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魅了の冒険  作者: 塩味うすめ
14/66

教えて。みて、教える。⑤

教えて。みて、教える⑤


********************


 翌日。


 クイントの癒しの力の効果もあり、三人の傷や腫れは治まる。レビンも一晩休むことで魔力が回復し、熱は治まった。


 部屋でじっと過ごすのも良いが、ベイスンの街をまだ良く知らないとの話になり、三人はゆっくりと歩いて回る事にした。鍛冶屋通り、本屋通りと一通り見て回って、三人は大通りへとやって来た。前にも見たように、観光客向けの店が賑わっている。

 木陰で休む三人に、4人の護衛を引き連れた商人風の男が話しかける。

 

「やぁ。ごぎげんよう。何度か見かけていて、話をしたいと思っていたんだが、少し良いかね」


 意外な人物に話しかけられ、三人は顔を見合わせる。三人共、首をかしげ、心当たりはないようだ。 


「君たちは冒険者だね?」


「ああ。そうだが。あんたみたいなオジサマが、俺たちみてぇな冒険者になんの用だよ?」


 名の売れた冒険者ならいざ知らず、逆はあっても商人が一介の冒険者に直接取引を申し出る事はない。不審がる三人を余所に商人風の男は話し始める。


「君たちに頼みたい事があってね。おい」


 護衛の1人が動き、商人風の男に小さな袋を手渡す。


「頼みたい事というのは、君たちが持っているコインを売って欲しいという事だ。ここに相応の硬貨が入っている」


 三人は思わず、懐のポケットを押さえる。三人の持っているコインは特別なものだ。20年前。あるパーティーが望みの塔100階層到達の記念に、メンバーへと作られたものだ。3枚1組の記念コイン。この事は三人も譲り受けた時に、聞いて知っている。


「どうして僕達がコインを持っている事を知っているのですか?」


「君だよ。君が以前にこの場所でコインを、そのポケットに仕舞うところを偶然見てしまってね。それから機会を伺っていたんだ」


 レビンが申し訳なさそうに、二人を見る。


「気にしてんじゃねぇよ、レビン。悪ぃが、オジサマ。このコインを売るつもりはねぇんだ。余所を当たってくれ」


 ジャックが片手をぶっきらぼうに振り、相手を追いやろうとする。


「まぁ、待ちたまえ。私が思うに君たちはそのコインを持つに相応しくない。昨日の君たちを見て、そう思ったんだ。早晩、望みの塔から帰らなくなるだろうとね。その時、コインも一緒に失われるのは勿体ないと思うんだ」


 望みの塔に滞在できるのは最長で10日だ。それを過ぎると強制的に望みの塔から追い出される。ベイスン協同組合によると、それは神の優しさらしい。

 厳しいと言う冒険者もいる。階層によっては、何日もかけて挑まなければ、次の転移陣への記録が出来ない事もあるからだ。

 だが、如何なる冒険者でも10日しか滞在する事は出来ない。亡くなった者を除いて。


 望みの塔でその生涯を終えると、肉体から装備品に持ち物まで、望みの塔に吸収される。何一つ残すことなく。望みの塔から帰らなくなる。とはそういう事だ。


「死体漁りは出来ねぇからな。だが、コインを持つのに相応しくねぇのはどっちだろうな。レビン、クイント?」

 

 ジャックは、遠い目をして後を任せた。


「よく言ってたよね。確かにオジサマの言う通り、物には、持つのに相応しい者と相応しくない者がいます。それは、例えば剣使いが槍を持つみたいな使い方の問題ではないし、似合う似合わないの問題でもありません」


 レビンが任されたと話し出し、クイントは合間合間に相づちを打つ。


「その物の価値を解っていない人です。オジサマ。あなた今着ている服、汚されたらどうしますか?」


「そんなもの弁償させるに決まっているだろう!もちろん、慰謝料も頂く」


「そうですか。なら、あなたにその服は相応しくないですね」


 クイントが大きく頷く。「なっ」と顔を赤くさせる商人風の男。


「服は着れば汚れるし、人が居る所に行けば、汚される事もあります。服の価値にはそれも含まれるのです。それを解ってない人。または、そう納得できない物は、持つには相応しくないんです」


「では!汚されても慰謝料も頂かず、弁償もさせないというのか!!」


 商人風の男は声を荒げた。相応しくないと言われた事に腹を立てているのだろう。レビンがコインをポケットから取り出す。


「それは相手次第です。それで、あなたが欲しがっているこのコインですが、これはある人から譲り受けた物です。記念品だから大事という事ではないのです」


「大事じゃないだと!なら売ってくれたまえ」


 クイントが首を横に振る。


「慌てないで、オジサン。ちゃんと話は最後まで聞いて下さい。僕達はこのコインが傷つこうが気にしません。このコインに値打ちがなくても良いんです。あなたは、そういう訳にはいかないのでは?僕達は木の破片でも、あの人からの物なら何でも良いのです。あの人から譲り受けた物だから大事なんです」


 コインを握り締めるレビン。


「という訳で自分達から、このコインを手放すような事はしないのです」


 レビンとクイントはジャックを見る。


「このコインの価値を知っている僕達の方が、持つに相応しいでしょ。ジャック?」


 満足そうに笑顔を見せるジャックは、身振りを交えて言う。


「物を傷つけられた?汚された?わざとじゃないのに?そんな事で怒っているの?物の価値を解ってないわ。そんな風に思う物は、あなたには、相応しくないの」


 プッと吹き出し「似てる」と三人は笑い合う。


「何を笑っているんだ?!変な理屈を捏ねよって。価値と言うものは希少性とその物をどれだけの人が欲しがるかで決まるんだ。それが物の価値だ!!そして価値を支えるものは信用だ。おい」


 護衛の4人が動き、三人を取り囲み、商人風の男は大通りの方に体を向け大きく息を吸い込む。


「詐欺だ!!君たちはそのコインを売ってくれると言ったじゃないか!だから、ここにこうして代金も用意してある」


 大きな声に大通りを歩く人々が、何だ何だと寄ってくる。その様子を見て、商人風の男は振り返り小声で言う。


「みすぼらしい服装のお前達と立派な服を着た私。群衆が、君たちと私のどちらを信用するかは分かりきった事だ」


 勝ち誇る顔をする商人に、あっけにとられる三人。護衛達は三人を逃がさないように身構えている。人々が輪を成し、遠巻きに事態を見守る。


「おーい、お前ら」その輪を割って、屈強な男が現れる。ガイザックだ。

 

 商人風の男は、その姿を見るや早足で擦り寄っていく。


「これは、これは。ガイザックさんではありませんか。ちょうど良いところにお出でくださいました。今、この者達に詐欺を働かれそうになっているのです」


 ジャックが口を開きかけるが、ガイザックが手で制した。辺りをぐるりと見渡し「ふむ」と顎に手をやり、商人風の男に訪ねる。


「ほーほー、愉快な事になってんな。ちょいと聞くが、お前。こいつらとは何時知り合ったんだ?」

 

「今日。今しがたでございます」


「詐欺ってのはどんなだ?」


「こやつらが持っているコインを買う約束をしていたのですが、今になって渋ってきましてな」


 商人風の男はレビンの手にあるコインを指し示す。


「いくらでだ?」


「この小袋に」 


 小袋を受け取り、中身をあらためると「フッハッハッ」と笑いだし額を抑えるガイザック。


「こんな金でそのコインを買おうってのか?大体、今日初めて会って約束とは可笑しな話だ。なぁ、おい。この英雄ガイザック様を担ごうとは良い度胸だ」


 ガイザックは小袋を突き返し、商人風の男に凄む。4人の護衛が慌てて商人風の男を守ろうとするが、ガイザックの怒気に恐れをなし、腰が引けている。商人風の男は口をパクパクとさせ、狼狽(うろた)えるばかりだ。

 ガイザックが遠巻きに見ていた人々に向け、大きな声を出す。


「お集まりの皆さん。英雄ガイザックの名に於いて証言します。詐欺は有りませんでした。有ったのはこの商人の狂言です。さぁ、事件は解決しました。解散です解散」


 「何だそうだったのか」「ガイザックが言うのなら間違いない」と人々は元の行き先へと散っていく。商人風の男と護衛の4人もそれに紛れて居なくなっていた。

 自分達が当事者であった筈なのに、いつの間にか蚊帳の外にいた三人。気を取り直したジャックがガイザックに話しかける。


「おっさん、有名なんだな。英雄ってのは本当か?」


「ああ。本当さ、坊や」


「坊や?」


「おっさんと呼ぶのは坊やに決まっていると、ナタリーが言っていたからな」


「何だそりゃ。いや、すみません、失礼しました。ガイザックさん。助けて貰い、有り難うございます」


 ジャックが頭を下げた。続くようにレビン、クイントもお礼を言い、頭を下げる。


「良いってことだ。そんな堅苦しくせず、気さくで構わないぜ。話し掛けやすい英雄ガイザックと呼ばれたら良いな、と思ってるからな」


「何だそりゃ....まぁいいや。でも英雄ってのはスゲーんだな。まるで善も悪も英雄の判断で決まるみたいだ」


 ガイザックが目を見開き、ジャックの背中をバンバンと叩いて、笑う。


「ハッハッハッそうだな。だが、安心しろジャック。英雄とは真実を見抜く目を持っている者さ。それがなければ只の無頼漢に成り下がる」


 あまりの手の勢いに前のめりになり、むせるジャック。レビンがガイザックの腕をトントンと叩いて止めさせようとする。


「あの、ガイザックさんは僕達に何か用があったんですか?」


「おお、レビン。魔力枯渇はもう大丈夫みたいだな。ん?どうして知っているのかと言う顔だな。それはだな、お前が、クイントに背負われていたのを私のパーティーメンバーが見たのさ」


 レビンはコクコクと頷く。ガイザックはそう言って、クイントの全身を見る。


「クイントの癒しの力はまずまずといった所か」


 拳を強く握り、下を向くクイント。


(けな)してなどはいないさ。事実は事実。お前も分かっているんだろ?」


「はい」


 顔を上げ、しっかりとガイザックの視線に応える。三人の様子を改めて見て、ガイザックはニカッと笑う。


「お前らが怪我をしたと聞いてな。探していたんだ。それで、お前らさえ良ければ、一度俺のパーティーメンバーと会ってみないか?」


********************


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