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えげつない夜のために  作者: 九木十郎
第一二話 廃棄物
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12-6 最初で最後の通話は終わった

 病室で初めて目が覚めた時のことは未だに憶えて居る。


 いや、忘れられる筈が無い。数分おきに襲って来る手酷てひどい頭痛と吐き気、そして全身に走る激痛に眠る事も出来なかったからだ。


 それでも麻酔の量を相当に増やしてもらって、うつらうつら出来るようになったのは三日目くらいのことだったか。それとも一週間目だったのか。


 身体を起こせるようになって、初めて自分の身体を目で確かめられるようになった時のことも同様だ。自分の目を疑うというのは正にコレだと思った。以前の俺の面影なんて、何処にも残っちゃいなかったからだ。




 俺は何なんだと思う。


 ビジネスホテルのユニットバスでシャワーを浴び、洗面台の鏡で自分の身体をまじまじと見た。アチコチに走る縫合痕と微妙に色合いの違う肌が、デキの悪いパッチワークの様に組み合わさっている。


 キミは見事に再生したんだよ。


 ベッドに寝たまま身体の動かせない俺の顔をのぞき込み、口元だけで笑ういけ好かない医者の顔は忘れられない。

 いや、忘れては為らない屈辱の記憶だ。ヒトの身体を勝手にいじくりまわし、造り替え、挙げ句の果てに怪物どもを駆除してまわれだと。ヤクザの下っ端だってもっとマシな扱いだろうよ。


 しかも断れば即日火葬だとか更にふざけたコトをヌカしやがった。

 だったら端から生き返らせるな。くたばったまま、墓に放り込んでくれりゃ良かったんだ。なんでこの俺が、あんな鼻持ちならないクサレどもの身体でツギハギされて生きなきゃならないんだ。


 あの公園での出来事は今でも昨日のコトのように思い出せる。なんでこの手が、この足が、この胴体があんなカスどもの部品で出来てなきゃならないんだ。

 元の俺の身体を返せ。

 元の顔を返せ。

 元の俺を返せよクソが!


 出来ねぇんだったら勝手にいじくり回すな。俺はテメエらの玩具じゃねぇんだ。

 頭の中身だってそうだ。別の色々なモノが混じっている。そのせいで以前の俺は小さく縮こまって表に出て来れなくなっている。


 どういうこったよ。コレは俺に似た俺モドキの別のナニかだ。ふざけんなよ!


 元に、元に戻せよ。全部。今の俺は俺じゃねぇ。


 元に戻せや、クソボケどもがぁ!


 面白くねぇ。全部全部、世界の一切合切が面白くねぇ。

 最近やって来たあのJKもどきだってそうだ。上目線でエラそうに説教コキやがって。


 腹いせに、カツアゲだの塾帰りのガキを締め上げて喜んでる町のカスどもを叩きのめした。

 ババアのバッグをひったくって喜ぶアホウを半殺しにした。

 コンビニで店員相手に怒鳴り散らすテメエ勝手なオヤジもそうだ。うるさいんで腹パンしたらゲロ吐いて悶えていた。


 ちょっと夜の町を歩けばすぐに見つけられる。どいつもコイツも、自分より弱いヤツにイキがってるアホウばかりだ。


 暴力は良くないと、俺を止める通行人も居たな。見知らぬ何処どこかの誰かだ。物好きだな。だがアンタは勘違いしている。むしろ町の汚ねぇモノを掃除してんだ。感謝されたっていい。


 先日なんざコトの最中、あのメスガキが俺の真後ろに立っていた。


「あたしらの相手はアレだ。一般人には手を出すな。規約違反だ」


 そんな説教をくれやがった。いつの間に、と驚きもしたが言うコトは決まってる。


「コレだって駆除作業の一環だ。ばっちいモノをお片付けしている。弱っちい連中ばかりで全然スカっと来ねぇがな」


 冷めた目付きで見下すものだから、俺もふんと鼻を鳴らしてやった。




「おや邑﨑(むらさき)さん。あなたから連絡を頂けるとは思ってもみませんでした」


「よく言いますね。確信していらしたでしょう」


「ではもっと後だと思った、と訂正しておきましょう。外園の秘匿情報、閲覧出来たのですね」


「とあるコネのお陰で。この報告、本当なんですか」


「わたしは出来る限り正確に書き記したつもりです。間違いなくあの瞬間、あの少年は絶命していました。

 後追いの調査では現場の公園で、集団いじめに会っていたようで。彼に手を出して居たであろう他の少年少女たちも同様の結末です」


「ではあの医師は、ニヤけて腹立たしい肉団子は、またしてもヒトをツギハギして玩具にしていた、と。それは間違いないというコトなのですね」


 あたしの溜息は間違いなく相手に伝わっているはずで、しばしの無言の後に「続きを話しても」とうかがう言葉が在った。どうぞ、という返事はどんなニュアンスで伝わったろう。


「モザイクと言われれば確かにその通りです。あの医師たちは、現場に残されていた少年少女たちの部品を集めて、一人分の屍人形を造り上げました。いえ、訂正しましょう。一人分がやっとだった、そう聞いてます」


「なるほど」


「そして解体したアレの臓器もふんだんに盛り込んで、蘇生という名目のお遊戯に興じたという訳です」


「現代版フランケンシュタインの怪物といったところですね」


「まさにその通りです。蟹江國子とは逆の成り立ちですが、目的は同じですよ。ヒトの手で再生者を作り出し、アレを狩る業務に従事させる。ヒトベースかアレベースかの違いだけですね。

 試行錯誤の連続だと彼らは語ってくれました」


「胸クソ悪い」


「試作体は結構な数が積み重ねられたようです。しかし実用に足るモノは現在、蟹江國子と外園克己の二例だけなのだとか。それ以外は目覚めなかったり発狂したり、アレそのものだったりと、失敗続きなのだそうで」


「中国とアメリカは量産に入ったと聞きました。事実でしょうか」


「あやふやです。強化対応者ブーステッドマンのみでの対処に完全に舵を切ったという話はよく聞きますし、少なくとも中国本土では多数確認されています。

 アレの生態部品は使用せず、クスリで人格を完全に抹消して安定化。医学科学で強化させる方が確実性が高いのだとかなんとか」


 中国版超人クラブか、とキコカは溜息を漏らした。いやむしろ隣国がそうだからと、妙な対抗意識を燃やした連中で作ったものが日本のアレかも知れない。


 以前、あの片桐とかいう怪しい士官が接触して来たのも、アジアにおいては日本にしかないカードで周囲より優位に立とうとした、そんな打算の果てなのではないか。


 何しろあの呪いの書を読めるのは世界では十指にも満たない。

 日本に一人(自分だ)、イランに一人、ブラジルに二人、ルーマニアに三人、ロシアに二人。ソレだけだからだ。ディープ・ナインズなどとありがたくない二つ名まで頂いている。


「この方面の話はむしろ、邑﨑(むらさき)さんの方がくわしいのではありませんか。香坂先生とは昵懇じっこんなのでしょう?」


「あの肉団子とは出来る限り口を利きたくないのです」


「もったいないですね」


「それにあの状態で実用に足るとはお笑いぐさですよ。蟹江は未だ不安定だし、あのチンピラに至っては首輪とリードが手放せません」


「ですが少なくとも以前の知恵と知識、そしてヒトの世界で生きて行けるだけの経験と分別はあります。後は調教師トレーナー次第だと思います」


「簡単に言ってくれます。あたしはあなたの様な精神科の医師ではないのです」


「元、ですよ。今はただの駆除者に過ぎません。彼にはケアとまでは行きませんが、相応の助言は注いだつもりです。ですがダメですね。こんな作業に従事する者にはやはり実力でねじ伏せるコトも必要なのだと、そう痛感しました。

 実際に痛めつける必要は無い、大切なのは理解してもらうコトなのだと、そう信じて居たのですが」


「あなたの信念は間違って居ないと思います。ただ今回は、あの阿呆が自分を分かって居ない真性のド阿呆だったというダケです」


「まだせめぎ合っている最中なのですよ。以前の自分と、自分の中の自分じゃ無い自分と」


「よく発狂しないものです。複数分の他人の記憶や人格をねじ込まれて」


「自己否定の気持ちが強いからこそ、自分に無いものを求めている。だから他者を否定しきれない。わたしにはその様に見受けられました。そして自分に自信がないからこそ、自己顕示欲(けんじよく)も強くなる」


「否定云々(うんぬん)では無いでしょう。切り捨てたいのに切り捨てられない。ただの未練では?」


「あなたの経験からですか?」


「・・・・イヤな物言いです」


「失敬。ご連絡をくださったのは彼の情報の裏付けが欲しかったからですか」


「あと二つほど。ヤツは以前の自分に戻りたいと望んで居ると思いますか。焼却を望まなかったので生きたいと思っては居るようですが、破滅願望が垣間見えて」


「彼の現場記録を確認されたのですね。見ようによってはそう見えます。ですがわたしは逆に、弱かった自分への克己心こっきしんのように見えました」


 ものは言いようだ。複数のアレに向けてナイフ一本で真っ正面から飛び込んでいく様は、どう見ても自殺願望以外の何者でも無い。自分の限界を知らない訳でも無かろうに。


 この元精神科医はヤツに感情移入しすぎている。


「過剰な傾倒というのは自分でも熟知しています。同病相憐れむというヤツですね。わたしも喰われた挙げ句、死に損なっていますので。

 我々はあなたほど強くはないのです。同じ立場の者を応援したいと考えて居るのです。それがわたし自身のケアにもなる」


「ご自身が何者なのか、熟知していらっしゃるのですね」


「もう当に。廃棄物のコトは廃棄物が一番良く分かる、そう判断されての采配でしょうから。この質問が最後の一つですか」


「はい、そうです」


「わたしの身体が何処まで保つか分かりません。彼やあなたと違ってわたしの身体は不完全な融合なのだそうで。

 彼はわたし以上に長持ちするでしょう。そうでなければ事前に作った試作品の意味はなく、叩き台にされた者は浮かばれませんよ。

 彼は使い物になりますか」


「あと二、三度教育すればあたしの役目は終了でしょう。それ以上は恐らく進展は無い。またあなたの元に戻るコトになると思います」


「飽きた玩具には興味が在りませんか」


「ええ、その通りです」


「噂通り直裁ちょくさい的なお方だ」


「お互い様でしょう」


 こうして彼との、最初で最後の通話は終わった。

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