教えて。みて、教える。⑥
教えて、みて。教える⑥
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三人が怪我をして戻って来てから8日が経った。5日前には体調は回復し、望みの塔に入り収穫物を得ている。ただ、10階層より先へはまだ進んでいない。
ガイザックと会った日の一ヶ月後に、ガイザックの仲間達と会う約束をした。そこで三人は、彼らに会ってから10階層より先へと進む事にしたようだ。
今、三人は望みの塔の3階にいる。
「どうジャック?体の動きには慣れた?」
レビンが土の魔法を使い終え、出来上がった土の造形物の上から話しかけた。ジャックは木の根元に座り、頭からタオルを被って休んでいる。
「いや、まだだな。視界は慣れてきたが、体の感覚が全然ダメだ。速度を上げると、連続した動作が出来ねぇ」
ジャックが顔を上げ「そっちは【ドーン】と音がする。レビンが乗っている物より、前に作り上げた土の造形物の1つが崩れていく。
「クイントは調子良さそうだね。僕はまだ、増えた魔力の制御が精密に【ドーン】出来ないよ」
クイントが体当たりをして、土の造形物がまた1つ崩れた。
三人の近くには木の茂みに囲まれた湖が広がる。ここは3階層の上がりと下りの階段からずっと遠く離れた場所。人も怪物も滅多に訪れない。
三人はある程度、収穫物を得た後はこうして能力を使いこなせるように、それぞれ練習をしている。
「まっ。ガイザックさんとの約束まで日にちがある。それまでにはなんとかなるだろ【ドーン】」
土の造形物が崩れジャックが土まみれになる。クイントは頑丈になった体で次々と土の造形物に体当たりをしていく。それは楽しそうに。
「おい!クイント。って聞いちゃいねぇな。良いけどよ」
ジャックは湖に入り、体に付いた土を落とす。
「そういやよレビン。リズベットはどうしてんだ?」
「あれから、ジョゼットの所で地道に魔力量を上げる練習をしてるって聞いてるよ。でも、そうだね。一度様子を見るには良い頃合いだね。今日は早めに戻ろうか」
「りょーかい」
湖から、濡れたタオルを片手に岸へと上がってきたジャック。狙いを定め、勢いよく踏み込むとクイントに飛びついた。
「クイント!土まみれになったじゃねぇか!!お返しだっ」
濡れたタオルを振り、クイントの背中に叩きつける。クイントは頑丈さを試すために防具を脱いでおり、効果覿面だ。
「いたい!」
クイントがジャックを落とさないように、背中に手を伸ばす。
「ジャック??」
何の事か分からないクイントは、ちょっとの間、混乱していたが笑みを深めるとジャックを抱えて走り出す。猛然と走り、レビンの乗る造形物に駆け上っていく。
「いっ!?クイント??」
レビンが驚き退こうとする。ジャックがレビンを捕まえる。クイントがそのまま造形物から跳ぶ。
湖に大きな水柱が上がった。
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昼下がりの宿屋通りを歩いていく。馬車が建物の前に停まり、旅人や観光客を降ろしている。路地裏からは子ども達の遊ぶ声が聞こえる。
望みの塔には無いものが街にはある。
ベネットの宿り木に戻ると、いつも受付カウンターにいる人影が見当たらない。三人は慌てた様子でカウンターを覗き込む。
そこには、頭から血を流すベネットが倒れていた。
クイントが近づき、意識と状態を確認する。
「意識はないけど、呼吸も脈もある。頭の傷は倒れた拍子に切ったんだと思う」
「一先ずは大丈夫そうだね」
三人は慎重にベネットを奥の私室まで運ぶ。ベッドへと寝かしつけると、クイントは頭の傷を診る。ジャックは裏庭の井戸へと水を汲みに。レビンはベネット達の分を含めた夕食を買いに出掛けた。
頭を強く打った形跡がないことを確認し、クイントは癒しの力を使おうと集中する。ベネットの傍らに座り込み、両手を組んで目を閉じた。
「おばぁちゃん!!」
目を開けると、リズベットが顔を青くして立っていた。クイントが声を掛けようとするが、踵を返し、走って家から出ていってしまう。ベネットをひとりにする訳にはいかないのだろう、クイントは追いかける事はしなかった。
「これぐらいあれば足りるか?」
ジャックが樽一杯の水を抱え、部屋へと入ってきた。
「ジャック!リズベットが!!」
樽を床へと降ろし、話を聞くジャック。
「分かった。俺が行く。クイントはこのままベネットを診るとして。レビンも戻ってきたらここで待つように言ってくれ。もし、リズベットが帰ってきたら魔法で分かるように頼む」
そう言い残して、ジャックはリズベットを探しに走り出すのであった。
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どうしておばぁちゃんがベッドで寝ているの?どうして祈っていたの?なんで胸のざわめきが止まらないの?どうすれば良いの?
リズベットは頭を振り、何も考えたくないと更に足を早める。リズベットを知る大人が声を掛けるも耳に入らない。しばらくして走り疲れて立ち止まると、望みの塔が目に入った。
「望みの塔....そうだ」
呼吸を整え、足を前に出す。
「おい、どこに行こうってんだ?」
声と同時に行こうとする先が塞がれた。リズベットはその人物に気づくと、顔を背ける。
「放っといてよ!今から望みの塔に行くんだから!」
「何しに?」
「おばぁちゃんがっ死なないように、望むのよっ」
自分の言葉に反応し、上手く喋れない。
「望みの塔はそんな望みは叶えてくれねぇ。それによ、その望みはベネットを永遠に生きさせて、一人にする事になるんだぞ?」
「っ!!」
言い返したい。でも言葉が出てこない。
「リズベット。死ぬことが悪いことだと思ってねぇか?」
悪いことに決まっている。私から両親を奪い、おばぁちゃんまでも奪おうというのだ。ジャックを睨み付ける。
「悪いことなんかじゃねぇよ。全てのものに終わりがある、生まれた時からそう決まってんだ。なぁ、リズベット。死ぬことが、終わりが悪いことなら全ての生まれが、生きることが不幸なことになっちまうじゃねぇか」
ジャックはリズベットの眼を受け止め、願うように。
「生まれてきて良かっただろ?悲しい思いもするけど、それは楽しい思いがあるからだろ?人はいつか死ぬ。大事な人が居なくなったら悲しい。でもよ、その悲しいと思うことは不幸なことじゃねぇ」
リズベットがジャックに向かっていく。殴ろうとするリズベットを抱き止め、ジャックは伝える。
「あとよ。ベネットは大丈夫だ。クイントが癒しの力で傷は治したし」
「それを早く言って....」
走り疲れたリズベットは、そのまま体を預けてしまう。ジャックは「重てぇな」と笑みを浮かべ、おんぶをする。
ゆっくりと、ベネットの宿り木にリズベットを連れ帰るのであった。
「おばぁちゃん」
部屋に着くとジャックの背から飛び降り、ベネットへと飛びつくリズベット。
「大丈夫なの?」
ベネットは手を伸ばし、リズベットの背を撫でる。クイントからリズベットが顔を青くして出ていった事は聞いていた。ジャックが追いかけくれている事も、レビンが夕食を買ってきてくれた事も。
「ええ、大丈夫よ。クイントさんに治してもらったから。それに、レビンさんが夕食を買ってきてくれたお陰で休むことも出来たわ。さぁリズベット。私と一緒にクイントさん、レビンさん、ジャックさんにお礼を言って」
リズベットは「はい」と離れると、ベネットが起きるのを手伝う。ベネットが立ち上がろうするが、三人がそれは止めさせた。
リズベットも立ち上がるとは思っていなかったので、ほっと胸を撫で下ろす。そう言えば、胸のざわめきはいつ止まったのだろう?と頭を過るが、今はお礼を言う事に専念する。
「「ありがとうございます」」
二人揃って腰を折る。三人は恐縮し、照れ臭そうにしている。それを見やったリズベットはクイントに飛び付いて抱きつく。
「おばぁちゃんを治してくてありがとう。大好き。クイントさん」
クイントはそっと受け止めて、それはそれは嬉しそうにする。次いで、リズベットはクイントの耳元で話すと、レビンの前で降ろしてもらう。
「レビンさんも色々とありがとう。大好き」
レビンに抱きつくリズベット。小声で「教え子だから当然だよ」と言われて、嬉しくなってしまう。
「ガキんちょに貸す胸はねぇんだがなぁ。まぁしゃーねぇー、ほらこっちこい」
ジャックの腰が下がり、受け入れ体勢に入る。リズベットの眉は上がって、臨戦態勢に入る。リズベットはレビンから離れるとゆっくりとジャックに近づいていく。
リズベットがジャックの膝に足を置く「ん?」とリズベット以外の者が首を傾げる。膝を踏み台に飛び上がったリズベットは両足を揃えて、ジャックの胸に蹴りをたたき込んだ。
「ぐはっ」
ジャックは仰向けに無様に転がる。反動を利用したリズベットはクルリと1回転し、見事に着地を決めた。
ベネットは口を開けて驚き、クイントはリズベットの見事な動きに拍手を送っている。レビンが倒れているジャックに憐れみの目を向けて言う。
「ところで、ジャック。あの樽の水は何?まさかベネットさん用じゃないよね。お風呂用だよね?」
「........お風呂用だ」
「じゃ、早く持って行ってお風呂を沸かしてきてね」
ジャックは跳ね起きると、樽の水を抱える
「ったく。踏んだり蹴ったりだ」
「踏まれたり蹴られたりだったけどね」
ししっとクイントが堪えきれず笑いだす。それにつられて、レビンもベネットも笑いだし、ジャックも笑う。笑い声が部屋に溢れる。「余計なことを言わなければ格好いいのに」と溢れた小さな声はジャックの耳には届かなかった。
その日の夜。リズベットは「今日は一緒に」と枕を持ってベネットの隣へと潜り込む。
「あらまぁ、お化けでも出たの?」
「ちがう。心配したんだから」
「ふふふ。さぁ、こっちへお寄り。体が冷えてしまう」
「うん。ねぇ、おばぁちゃん。今日ジャックさんがね・・・」
リズベットはジャックが語った死ぬことについての話をベネットに聞かせる。
「そう。ジャックさんがそんな事を。そうね、死ぬことは悪いことじゃない。私もそう思うわ」
リズベットの体が強張る。死への忌避感がそうさせるのだろう。ベネットがリズベットを抱き寄せ、強張りを解すように撫でる。
「ねぇ、リズ。生きているとね、たくさんの人と出会うわ。その中で、仲良くなって、繋がりを持つ人もいる」
ベネットの声はゆったりと子守唄のよう。
「繋がり?」
「そう。私とリズも繋がっている。リズとジャックさん達も」
「え~。ジャックさんも~」
おどけた顔を見せるリズベット。
「ふふ。お互いにさよならをしたくない。と思っているうちは、繋がっているの。ちかくにいても、さよならをしてしまうこともあるし、とおくにいても、繋がっていることもあるわ」
「何それ?謎なぞ?」
「ふふふ。そうね、謎なぞね。人との繋がりは不思議で謎に包まれているのね」
ベネットはリズベットの感触を確かめるように抱きしめる。
「繋がりを持っても、いつかさよならをする日が必ず来る。どちらか一方でも、さよならをしたくないと思わなくなったら、さよならをするの」
ゆっくりとうなずくリズベット。
「でも、さよならをしたくないときは?」
リズベットの背中にやさしく手を置き、ベネットは目を閉じて考える。
「んーそうね。出来るなら、さよならをしたくない思いを伝えるといいわ。何か変わるのかもしれない」
「うん」
「ふふ。無理に分からなくても、いいのよ」
「うん」
「心配させて、ごめんね」
「うん」
「おやすみ」
「うん」
「リズ」
「大好きよ」
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2週間後。私は、おばぁちゃんと一緒に裏庭へとやって来た。
三人が少し離れた所から見ている。そわそわと動く三人を見て、溜め息をつきたくなる。昨夜、今日おばぁちゃんに魔法を披露する事は伝えたのだが、まさか見に来るとは。
あれから、三人とは随分と仲良くなった。クイントさんとは買い出しに何度か付き合ってもらったし、レビンさんには魔法のことは勿論、他の事も相談にのってもらった。ジャックさんは...ん?何してるの?木の剣を上下逆さまに素振りして。どうしてジャックさんが、緊張しているの?
可笑しくて、笑いが込み上げてくる。おばぁちゃんの言っていた繋がりってこういう事なのかな?
お風呂用の貯湯タンクの前に着いた。おばぁちゃんには簡易の椅子に座ってもらう。大きく息を吸い込み、静かに吐き出す。
昨日は出来たんだから、大丈夫。まだ、一回しか成功していないけど。たまたまだったのかも知れないけど。昨日は調子が良かったのかも知れない。
あれ?不安になってきた。俯いて、地面を見る。長い影が伸び、フラフラと揺れている。私の影も不安なのかな?こんなに揺れて。
それにしても影って勝手に動いたっけ?
そんなわけないと顔をあげ、横を見る。クイントさんの上にジャックさんが、ジャックさんの上にレビンさんが積み重なっていた。「何してるの?」声に出てしまう。
おばぁちゃんを見ると、ふふっといつも通りの笑顔だ。目が合うと、二人して笑い合う。
何だか失敗しても良いような気がする。いや、失敗はしたくないけど。そんな風に。
『水よ・溜まりと成す・湧き・留まれ』貯湯タンクの中を水が満たしていく。
『水よ・滾りと成す・そこに在りて・気化せよ』貯湯タンクの温度計の針が上がっていく。
やった。出来た。振り向くと、おばぁちゃんは驚いてはいるものの、私に拍手を送ってくれている。私は駆け寄り、その手をとる。
騒がしい音がして、近づいてくる足音が聞こえる。
今日のことを私は忘れないだろう。
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この日から、ベネットの宿り木のお風呂は魔法で用意される事になった。慣れてくれば時間に余裕が出来、再び3階の部屋の営業も出来るようになる。
ベネットが組紐を編まなくなる日も近い。
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