あらたに、始まる。日々。①
あらたに、始まる。日々。①
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白熱した議論も収まり、就寝の準備に入るエイミー、キャシー、レベッカの3人。
「あの子達は旅立った。私達も何かを始めるには良い機会かも」
キャシーがベッドに腰掛けて弾みをつけて言うと、レベッカが表情を明るくした。
「そう言えば、この間村の奥さん達に野菜を届けた時にね。子ども達に読み書きと計算、それと望みの塔について教えて欲しいって言われたんだ」
「それ、いいじゃない。私達かあの人ぐらいだもの、そういったこと出来るの」
「いいの?キャシー」
向かいのベッドに腰かけるエイミーが、気遣わしげな目をする。
「え?うん。クイントの事はもう昔の事だわ」
「なら決まりね」
パンっと、手を合わせて喜ぶレベッカ。ところが、エイミーが待ったをかける。
「ちょっと、私の意見は?」
腰に手を当てて頬を膨らませている。そんなエイミーに対しレベッカは心底意外な表情を作った。
「え?聞く必要ないよね?」
唖然とするエイミー。だが、間違ってはいないのだろう。歯痒い表情を浮かべている。
「そうだけど...腑に落ちないのよっ」
エイミーがレベッカに飛びかかる。しかし、受け止められレベッカに余裕の表情を見せられてしまう。
「えー?落・ち・て」
「落~ちな~いっ」
じゃれ合い始める2人を横目に、キャシーはそそくさとベッドに潜り込む。エイミーとレベッカのじゃれ合いがキャシーを巻き込むのは時間の問題のようだ。
「慣れてしまうのも良し悪しがあるわね」
数日後。元教会の礼拝堂では、子ども達を前に教鞭をとるシスター服を着た3人の女性の姿が見られるようになる。
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東の地平線が橙色に滲み始め、空が塗り替えられていく。
「今の空もいいね」
クラウドシープと丘に登るコリンが深呼吸をした頃。望みの塔、100階ではエイマーが関の主に挑んでいた。
「ガイザック!!」
ナタリーの叫ぶ声が聞こえる。100階の扉が閉まった瞬間、空間が変化し扉の半径2メートルを残して地面も消失。ガイザック、ミーミー、メイメイの3人が落下していった。
「姐さん達!」
キキクリクが矢にロープを結びつけ放つが、届くことは無かった。風が音たてるばかりで、目の前の出来事に誰も口を開く事が出来ないでいる。
周囲に他の足場は見当たらず。全面に青が広がり水蒸気の固まりが形を変えながら漂う空の中、100階の関の主の姿も見当たらない。
「行くわ」
ナタリーが体を空中に投げ出す。
「うむ」
ロンウェルもそれに続く。
「いや、こういう場合は一旦落ち着いて考えましょう。そうです。まず、状況の整理をしなくてはいけません。えっと、ボク達が・・・」
キキクリクは止まってしまった思考の時間を取り戻すかのように、喋り始める。
「...」
少しして、黙って空中に飛び込んだ。
「まずいかも知れないな」
ガイザックが落ち続ける中、予感を口にするがその声は正確な音を発する事が出来ない。
「何か」「言った?」「「ガイザック」」
ミーミーとメイメイはくっ付いており、意思の疎通が出来るようだ。既に3人が落下してから、5分程経っていた。
落下による強風の中、ガイザックは目をこじ開けて辺りを見渡す。ミーミーとメイメイもそれに倣い、ふたりで分け合うように周りを見ている。
「あれは」
空中の中に歪みがある。その歪みは風に流されるような動きでガイザック達に近付いていくる。スカイジェリー「アカナ」100階層の関の主だ。
海月に似た半透明の怪物。数多の触手を有し、空中で身動きできないものを刺し捕食する。雲の中に紛れるのを得意とし気配を放つ鼓動を持たない為、察知する事が難しい。
「ミーミー!メイメイ!」
ミーミーとメイメイは未だアカナの存在に気付いてもいなかった。ガイザックの声は咆哮のようにしかならず、届く事もない。
風の流れが急に変わりアカナの動きが不規則になった。視認する事が困難な状況で、ガイザックの目もアカナを捉えられていない。
「うっ」
触手がメイメイの腹部に突き刺さる。ミーミーが咄嗟に触手を掴み引き抜くが、メイメイの腹部からは多量の血が噴き出す。
「メイ!」
「ミー...大丈夫だから...」
そう言うメイメイだが、顔色は悪く小刻みに震えている。
「このっ」
ミーミーが力任せに触手を引っ張ると、触手はアカナの傘の縁から脱落してしまう。
「くそっ!逃げんな!」
また風が吹き、アカナが移動する。空中それも落下中により、いつものように動けないミーミー、ガイザック。ミーミーはメイメイに近付き傷口を塞ぐのにも上手くいかず苛立っている。
「メイッ、メイ!」「ミー...」
「っく」
ガイザックが大剣を振るが、これも上手くいかない。腕力のみで振らなければならず、強風に煽られ体がずれてしまう。
「踏ん張りが効きゃしねぇ」
上空を見上げるガイザック。息を吐くと大剣を背中に仕舞い脱力した。
「ガイザック!?」
ガイザックの行動にミーミーが目を見開いて、手を伸ばそうとした。しかし、その手が伸ばされる前に触手がガイザックを突き刺しアカナの口腕へと持っていく。
「くっ」
メイメイの時と違い触手が数十本、体に刺さっていた。体中から血が噴き出し、鮮血がガイザックを濡らす。
「お願い」
「承知」
声は聞こえていないだろうがナタリーが指差す方向へと、ロンウェルが槍を構え鋭くなっていく。流れる星のごとく、ひとつの目的で、ひとつの筋を描いて。
破裂音が鳴り渡る。アカナは傘が波打つ衝撃に怯み、触手を脱落させる。
「くらってけよ」
ガイザックが触手を払いながら手を伸ばし、口腕を握る。アカナは身を捩り、穴の空いた傘を上下に何度もはためかせる。
「メイの仇!」「ミー...頼む」
ミーミーがメイメイを背負い、脱落した触手を足場に駆け上がる。ガイザックが背の大剣を振り下ろし、ミーミーが脚を振り上げる。切断され、千切られるアカナ。
「千射し」
キキクリクが魔法の鞄から矢継ぎ早に矢を放つ。次々と射抜かれるアカナの欠片。それでもまだ、次の階層への扉が現れない。
「想起語は唱えられないけど、これはどう?」
ナタリーの魔力を滾らせ、周りの空気を急速に冷やしていく。冷気の膜は徐々に拡大しアカナの欠片全てを包み込む。絶対零度近くまで凍らされたアカナの欠片は粉々に散り、欠片の1つが冷気の膜から飛び出した。
ガイザックが大剣を力任せに振る。面を風に当てて推進し、欠片を追いかける。
「嫌な予感がすんだよっ!」
そして、欠片に追い付くと握りつぶした。それはアカナの最後の希望だった。
アカナは一片でも欠片があればそこから再生することが出来る。無知な冒険者達を嘲笑うかのように欠片毎に何体ものアカナが出現し、今まで冒険者達をその餌食としてきた。
最後の欠片が消えると空中にいたガイザック達は、転移したかのように白い四角い部屋へと移動した。目の前には新たな扉が出現している。
「ガイザック!」
ナタリーが駆け寄り手当てを始める。
「ああ。大丈夫だ、ありがとうナタリー。皆無事だな?」
メイメイはロンウェルに治療されているが、ガイザック達は皆して頷き合う。
「100階層突破だ!」
エイマーが100階層に到達したという快挙はベイスン協同組合を通じてベイスン、そして各国に知れ渡っていくのであった。
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