始まり。から、偽り。③
はじまり。から、偽り。③
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周囲にいた全員の感情が振り出しに戻されていく中、ミリリアーテの笑い声は続いた。
彼女は呼吸を整えるとイザリークへと体を向ける。
「魅了っすか、それ何処で聞いたんすか?」
「何処で?!何処でだっていいだろ!望みの搭は望みを叶えてくれるんじゃないのかよ!お前らベイ協は、そう言っていたじゃないか!!」
イザリークは怒りを露にし始める。
「そうだ...話が違うじゃないか!嘘の話で人を集めるとは何を企んでやがる!?アレル、助かったな。危うく騙されるところだ。女達も俺に感謝しろよ」
先程と同じように、調子づきはじめるイザリーク。その勢いに周りの人達はイザリークの事を傍観しはじめた。
「そうっすね。望みが叶わないのなら、大問題っすね」
「ああ、そうだ大問題だ。どう責任を取るつもりだ?謝っても許される問題じゃないぜ」
「イザ...」
アレルトンが声を掛けるが、続く言葉が見つからないのか呼び掛けるだけだ。
「講習受けてないんすね~」
ミリリアーテの言葉で、周囲の空気が変化する。
「講習??今はそんな事どうだっていいだろ!」
空気が変わった事に気付き、イザリークは辺りを見回す。周りの人達が、少しも同調していない事が分かったのだろう。勢いが止まり口をつぐむ。
「講習の中で、習う内容なんすけど。魅了技能は欲望技能って呼ばれているものっす。大昔に他者を意のままに操ろうと、考えた奴らが獲たスキルの総称っすね」
「欲望技能」
唾を飲み込むイザリーク。
「純粋な望みとは違うって意味で、欲望とされたそうっす。望みというのは、望む人の延長上にあるものなんす。その延長上に他の人は、いないっす。結局、他人を変化させる望みなんてないんすよ」
ミリリアーテはイザリークへと言葉を落としていく。
「一応っすね。魅了技能は使えない事はないんすよ。使えば、想像の中の他人は、魅了されているんじゃないっすか?ずっと疑念を挟まない感じで。確かなものは自分の中にあるものだけっす。何処で魅了技能なんて聞いたか知らないっすけど、からかわれたんすよ」
「っ!?想像しながら関の主の部屋を出れば叶うって」
「そうっすね。その想像の中にいた人達と、実際の人達が同一で解離がひとつもなければっすね、そんなのは不可能っすけど。で、今からなんすけど、要らぬ騒ぎを起こしたって事で、3日間、晒し者になるっす。これも講習で習う内容っす」
そう言うと、ミリリアーテは両手を前に出し、魔法を行使する。
『砂よ・静養と為す・歪なまま・固まれ』『空気よ・拘束と為す・滞り・通すな』
瞬く間にイザリークを透明な硝子で出来た小屋に閉じ込めてしまう。
「この中で3日間、過ごしてもらうっす。では、失礼するっす」
ミリリアーテは来た時と同様、怠そうにベイスン協同組合本社へと帰っていった。
騒ぎが収まると、周囲にいた人達も解散していく。その場にはイザリークとアレルトン達4人が残るだけとなり、彼らも冷静になる時間が必要だと、イザリークを一人残して離れていく。
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ベイスン協同組合本社前の大通りに設置された硝子の小屋の中、慌ただしく動く街の様子を目に写しながら、イザリークは硝子で出来た椅子に座る。通りの向こうでは子ども達が追いかけっこをしている。
ガラスの小屋に閉じ込められてから、暫くの間は、街行く人々に好奇の目で見られていた。罵詈雑言も投げ掛けられた。その度にイザリークは顔を赤くしたり、青くしたりする。それを面白がる人もいたので、顔を伏せて見せないようにした。反応も顔も見られなくなると、次第に硝子の小屋を取り巻く野次馬達はいなくなっていった。
イザリークの前に影が差す。
「魔法ってすごいな、全部これ硝子で出来ているんだぜ。トイレも付いてる。ご丁寧にその回りは磨り硝子だ。ここで暮らすのも悪くないんじゃないか」
「イザ...」
アレルトンがイザリークの前に立ちすくむ。通りの向こうからは、子ども達の笑い声が響いてくる。
「何しに来た?アレルトン。笑いにでも来たのか?」
イザリークは暗鬱な表情を隠す。夕暮れの中、一層その表情は暗く見える。
「アレルと呼ばないのか?」
通りの向こうでは、子ども達の親が家に帰るように呼び掛けはじめた。
「気に触ったかよ。...あの女共はどうした?」
まだ一緒に遊びたいのか、子ども達は名残惜しそうにしている。
「別れたよ。気まずくなるだろうと思って」
「ざまぁみろ。へぇーへっへっ」
無理矢理絞り出したような笑い声。アルトレンが悲痛な表情を隠さず、イザリークに尋ねる。
「イザ。僕に出来ることは何があるかな?」
夕日の伸ばす影が長くなる。子ども達は、また明日と手を振っている。
「俺の目の前から消えてくれ。もう、お前を見たくない」
ガラス越しに相対する二人には、相手の前に自分の姿が薄く映る。
アレルトンとイザリークは顔を見せ合うことは無かった。
「..そう...さようなら。イザリーク」
次の日、アレルトンはベイスンの街から旅立った。
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ベイスンの街、協同組合本社前の大通りを三人の青年が並んで歩く。左から順に、頭の位置が上がっていく姿がどことなく可笑しく見える。彼らも、冒険者と成りに来たようだ。
「あれ」
一番背の高い青年が、二番目に背の高い青年に声を掛けた。
「なんだクイント、どや顔しやがって何か面白いものでも見つけ」
二番目に背の高い青年は、一番背の高い青年の指した方向を見やると、話も途中に駆けていく。
「ああ!ジャック~」
一番背の低い青年が、二番目に背の低い青年を呼び止めようとうするが、間に合うことは無かった。
「フッ」
一番背の高い青年が歯を見せる。
「どや顔しない。ジャックの癖が出たらどうするんだよ」
「あっ..ごめん。レビン」
一番背の低い青年は笑って謝意を受ける。
「いいよ、行こうか」
「うん」
レビンとクイントは、どこか楽しそうにジャックの後を追いかけるのであった。
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