教えて。みて、教える。③
教えて。みて、教える③
******************
「そろそろ、10階の関の主を倒しに行かない?」
就寝前、三人が明日の予定について話し合っている時に、レビンが問いかけた。
「もういいの?」
クイントが手を止め、顔を向ける。大盾から檸檬の匂いが微かに漂っている。
「うん。リズベットちゃんの事で、僕が出来ることはもう殆んど無いからね」
レビンは弓の弦の調整をしている。
「そっか。じゃあよ、10階の関の主の話は聞いたか?氷で出来たゴーレムなんだとよ」
ジャックが防具の金属部を磨こうと、檸檬汁を分けて貰おうと動く。檸檬汁を手渡しながらクイントの目に笑みが走る。
「おっ。クイントは知ってるみたいだな。聞いて笑えよレビン。その氷で出来たゴーレムなんだけどよ、額に書いてある文字の頭文字を削れば倒せるんだってよ」
ジャックが可笑しそうに話すが、笑い声は聞こえてこない。レビンに視線が止まる。
「いや、笑えって言われて、笑うのは難しくない?それよりさ、ちょっと面白いこと思い付いたんだけど」
三人は膝を付き合わせる。「ははっ」「くす」「ししし」と楽しそうな声が聞こえてきた。
******************
望みの塔の9階は、氷の洞窟。上下左右どこを見ても氷である。透明な所を綺麗と思う者も居るだろうし、白く濁った所を汚いと思う者もいるだろう。その両者の中でも共通する事は、寒いと滑るである。
三人は一度、この9階に足を踏み入れたものの、準備が必要だと判断し引き上げた。数日を要したが、三人の装備は今、暖かく頑丈な衣装と滑り難い靴に替えられている。
「ジャック。靴の調子はどう?」
三人の靴裏はスパイク状になっている。
「急な動作は難しいが、戦えねぇことはねぇな」
「なら良かった。クイントの盾は大丈夫そう?」
クイントの盾は革製の物に変更している。クイントは裏がファーになっている大盾で、飛来する氷のつぶてを防いだ。
三人の前には5体の氷で出来た人形、アイスドールが道を塞いでいる。他の冒険者の姿は見当たらない。
「大丈夫そうだね」
レビンがクイントの後ろから、盾を覗き込み確認した。カッカッカッと音がする。ジャックが身を低くして、アイスドールへと走っていく。ジャックは走りの勢いのままに剣を振り抜き、2体のアイスドールの脚を一つずつ切り飛ばした。
バランスを失った2体のアイスドールは他の3体を巻き込み、倒れてしまう。
レビンが想起語を唱える『土よ・塊と成す・再び結び・押し潰せ』重なりあった5体の上に大きな岩が現れた。それはそのままアイスドールを下敷きにする。
氷の砕ける音がし、形を保てなくなった5体のアイスドールは霧散していく。収穫品を残して。
アイスドールの収穫品は氷の彫像である。普通の氷より溶けにくい彫像だ。溶けにくいだけで溶けない訳ではない。その為、収集家もおらず買い取り額は高くない。氷の彫像は暑い日には街の至るところに飾られ、人々が涼しむのに役立っている。
「おーい」
岩の向こうからジャックの声がする。アイスドールの脚を切り飛ばしたのはいいが、勢いのまま数メートル先まで行ってしまったようだ。氷の洞窟内の道はアイスドールの代わりに大きな岩が塞ぐ形になっている。
「ごめん。今片付けるよ」『空気よ・風化と成す・止まり・打ち崩せ』
大きな岩が、ボロボロと崩れ、土となっていく。
「やっぱ急反転とかは難しいな。スパイクが氷に取られそうになる」
ジャックが土を踏み越えて戻ってきた。すると、クイントが魔法の鞄からスコップを取り出し、革の袋に土を詰めはじめる。
「これがあれば」
スコップを片手にジャックの足跡を指差す。それを見た、レビンとジャックは同じように、袋に土を詰め始めた。
「氷のゴーレムはもっと固いらしい。剣じゃ砕けねぇんっだとよっ」
ジャックが土の入った袋を背負いながら言う。魔法で生み出したものは、魔法の鞄には仕舞えない。登録された魔力の阻害をしてしまう為だ。入れることは出来るが、出すことが出来なくなってしまう。
「再生も」
「なるほど。かなりの難敵だね。...上手く行くかな?」
レビンが立ち止まり、視線を下げた。先を進むジャックは振り返ることはなく。
「さぁな。そこは大事じゃねぇから、何とも「でも、もし!」...レビン、クイントの奴が」
スパイクの靴を脱ぎ、革の盾を橇のようにして氷の洞窟を進みはじめるクイント。それを見たレビンは笑いだす。
「くっははっ、ははは、はーぁ。ジャックも乗って」
「しゃーねぇーなぁー」
三人は革の大盾橇に乗り込む。『空気よ・風と成す・移り・飛ばせ』レビンが魔法を使い、橇は勢いよく進んで行く。途中、あちこちにぶつかりながら。
10階層へと上がる階段の下に着いた三人は、あちこち傷だらけであった。
「氷って痛ぇのな」「風は制御が難しいんだよね」「髪が凍った」
「そんじゃ、まぁ。行くとするか」
ジャックが服に着いた氷の欠片を払い、階段を登りはじめる。
「うん。『火よ・玉と成す・共に・暖めよ』行こう」
レビンは火の魔法で、三人の体を温める。
「癒しを」
クイントが胸の前で手を組み、祈るようにする。淡い光が三人を包み、体の傷を治していく。
階段の上には、真っ白な壁と扉があり、扉の向こう側には氷のゴーレムが佇んでいる。冒険者からは「元絶望」「サムイカタイハヤイ」「頭文字削らーレム」の愛称で呼ばれている氷のゴーレム。
正式名称はアイスティミック。冒険者を振り分ける物として存在している。10階より先は、塔より帰らなくなる者が出てくる。アイスティミックはそれを予感させるには充分な存在だ。
扉を開き、中に入る三人。
「真っ白な氷だね~。靄もかかってる」
レビンが自身の髪の毛を数本編み込んだ、手袋とマフラーを着用する。
「ああ。帰ったらゆっくりと風呂に浸かりてぇ」
「頼んできた」
「さすがクイント」
冷気が三人に向け放たれた。その方向には侵入者を感知したアイスティミックが、威嚇するように腕を広げている。
ダンッと音がして扉が閉まる。その瞬間、アイスティミックが三人の目の前に迫った。
「伏せろッ!!」
ジャックがクイントに飛び付き、身を屈めさせる。頭上で氷の手が合わさる音がする。急な攻撃にジャックとクイントは、アイスティミックから距離を取ろうと動く。
対して、クイントを掴み損ねたアイスティミックは、横へと腕を伸ばしレビンを狙う。
「今度はこっち!?」
レビンが目一杯身を低くして、その腕をかわす。が、腕はそのままレビンを掴もうと振り下ろされる。ドンと低い音とゴキッと鈍い音がした。
アイスティミックの手の中には誰もいない。
クイントが腕へと体当たりして、その軌道をずらし、ジャックが腹這いになったレビンを掬い、腕から遠ざけたのだ。
「クイント!レビンを頼む」
ジャックが投げナイフを投擲し、二人から離れるようにしてアイスティミックに向かっていく。クイントは落ち着いて、革の大盾を構えレビンの前へと移動した。
「大丈夫。心配は要らない」
「そうだね。行くよ、クイント」
レビンがクイントと共に、ジャックを相手取っているアイスティミックへと近づいていく。
「掴まんねぇよ」
アイスティミックは腕を伸ばし、手を広げ、何度もジャックを掴まえようとする。殴ろうとしたり、踏みつけたりとはしない。
そのお蔭だろう、ジャックが一人でも相手取っていられるのは。ガキッと剣が氷に弾かれる。ジャックの体が剣の弾かれた方向に流されるが、その体勢のまま器用にナイフを投げ注意を引き付ける。
スパイクの靴はレビンを掬う時に脱げたようだ。左の足首も腫れて、動くのを辛そうにしている。
「お待たせ」
「いや、待ってねぇ。彼女にダンスのお誘いをしていた所さ。だけど、どうにも冷たくてね」
「彼女?ゴーレムは女性?」
クイントが大盾を使い、アイスティミックの左腕を押さえる。
「俺のような良い男を掴まえに来るんだから、女だろ?」
ジャックがクイントに背中を預け、追いかけてきた右腕を押さえる。アイスティミック、クイント、ジャックは膠着する。
「冷たいのに、熱い求愛行動とはどうなんだろうね?」
レビンが膠着の中をすり抜けて、アイスティミックに正対した。
「思いと行動は、しばしば矛盾する」
「さすがクイント??」
アイスティミックの腹部にそっと触れるレビン。手袋に編み込んだ髪の毛が振動する。自身の魔力の宿った物、髪の毛等を対象物と絡めることにより、浸透率は増す。
『氷よ・流動と成す・そこに在りて・異なれ』レビンの目に顕現図が浮かんだ。
********************