズベットの事も何かしてくれるんでしょう?魔法の事かしら?私にはわからないから助かるわ。元冒険者なのにね」
目を細めてべネットは続ける。
「ちゃんと勉強、いいえ。知ろうとしなかった。私は狩人だったから。弓に対する誇りが、魔法を遠ざけてしまったの。だから、リズベットの事よろしく頼むわね」
「そんな簡単に人を信頼するものなのか?」
クイントはべネットの目を見据えて聞く。
「不用意な信頼が怖い?...そうね。宿屋だからって理由じゃダメかしら。人を信用しなければ、できない商売でしょ?」
長い髪が左右に揺れる。その揺れた視界の端に、ジャックとレビンの姿が写る。リズベットとの話しは済んだようだ。
「さてと。あなた達は、これから望みの塔に行くんでしょ?物干し台も出してもらった事だし、たくさん汚れて、帰ってきても大丈夫よ」
べネットはクイントの背中をポンとたたく。クイントはそのまま、ジャックとレビンの元へと向かうのであった。
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