これまで。より、これから。①
これまで。より、これから。①
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ガラス状の小屋の前に看板が立てられている。
:この男、講習を受けずに望みの搭に入り、欲望技能の魅了を獲得。技能が使えないと、ベイスン協同組合をも巻き込む騒ぎを起こす。その責により、3日間晒し者の刑に処す。手出し厳禁。ベイスン協同組合:
看板には日付も刻まれており、今日の日没には解放されるようだ。
陽はまだ高く、頭上を照らしている。小屋の中の男は顔を隠すように蹲っていた。
ジャックが男に近づく。
「おい、お前。何、しょぼくれてんだよ?」
ジャックは不幸を嫌う。
落ち込んだり、無気力になって自ら不幸を招くような行為をする人を見ると黙っていられない。
いつだって声を掛けるが、今まで上手くいった試しはない。相手は放っといてくれと追い払う事が殆どで、関係ないだろと怒り出す人もいた。
男はジャックを一瞥すると、溜め息を吐いた。
「何があったかは知らないが、ここには望みの塔がある。知ってるか?望みの搭ってのはな・・・」
ジャックは男の反応を気に留めることなく話を始める。後から追い付いてきたクイントとレビンは、そんなジャックの様子に長くなりそうだと苦笑いをした。
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望みの塔の周辺には4つの大きな国がある。ヤイハイ王国、トネスターム聖王国、レミマルク共和国、ツゥトリービヤ帝国の4ヵ国で、それぞれの国には特色があった。
ヤイハイ公国は武芸に秀でており、その技は音をさせることなく身をこなし、獰猛な熊を気付かれぬまま一撃で屠る。
トネスターム聖王国は守りと癒しを得意としている。鍛え抜かれた体は巨体の猪の突進を防ぎ、怪我をしても直ぐに治療できる術を持つ。
レミマルク共和国は魔法の研究者が集い日々研鑽を積んでいた。彼らの手に拠って魔法の基本原理は解明されたといっても過言ではない。
ツゥトリービヤ帝国は鍛冶に国を上げて力を入れる。作り上げられた武器は頑強な岩をも崩す事が出来た。
長い歴史のなかで、4つの国は協力し合う事もあれば、争い合うこともあった。
今より約300年前、この地の覇権を争う戦いが起きた。当時の主導者達によって争いは生まれ、激化していった。
「トネスタームの守りなど、我らの技により紙と知る事となる。陶犬瓦鶏とはこの事。いいか貴様ら、よく聞け!トネスタームを降し、奴らの力を手入れたならば、レミマルクの魔法など恐れるに足らん。この戦いが我らヤイハイ公国の行く末を決めるものと知れ!!」
戦装束を身に纏った集団を前に指揮官らしき人物が叱咤し、武器を掲げ宣言する。
「我らが武を世に知らしめるのだ!」
集団の中にいたある者は地鳴りが始まったかと思ったと言う。武器を鳴らし、声を上げる。呼応する音が辺りにこだまする。
戦意が集団を支配する。指揮官は勝利を確信し、集団を戦地へと誘う。
トネスターム聖王国領。今にも雨が振りだしそうな空の下。ヤイハイ公国との境にある砦では、大きな盾を持った者達が今か今かと待ち構えていた。
「ヤイハイ公国の方々も愚かなことです。この砦に攻め入ろうとは、焼け石に水です」
「上官、石に灸と言ってください。石で言うならこっちの方が僕は好きです」
「同じことです。私達の守りの前に彼らの攻撃など無駄なのですから」
自分達の守りが破られる事など考えもしない士官達の元に、伝令が走ってくる。偵察に出ていた者からの伝言を携えて。
「ここより10キロ先の地点にて、ヤイハイ公国軍の進軍を確認。もう間も無く、砦からでも目視できるだろう。との事です」
砦の前面には荒野が広がり、巨大な岩山が隆起している。その岩山の陰から武装した集団が現れ、砦にいる者達に確認された。
大きな盾を持った者達が迎え撃つ準備へと行動を移し、武装した集団が進行速度を上げ展開していく中。
突如、それは起こった。
光が空を走り、荒野に線を引く。線は徐々に広がり、砦も、集団も含んでしまう。暗い雲に覆われていた荒野に、真っ白な空間が広がる。
待ち構えていた者達、士気を上げていた者達は何事かと伺い、敵襲ではなかろうかと警戒しようとする。
しかし、目を開けていられない。目を閉じていても眩しいと感じる程の光が、争いを始めようとするもの達を襲ったのだ。
うずくまる者に武器を振り回す者、果ては光から逃れようと右へ左へと走り出す者まで現れる。錯綜し乱離骨灰となる。
「てっ、たい、撤退だー!」
指揮官は今日一番の大声を上げる。後方に備えていた為、光が広がっていく様が見えたのだ。
「皆、武器を仕舞え!!近くに居る者は手を繋ぎ、わしの声に着いてこい!」
「団長!!」
何の成果も得られず撤退することに不安を覚えたのか、指揮官の横に居た者が呼び止める。
「うむ。仕方あるまい。光がいつまで続くか、どこまで広がっているのか分からぬが、今は来た道を戻るしかあるまいよ」
ヤイハイ公国の者達は手を繋ぎ、声を上げる指揮官に先導されて帰路に就く。縦に縦に長く伸びて、来た時よりも慎重にゆっくりと、戻っていく。
大事なく光の中から脱却した時、指揮官の声は逆さにしても何も漏らさなかったと言う。
トネスターム聖王国の者達は、砦の中に隠れる事が出来た。それでも、状況を打開するような策を執る事も出来ず、ただ光が消えるのを待つしかなかった。
「士官殿、この光は一体なんなのでしょうか?」
「天が私達の味方をしているのです。と言いたい所ですが、全くわかりません。レミマルクの魔法でもあのように天からでは不可能ですし、第一規模が大き過ぎます。ツゥトリービヤの技術でも考えられません」
士官は考えを巡らせるが、光について説明は出来なかった。
1時間程たった頃、忽然と光は消えた。砦の前の荒野は何も変わらず、昨日と同じようにその偉容を保っていた。
「本当になんだったのでしょう。あの光は」
この出来事は広く知られるようになり、やがて人々は光の出所を探し始めるのであった。
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