信じる。ことに、頼る。③
信じる。ことに、頼る。③
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ガイザック達のホームはベイスンから少し離れた所にあった。敷地は広大で、牧場も見える。牧場では髪を短くした女性が、クラウドシープの世話をしていた。
四頭だての馬車がその前に停車する。
「おかえり~」
馬車から降りてくるメンバーを出迎える女性とクラウドシープ達。メンバーの後に続いて、三人も馬車を降りる。
「おや、おやおやおや。そこに居るのは噂の三人組じゃあないか。初めまして、あたいはコリン。一応〈エイマー〉のメンバーの一人だよ」
歯を見せて笑う、無邪気な笑顔が眩しい。ジャックとレビンはぎこちなくも、挨拶を返すが、クイントはコリンの笑顔を見やると、顔を伏せ何処へともなく走り出した。
「「クイントッ」」
ジャックとレビンが呼ぶが、振り返ることなくクイントは走っていく。唖然とするジャックとレビン。そんな二人を見かねたのか「マルクロ!」とコリンが一匹のクラウドシープにクイントの後を追わせた。
コリンはクラウドシープがクイントに追い付いたのを確認すると二人に詰め寄る。
「おい。あんた達何があったんだよ?」
「俺たちは何も知らねぇよ。お、コリンさんを見て走っていったんだ」
ジャックが落ち着きを取り戻し答えるが、見たままを言うだけだ。
「あたいは、あんた達と今日初めて会ったんだよ?なぁ、馬車の中じゃ何もなかったのか?」
「俺達、いや俺はミーミーさんとメイメイさんに、今までの望みや、拳法の型の話を聞いてたんだ。望みについては全然、教えてくれねぇけど」
名前を出されたミーミーとメイメイが、拳法の型を取り始める。
「何を望んだか」「何を想像したか」「それは」「まるで」「「恋心のよう」」「簡単には」「教えられない」
ふたりして、華麗なポーズを取り決め顔を見せる。万雷の拍手を待ちわびているようだ。しかし、ふたりに届いたのは雷だけだった。
「「今はそんな時じゃない」」んだよ!」でしょ!」
コリンとナタリーが叱る。「「ひゃ~~」」とミーミーとメイメイは逃げていく。コリンとナタリーはやれやれと首を振った。
「ぼ、僕もナタリーさんに地中に潜んでいた方法や魔法について話しを伺っていたので、クイントの事は何も...」
レビンも分からないようだ。
「私の出番のようだな」
ロンウェルがずいっと前に出てきた。ジャックとレビンを見ると頷く。
「君達二人は強いな。自分達の力の無さを思い知っても、直ぐに立ち上がれる強さを持っている。だから、力をつける方法を聞くことが出来た」
ロンウェルはクイントが走り去った方向を見る。
「だが、クイント君は違うようだ。馬車の中でも一人怯えるように、膝を抱えていた。思えば、望みの塔で君達二人が倒れているのを見て、彼は自分から崩れていったのであったな」
「ちょっと、ロンウェル!どうしてもっと早く言わないの!」
ナタリーがロンウェルの肩を掴むが、ロンウェルは何も言い返さず眉を寄せている。
「いや、いいんだ。ナタリーさん。ありがとうロンウェルさん。これは俺達の問題だ。だろ?レビン」
「うん。僕達三人の問題だね」
レビンが、状況を観ていたガイザックに向き直って言う。
「そういう訳でガイザックさん。ご招待頂きましたが、僕達はここで失礼させてもらおうと思います」
ガイザックは顎に手をやる。
「それは構わないが、どうするんだ?お前ら」
「待つさ」
ジャックが言い切る。
「俺達はア・サード。三人で一になる。三人で3分の1じゃねぇ」
「そうだね。分かりにくいけど、三人で一になる事を忘れない為のパーティー名だもんね」
レビンの目にも強い意思が見える。
「おやおや、格好いいねぇ。でもさぁ、戻って来なかったらどうすんの?」
コリンが二人をじっと見つめて聞く。ジャックとレビンは、真っ直ぐに返す。
「「信じてる」」
「アハハ。信じてるねぇ~聞こえは良いけど、それって信じられる方の身からすると負担なんじゃない?あんた達はあの子に自分達の都合を押し付けてるだけなんじゃないの?」
二人から目を逸らさないコリンに対して、レビンとジャックは揺れず立ち向かう。
「そうかも知れません。本当の所はクイントにしか解りませんから。でも僕達はそうじゃないと信じています」
「だからぁ、それが都合を押し付けてるって言ってんの!」
「分かってるさ、言いたい事は。信じるってのはそういう事じゃねぇんだ。確かに自分の期待通りに相手が動く事を思うのは、都合の押し付けかも知れねぇ」
ジャックの目に鋭さが増す。
「信じるってのは・・・」
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クイントは走る、何かから逃げるように。
20分程たった頃、クイントの後ろからクフ~クフ~と音がするようになった。振り向くと、顎を上げヨタヨタとふらつきながらも懸命に足を動かす、クラウドシープの姿がクイントの目に入った。
マルクロとクイントの視線が交差する。1秒、2秒。クイントは足を止めた。
「何か用?」
マルクロは「クフ~~」と息を吐くと、クイントの体にピッタリと張り付く。主から後を追うように言われて付いてきただけなのだ。それ以外の事をマルクロは知らない。
「どうしたんだ君は?疲れているの?」
クイントがしゃがみ込み、癒しの光がマルクロを包む。「クフ~クフ~」と荒い鼻息が落ち着いてくる「私は行くよ」と立ち上がろうとした時、マルクロがクイントの頭に飛び付いた。
「うわっ。何だい??」
マルクロはクイントの頭の上で器用に前足を使い、ペシペシと小高い丘を指し示した。
「そっちへ連れて行けばいいの?」
クイントはふんわりとしたクラウドシープを頭に乗せたまま、小高い丘へとやって来た。この丘からはベイスンの街とガイザック達のホームが見える。
クイントが良さそうな所に腰掛けると、風が吹き、髪がマルクロの顔に当たる。マルクロは抗議したいのかフルフルと体を揺らした。
「ごめんって。ししっ、懐かしいなこの感じ」
クイントは髪を結いちいさな息を吐く。そうして無理矢理に笑顔を作り、丘から見えるベイスンの街へと視線を移した。
「私はね、とても臆病なんだ。何かを決断することは苦手だし、言葉は誰かを傷つけるかも知れないから、怖くて上手く喋れないんだ」
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クイントは背が高い。
子どもの頃から背が高く、何かと頼られる事が多かった。初めは「あれ取って」等、高い所にある物を取って欲しいという簡単なものだった。
クイントは快く引き受け、応えていく。次第に背の高さに関係ない事や、少し大変な事も頼まれるようになってもそれは変わらなかった。
事実、クイントは何でも出来た。読み書きに計算。運動だって、村の大人にも負けない位に出来た。
毎日を楽しそうに過ごすクイント。誰かの役に立てる事が嬉しいのだろう。ありがとうと自分に向けての笑顔を見ると、それは良い顔をするのであった。
そんな折。街への買い出しを頼まれた。街へは一山越えて行く事になり、いつもは大人達が行くのだが、怪我をしたとか何とか言われて、クイント一人で行くように言われた。
普通では考えられない。クイントは言葉に詰まるのだが、頼んできた者から「お前なら大丈夫」と言われると断り辛いものがあったのかも知れない。
「わかった。任せてよ」
クイントはそう言った。そして、その日クイントは村へは帰って来なかった。
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