思う。なら、先へ。①
思う。なら、先へ。①
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三人が少女の横を通り過ぎようとした時。レビンが地面に描かれているものを見て、足を止める。
「ん?どした?」
「いや、ちょっと気になって」
少女が見られていることに気づくと顔を上げ、クイント、ジャック、レビンと順に見て、尋ねる。
「あの、何かご用ですか?」
「おっと、ごめんね。その描いているものが気になって。えっと、それは魔法の顕現図?だよね?」
レビンが聞くと、少女は「アハハ」と照れくさそうに笑い、地面に描いたもの消してしまう。そして、明るい表情を見せて言う。
「違いますよ。落書きです、落書き。それより、お兄さん達は冒険者ですか?」
「えっ、いや。ごめん。その」
レビンが言葉に詰まっていると、横からジャックが顔を覗かせ、少女の問いに答える。
「そうだ。俺たちは冒険者だ。ガキんちょの癖に丁寧な言葉遣いだな」
「ガ、ガキんちょ....。へぇー冒険者なんですね。それなら、宿は探していませんか?おすすめの宿屋があるのですが、どうですか?」
「ちょっと、ジャックッ。おすすめかー。せっかくだから、お願いしようかな」
レビンが、取り直して答え「こちらです」と言う少女の後について行く。
歩く後ろ姿からしても、少女の年齢は10歳にも満たないようだ。綺麗に束ねられた髪が、規則正しく揺れている。ジャックとクイントも遅れないように歩き出した。
連れてこられた宿屋は、街の外壁に近く、周りと比べても一段と古い建物だった。ジャックはがっかりしている。
宿の中に入ると、白髪混じりの女性が、受付カウンターの中で椅子に座っていた。彼女は居眠りしているようだ。
「おばぁちゃん。起きて」
少女がカウンターの中に入り肩を揺すると、肩口で切り揃えられた髪も揺れる。
「あら、眠ってしまっていたようね。ごめんなさい。リズ、遊んでいたんじゃなかったの?」
「いいよ。そんな事より、ほら。お客さん、連れてきたよ」
「ありがとう」
白髪混じりの女性はそう言って、少女の頭をやさしく撫でた。少女は嬉しそうに撫でられた所を触れている。白髪混じりの女性は立ち上がり、三人に笑顔を向ける。
「ようこそ、ベネットの宿り木へ。私が店主のベネットで、この子が孫のリズベット。あなた達は、泊まりで良かったの?」
ジャックが何か言おうとするが、クイントが後ろから口を抑え込んでしまう。ベネットは笑みを深め、三人の言葉を待っている。
「すっ、すみません。とりあえず、一晩よろしくお願い致します」
レビンが慌てて口を開き、三人は《ベネットの宿り木》に泊まることとなった。
ベネットの宿り木は4階建て。宿泊部屋は2階から、各階に一つずつの3部屋。築40年の建物にはあちこちに補修の後がある。
ベネットが今は亡き夫と共に、始めた宿屋だ。ふたりとも冒険者だったが、ベネットが身籠ったのを機に引退し、冒険者をサポートする側に回った。
宿屋は、元いたパーティーの仲間や仲の良かった冒険者達によく利用された。ベネットの宿り木は冒険者達と共に成長してきた。夫が病で亡くなってからも、それは変わらなかった。
しかし、数年前より、客足が途絶え始める。常連客だった冒険者達が来なくなったのだ。引退し、故郷に帰る者、旅に出る者、色々いた。中には、望み塔から戻らなかった者もいる。
戻らなかった者の中には、娘夫婦もいた。
ベネットは、まだ幼いリズベットを養いながら、たまに泊まりに来る新規の冒険者を相手に、なんとか切り詰めて、ここまで暮らしてきたのである。
そして、今日も三人の冒険者がやって来た。部屋の鍵を丁寧に持って、ベネットは三人を2階の部屋へと案内する。
「ごめんなさい。今は2階しか部屋の用意をしていなくてね。お手洗いとお風呂場は1階にあるから、洗濯物があるなら脱衣場に出しておいてね」
ゆっくりと階段を上がりながら説明をしていく。部屋につくと、ベネットは窓を開け空気を入れる。心地よい風が三人の頬を撫でた。部屋にはベッドが6つと、6脚の椅子の付いたテーブルとソファーがあった。
「それと、朝食は朝の6時から8時まで。一階で用意しているから、取りに来てちょうだい。要らない時は、前もって言ってね。あと、何かあれば1階にいるから、いつでも訪ねてきて」
鍵をレビンに手渡すと、ベネットは一階へと降りていった。三人は部屋の中に入り、ベッドやソファーに腰かけたり、テーブルの上に荷物を置いたりとする。
「綺麗にしてある」
クイントが部屋を見て言った。
「丁寧に手入れしてきたんだと思うよ。補修された跡といい、僕たちが暮らしてきた所に似ているね」
レビンは懐かしむように部屋を観ている。
「予算内だし、別にいいんだけどよ。あのガキんちょ。おすすめを教えるってだけの話だったのに、宿屋の孫とはな。ああいうのは良くない。良くねぇだろ?」
「相変わらず、ジャックは細かいね。ジャックはさ、この宿屋を見た時にがっかりしていたから、当てつけでそう思うんじゃないの?」
ジャックはベッドから立ち上がり、胸の前で両腕をクロスして言う。
「やめろ。そういう風に言われると、本当にそんな気がしてくるだろ。俺はそんな人間じゃない」
「わかってるよ。まぁ、一泊だけだし、良いんじゃない」
「それも、そうだな」
三人は部屋に荷物を置くと、ベネットから近くの料理屋を教えてもらう。食事処【モズ】。そこで、夕食を大いに楽しんだ。
久しぶりのベッドで三人が眠りについた夜。
「飲みすぎたかな、水。あんなに辛い料理があるなんて」
レビンはお手洗いへと、一階へ降りてきた。その帰りに受け付けカウンターの灯りが点いている事に気付き、足を向ける。
そこにはベネットがおり、何やら手作業をしているようだった。
「おや、眠れないのかい?」
レビンに気付いた、ベネットが声を掛ける。
「いえ、ちょっとお手洗いに。それは?」
「これかい?これはベイスンのお土産商品。望みの塔をモチーフにしたキーホルダーだよ。これに、こうやって組紐を付けると、多少の稼ぎになるの」
ベネットは作り上げたキーホルダーを自慢げにレビンに見せる。
「これ。望みの塔はどこまでも続くのに、途中で切っちゃうなんて可笑しいねぇ」
キーホルダーは塔の先端が雲に隠れるようになっており、そこから先はない。レビンは丁寧に編まれた組紐に目をやる。
「本当に。でも、綺麗な組紐ですね」
「ふふ、ありがとう。いくつになっても誉められると嬉しいものね。それでね・・」
ベネットは話ながらも、組紐を編む作業を再開させる。
「あら、いけないわ。年寄りの長話に付き合わせてしまうところね。明日は塔に行くの?」
「いえ、そんな。...塔には、明日。その予定です」
レビンは、もう少し話を聞きたいようだったが、ベネットが作業しているのを見て答えた。
「そう。なら早く休まないとね。朝にはしっかりと食べられるよう、ご飯を用意しておくから」
ベネットは作業の手を止め、レビンに目を合わせると「おやすみなさい」と微笑する。レビンもそれに合わせて「おやすみなさい」と告げ、部屋へと戻っていった。
早朝。
ベネットの宿り木の2階では、三つの寝息が聞こえていた。その内一つの寝息が飛び立ち、活動し始める。三人の中でいつも一番早く起きるのはレビン。次いでジャック。クイントは起こされるまで寝ている。
今もレビンが身支度を整え、ベネットの宿り木の裏庭へと向かっていた。レビンは魔法使い。時間があれば、魔法の学習をしている。今回は宿屋の裏庭で行うようだ。
ベネットの宿り木の1階では、ベネットが朝食の準備をしていた。野菜を切る音が小気味良いリズムを立てている。リズベッドも起きており、裏庭の貯湯タンクの前で本を片手に、何かを唱える。
レビンが裏庭のベンチに腰かけて魔法の本を開こうとした時「やっぱり、だめかぁ」と声が聞こえてきた。声の方向を見ると、リズベッドが嘆きながらも、持っている本を目を皿のようにして読んでいた。
昨日の事もあり、レビンは気付かれるまで声は掛けず、様子を見ることにした。
少しして、剣を片手に裏庭へと来たジャックが、レビンの側に寄る。
「どうした?何か面白いものでもあるのか?」
「ジャック、おはよ。クイントは?」
「まだ寝てるよ。って、あれは。はは~ん何?同情でもしたか?」
本に顔を向けては、手を前に出し文句を唱えているリズベッド見ながら、ジャックはレビンをからかった。
「ジャック。僕が同情だって?そんな事するわけないでしょ」
レビンは同情をしない。
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レビンは背が低い。
子どもの頃から周りと比べて頭ひとつ分小さかったが、背が低くて困る事はなかった。たまに上の方の物が取れない事があるくらいで、それだって脚立を用意すれば問題なかった。
しかし、レビンを見て、ある大人は「俺も子どもの頃も小さかったから、お前の気持ちが分かる。同情するよ」と言ってきた。レビンより少し高いぐらいの少年も「僕も大して変わらないよ。僕達は同じ心情を持つ、仲間だね」と言ってくる。
「ぼくの気持ちが分かるって、なんだ?ぼくは何とも思っていない」「仲間なんかじゃない、似たような背丈なだけだ」「ぼくの心情を勝手に決めつけないで」「勝手に同じ心情だと思わないで」レビンはそう言い返す。
だけど、強がっていると取られてしまう。彼らはやさしい顔をして近づいてくる。何度も言われる内に、くらくらと揺れていく。
ある日。目付きの悪い少年が言う。
「人の心情は解かんねぇよな」
レビンは立ち止まる。
「そうだ。そうだよね。あいつらは、はっきりと可哀想だと言えばいいんだ。自分がそう思っていると。可哀想だと思って欲しいと。何が同情だ!同じなんかじゃない。ぼくは可哀想な存在じゃない!」
その日を境に、レビンは彼らと距離を置くことにした。
それから数日して。
「あのさ、ぼくが一番嫌だったのは、あいつらの言葉に揺れて僕より背の高い人を、羨ましいと思いそうになった事なんだ」
レビンは打ち明ける。目付きの悪い少年は「そう」と言うと、レビンを肩車した。
「何か変わったか?」
「こういう事じゃないけど」
くすくすと笑うレビン。
「何も変わらないや。でも、またお願いしていい?」
「ああ」
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だからレビンは、こんな時はこう言うのだ。
「憐れんでいるんだよ」
「わかってんよ。昨日のお返しだ」
二人の話し声が聞こえたのか、リズベッドが二人に気付くと何かを思い出したように駆け寄って来る。
「あの、おはようございます。あの、昨日はうっかりしてて。その、宿屋の子だって言わなくて、ごめんなさい」
勢いよく頭を下げたリズベットにジャックは少したじろぐ。
「い、良いってことよ。ガキんちょのしたことだ」
「ありがとうございます、良かったぁ」
リズベットは「ふーっ」と息を吐く。
「あっ、もうこんな時間、おばあちゃんの手伝いに行かなきゃ。では失礼します」
もう一度頭を下げ、走っていくリズベット。
「ジャックの口がつっかえるなんてね」
「大人げねぇかなって思っていた所だったからな。それより、どうすんだレビン?」
「大人げ、ね~。とりあえず、クイントを起こしに戻ろうかな」
ベネットの宿り木の2階には、寝息がまだひとつ残っている。とても気持ち良さそうだが、二人の手によって、もうすぐ無くなりそうだ。
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