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魅了の冒険  作者: 塩味うすめ
33/66

知らず。選んでゆく、みち。②

知らず。選んでゆく、みち。②


**********************


 ベイスン協同組合所本社。3階所長室。


 書類用の棚が一辺を占領し、来客用のソファーセットが中央を占有している。窓の前には、仕事机が威厳を持っているかのように大きく占拠する。その机の上には書類が散乱し、ホーリーリルテと書かれた席札が転がっているが、肝心の部屋の主の姿は見えない。

 マリリアーネが断りもなく入室すると、そのきりっとした眉がピクピクと動いた。無言で机の上を整理し始めるマリリアーネ。手慣れた動きで、いつ彼女が所長になっても問題は無さそうだ。


「所長」 

  

 机の上の整理を終えたマリリアーネが所長室の窓を開け、彼女にしては大きめの声を出した。


「なんじゃ。見つかってしもうたか」


 可愛く舌を出すホーリーリルテが窓から所長室に戻ってきた。


「何をしているのですか。また散らかしたままで」


 マリリアーネは、可愛く舌を出している事に構うことなく注意を始める。


「らって、かたどぅけてくえう」


「所長、舌をしまってハッキリと喋って下さい」


「いやら。かわいいとゆってくえうまでひまわんっ!いひゃい」


 舌を噛んでしまったお茶目なホーリーリルテ。  


「ひぇ~、じっと見るでないわ」


「はぁ。所長。この低階層で活動する冒険者の増加問題についての議案は見られましたか?」


 マリリアーネが整理した書類の1つを指差す。ホーリーリルテが一瞥し、所長椅子に腰を落とす。が、勢いがつき過ぎクッションの反動で、また立ってしまう。


「それか。見たが、放っておいても良い案件だろうに」


「ええ。ですが、交換所の職員より、一部の物価だけが下がる恐れがあると」


 書類を手に取り、所長椅子に腰かけるホーリーリルテ。今一度、書類に目を通していく。


「何々、10階の関の主の攻略をレクチャー、対策品の製作及び販売じゃと。はんっ冒険をなんだと思っておるのじゃ」


 しずしずとマリリアーネが、ホーリーリルテの側に寄り書類を受けとると、開いていた窓から書類を投げた。『火よ・燃やせ』紙が昇華していく。窓を閉め、手を払うマリリアーネ。


「そうですね、物価が下がるなど杞憂です。大方、同じ収穫品(ハーベスト)の査定ばかりで嫌気が差したのでしょう。もともと、組合所で攻略法の話を流しているのも私は反対です」


「お、おう、そうじゃの。冒険者は流行り廃りがあるからの。それよりも、今日来るんじゃろうな?」


 ホーリーリルテが閉められた窓の方を向いて気もそぞろに首を伸ばす。マリリアーネの眉がピクッと反応する。


「え、ええ。ミリが伝えたはずです」


「楽しみじゃ。どれ、茶菓子でも用意しておこうかの」


 所長室の奥の棚を開けると、激甘から極み甘いまでの菓子が揃っている。所長室内にいい匂いが漂う。


「ミリったら、甘ったるい話しかして来ないんですもの」


「ん?何か言ったかの?」


「い、いえ何も」


**********************


「くしゅん」


 ミリリアーテがくしゃみをした。


「風邪ですか?」


 レビンがハンカチを手渡すと、鼻をかみそのまま返すミリリアーテ。


「いやぁ、モテる女は辛いっすね。いつもは春先が多いっすけど、きっと前の演奏会の時に惚れられちゃたすね」


「春先は花粉じゃ、「レビン」


 ハンカチを袋に詰め仕舞うレビンが、因果について話そうとするのをジャックが止める。頭を細かく振り、視線でミリリアーテの顔を見るように促すと、小声で言う。


「知らないでいた方が良いこともあるってもんさ」


 溶けそうな顔で笑うミリリアーテ。レビンとクイントはコクコクと頷き、感心するようにジャックを見る。


「ジャック...」


「...ジャック、そこに気が回るのにどうしてモテないの?」


 ジャックが固まったが、ミリリアーテによって解かれる。


「あれ?なんすか?あたしの美貌で固まっちゃったっすか?いや~罪作りっすね~。サインいるっすか?」


 サインペンを取り出し、直に書こうとする。ジャックの全身が震え「誤解だ」と固まりが解けた。

 

「そういうのは良くねぇ、良くねぇんだ」


「照れなくていいっす。今なら握手もサービスするっすよ?」


 ジャックが逃げ出した。


「クイント。ジャックがモテないのは真摯(しんし)だからかな?」


「一途?」

 

「ひたむきなんすね~」


「ところで、ミリリアーテさんは僕達に何か用があるのですか?」


「っす!」


 レビンとクイントはミリリアーテから、ベイスン協同組合の所長から話があるという事を聞き、急いでジャックを追い掛ける。

 しばらくして揃った三人は予定を変更し、ミリリアーテに連れられてベイスン協同組合所本社へと向かう。


「もうそろそろかの」


 所長室ではホーリーリルテが椅子に座り、体の上半分を左右に揺らしている。マリリアーネは所長室内の整理に手をつけ、今は拭き掃除を行っている。


「マリや。有り難いんじゃが、下は大丈夫かの?」


「はい。ミリとムリが居りますので」


 1階では、最近新しく入った受付のムリリアースが1人で受付業務を行っている。受付には並ぶ冒険者が5組はいる。


「無理無理。ミリ先輩、どこに行きやがったんだ」


 ミリリアーテに渡されたマニュアルを見ながら、弱音とその原因を冒険者に悟られないように吐いていた。


「ほう。ミリも新人教育を任せられるまでになりおったか」 


 ト、トン。所長室のドアを叩く音がする。マリリアーネが掃除道具を片付け、入室の許可を出す。


「失礼するっす」


 ミリリアーテが三人を伴い、所長室に入ってくる。レビン、クイント、ジャックの順に顔を見せると、ホーリーリルテが立ち上がり、来客用のソファーに座るように促す。


「よう来た、よう来た。ま、楽にせい。お?ほほう、成長しとるの」


 座る姿勢から、成長具合を判断するホーリーリルテ。三人は促されるままに座ると、ミリリアーテの方を見る。ポケーとしていたミリリアーテは視線に気付くと、ハッとする。

 

「1階の後輩が心配っす。戻るっす」    


 言うや否や所長室を出ていく。ホーリーリルテとマリリアーネはいつも怠そうにしているミリリアーテの後輩を気遣う言葉に、好好爺の表情を見せる。三人は、借りてきた猫を更に貸し出したような表情となる。

 

「ありゃ?随分と大人しいの。ほれ、このマフィンを食わんかの」


 言われるがままに手を伸ばす三人。


「「「甘っ」」」


 一口食べると、皿に戻してしまう。


「なんじゃ、甘いのは苦手かの。これは甘くない方なんじゃが」


 ホーリーリルテはがっかりしているが、マリリアーネは予想していたのか用意していた紅茶を三人に差し出した。


「ありがとうございます。それで僕達に話とは何でしょうか?」


 ひと息つくと、レビンが切り出した。


「お主ら、望みの塔への挑戦は順調そうじゃの。次からは21階層かの?そこでじゃ...これもう食わん?ならもらっても良いか?」


 三人が頷くのを見て、マフィンをゴクリと食べ干す。ホーリーリルテはゆっくりと味わうと話を再開する。


「28階層に楓の木があるのじゃが、冬の終わった頃にその樹液を採ってきて欲しいのじゃ。報酬も用意しようの。金かの?それとも武器と防具が良いかの?」


 透かし見るようにようにレビン、クイント、ジャックを窺う。三人の体が前に出るが、クイントが自身も含め抑える。


「お金でいいです。確かに私達は、武器と防具を必要としています。今日も鍛冶通りを見る予定でした」


「ほう。なら、ちょうど良いのではないか?」


「いいえ。使う物は与えられるのでは無く、選びたいのです。気分の問題なのですが」


 クイントの長い髪が微かに揺れる。レビンとジャックがクイントの背中に手を回し、ポンっと叩いた。


 それから、ホーリーリルテにベイスンでの生活について聞かれたり、望みの塔での冒険について聞かれたりした後で三人は所長室を辞した。


「ジャック。本当に大人しかったけど、どうしたの?」


「それね。本当どうして?」  

 

 ベイスン協同組合所を出て、クイントとレビンがずっと疑問に思っていたのかジャックを覗き込む。


「うーん。あの所長だけどよ、どっかで会った事ねぇかなってずっと考えててよ」

 

 ジャックは顔を中央に寄せ腕を組む。


「何処かで、すれ違ったとかじゃない?」


「そっか、そうかもな。さて、昼飯食いに行くか?」


 クイントを先頭に両手を振って、三人は大通りの食堂街を歩いていく。三人が店に入った頃。ベネットの宿り木では、1階と2階で物音がするのであった。 


**********************


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