脆く、儚い。望み。③
脆く、儚い。望み。③
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「レーミルさん!クオーグスさんを止めてください!」
「無理だよ。それに止める理由もないよ。ねぇレビン、魔法は良いよね。『空気よ・押す力を高め・円を描き・不侵の空間と成せ』」
レーミルとレビンを中心に風が吹き出し、2人以外を隔離する壁となる。
「何を!?」
「魔法は単純で良いと思わないかい?作用する力によって引き起こされる事柄が決まっている。火を出せば熱が生まれる。水も空気も土も法則に従って決まった形にしかならない」
風が止み、2人の青年が向き合う。
「...それが何だと言うのですか?」
「私は感情が嫌いなんだ。だって複雑だろ?作用する力によって引き起こされる事柄が決まっていない。人によって違うとか時期によって異なるとか難しいし。人から生まれるものは魔法だけでいい」
「感情が要らないと?」
「感情が失くなれば、怒りも哀しみもない。胸の痛みを感じる事も無くなる。レビンも感情を失くしなよ。そうすれば無慈悲に生きられる」
「無慈悲に、そうですね。憐れむ事も人を思いやる事もなく、生きる事が出来れば楽でしょう」
憐れみには施しを。裏を返せば、憐れむ事が無ければ助けを必要とし助ける事が出来る者がいても手を差しのべる事はない。
「そうだろ?君の話しにあった、ラビリツの事も始めから気にしなくて済んだんだ」
「その為に喜びや楽しい感情も失くせと言うのですか?」
「喜びや楽しい感情があるから、怒りと哀しみの感情がより濃くなる。レビン、無慈悲が正しいんだ。胸の痛みと無縁でいられる」
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レーミルがフテラアリシアに連れられた時、レーミルは何一つ抵抗しようとはしなかった。されるがままに受け入れ空へと上がる。
フテラアリシアが決まった台詞を述べる。
「汝が望むものは何だ?」
「無慈悲が正しいと証明したいな」
うっすらと笑みを浮かべて答えるレーミル。
「何故?」
「何故ってそれが人が生きる上で正しい事だから。だけど、そうじゃない思いやりの気持ちが大切だとか、慈悲深い人間が良いなんていう人がいるんだ」
フテラアリシアの翼が大きく広がる。
「それだと困るんだ。私が間違っている気がして、足元から崩れてしまいそうになる。人は常に無慈悲でいなくてはならないはずなんだよ」
「常に無慈悲とな。人に感情がある限り不可能では?」
「感情は失くす。そして完全に無慈悲な存在になった時、私の正しさを私で証明する」
「汝で証明?」
「全ての感情がなくなった時、きっと私は満たされる。それが正しさの証明になる」
レーミルは真っ直ぐに前を見つめている。
「何が汝をそこまで駆り立てる?」
「...私には...一緒に居て嬉しいと思った子がいたんだ。その子さえ居れば良いと思っていた。でも、ある時からその子は変わっていった。自分で自分を傷つけるようになり、笑う事もしなくなった」
レーミル達はツトゥリービヤ帝国のトゥミロス皇子の命令の元、幼少期に拉致された。そして強制的にトゥミロス皇子の理想の兵士となるように管理、育成されてきた。その内容は24時間体制で管理され、学習は記憶させる事だけに重点を置き、戦闘訓練は過剰とも言える反復練習であった。
育成の過程にトゥミロス皇子が満足する事はなく、常に過負荷の学習と訓練は行われる。言った事が何でも叶えられる夢物語のような要求を突き付けられる子ども達。出来なければ容赦なく叱責、罵倒され、不調をきたした。
それでも続けられる要求。自衛の手段のない子ども達はいつしか壊れていった。
「私は彼女を哀れんだ。元に戻って欲しくて、また笑って欲しくて。何度も話しかけたりおどけたりしたよ。だけど彼女の目に私が写ることは無かった...とても胸が痛いんだ」
トゥミロス皇子は壊れきった子どもを見て「何故上手くいかない。計画が頓挫するではないか、何故私ばかり」と嘆く。
壊れきった子どもは嘆く事もなく、最後には静かに眠っていった。
「結局何も出来ず、彼女は居なくなり胸の痛みだけが残った。無駄な痛みだ。それで私は気付いたんだ。慈悲は痛みを生むだけだと」
フテラアリシアの羽が抜け落ち、空を舞う。
「それが正しいんだ。もう胸の痛みを感じなくて済むのだから」
「在るものを無いとする。それも人の業やも知れぬの...汝の望み確かに聞いた」
翼をはためかせ、フテラアリシアがレーミルの側から離れて行く。現れた扉を通る時、レーミルはどんな技能を思ったのだろうか。感情を失くす事など人である限り不可能だと言うのに。
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「胸の痛み...それで感情を失くせと?」
レビンの髪がふわふわと揺れる。レーミルの行使した魔法は一定の円を作り上げている。円の中で静かに言葉が交わされる。
「 そうだよ。そうすれば君の言った通り、楽に生きられる」
「どうして僕を誘うのですか?」
「君のような慈悲を謳う人を改心させられたら、私の正しさの証明になるからね」
レーミルが50階層で得た技能は感情抑制の技能だった。初めて自分の意思で獲得した技能だが、レーミルには何の感慨も無い。
フテラアリシアに語った、感情を失くしたいという思いは自身によって裏切られた。扉を通る時に、感情を失くした姿を想像する事が出来なかったのだろう。今、レーミルは何を思ってか他者に答えを求め始める。
「あなたの正しさの証明?そんなものが必要ですか?人はそれぞれ自分が正しいと勝手に思っているものではないのですか?それを他者に強要するなんて幼稚な考えですよ」
「何を!幼稚であるものか!これは真理だ!無慈悲に生きる事が正しいというのは真理なんだ!」
普遍で絶対のもの。「形あるものはいつか壊れる」といった誰にとってもそうで、絶対に覆らないものが真理と呼ばれる。得てして人はそういったものを求める。生まれた意味を知りたいという〈エイマー〉もその類いだ。神の答えによって、自分の存在する意味を普遍的で絶対のものにしたいのだろう。
「真理?人の生き方に真理なんて無いです。あなたは自分を信じていないだけですよ。胸の痛みを無くす為に無慈悲である事が正しいという事にして、自分に嘘をついているから」
「嘘だと!?君が私の何を知っているというのだ!」
「さぁ?知りませんよ。ただ他人に自分の正しさを求める人は、自分を信じていない人がする事です。それと、さっきから随分と感情的になっていますね」
レビンがゆっくりと口の端を上げて見せる。
「もういい。君を助けてあげようとしたのに『火よ・業火と成す・示すものを・塵とかせ』」
「やさしいですね『水よ・川と成す・向かうものを・打ち流せ』感情を失くして生きたいなんて、死にたいと言っているようなものです。でも、あなたは生きているじゃないですか?無慈悲にも徹しきれずに。自分の思いに嘘をついているんですよ。今一度自分の思いを聞いてみればどうですか?」
巨大な火の塊がレビンに向かうが、それよりもさらに大きな水の流れが火を打ち消した。水の流れは止まらずレーミルへと襲いかかる。
『土よ・壁と成す・前方にて・隆起せよ』
レーミルが杖で地面を指し想起語を唱える。しかし地面に何の変化も現れはしなかった。
「っ!?なぜ土が隆起しない?」
「浸透率です『土と水よ・水桶と成す・渦を作り・閉じ込めよ』」
水の流れがレーミルを巻き込み飲み込んで行く。その先では土が形を成し、水の行く手を塞き止める。更に返す水も封じ込められた。
水の中でもがくレーミル。水の流れに翻弄されている。苦しそうに歪めた顔を何度か水面に出していたが、しばらくすると力なく意識を失った。
「僕はあなたを助ける事はしません」
水に濡れたレーミルを見下ろしてレビンは言う。
「どんな過去があろうとも僕があなたを憐れむ事はないでしょう。あなたの望んだ事はあなたを苦しめた事を正しいものとする事です。自分で自分を傷つける人を憐れだと思いはしません」
止まっていた風が動き始める。
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