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えげつない夜のために  作者: 九木十郎
第一二話 廃棄物
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12-7 ニッと笑ってやった

「自分とその同類を廃棄物と言い切る辺りで、あなたも相当だよ。元先生さま」


 あたしはタックトップに下着というラフな格好で、ベランダでビールをあおっていた。木造アパートの二階だから下の路地を行く者が居たら丸見えだろうが、特に気にはしていない。見たければ勝手に見ろという気分だ。


 今宵こよいは月は出ていなくて、しかも雲が濃いものだからろくに星も見えなかった。


 あれからあのチンピラは二、三度どころか数えるのも嫌になる位に叩きのめした。懲りないというか、実力に不釣り合いな自尊心に振り回されているというか。

 アソコまで阿呆だと逆に感心する。そして徐々に技量が上がっていった事にもだ。


 意固地に為っているのは間違いない。

 あるいは、無力だった自分自身への意趣いしゅ返しがるのかも。


「いやいや、ないない」


 鼻で笑ってまた一口、のど越しの良い液体を流し込む。少し温くなっていたが特に気に為らなかった。


 ヤツのオツムは複数分の人格でごちゃ混ぜになって、以前の自分なんて見分けるのも難しくなっているだろうから。


 いじめられっ子だった哀れな少年がベースであったのは確かだが、首から下は殆どが他人の肉体パーツだ。以前の面影なんて微塵も残って居らず、欠損した脳髄も適当に拾い集めた「いじめっ子」どもの部品で補填されている。

 いじめの加害者と被害者とが一個のイキモノになったというこの皮肉。


 コレで元の自分を思い出せという方が無茶だろう。むしろ思い出さないよう、無理矢理ねじ伏せているのかも知れなかった。


 発見された時には心肺停止どころか、食い散らかされて胴体が完全に空っぽで、脳髄すら半壊して居たのだ。一旦《》いったん淵に堕ちたのは間違いない。

 だというのにヒトの意識と人格が残って居た。稀に見る幸運、いや尋常為らざるモノの悪戯というべきか。


 精神論者がココに居れば、生への執着だの怨念だのが彼を蘇らせた云々(うんぬん)、などと、愚にもつかない一席をぶつだろうが。


 そう言えば欠損した脳ミソの補填に、食い散らかされた女子のパーツも使ったと資料に在った。執念深いのはその辺りが影響しているのかも。

 あたしという同性(見た目ダケだが)にあしらわれ、良いように叩きのめされては恨みも募るに違いない。他者を見下す分不相応な自負という意味では、まさにチンピラとの相性は最適なのではなかろうか。


「おお、そうするとアレか。ヤツはまさに、チンピラ・オブ・チンピラ。小物のエキスを煎じて煮詰めた生粋のチンピラということか」


 だったら逆にアレへの駆除役は適任かも知れない。無駄に保身に走らないぶん、脳筋の方が使い勝手もよい。言い換えれば、使える者は何でも使う、と。

 なるほど、バカとハサミは使いようとは良く言ったものだ。


 まぁいずれにしろ、元の気弱な少年にしてみれば不本意極まりない結果かも知れないが。


 ソレともアレか。拒否反応の兆候すら見えない辺り、たとえ自分をいたぶった相手であっても自分の力にしてみたい。そんな貪欲さが在ったのだろうか。


 ヤツは常に憤怒をまとっている。このままでは死ねない、いたぶられたままで終わってたまるかという、耐えがたいほどの情念をたぎらせている。


 地底の奥底で煮立つマグマが、自分自身の質量で溶けて渦巻くように。

 決してソレが冷めることはない。

 恐らくソレがヤツの「生きる」なのだ。


 まだ以前の自我が残って居るのなら、ちょっと訊いてみたいとも思った。


「メスガキ、相手をしろ!」


 唐突に響く無粋な怒声にウンザリして下を見れば、案の定チンピラが眉間にシワを寄せて見上げていた。


「アンタとのじゃれ合いももう終わりだ。明日にはココを出て行く。赴任先は打診されているだろう。帰って荷造りでもしてな」


「やかましい、勝ち逃げなんてされてたまるか。今夜こそ思い知らせてやる」


 コイツの脳ミソに記録デバイスは付いていないのか。今まで何度同じ台詞をほざいたと思ってる。それに深夜の路地で大声出すんじゃない。近所迷惑だろうが。


「性が無い。最後の調教といくか」


 あたしはタンクトップと下着のまま路地に飛び降りた。


「ハンデだ。丸腰でヤってやる。さ、来な」


「ナメやがって。吠え面かかせてやる」


 その台詞も何万回目なんだ?


「せめてもの餞別せんべつ、朝まで安らかに眠れる子守歌にしてやるよ」


 そう言うと、歯をむき出しにしてニッと笑ってやった。

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