始まり。から、偽り。①
始まり。から、偽り。①
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「靴の裏を眺めていた」
「そうか。自分の靴は見たことはあるのか?」
男はそんな事をする意味がわからないのか嘲笑を浮かべ、目の前にいる者を見上げた。
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5人の若者達が、ある建物の前で首を伸ばしている。そのような光景は、ここベイスンの街では珍しいものではない。毎月のように幾人かがベイスンを訪れては似た動きをしている。
ベイスンには《望みの搭》が存在する。
望みの搭。それは何時建てられたのか知る人のいない搭。天を貫き先を見ることが出来ない搭。自然の理に従わず独自の理を持つ搭。
そして、それは人の望みを叶える搭である。
先ほどの若者達が見上げていた建物がそれである。5人は男が2人、女が3人の組み合わせで、彼らの間には初々しさと少しの緊張が漂っている。男2人と女3人はベイスンに向かう途中で知り合い、行動を共にする事にしたようだ。
彼らは、ここベイスンに冒険者となる為に来た。
一人の男を中心に女たち三人が集まり今後について話し合う。もう一人の男は少し離れた所で昨日の食事は何だったかを思い返している様子だ。
女の内の一人が、周りを見ながら言う。
「ねぇ、私たち5人でパーティー申請するとしてさ、リーダーはアレルトン君がいいよね?」
「うんうん!」「だね~」
投げ掛けられた言葉に追従が続く。
「イザリークはどう思う?」
アレルトンは満更でもない顔で、もう一人の男に話を振る。
「構わない」
望みの搭を見ながら、もう一人の男。イザリークは答えた。
「ありがとう。じゃあ早速なんだけどまだ日も浅いし、これからベイスン協同組合に行こうか。皆で講習を受けようと思うんだ。いいかな?」
人好きがする笑顔が見え、女達3人は顔を見合わせて頷き合っている。
自分達が何の為にここに来たのか目で確認し合う、この五人でパーティーを組み活動をしていくのだ。講習はパーティーとしての、その第一歩となる。
「悪いがパスさせてもらう」
イザリークが事も無げに続ける。
「パーティー申請していればリーダーだけでもいいんだろ?」
「えっ!?うん。だけど全員参加が推奨されているし、リーダーだけというのはないと思うよ。それに講習の後には不思議な鞄が貰えるんだよ」
アレルトンはじっと目を合わせ尋ねる。
「なにか用事でもあるの?だったら、それが済んでからでもさ」
始めの第一歩は揃えたいのだろう。
「まぁまぁ、アレルトンに任せるよ」
足早に立ち去っていくイザリーク。
「イザ!!」
手を伸ばすが届くことはなく。やがて、その手は嘆息と共に下ろされた。イザリークの姿が見えなくなったからだ。
女達3人は気にする素振りもなく、ベイスンの街の景観を見て楽しそうにしている。ベイスンは流行の発信地、行き交う人々の顔は活気に満ちている。
彼女達もはじめはイザリークの事を気にかけていた。だがイザリークは目を合わせる事はなく、口数も少ない。何かと言えばアレルトンに話を振るばかりだ。いつの間にか離れて後方にいることも多かった。
慣れるのに暫くかかるのか、一人でいる方が良いのか判然としなかったが、彼女達はパーティーを組む事を決めた。何よりアレルトンと離れたくないと話し合っていた。
アレルトンの冒険者としての資質を感じさせる言動に加え、やさしいところがいいと。今だってイザリークが去ってしまったことに憤る事もなく、やれやれで済ましている。
《ベイスン協同組合本部1階にて《望みの搭の講習》の受付をしております。冒険者の方々は事前に受けるようにしてください。望みの搭に関して問題が起きても協会は責任を負いません。繰り返します・・・》
ベイスン協同組合のアナウンスが始まった。このアナウンスは毎日朝と昼の2回行われている。
過去には1時間置きに朝から晩まで放送が行われていたが、望みの搭の存在が世界の端から端まで伝わる間にその回数を減らしていった。今では時報の代わりにする者が殆どである。
ベイスン協同組合は望みの搭の側に建てられた3階建ての館を本社とする。ベイスンの街の治安維持や市場管理などを担当する組織だ。望みの搭に関することも業務に含まれる。
アレルトン達はアナウンスが聞こえてきた方向に体を向ける。
「あれが話によく聞くベイ協かー。僕の故郷では見たことがない建物の作りをしているよ」
「はは、うちらの故郷でも見たことないよ。それよりさ講習後に貰える魔法の鞄、楽しみだね」
「魔法の鞄って見た目より沢山入るだけの鞄でしょ?」
「そうだよ~酒樽を1000個以上入れることが出来る不思議な鞄!あんたのお腹は見た目そのまんまの量しか入んないけど」
「ちょっと!どういう意味よ」
「あんたのお腹に聞いてみ・れ・ば~」
お腹をつつき騒ぎだす彼女達。
「お腹が空いたの?」
心配そうな表情を浮かべるアレルトン。
「ぷっ」「あはっ」「ち、違うよ~もうアレルトン君てば、うふふ」
4人は楽しげにベイスン協同組合本部に向かって歩きだした。
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「アレルの野郎、相変わらず女にちやほやされやがって」
一人ごちて、望みの搭を進んでいく者がいる。そこに、3階層で狩りをしていた者が声を掛ける。
「おい、君は一人なのか?見たところ魔法の鞄を持っていない様だが...」
イザリークは、声を掛けてきた者を一瞥すると鼻をならし、視界の外に追いやる。
「おいってば!!」
もう、イザリークには聞こえていないようだ。
蛙のような怪物が飛びかかってきたのをかわし、後ろから切りつける。蛙のような怪物は呻き声をあげ、1メートルほどあった姿は霧散していく。
「聞いた通りだ。5階にいる関の主までは腕に覚えがあれば単独でも攻略可能ってのは本当らしい。ガキの頃からアレルと一緒に戦闘訓練しといて良かったわ。くくっ」
自然と笑いがこぼれている。イザリークは道中に出会う怪物との戦闘は極力さけ、関の主がいる5階を目指し、望みの塔を進んでいく。
望みの搭、それは独自の理を持つ搭。中は現実とは異なる空間となっており、階層によって空間の大きさも変わる。
ここ3階層では、風に雲が流れ。日の光が差し、夜には星が輝く。階層によっては山や川、海が広がる所もある。森羅万象のすべてが望みの塔に在る。
無論、望みの塔にしかないものも在る。
怪物はその代表的なものだ。哺乳類や魚、鳥に虫、更には草木といった様々な動植物に似たような形で現れることが多い。
恣意的に生息する怪物達は人の接近に気づくと襲ってくる。その生態は神秘に包まれており、何故人を襲うのかも知れない。ただ、その在り様は分かっている。
怪物は血を流さない。存在を保てなくなると霧状になり消えていき、消滅した際には何かしら物を落としていく。
冒険者達はそれを収穫品と呼ぶ。怪物から得られる収穫品はその種により異なり、量と質にも個体差がある。
そして、収穫品は人々の暮らしを豊かにしていた。
「ここであの技能を手に入れれば、アレルにくっついている女達も俺に」
イザリークの思考を愉悦が覆おうとする。イザリークが、ベイスンへの旅を決めたのは魅了の技能の話を聞いたからだ。
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その日イザリークは一人、酒場で寂寞な思いを慰めていた。酒が好きと言うわけではないが、酔いが回れば一時でも愉快な気持ちに成れるとたまにこうして、酒場を訪れている。
酒場は賑わう時間ではなく、客がぽつりぽつりと居るだけであった。
大柄の男と店主との会話が聞こえてくる。望みの搭について話しているらしい。イザリークはそっと聞き耳を立てた。
「望みの搭には欲望技能って呼ばれるものがある。その欲望技能の中には魅了や洗脳といった他者の精神を支配するものがあるんだが」
「へぇー。でも、そんな技能どうやって手にいれるんだ?難しいんじゃねぇのか?」
大柄な男はがぶりを振って答える。
「いや技能を手にいれる方法はどれも同じだ。自分がその技能を手にいれた後の事を想像しながら関の主の部屋を出ればいいってもんよ」
店主は目を目一杯に開く。
「!!そんな簡単なことで。いや!いやいや、その関の主ってのを倒すのが大変なんだろ?」
大柄な男はまたもがぶりを振って。
「5階の関の主までは、少しでも腕に覚えがありゃ一人でも出来らぁ。まっ、おめぇのなまっちょろい体では無理か〜」
店主をからかう大柄な男。
「なんだと!ってもうグラスが空じゃないか」
店主は次の酒を用意しようと動こうとする。
「まぁ待て。話には続きがあるんだが...おめぇには土台、無理な話か!」
大柄な男はケラケラと笑う。店主は空のグラスに酒を注ぎながら楽しそうに言い返す。
「また無理だと言いやがったな!ああそうだとも、腕っぷしはからっきしさ。だが飲みっぷりじゃ負けやしないぜ。あの時もほら・・」
大柄な男と店主は、思い出話に花を咲かせていく。
イザリークは席を立ち、ベイスンへ旅立つための算段を始めるのであった。
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