これまで。より、これから。③
これまで。より、これから。③
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「ねぇ、ジャック。前にも聞いたけどさ、人には落ち込む時間も必要なんじゃない?」
レビンが昨日のジャックの行動で予定が遅れてしまった為か、咎めるように言う。
「必要かも知れねぇ。だけどだ、だけど。俺は落ち込んでる奴を見るのが嫌いなんだ。だから落ち込むのなら、俺の目の届かねぇ所でやってくれりゃいいって話さ。そうだろ?クイント」
うん、うんと頷くクイント。
「クイント。乗せられないで。宿を取ろうにもあんな時間帯じゃ、足元みられそうだからって野宿になったんだよ?久しぶりにベッドで眠れると思ったのに」
昨夜。三人は望みの塔から離れたところにある広場で、テントを張り夜を明かしたのである。
「そっ、そうだった」
「おいっクイント!昨日、晩飯のおかずを分けてやっただろ?まぁその、悪かったよ。もういいじゃねぇか」
大通りを並んで歩いていた中、一人先んじたジャックが振り返る。
「ここは冒険者の街ベイスンだ。ちっせー望みを叶える為に俺らは来たんじゃねぇ。な?そうだろ?」
レビンとクイントを見てニッと笑い、懐に手を入れる。二人もジャックに合わせて懐に手を入れた。三人は懐からコインを取りだし、指先で弾く。
クルクルクルとコインは回転し、日の光を反射する。
「「「まぶしっ」」」
三人は目を背ける。コインはそれぞれの頭に当たって転がっていく。
「わ~、大事なコインが~」
ジャックは慌ててコインを追いかける。
「だから、この決めポーズは止めようって」
レビンは呆れながらもコインの位置を捉えている。
「フッ」
クイントは格好をつけたままだ。
「「クイント!!」」
ジャックとレビンの声が重なった。
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ジャック達三人がベイスン協同組合所に着くと、講習が始まるところであった。三人は渡りに船と講習を受ける事にする。
「これが魔法の鞄か~。でかい倉庫1個分入るって本当か?開口部はそんなに大きくないけど...いや、レビン位なら」
ジャックはレビンに被せようと鞄を高く上げた。
「やめてよ。生物は入らないって聞いたでしょ。ちょっクイントッ助けて」
クイントはもう既に自分で、鞄を頭に被っていた。
「「...」」
頭に被せていた鞄を、兜を脱ぐかのようにすると、クイントの長い髪が揺れる。満足そうに、二人に近づいていくクイント。
「...講習も終わったことだし、パーティー登録にでも行こうか」
「だね」
ジャックとレビンは満足そうなクイントに「行こう」と肩を抱かれ、歩き出した。
組合所内は、昼前の少し緩んだ雰囲気が流れている。人も少なく、ロビーは閑散としていた。ジャック達は冒険者登録を行う。
「3名での登録で宜しかったですか?」
受付の女性職員、名札にはマリリアーネと書いてある。きりっとした眉が特徴的だ。マリリアーネが確認をとると、ジャックは目を見開き、質問で返す。
「なに、なに?俺達の事が気になっちゃう感じですか?」
「では、こちらに冒険者としての役割を記入して下さい。尚、偽りのないようにお願い致します」
マリリアーネは華麗にスルーした。ジャックはショックで動けない。レビンが続きを受け持った。
「これでお願いします」
ジャック 剣士、斥候
クイント 大盾使い、治療士
レビン 魔法使い、弓使い。
記入された用紙を受け取ったマリリアーネは、2度瞬きをし、登録手続きを進める。
「パーティー名は登録なさいますか?まだお決まりで無いようでしたら後日に登録することも可能です」
項垂れていたジャックが顔を上げ、今まで無言だったクイントも反応を示す。レビンを真ん中に三人はコインを取り出し、指先で弾く。クルクルクルッとコインは回転し、今度は全員の手の中に収まった。
「「「<ア・サード>」」」
ポーズを決め、パーティー名を名乗った。マリリアーネは3度瞬きをする。
「パーティー名に重複はございませんので、<ア・サード>で登録致します。これで冒険者及び、パーティー登録は完了致しました。それではよい冒険を」
三人はニカッと歯を見せて笑い、足取り軽やかに組合所を出ていく。マリリアーネは彼らの後ろ姿を見送りながら、少しだけ口元を緩めた。
「なんすか?マリ先輩が笑うなんて、どうかしたんすか?」
隣の受付でポケーとしていたミリリアーテが、珍しいものを見たと声を掛ける。
「もうすぐお昼だから、気が緩んだのかも知れませんね。ミリ。あなたは緩みすぎですが」
「ええ~、いいじゃないっすか。暇なんだし。それより、お昼何処に食べに行きます?」
マリリアーネは登録を終えたばかりの用紙をミリリアーテに渡す。
「これを所長室まで持っていって下さい。それが済んだら一緒にお昼に行きましょう。今日は私が持ちますよ」
飛び跳ねるように用紙は所長室へと届けられた。
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ベイスンの街は塔を中心に外壁がぐるりと一周しており、東西に門が設けられている。また、塔を起点として外壁に向かって、何本かの道が葉脈のように伸びている。
その通り毎に、宿屋通り、道具屋通り、鍛冶屋通り等、とあり、業種毎に区域が分けられる。東西の門の通り道は大通りで、この大通りには、屋台も出ており観光客向けの店が多く並ぶ。
大通りにはちらほらと冒険者の姿も見えるが、観光客が多い。店先では呼び込みの声が活気づいている。
大通りに戻ってきた三人。屋台で買った串焼きを昼食がわりに食べ終え、木陰で魔法の鞄に入れる物を整理しているようだ。
「これからどうする?宿探し?それとも備品でも買いに行く?」
レビンはコインを懐にしまいながら、提案する。
「宿探しだな、宿。長いこと世話になるんだ。自分達に合った所にしてぇし、余裕をもって探してぇ」
ジャックが応えると、クイントは顎に手を当てて頷く。
「お金に余裕はないけどね」
レビンの思案顔に、クイントは胸に手を当てて頷く「適当に当たってみるか」と辺りを見渡す三人。クイントが指をさす。ジャックとレビンが頷き、三人は揃って宿屋通りに向かうのであった。
宿屋通り。塔の近くには、高級宿か老舗の宿が並ぶ。老舗の宿は殆どが常連客で埋め尽くされており、中には一見さんお断りの宿もある。
三人は先程から何軒か当たってみているが、予算や部屋の大きさが合わないようだ。
塔から離れて行くと、人の姿もまばらになっていく。そんな宿屋通りで、ひとりの少女が地面に何かを書いてはしきりに首を傾げているのであった。
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