信じる。ことに、頼る。⑥
信じる。ことに、頼る。⑥
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クイントは頭に乗ったクラウドシープと一緒に、丘の上から見えるベイスンの街を眺めている。太陽は沈む方向へと進み始めていた。
風が吹き、草花が揺れる中、丘に向かって来る集団がある。白と黒と灰で混成された集団が、丘の上へゆっくりと登ってくる。
クイントはまだ、気がついていないようだ。マルクロがクイントの頭の上で騒ぎだす。
「どうしたの?」
クイントがマルクロを抱えて辺りを見渡すと、3色の集団がクイント達を取り囲むように布陣していた。クイントの後ろは崖で逃げ場がない。
「!?」
3色の布陣の中央を割って、小集団が進み出てくる。そこには、小集団の上で寝転がるコリンがいた。
「あれ?こんな所まで走ってきたの?」
コリンはクラウドシープ達の背から降りると、クイントの腕の中から、手を伸ばすマルクロを受け取ろうとする。
「マルクロが世話になったみたいね。ありがと。あたい達はマルクロを追ってここに来たんだよ」
マルクロがコリンへと飛び付く。クイントは温もりが無くなったのが寂しいのか、自分の胸を撫でるようにしている。
「おやおや?マルクロを気に入ってくれたようだね。嬉しいけど、このままお別れしちゃうと、あんたはあたいの顔を見て走り出した失礼な人で終わってしまうよ?」
「ご、ごめんなさい」
クイントの長い髪が垂れ下がる。
「そいじゃあさ、どうして走り出したのか教えてくれる?」
髪の隙間から、コリンの顔を窺い見るクイント。コリンはチェックメイトを宣告するかのような顔つきだ。クイントはふーっと長い息を吐いた。
2人は丘の上の広けた所に座る。周りを大・中・小のクラウドシープが埋めつくし、2人は雲の中にいるように見える。
クラウドシープはその名の通り、雲に似ている。色は白、黒、灰。大きさも様々あり、小さいのは30㎝程で大きいのは2m程だ。小さい方が足が早く。大きい方は力が強い、人を乗せて運ぶことも出来る。また、クラウドシープの毛は高値で取引されている。
マルクロはコリンが飼育しているクラウドシープの中で一番小さい。丸くて、黒い。
「私はあの二人、ジャックとレビンに頼ってきました。エイマーとの手合わせで二人が倒れているのを見た時。思ってしまったんです。二人がいなくなることを」
クイントはマルクロを膝の上に乗せ、クラウドシープのまん丸の瞳を見ながら話しだす。
「それで、コリンさんの笑顔を見た時に、二人の事が浮かんで。こんな笑顔を失ってしまったら。と恐くなって」
クイントはそれきり何も言わなくなって、コリンも何も言わないので、周りにいるクラウドシープの鳴き声がよく聞こえる。
クー、クーと響き合わさり、心地よいメロディーだ。
空には、様々な雲が折り重なっている。青空は少なく、陽の光が雲の輪郭を染めている。
「今日の空も綺麗。雲ひとつない空も綺麗だけど、もやもやとした雲がある空も綺麗」
コリンは望みの塔に一度目をやり、また空を見上げる。
「あたい達、〈エイマー〉はさ。望みの塔で、神様に会って何の為にあたい達は生まれてきたのか聞きたい。そう望む人達が集まって出来たパーティーなんだよ。だけど。あたいは、この空を見る為に生まれてきた。そう思えるんだ。だから、それでもいいんだ。何か大層な理由じゃなくたっていい」
クイントはコリンの視線を追うように空を見上げた。風に流される雲がある。小さく、薄くなって消えていく雲がある。大きく広がる雲もある。空の青はどこまでも続くかのよう。
「似てる。師匠に」
「あたいが?そりゃ光栄だねぇ。さてさて、そろそろ帰るけどあんたはどうするの?」
「...私も二人の所に帰ります」
「あの二人の所ね。ベイスンに戻るって言ってたから。ならさ、こういうのはどう?」
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ベイスンの街、宿屋通り。
鳴き声と足音でパレードさながらの大行進をするクラウドシープ達。街の住人は何事かと窓から顔を出し、通りは大行進に巻き込まれまいと大騒ぎだ。
マルクロはクラウドシープ達の上を器用に飛び移り、跳ね回っている。クイントの上半身を乗せたクラウドシープに飛び乗ると、クイントの顔を見て「クー」とひと鳴きした。
「なんの騒ぎですか!?」
ベネットの宿り木からリズベットが出てきた。クラウドシープの大行進はリズベットの前に来るとピタリと止まる。
「はわわ。なんですか。昨日の夜に数えた羊がやって来たのですか?返品です!返品でお願いします。数えたからといって注文した訳ではありません!」
「リズ」
「あっ、クイントさん良い所に。助けてください!私が昨日の夜に羊を数えたのでこんな事に。寝てる場合ではありませんよ!」
「リズ。違うよ、クラウドシープだ」
「そうなんですか!?すいません。間違えましたクラウドシープさん」
「で、この子はマルクロ」
クイントはマルクロを抱え上げて、リズベットへと手渡す。
「不思議な手触りですね。可愛いです。他の皆さんも可愛らしい顔つきです。しかし、この数を私が面倒見れるのでしょうか?」
「どうだろう?」
クイントとリズベットは2人して、頭を傾げて考え込んでしまう。
「いつまでやってんだ」
「おかえり。クイント」
ジャックとレビンが悩むクイントに声を掛ける。
「このクラウドシープはコリンさんの所の?」
「うん。乗せてもらった」
「乗るっつーか、運ばれてきた感じだったが。楽しかったか?」
クイントは頷き、笑顔を見せる。
「そっか。じゃあ行くか」
「何処に行くの?」
「ご飯だよ、夕ご飯。クイントを待っていたんだから」
三人は並んで歩いていく。左から順に、頭の位置が上がっていく姿がどことなく可笑しく見える。
残されたクラウドシープ達はいつまでも悩み続けるリズベット囲んで座り始めた。マルクロはリズベットに撫でられ続けている。
「裏庭に収まるかな?う~ん。明日から3階の部屋の営業を再開しようってなったのに。クイントさん聞いていますか?クイントさん?あれ?いない」
リズベットは考え事とマルクロの手触りに夢中になっていた。まん丸の目がリズベットを見つめる。
「まずは、おばぁちゃんに知らせないと」
ベネットの宿り木の中へと帰っていくリズベット。クラウドシープ達も動き出す。夕ごはんの時間だ。来た時と同じように大行進でガイザック達のホームへと帰っていった。
「おばぁちゃん、早く。これ見て!あれ?いない」
「ふふ。そんなに慌てて」
「どうして?沢山のクラウドシープさん達が居たのに。嘘じゃないよ、おばぁちゃん。信じて」
「ええ、信じてるよ。ところで、リズ。その抱えている、丸くて可愛いらしいのは?」
リズベットの腕の中で、マルクロは「クークー」と鳴くのであった。
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食事処【モズ】が閉まるのに合わせて出てきた三人。丸い月の明かりが影を落としている。ジャックが少し歩調を早める。
「キャシー母さんがいつも言っていた事、覚えてるか?」
「忘れた事なんかない」
「僕も」
「クイント、レビン。思いっきり生きような」
ジャック、レビン、クイントと順に歩いていく。夜の闇など無いかのように。
「今日の月は眩しい」
「満月だからね」
「俺は満腹だ」
レビンが早足になってジャックを追い抜いて言う。
「なにそれ、ダジャレ?オジサン臭いよ?」
「言ったな、レビン。待ちやがれ!」
駆けていく二人を目に写すクイント。辺りは静かで、足音がよく聞こえた。ジャックがレビンを捕まえて、賑やかにする。
「...眩しい。今日も一日いい後悔を..私も...」
月に向かって言葉を届けた。
「おーい。クイント」
「何?格好つけてんの?月明かりの下で」
にんまり顔のレビンと一緒になって笑うジャック。
「本当に...」
クイントは「格好なんかつけてない」と怒っているのに笑顔で、二人を追い駆ける。夜の空には変わらず月が浮かんでいた。
月は光を受けて、輝いている。気づいているのだろうか、クイントも輝いている事を。
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