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魅了の冒険  作者: 塩味うすめ
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知らず。選んでゆく、みち。⑤

知らず。選んでゆく、みち。⑤ 


**********************


 壮年の男が姿を消した東門。人だかりはア・サードを残し解散していった。


「あっ!朝の三人じゃないっすか~」


 いつもの平静を取り戻した東門に、ミリリアーテがいつもより怠そうにやって来た。


「騒ぎが起きてるって言われたから来たんすけど、何もないっすね?」


「何もないですよ」


 これ以上の厄介事は避けたいのか、レビンが即答する。


「良かったっす~何か今日、頭がポーっとしてるんすよね~って魔法の鞄がボロボロじゃないっすか?」


「だから風邪、いえ。ちょっと転んでしまって」


「え~ドジっすね~。いいっすよ。朝、無理聞いて貰ったっすから、新しいのあげるっす」

  

 ミリリアーテが何処からともなく魔法の鞄を3つ出して、レビンに手渡す。


「加工は自分達でお願いするっす。古いのは、え~メンドイので自分達で処分して欲しいっす」


 手をプラプラと振り、ベイスン協同組合へと帰っていくミリリアーテ。 


「...俺達も帰ろうか」


「何か締まんないね」


「うん」


 大通りを歩き出す三人。


「ねぇ、マルクロ君。君はいつまで僕の頭の上に乗っているのかな?」


 三人と1匹はベネットの宿り木へと帰っていく。


**************************


「何で?何でふくらんでないの!?もう間に合わないかも」 


 ベネットの宿り木のキッチンでは、リズベットがオーブンからトレイを取り出して嘆いていた。材料に間違いはない筈だ。


「どうしたの?」


 リズベットの悲痛な声にベネットが顔を覗かせる。


「おばぁちゃん!まだ入っちゃダメ!」


「あら。弱音が聞こえてきたと思ったけど、聞き違えかしら?」


 ベネットは笑顔を携えて、意地になっているリズベットに少し意地悪に言う。


「でも、ひとりで作りたいんだもん」


「そう、うん。そうね、ごめんね。あとで私にも食べさせてね」


 リズベットの強い眼差しを受け、ベネットは受付へと戻って行く。 


「うん」


 強い気持ちの弱々しい声。キッチンにはまだ材料が残っている。リズベットは膨らまなかったマドレーヌをじっと見る。


「混ぜ方が足りなかったのかな?良し、今度は大きな気泡を残してみよう」


 ボウルに入れた材料を、勢いよくかき混ぜていく。時計の針はもうすぐ3時を示そうとしていた。


「ベネット、これお土産。魚の干物な」「美味しかったよ」「檸檬がお薦め」「クー」


 ジャック、レビン、クイント、マルクロの声が受付前から聞こえる。


「あら2階へ上がったと思ったら、これを用意してくれていたの?ありがとう。折角だし、お茶でも飲んで行く?」


 ベネットの声が、今だけは嬉しくない。


「おお、そうだ。リズベットがお菓子を用意してくれているんだった」


 いつも余計な事を言うジャックの声は、いつも通り腹立だしい。


「お、おかえりなさい!」


 弱い気持ちの猛々しい声。結局膨らまなかったマドレーヌ。それでもお菓子はお菓子だと自分に言い聞かせて、三人の前に差し出すリズベット。


「どうぞ」


 お皿ごと渡すと、逃げるように自分の部屋に入っていった。朝の態度との違いに面食らう三人。マルクロもレビンの頭の上から落ちてしまう。

 その様子にベネットは、口元を押さえて笑う。


「んふっ。ごめんなさいね。リズったら、後で話しておくから」


 ベネットは三人を居間のソファに座らせ、ローテーブルの上にリズベットのマドレーヌを置く。自身は紅茶の用意を持って一人掛けの椅子に座った。


「なぁ、ベネット・・・」


 ジャックがリズベットの逃げるような姿で思い出したのか、東門での出来事を話し出した。部屋で魔法の鞄が盗まれた事と、3階の客の事は隠して。


「・・・それでその騒動は、ある男が俺達を見て羨ましく思った事が発端だった。だから、俺はそいつに羨ましく思うなら、俺達の事を知ろうとしろって言って突き放したんだ。でも、それで良かったのかな?」


「ジャック...」


「あんな奴の事なんて気にしないでよ」


 クイントとレビンが心痛な面持ちのジャックを心配そうに見る。ベネットは話を飲み込むように緩やかに頷き、そっと両の手を合わした。


「ねぇ、そのマドレーヌ食べてみて」


 意外な言葉に拍子抜けした表情を見せる三人だが、言われるままにマドレーヌを手に取り食べ始める。


「固っ!」「うん。柔らかくはないね」「パサパサしてる」


 思い思いに感想を口にする三人。ベネットはイタズラな笑みを浮かべる。


「それ、リズベットがひとりで作ったのよ」 


 「「「っ!」」」


 驚いて手に取ったマドレーヌを、じっくり見る三人。ベネットは笑みを解くと話し始めた。


「ごめんなさい、気を悪くしないでね。そのマドレーヌ、はっきり言って美味しくないわよね?リズベットがひとりで作ったという事を聞いても、味自体に変わりは無いわ」


 三人は先程よりも大事そうに、そのマドレーヌを手に収めている。


「ふふっ。ありがとう。リズベットがひとりで作ったという事を知って大事に思ってくれたのね」


 ベネットが席を立ち、紅茶を淹れる。三つのティーカップにお湯が注がれる音が静かに聞こえる。


「物や人について知っても、感じるものは変わらない。だけど、何か変わるものもあるんじゃないかしら?」


 三人の前に差し出されたティーカップから、ゆらゆらと湯気が漂う。 


「それにね。このマドレーヌも美味しくはないけど、これはこれで良いの。何が良くて何が悪いのかなんて誰にも決められない。人の生き方なんて、尚更ね」


「だけど、何も知らないで羨む事は不幸な事じゃねぇか」


 ジャックの目が揺れる。レビンとクイントは微かに震えるジャックの゙背中を何も言わずに見ている。

 

「ねぇ、ジャックさん。大事なのは、どうしたいかという事よ。そうね、リズベットを呼んで来てもいい?」


 ベネットの声が温かく広がっていく。

 

***************************



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