動き、動かす。思い。⑤
動き、動かす。思い。⑤
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ベネットの宿り木。2階の部屋に夜風と宿屋通りを歩く冒険者の声が窓から入り、三人の体を通り抜ける。
1階ではベネットが朝食の仕込みをしており、リズベットは洗濯物を乾かしている。日中に雨が降ったため、干せなかったのだろう。器用に風を当てている。
「いいお湯だった~」
浴場から冒険者達が出てきて、ロビーで涼みはじめた。そこではマルクロがコロコロと転がり、冒険者達を和ませている。
近頃のベネットの宿り木は常時満室だ。ベネットもリズベットも忙しくしている。ベネットはキーホルダー作りを辞め、リズベットは基本の火・水・空気・土の魔法を使えるようになった。
ソンネルからベイスンにやって来た青年達が、ベネットの宿り木に泊まるようになって4年が経つ。その間に多くの事が変わっていった。
「街も大きくなったね」
2階の部屋は、あれからずっとア・サードが使っている。部屋の模様に変わりはない。
「そうだな。随分な時間をここで過ごしてきたんだ。ちょっとのんびりし過ぎたか」
「ジャック...」
「初めてあの岩山の階層に行った時にさ。大怪我をしてから腰が引けちまってるんだと思う」
岩山を繋ぐ吊り橋から落ち、半年以上の安静を余儀なくされたジャック。結局、復帰するのに1年かかった。
ジャックが動けない間、レビンとクイントの二人は生活費を稼ぐだけの活動に留めていた。ジャックを置いていかないようにと、鍛練する事はしなかった。
「それで何が言いたいのかな?」
「あの人達と一緒に行動してみようか」
「いいの?」
安堵したような表情が三人の顔に浮かぶ。何しろ40階層に到達してから二年近く50階層へたどり着けていないのだ。停滞感を誤魔化すのも難しくなってきていたのだろう。
ただ、その安堵は決して良いものだけではないようだ。
「ああ。明日頼みに行こう」
「だね。いい人達だったよね?」
「うん。そう思う」
声に諦めたような寂しさが潜む。
三人で冒険する事に拘っていたア・サード。拘りを捨てる事で拓ける道もある。だが、何の為に拘っていたのか。大事な事だったのではないのだろうか。
窓の外では酔っぱらった男がケタケタと笑っていた。
「任せたぜ。ジャック」
「ああ。ジェルード見とけよ」
剣を2本持ったジャックがフテラバッファローに向かっていく。 フテラバッファローは頭を下にし、フテラピテーコスの声を頼りに迎え撃つ。
剣が揺れ、斬撃が飛んだ。
斬撃はフテラバッファローの左右の角をかち上げ、フテラバッファローの喉元を晒す。ジャックが剣を振る。
首の無くなったフテラバッファローは霧散し、収穫品の革が跡に残った。
「ひゅ~」
ア・サードがクオーグス達と共に望みの塔に挑み始めてから、3日になる。岩山の攻略は順調に進み、今は階層にして44階層にいた。
「そろそろ夜営地を探そう」
クオーグスの声に皆が応じ、行動を開始する。6人で夜営をするのは今日で3回目になる。彼らは2人1組で見張りを行い、順番に休んでいる。
交流を深めようとクオーグス達とア・サードで1人ずつ見張り番を出し合い、クオーグスとクイント、レーミルとレビン、ジェルードとジャックの組み合わせで見張り番をしていた。
各々、冒険者の職が同じで話が合うようだ。
「今日はトウモロコシの丸焼きが出来上がったよ」
「火加減バッチリだから冷めない内にどうぞ」
レーミルとレビンが夕食前のおやつにと皆に手渡す。夜営の準備が出来上がったので小休止を取るようだ。怪物達に気取られない様に魔法で焼かれたトウモロコシ。
輪になってかぶりつく6人が幼く見える。
芯までかぶりついたジャックが「歯が抜けなくなった」とレビンに助けを求め、引っこ抜こうとするレビンに合わせて動く。それを見たレーミルとジェルードがトウモロコシの粒を吹き、クイントの顔にその粒が着く。
「はっはは」
クオーグスの笑い声が揺れる。ランタンが写す影も楽しげに揺れて岩山へと伸びていくのであった。
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「ねぇリズ。ジャックさん達はどうして三人だけで冒険しているの?」
ベネットの宿り木のリズベットの部屋。椅子に腰かけたジョゼットがリズベットに尋ねた。テーブルの上にはジョゼットが持って来たオレンジとオレンジのケーキが置かれている。
「え?三人だけの理由?えっと確か、わがままじゃ無かったかしら」
リズベットはオレンジのケーキに視線を奪われ、どこからナイフを入れようか上から見たり横から見たりと体を動かす。
ジョゼットが真剣に悩むリズベットを見て、クスリと笑う。
「なに?」
「ううん。な~んにも」
「なによ。三人だけの理由なら「わがままだけど誰にも迷惑かけてないから、いいだろ」って言っていたわよ」
ケーキから顔を上げ、ジョゼットに視線を合わすリズベット。後ろで結われた髪がサラサラと流れる。
「へぇ~。リズベット、そのケーキ全部食べてもいいんだよ。それこそ誰にも迷惑かけないんだからさ」
「うっ。ダメよ、食べ過ぎは良くないのよ。それにジョゼットと一緒に食べた方が美味しいわ」
切り分けられるオレンジのケーキ、温かなミルクが添えられて。窓の外には午後の日差しが柔らかく見えた。
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常に陽気な気候の41から49階層の岩山。5万キロメートルの地点でもそれは変わらない。高さが有るだけだ。風も地上に居る時と変わらず、雲は存在しているが雨を降らすことはない。
「神様は何だってこんな岩山を用意したんだ?」
「何でだろうね。こんな高さだと普通は寒いし、呼吸も出来ないはずだよ」
「本当」
ジャック、レビンが吊り橋から下を覗く。クオーグス達は既に渡り終えているようだ。
「うわ~地面が見えないよ」
「うん」
「なんだクイント怖いのか?」
「怖くない」
笑顔を見せるクイントに、したり顔のジャックが吊り橋の上で跳ねる。ぐらぐらと揺れる吊り橋。慌てて、手すりを握りしめるレビンとクイント。
「ちょっとジャック!なに考えてるの!こんな高い所から落ちたらどうなると思っているの!地面に落ちるまでの間に何回も走馬灯を見ることになるんだよ!!終いには「それもう見たよ...」ってなるよ!そんな終わり方、僕は嫌だからね!」
レビンが驚き怒って捲し立てる。その隣でクイントは笑顔のまま固まっていた。
「なはは。なぁ見ろよ、すげー景色だ」
三人の前にはいくつもの切り立った岩山が並んでいる。雲が何層にもかかり、遠くには空を飛ぶ怪物の群れが見える。
「空を飛んでるみたい」
「ああ」
「ホントだね」
温かな日差しの中、風が吊り橋を通り抜ける。自然と顔が緩むクイント、ジャック、レビン。澄んだ風が三人の顔を露にする。
「おい!!何してんだ!」
弛緩した空気をジェルードの声が切り裂く。
「あっ。すまねぇ、景色を見ていたんだ」
吊り橋の中程から歩みを再開するア・サード。
「景色だぁ?そんなもんどうだっていいだろ」
「急いで欲しいな。50階層の関の主までもう少しなんだから」
「はぁ~」
ジェルード、クオーグス、レーミルが頭を抑えたり腰に手を当てたりとしている。望みの塔に入って8日間が過ぎている。明日までには50階層の関の主を倒し、転移陣に入らないといけない。10日を過ぎてしまうと強制的に望みの塔から退出させられ、また41階層から上る事になってしまう。
「そうだよな...」
ジャックの声が風に吹かれて漂う。
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