始まり。から、偽り。②
はじまり。から、偽り。②
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「ここが、関の主の部屋か」
大きな扉がある。脇目を振ることはなく5階へと至る階段を上ってきた。階段を上り終えると、待ち構えるように扉はある。口端を下げた笑みを浮かべ、イザリークは扉を開いた。
そこで待っていたのは、丸い形の蜥蜴に似た一匹の怪物で在った。縦横に2メートルは在る。
最大の特徴は口から火を吹く事だ。冒険者達からは「スキルプレゼンター」「ホットヘッドセンダー」「縮毛製造機」の愛称を付けられている。
正式名称はサラマンダル。
倒し方は簡単だ。口から吐き出される火を潜り抜け、足下を払って転ばせる。すると、サラマンダルは火を吐くことを止め、転がった勢いそのままに回転を加え体当たりをしてくる。
体当たりに臆することなく中心に武器を構えておけば、サラマンダルの勢いと重さによって武器が深く突き刺さり、サラマンダルは霧散する。
イザリークは前髪を燃やされ2度体当たりに吹っ飛ばされながらも、なんとか倒すことに成功した。
「くっそ!手こずらせやがって。おかげでボロボロだ。だが、これで技能を手に入れることが出来る」
泥が頭や肩、脚について身汚くなっている。しかし、喜色満面の笑みを浮かべる。
イザリークは望みを口にする。魅了の技能を手に入れることを。誰彼なしに自分に魅了され、言うことを聞く世界を。
その思いのままこの部屋を出れば技能は得られる。関の主を倒した事で新たに出現した扉にイザリークは向かう。興奮を押さえられないのか、鼻息が荒い。
扉を開けた先には6階へと続く階段と地面に描かれた魔法陣がある。魔法陣には転移の魔法が掛かっており陣の中に入ると塔の外へ転移される仕組みだ。
この魔法陣は一度でもその中に入れば、その人物は記録される。また、その人物が次に望みの搭に訪れた際には到達した魔法陣までの転移を選択出来るようになっている。
「フハッ」
愉悦が漏れる。イザリークが収めた技能を噛みしめるように笑う。技能の使い方を理解したのだろう。技能は収めると、どうすれば走れるのか解るのと同様に感覚で解るようになる。
イザリークは笑みを浮かべたまま、魔法陣に足を踏み入れるのであった。
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「質問はございませんか?」
アレルトン達4人を前にベイスン協同組合の職員は、間を取ってから話を再開する。
「これにて、望みの搭初心者講習は終了となります。それでは、魔法の鞄を譲渡致します。魔法の鞄はベイスンの街以外では使用することは出来ません。肩掛け、背負い、手持ちと種類がございます。お好きなものを選んで下さい。鞄は加工することも可能です。ここベイスン協同組合本部でも、加工する職人がいますので希望される方は、どうぞ声を掛けてやって下さい。」
頼まれていた、魔法の鞄を加工する職人の宣伝も済ませる職員。
ひとり、ひとり鞄を選んでいく。アレルトンは自分の鞄を受け取ると職員に話かける。
「すいません。一人、講習に参加できていなくて」
申し訳なさそうにパーティー申請の用紙を見せ、職員に申し出る。
「もう一人分、魔法の鞄をもらっても良いでしょうか?」
「鞄は一人で2つ持っても意味はないです。1つの鞄しか使うことは出来ません。あなたの魔力を媒介にして魔法の鞄は管理されています。鞄の中に手を入れた時に固有の魔力が記憶されます。以降、所有者以外は鞄の中の物を出すことは基本出来ません。また所有者のいない新たな鞄の中に手を入れると、古い鞄から新しい鞄に中の物が移動します。取り出し口が変わるという事です」
職員は胡乱な目をして鞄について説明を加える。その目付きにアレルトンは冷や汗をかく。
「いえ、あの、本当にもう一人パーティーメンバーがいるんです!」
「そうですか。ですが、魔法の鞄は手渡しする事になっています。その要望には応えられません。講習の中でも話しましたが、望みの搭で起きたことに関してベイスン協同組合は一切責任を負いませし、ベイスンの秩序を乱した者には容赦いたしませんので悪しからず」
職員は流れるように言葉を紡ぐ。アレルトン達は尻込み、それ以上言うことはなく会場を後にした。
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陽が高くなっている。イザリークと離れてから4時間は経っていた。アレルトン達は食事を摂ろうとベイスン協同組合本社の建物から出てきた所だ。
「イザリークさんはどこに行ったのかしら」
「別にいなくてもいいけど」
「こら!そういうことは言わないの」
女達3人は周りを見ながら、代わる代わるに口を開く。
初心者講習を終えて街を見ると、魔法の鞄を持っている者が目につくようになっていた。如何にもな格好をしている者もいれば、軽装な者もいる。魔法の鞄は思い思いに加工されていた。
「良いわね、鞄。私達も加工してもらいましょうよ」
「そうだね。でもまずは腹ごしらえをしようよ。お腹と背中がくっつきそうだ」
アレルトンは大きく身振りを使い、笑いを誘う。和やかな雰囲気のアルトレン達に近づいていく者がいる。イザリークだ。
「おーい、おまえら~」
イザリークは大きく手を振り、困惑を招く。いつもと違う様子に戸惑いつつもアレルトン達は向かい入れた。前髪は焦げているし、服のあちこちに泥が付いている。何があったのかアレルトンは問おうと口を開きかける。
だが、イザリークがアレルトンを見ず、女達3人の目をじっと見つめ話を始めた為、その口は閉ざされた。
「ベイスンの街の情報を集めていてね。この先の角を曲がったところに、美味しい魚料理屋があるらしいんだ。アレルの奢りでさ、皆で行かないかい?」
喋喋しく喋りだす。自分の提案が呑まれるのが当然であるかのように。
しかし、提案は断られた。
「いいえ、私達はを手頃な肉料理を食べようと話していたところなのです」
「何なんですか急に」
「それにアレルトン君の奢りだ、なんて。私達はパーティーなんですから、そういったことはよくないと思います」
女達は泥が付くのを恐れて、身を引いている。アレルトンは戸惑っている。
イザリークは口端を上げ、なおも調子よく喋る。
「いやいやいや。この俺が言ってんだぜ。このイザリーク様がお前達を案内してやろうっていうのによ。そういった態度はよくないと思います」
更にイザリークは近付き、手を取ろうとする。
「やめてください!!」
女達の一人が声を張り上げた。声を聞き付けたベイスン協同組合本社前にいた人々が何事かと足を止め、様子を見始める。
「何故だ?どうして俺を避ける!きいていないのか?」
髪を掻きむしり、苛立ちを露にするイザリーク。変だった髪型が余計に可笑しくなる。
「なにも聞いていません」
「近寄らないで。ぷっ」
「急に馴れ馴れしくされても、困ります」
女達は口々に答え、身を寄せ合った。1人は口許を隠している。アレルトンはいつもと違う幼馴染みの様子に戸惑うばかりだ。
イザリークが自分の言うことを聞くように言い、女達は拒否をする。イザリークが地団駄を踏む。アレルトンは右往左往する。彼らの思いと比例するように騒ぎは大きくなっていく。
そこへ、ベイスン協同組合の職員が、様子を見ていた人に連れられてきた。職員は怠そうに歩いてくる。腕に紙の束を抱え、制服は着崩されている。
「なんすか~。あたし忙しいんすけど、ほら見てっす、この紙の束」
彼女はミリリアーテ。ベイスン協同組合の職員になって2年目の若手で、まだまだ使い走りにされることが多い。今回も先輩に行くように言われ、仕事の途中だとアピールするも抵抗空しく、今に至る。
紙の束を持ってきたのは遺憾の表明であろう。
イザリークは紙の束の中に、ベイスン協同組合の文字があるのを見ると、詰め寄った。
「おい、お前!ベイスン協同組合の職員だな。どういうことだ!!望みの搭で獲た技能が全然、使えないんだが、どうなってやがる!?」
「あたしに言われても困るっすけど、ちなみに何の技能を獲たんすか?」
「~~魅了だ!!」
職員のやる気のなさに当てられ、イザリークは苛立ちと共に獲たスキルの名を出した。
周囲の人達がヒソヒソと話し、侮蔑を露にする。女達は嫌悪の表情を浮かべ、アレルトンは困惑に頭を抱える。
苛立ち、侮蔑、嫌悪、困惑の感情が空気に伝わる。どの感情がこの場に最も相応しいのか、争うように入り乱れ次の舞台へと上がろうとする。
「くっ、はは、はっはは、はははっ。あはは」
笑い声が台無しにした。
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