信じる。ことに、頼る。④
信じる。ことに、頼る。④
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「クイントォー!」「おーい」「どこに居るの?」「ここかな?」「お願い、出てきて」
早朝。厚い雲が覆う山の中に声がする。クイントが暮らす家の者達の声だ。中には目付きの悪い少年も、背の低いくるくる髪の少年もいる。
大きな木の後ろからガサッと音がした。
「クイントッ」
髪の長い女性が大きな木へと駆け寄る。そこには膝を抱えて座るクイントが居た。髪の長い女性はクイントの正面に回ると顔を見、体を手、足と隅々まで見る。
「良かった。怪我は無いようね」
後から駆けつけた女性から毛布を受けとると、髪の長い女性は毛布ごとクイントを抱き止めた。
「キャシーおかあっさん、ぼくっ」
「いいの、いいのよ。クイント。ほら、私いつも言っているでしょ。今日も一日良い後悔をって。だからいいのよ。何も心配要らないわ」
「うっ、うん」
「あらら、こんなにして。目が真っ赤じゃない」
「キャシーお母さんも」
「あら、本当?誰かさんが昨日帰ってこなかったからね。でも無事に会えたわ。赤い目が引き合わせてくれたのかも?」
「ししっ」
「あら、笑ったわね。こうしてやるんだから」
キャシーはクイントに頬擦りをして、より強く抱きしめる。
「キャシー。独り占めは良くないわ。良くないでしょ?これを飲ませるから代わって」
水筒を持った女性がキャシーとクイントに近づき、水筒の中身を見せつける。
「だめ。この子の親は私なのよ。さぁ、そのスープを私に渡しなさい」
「!!そりゃそうだけど、レベッカ。何とか言ってやってよ」
先程、キャシーに毛布を渡したレベッカは背の低いくるくる髪の少年を抱え、その場をクルクルと回ってクイントが見つかった喜びを分かち合っていた。
「レビンやったわ。私のお陰ね」「だね。レベッカお母さん」
「...あんた達、仲が良いわね。じゃあ私達も」
目付きの悪い少年を探す、水筒を持った女性。「エイミー母さん、先に帰ってるよ」目付きの悪い少年は逃げるように帰っていく。
「もう!ジャックたらっ。...まぁ...そこが可愛いんだけど...。キャシー。私も先に帰って色々準備しておくから、帰ったら代わってよね」
水筒を渡し、帰っていくエイミー。残った4人はクイントがスープを飲み干すのを見守ってから、村へと歩き出した。
キャシー、クイント、レベッカ、レビンと手を繋いで帰る。昨夜の事など無かったかのように。暗い雲など無いみたいに。
村が見え始めた頃、ポツリと雨が降り始めた。「雨に降られたら大変だ」と足を早めて家路を歩く4人。
ところが、4人の路を塞ぐように村の出入り口に人だかりが出来ていた。
先に帰ったジャックとエイミーを見かけ、クイントが帰ってくると分かったのだろう。買い出しを頼んだ者があの場に居た者や子ども達を、引き連れて待っていたのである。
「クイント!!お前!買い出しはどうした?買ってきた物は何処にある?」
ポツポツと雨が降る。買い出しを頼んだ者の声に、クイントはビクつき硬直してしまう。そんなクイントの前に大きな影が出来、後ろからは暖かなものが包み込んだ。
「あなたね。クイントに無理な頼み事をしたのは」
キャシーが長い髪を掻き上げて、買い出しを頼んだ者を見る。
「無理な頼み事だと?何を言っているんだ?そいつが、任せてよと言うから任せただけだ。なぁ皆そうだろ?」
「そ、そうだ」「信じていたから」「買い出し、楽しみにしていたのに」「わたしのほしかったものは?」「あ~あ」「頼ったのがいけなかったの?」「出来ないなら出来ないって言って欲しかった」
次々と飛来する言葉。それは悪口とは呼べないものだった。村の者達からすれば、当り前の言葉だった。だからだろう。キャシーとレベッカの動きが遅れたのは。
だからだろう。クイントの顔から色がなくなり、口が震えているのは。
キャシーが振り返ってしゃがみ、クイントの耳を塞ぐように顔を両手で包む。レベッカはレビンを引き寄せ、クイントを連れて帰るように言う。地面には雨の染みが広がっていく。
「キャシー。ごめん」
「いいえ、レベッカ。私が迂闊だったの。後は任せて。さぁ、行って。二人を頼んだわよ」
レビンがクイントの手を引いて帰り、レベッカがその後を追う。
「お、おい。なに、勝手に帰ってるんだ!!」
買い出しを頼んだ者は目を忙しなく動かす。村の者達は傘を差し始めている。キャシーは震える体を操り、立ち上がる。
「自分に責任が及ばないようにしたいからって、随分な事をするじゃない」
「っ!?」
「いいわ。もういい、もう喋らないでいいわ。お金でしょ?買い出し分のお金は払うわ。その代わり、もうあなた達はクイントに近付かないで」
「は?こっちから願い下げだ。あんな奴とは思わなかったな。なぁ皆そうだろ?」
「う、うん」「信じられないから」「買い出しまた行くの?」「ほしいもの手に入る?」「やったー」「頼りないのね」「嘘つき」「買い出し分の金額はこれだけだ」
買い出しを頼んだ者は用意していたのか、金額が書かれた紙をキャシーに見せる。
「もう喋らないでって言ったでしょ!」
鞄から硬貨の入った布袋を取り出し、村の者達へと押し渡す。
「さぁ、もう用事は済んだでしょ?帰って、.....帰りなさいよ!」
村の者達はキャシーの剣幕に押され帰っていく。
「何あれ」「悪いのはそっちなのに」「お金ちゃんとある?」「次はいつ行くの?」「ヒステリー」「クイントの親なの?」「そっちが帰ればいいのに」「金さえありゃ良いわ」
雨の中、憤りを露にして。
村の者達が居なくなって、辺りに人の気配がなくなった頃。傘を持ったエイミーが、キャシーを迎えに来た。
「キャシー...」
「クイントは?」
「それが...何の反応もしないの...」
エイミーの声は、酷く、痛々しい。
「そ。ねぇ、エイミー。私は何なんだろうね」
キャシーは腰に手を当て下を向く。長い髪に雨が伝う。
「何が今日も一日良い後悔をよ!大切なものが傷ついて、何が良い後悔よっ....ごめんなさいっ、クイント。私は...」
「キャシー!」
エイミーがキャシーの肩を掴む。傘は雨をはじき、キャシーをこれ以上濡らさないようにする。
「自分を責めないで...」
「...うん。わかってる。わかっているわ。少しだけ。ねぇ、エイミー。痛いわ」
ハッとするエイミー、肩から手を離す。キャシーはその手を握り、エイミーに寄りかかった。
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あれから4日になる。クイントはその日こそ反応がなくずっと膝を抱えるようにしていたが、次の日からは返事もするし食事も普通に食べている。また、家の手伝いも積極的に行った。
ただ、家の敷地から出る事はなく、以前のような良い顔も見られない。部屋の中から外を眺めるばかりだ。
夜。子ども達は寝静まり、大人達はカップを片手に居間のソファへと腰かけている。カップの中には温かいミルクが注がれていた。
「キャシー」
レベッカは子ども達が眠る部屋の方を向いて、キャシーを窺う。エイミーが移動し、レベッカの肩にそっと手を置いた。
キャシーは目を閉じ一度頷くと、話し始めた。
「ねぇ、レベッカ、エイミー。私は今日も一日良い後悔をって言い続けてきた。それは、後悔の無い選択なんて無いと思ったから」
キャシーは辿った道をなぞるように話す。
「人は新たな知識を学ぶし、欲には切りがない。だから過去を振り返れば、必ず後悔をする。もしも、後悔がないと言う人がいたら、その人は何かを選択した時から何も成長していないわ」
レベッカとエイミーはテーブルにカップを置き、キャシーの話に耳を傾ける。
「人は必ず後悔をする。だから、恐れずに思いっきり生きれば良い。そう思って今日も一日良い後悔をと言い続けてきた。なのに。私は、後悔を知らなかった。後悔の痛みも、悔やんでも答えのでない後悔がある事も知らなかった」
キャシーはカップの縁を指でなぞり、乳白色を瞳に映す。
「それで、もう止めてしまうの?」
エイミーが咎めるように言う。「ちょ」レベッカが何か言おうとしたが、肩に置かれた手が固く握られている事に気付き、口を閉ざした。
キャシーが口許を綻ばせ、顔を上げる。
「いいえ。止めないわ。たとえ、もっと辛い出来事が起きたとしても。私は今日も一日良い後悔をと言い続ける。痛くても、答えが出なくても先へ進んで行ける。私も、クイントも。そう信じているから」
キャシーの瞳には、微笑む2人が映る。「それに」とカップをテーブルに置き、続きを言おうとする。
「キャシーとクイントにはエイミーも私もいるし、ジャックとレビンもいるよね」
にんまり顔のレベッカと、手を合わせ似たような表情で讃えるエイミー。
「本当に、頼もしいわ」
キャシーは「最後まで言わせなさいよ」と怒っているのに笑顔で、2人の胸に飛び込む。テーブルに置かれた3つのカップのミルクは冷めてしまっている。
だけど、それは誰かによってまた温められるだろう。
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