脆く、儚い。望み。⑤
脆く、儚い。望み。⑤
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「汝が望むものは何だ」
クオーグスは流れる地面を眼下に収め、今の状況を思案しているようだ 。
「望むものか...」
そう言ったきり、黙り始めるクオーグス。フテラアリシアの羽ばたく音が2度、3度と起こり、ようやく口を開くと、首を振った。
「無いな。僕は技能を得たいと思うが望みは無い。なぜならば僕は完璧だからだ」
「完璧とな」
「そう完璧。完璧な者が何かを望むのは変だろ?完璧とは何にも否定されないものなのだから」
「技能は得たいのは自身の不足を思っての事ではないのか?」
クオーグスは鼻で笑う。
「愚かな問いだ。常に完璧である僕が欲するのも、完璧であるが故だ。完璧な者が現状で満足する筈もない」
「ならば、満足する事が汝の望みではないか」
肩を揺すり笑いを堪えるクオーグス。
「また愚かな問いを。望みとは未来の自分に期待する事だ。完璧である僕は未来の自分に期待などしない。僕の未来は確定しているのだから」
「そうか。汝の望み確かに聞いた」
「ははっ。流石は鳥。さっき言った事も忘れているとはな」
フテラアリシアはクオーグスを降ろすと飛び立った。
望みがないと言う者はクオーグスが初めてという訳では無い。フテラアリシアは知る。彼らが望みを恐れている為、そのように言うのだと。
望みとは不確かなもの。叶うのか、叶わないのかで常に揺れ動き、不安定になる精神が望みを持つ者の裏側にある。望みが無いと言う者は不安定になる精神に耐えられないのだ。
弱い精神であるが故に。
望みを持てない者は言うに及ばず、クオーグスの様に未来は確定していると言う者は、それ以外を受け入れられない。その為、想定外の出来事に癇癪を起こしたり、自棄になったりする。
そして、一度の挫折で折れてしまう。
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「僕を殺してくれ」
自分を否定されたと襲いかかったクオーグス。避けてばかりで反撃をして来ないクイントを見下し、ジャックとレビンをも愚鈍な者だと罵る。逆鱗に触れ、クオーグスは何をされたのかも解らないままに宙を舞う。
そして、地面に転がったクオーグスは起き上がる事もなく、懇願する。
「何故?」
「何故も何も、失敗してしまったから。完璧でなくなった僕は、もう必要無い」
クオーグスはトゥミロスの育成機関で常に最上位の存在であった。教官達からは優遇され、下位の者からは神のよう扱われた。望んでき来た場所では無いが、クオーグスは居心地が良さそうに過ごす。
そんなある日。同じ様に連れ去られて来た者が、虚ろな目をして「人形は、要らなくなったら捨てられる」と独り言をしているのを耳にする。クオーグスはその言葉が気になり意識して見ていたが、いつの間にか虚ろな目をした者は居なくなっていた。「僕は人形じゃない」クオーグスそう言って、前より増して訓練に勤しむ。
それは何かに追われているようで、怯えているように見えた。
「ひとつの失敗も許さないのですか?」
「僕にはそれ以外何も無いからね」
トゥミロスに兵士と成るように育成されてきた者達。彼らは自分の意思を持つ事が許されなかった。トゥミロスを亡き者にした後、クオーグス達に残されたのは、優劣の価値観から生まれたものだけであった。
「何も無い...ひとつの失敗も無く、誰にも否定されない事があなたを支えていたという事ですか?」
「そういう事だ。完璧でなくなった時の事を想像したら恐くて夜も眠れなかったよ。さぁ、もういいだろ?僕を楽にしてくれ」
クイントに殴打され、痣だらけになった顔が緩む。
「まだです。1ついいですか?」
「早くして欲しいのだが」
強く吹いていた風が止まり、揺れていたクイントの長い髪も、今は落ち着いている。
「どうですか?今の気分は」
クオーグスが痛む体を動かし、空を見上げる。レーミルの魔法の影響で雲のない空がそこにはあった。
「もう何もする気が起きない。でも、恐れた程じゃなかったな」
「後悔しましたか?」
顔に影が出来、その影に隠れて笑うクオーグス。
「そうだな。恐れるんじゃなかったと後悔しているよ」
クイントが手を引き、クオーグスの体を起こす。
「おい。なるべく楽に殺してくれ」
「嫌ですね。違うと言うかも知れませんが、あなたは生きたいのです。じゃなきゃ後悔なんてしません」
クオーグスの体を淡い光が包む。
「何を勝手な!いいか?僕は多くの人を殺めてきたんだぞ!」
「それは、悪い後悔ですね」
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ソンネルの元教会。礼拝堂でクイントとキャシーが祈りを捧げている。礼拝堂の掃除を終えたふたりは、祭壇の後ろにある望みの塔をモチーフにしたステンドグラスを見上げている。
「あのね、キャシーお母さん」
「ん?どうしたのクイント?」
「うん。その、今日も一日良い後悔をって、罪を犯した時の後悔も良い後悔になるの?」
窓から入る光が2人の長い髪を照らす中、クイントがキャシーの横顔を見つめる。クイントの視線に気付き、笑って応える。
「そうよ。いい?私の可愛いクイント。罪は責められた時に初めて罪となるの。自分の行いを責められた時に、人は罪の意識を覚えるという事ね」
「うん」
「ずっと正しくあり続け、罪悪感を覚えないで生きる事は難しいわ。もし出来たのなら、それはとても恵まれた人生だけど、きっとカーペットの上で一生を終えるようなもの」
「ふわふわだ」
「ふふっ。罪悪感を覚えて後悔しても、決して自分を責めてはいけないわ。それは悪い後悔になってしまう」
「悪い後悔」
「それにね・・・」
日が昇り始め、ステンドグラスが光を通して床にカラフルにその姿を写す。
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「罪は人の中に存在しない。罪悪感は人の中にあっても、罪というものは人と人の間にしか存在しない。だから罪を裁くのは他人に任せて、自由に生きて良いんです」
クオーグスを包んでいた淡い光が消え、クイントに殴打された痕も消える。
「だから何だと言うのだ!?世の中にはルールがあるんだ!やってはいけない事をした僕に生きる価値は無い!」
「今日も一日良い後悔を」
そう言うとクイントはその場から離れて行く。ひとり残されたクオーグスは「良い後悔なんて」と呟くと、もう一度空を見上げた。
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