時に。従って、変わり。⑤
時に。従って、変わり。⑤
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覇王の城、3階。
「我ラ 以外ノ者ガ、居ルトハ ドコカラ、現レタノカ」
スカルキングが絢爛な衣装を纏い、悠々と歩く。スカルビショップとスカルルークが周りを固め、側仕えのスカルクイーンはキングの後方に控えている。
「ココモ エン習 以外 デ、使ウノハ 初メテカ」
スカルキングが、スカルルークに用意させた豪奢な椅子に腰を下ろした。四角形の武舞台が整備されているのを見下ろし、眼窩に収めている。
「王ヨ 現レタ者ノ、出ドコロ オ探シ、イタシマショウカ?」
「良イ 直セツ聞ケバ、分カルコト」
四角い武舞台に夢を写すかのように、スカルキングの眼窩は明滅した。
ダン、ダン、ダン。
足の鳴らす音。
ダン、ダン、ダン。
私語の無い音。
ダン、ダン、ダン。
地面を踏む音。
ダン、ダン、ダン。
声を消す音。
スカルナイトとスカルポーンの行進に付いて行くア・サード。
[J→Q、L。槍を持った奴の動き、わかったか?]
ジャックが魔法の鞄から一冊のノートを取り出し、書き綴った。クイントがノートを受けとり、レビンにも見せる。レビンは背伸びをしている。
クイントが書き込み、レビンに渡す。踵をつけたレビンもノートに書いていく。
[Q→L、J。気配が急に消えた。普通の移動方法ではない。]
[L→Q、J。魔力も感じなかった。何か絡繰があると思う。]
戻ってきたノートに目を落とし、眉間に皺を寄せるジャック。クイントとレビンも顔を見合わせ、首をひねっている。
[J→L。食料は何日分ある?]
[L→J。10日分はあるよ。]
[J→Q。ベネットには何て言ってる?]
[Q→J。今日も戻ると伝えてる。ジャック?]
クイントが不思議そうな顔をして、ノートを手渡す。受け取ったジャックは目を強く閉じた後、ノートにペンを走らせる。何度も跳ねてノートを覗いたレビンと、上から覗き込んだクイントは口を大きく開けた。
「何ヲ シテイル!」
スカルナイトが怒号を上げ、行進は停止する。列から饒舌なスカルポーンが飛び出し、ア・サードに寄ってくる。
「オ三人サン モウスグ、王様ノイル所ニ 着クカラ、大人シク。悪イヨウニハ、ナンナイッテ」
三人は何も言い返さず、大人しく付いて行く。そして、ジャック、レビン、クイントは初めて望みの塔の中で、夜を過ごす事になるのであった。
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ベネットの宿り木。
マルクロが、玄関の扉の方を向いて座わっている。真ん丸の目が一点をじっと見つめる。先程、壮年の男達が横を通り過ぎたが、そちらには見向きもしなかった。
「遅いねぇ」
リズベットは、受付カウンターを背にして凭れ掛かっている。いつ頃からそうしているのだろうか、服には皺が出来ていた。
「クゥン」
トコトコと足元にやって来て、前足を上げるマルクロ。高さを合わせるように屈んで、お尻を着けて座るリズベット。
三角座りをしたリズベットの膝の上にマルクロが乗ると、ふたりして扉を見つめ始めた。
「くしゅん」
マルクロの鼻からは水が垂れている。冷たい夜の隙間風。受付カウンターの前に暖房の類いは置かれていない。
ベネットが明日の朝食の仕込みを終えて受付カウンターに戻ってきた。
「あらあら。ふたりして、そんな所で風邪を引いてしまうよ。中にお入り」
「だって」「クゥ」
リズベットとマルクロは顔を下げて目を逸らす。
「ふふ。生姜入りの柚子とオレンジのフルーツ酢の温かいものを用意するから、ふたりともおいで」
「何?初めて聞いたよ」「クー!」
ふたりの反応に嬉しそうに目をほそめ、ベネットは暖かな部屋へと誘う。リズベットはマルクロを抱えて立ち上がり、いそいそと暖炉前のテーブルに腰掛けた。
ベネットは持ってきた瓶の蓋を開け、マグカップにスプーンでよそう。更にお湯を注ぐと、柑橘の香りが広がった。マグカップにはカットされたオレンジが浮かんでいる。
目をいっぱい開き、真ん丸の目になって、マグカップを見るリズベットとマルクロ。ベネットがマルクロ用の飲み皿にも同じようにして、ふたりに差し出す。
「さぁ、どうぞ。火傷しないようにね」
勧められるままに、ゆっくりと口をつける。
「酸っぱい」「キュッ」
「ふふっ。はちみつをどうぞ」
はちみつの瓶にスプーンを付けて渡すベネット。
「はじめから入れてよ!」「クークー!」
「ごめんね。ふたりの酸っぱい顔が見たくて。ふふふっ」
はちみつを追加されたマグカップは徐々にふたりの体を温めていく。マグカップの中身が無くなる頃、リズベットが意を決して口を開いた。
「おばぁちゃん。冒険って何なの?」
急な質問にベネットは眉を少し上げた後、緩やかに微笑むと首を左右傾ける。どう言えば良いのか考えているようだ。
「そうねぇ。一言で言うなら、知らない世界を知る事かしら」
「知らない世界?」
「ほら、リズも今、知らない飲み物の事を聞いてワクワクしたりドキドキしたりしなかった?」
リズベットはさっきの事を思い返す。
「うん。どんな味がするのだろうって想像してワクワクして、口をつける前にはドキドキした」
「望みの塔には、そんな世界がいっぱい広がっているわ。だから冒険と言えば、望みの塔って言われているのね」
ベネットはマグカップと飲み皿を引き寄せる。
「ワクワクとドキドキがいっぱい?」
「ふふ。沢山あり過ぎて、迷うくらいに」
「夢中になっちゃう?」
置いていかれる感覚がリズベットを襲う。隣のマルクロは既に夢の中だ。ベネットは静かにリズベットの目を受け止める。
「ええ。大切なものを失わない為に。リズ。あなたのお父さんとお母さんも、リズと共に知らない世界を見たかったの。いつだって目を輝かせて、リズに話しかけていたわ」
「うん」
何と応えれば良いのか分からないリズベット、淋しい気持ちが押し上げてくる。
「生きていく事。人が生きる為に大切なものは、その人の中にあるの。リズ、おいで」
リズベットは駆け込むようにベネットに抱きつく。
「いつかリズの中にも大切なものが見つかる。それを失ってはいけないよ」
ベネットの腕の中で、何度も頷くリズベット。分からないけど、分かりたい。そんな思いが胸を叩く。
いつもより淋しげなベネットの宿り木の夜は、こうして過ぎていった。
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