教えて。みて、教える。②
教えて。みて、教える②
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リズベットは水の顕現図とにらめっこしている。講義を受けてから4日になる。レビンが実際に水を現象させる所も見せてもらった。あれから暇さえあれば、こうして顕現図を広げている。
前回のというより、講義はあれ一回しか受けていないのだが、その時に貰った顕現図。これを覚えるようにと渡されたのである。
「水をお湯に変える魔法。つまり、状態変化の魔法は変化させたい物に自分の魔力を浸透させないといけないんだ。自分の魔力で生み出したものは、既に魔力が浸透しているから、変化させる事が他と比べて簡単なんだよ」
黒板には、火で温められている水の図が描かれている。
「水がお湯に変化する為には、外から作用する力が必要でしょ。釜に水を張って薪に火をつければ、お湯は得られるけど、その方法では駄目なのかい?」
「薪代と時間の節約もしたいと。そのお湯はお風呂用だよね?それだったら、この方法がいいかな」
水を現象させ、さらにお湯へと変えて見せるレビン。「はわ~」と感心するリズベット。ジャックはお湯に手を入れ「もうちょい熱い方が」と言っている。クイントはどや顔だ。
「あの二人は魔法を習う気あるのでしょうか」
リズベットは講義を思い出しながら「明日までには覚えないと」と意気込むのであった。
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午後三時頃。ベネットの宿り木では、甘い香りが漂っている。
「水の顕現図は覚えることができたかい?」
リズベットは紅茶を淹れながら「はい。なんとか」と答える。今日は2人だけだ。クイントとジャックはベネットのクッキー作りの手伝いをしている。
「いいね。じゃあ次に進もうか」
紅茶を受け取り、椅子に座るレビン。リズベットも自分用の紅茶を淹れ終え、テーブルへと移動しようとし、ふと立ち止まる。
「そう言えば。どうして私に魔法を教えてくれるのですか?」
リズベットの急な疑問に、レビンは「今さらかい?」と苦笑を浮かべる。
「勢いで、魔法を教わることになりましたけど。今、思うと理由が、わからなくて」
おずおずと口を開くリズベットに、レビンは椅子に座るように勧める。
「そうだね。それはリズベットちゃんが、身の丈に合っていない魔法の本を読んでいたのを見て、可哀想だと思ったからだよ」
「可哀想...それだけですか?」
紅茶に伸ばしかけた手を止める。カップに指先が触れ、波が立つ。
「憐れみには施しを。それが僕だからね」
レビンは紅茶の香りを楽しむと、ゆっくりとカップをテーブルに置く。カップの中はルビーのように透き通っている。
「あたしに才能があるからとか、見所があるからとかじゃ、なくてですか?」
ゆっくりと首を振り否定するレビン。それを見て、もしそうだったら嫌だなと思いながらリズベットは質問を続ける。
「ここに泊まってくれているのも、可哀想、と思ったから、ですか?」
レビンは微かに笑みを浮かべる。
「それはないよ。契約とか約束に、そういった感情は持ち込まない。それは不幸なことだからってジャックが怒るからね」
リズベットは、ジャックを思い浮かべると、なんとなく納得する。
「でしたら、可哀想と思ったら誰にでも施しをするのですか?」
「そうだね。僕が出来る範囲の事をね。でも、自分を犠牲にしてまではしないよ。それは施しではないからね」
レビンがカップを手に取り、紅茶を一口飲んで続ける。
「第一、そんなに可哀想と思うことはないよ。困っている人を見ても、大変そうだね。と思うことが殆どかな。可哀想と思うのは、僕が知っている事の範囲内だけだよ。そうでなければ、可哀想と思えないからね」
リズベットはよく分からない。ただ、レビンの声は澄んでいた。それに理由はどうあれ教えてもらえる事には変わりないのだ。カップに手を伸ばし、まだ少し熱い紅茶を口に含む。
トントンとノックの音がする。
ジャックが「おお。邪魔してわりぃな」と部屋に入ってきた。手には焼きたてのクッキーが入ったお皿を持っている。
「ベネットが持っていくって言うもんだから代わりにな。一応、リズベットはレビンの魔法研究の手伝いってことになってるからな。ったく、なんでリズベットはベネットに内緒にしてぇんだ?」
言いながら、お皿をテーブルの上に置いた。焼きたての甘い香りがする。リズベットはクッキーの味を想像してしまう。
「そんなの期待させて、もし出来なかった時にがっかりさせたくないからに決まっているじゃないですか」
リズベットの視線はクッキーに奪われている。
「よくわかんねぇな」
ジャックはお皿から一枚クッキーを取ると口の中に放り込んだ。「あーっ」とリズベットが声をあげる。
「まだまだ、ガキだな。リズベットは」
ゆるりと立ち上がり、レビンの横へと移動する。2人はヒソヒソと話し合う。ジャックは何事かと様子を見ている。
リズベットがくるりとジャックに向き直ると『水よ・珠と成す・弧を描き・衝突せよ』想起語を唱えた。水の玉が現れ、ジャック目掛けて飛んで行く。
「あー、おい!なんだってんだよ!?」
頭から水を被るジャック。レビンは「すごい、すごい」と手を叩き、笑っている。リズベットはジャックに向けて、ベーと舌を出した。
数年後、初めて魔法を使ったときの感動ってどんなの?と聞かれた際、リズベットは覚えていないと言う。でも、スカッとしたことは覚えていると目付きを悪くしてをして言う事になる。
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『水よ・溜まりと成す・湧き・留まれ』水が桶の中央から現れ、その嵩を増していく。少女の額には汗が滲む。
魔力も使えば、疲弊する。疲弊は、一晩休めば回復し、更にその分の魔力量は増える、個人個人に限界値はあるが、まず、この方法でしか魔力量は増えない。
熟練者に成ると、簡単な魔法は、腕を挙げる程度の疲弊しか感じなくなるという。
水の溜まった桶を傾け、排水溝へと水を流す。もう10回目になるだろうか。額の汗をぬぐい、少女は再び想起語を唱える。
あの後、水をお湯に変える魔法を使うには、大体、桶に100回は水を溜めるだけの魔力量が必要だと教えられたリズベット。
今日もジョゼットの所に遊びにいくと言って、魔法の鍛練をしている。
「リズ~。そろそろ休憩したら?」
少年が檸檬の蜂蜜漬けの器を持って来て、声を掛ける。
「ジョゼ、ありがとう。そうする」
ジョゼの家の庭に用意したテーブルと椅子に座る、リズベットとジョゼット。
「どう?昨日と比べて」
二回目の講義を受けたのは2日前の事だ。昨日もジョゼに魔法の鍛練に付き合って貰った。
「割りと楽かも。でも、レビンさんは一ヶ月は掛かるだろうって言ってたから」
「レビンさんって、あのくるくる髪の人?」
「そうよ。そう言えば、ジョゼ。レビンさん達と話したって聞いたわ」
リズベットはジャックがジョゼに何を話したか気になっていた。箒の事とか、振り回した事とかは出来れば知られたくない。
「へ?ああ、うん。話したよ。ベネットさんの紹介って聞いて、様子見てたらさ。ホント美味しそうに料理を食べてくれるんだもん。つい話しかけちゃった」
「ふ~ん。それで」
リズベットは檸檬の蜂蜜漬けを掴み、口元へと持っていく。
「冒険者もいいなって思ったよ。でもやっぱ、料理人かな」
「そうね。ジョゼには料理している姿が合っていると思う。で、他には?何か言ってなかった?」
蜂蜜の甘味が口の中に広がる。「あっ、あの事?」とジョゼットがポンと手を叩く。檸檬の酸っぱさが、舌を刺激し、リズベットはゴクリと喉を鳴らす。
「ど、どの事?」
「ほら、あれだよ。三人が持っているコイン。あのコインは三枚一組で作られた記念コインらしくてさ。三人で一枚づつ持っているんだって」
「へぇ~。そんなの持っているんだ。あっ、あたし鍛練再開するね」
檸檬の蜂蜜漬けを飲み込むと、再び桶に向かい想起語を唱える。これ以上聞くと変に思われると、リズベットは話を終わらせた。
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