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えげつない夜のために  作者: 九木十郎
第十話 新規調達
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10-4 血の臭いに魅せられて

 連中の食堂はまだ見た事ないでしょうと、彼女をこの学校の暗部へと誘った。


 目的の教室に辿たどり着いて、中を見る見ないは任せると言ったら「覚悟は出来て居ますから」という返事があった。


「コレでも現場写真は何枚も見てきました」


「そう。じゃあ現物、特に臭いの方は初体験という訳ね」


 ヤツの造ったちゃちな結界を擦り抜けると、ドアを開けずとも猛烈な臭気が空気を汚した。背後で蟹江國子が小さく呻く声が聞こえた。「開けるわ」と一声。ガラリと開けた途端、猛烈なモノがどっとばかりに溢れ出して来た。


「夏だから腐敗が早くてね」


 そう言って軽く肩をすくめた。


「デコピンが一回りして、今夜ヤツは此処ここに居ないことは既に確認済み。だから心置きなく見学してちょうだい。ああ、でもただし、吐き出したいモノがあったら此処ではダメよ。この空気の中でもヤツラは自分以外の体液にとても敏感だから」


「う、くぅ、うっ」


 泣きたいのか、呻きたいのか、それとも叫びだしたいのか。


 嗚咽とも嘔吐を堪える声ともつかぬモノが漏れ聞こえてきた。

 まぁ、確かに、この有様は決して鑑賞に耐えるようなものじゃあない。何度見ても、何度体験しても慣れることはなかった。ただただ胸くその悪さだけが充満した、外道な光景が広がっているだけだ。


「ひ・・・・ひ、非道い・・・・」


 両手で顔の下半分を覆って蟹江國子は泣いていた。


 ざっくり言って此処に転がって居るのは七、八人分くらいのパーツだろうか。一番古い残飯と食事の周期から逆算すると、更に同程度の人数が犠牲になっている可能性が在る。


 今回のヤツは割と完食するタイプらしい。あるいは、校外に別の食堂がある可能性もあった。


「泣くのを我慢しろとは言わないけれど、床には涙やはなよだれ等は落とさないようにね」


 犬の糞を踏んだ靴で踏み込んでも気付かないのに、何故かどういう訳かヒトの体液だけには異様に反応する。


 どういう鼻なんだと不思議に思うのだが、ヒトもまた自分の食べ物や身体に異常を及ぼす臭いにはやたら敏感なくせに、それ以外の臭いにはてんで無頓着だ。多分同じようなものなのだろうと納得することにしている。


「今回は発見が早かったのでこの程度で済んでいるけれど、二クラス分の残骸が押し込められていた現場もあったわ。その時はもう本当に足の踏み場も無かったわね」


「許せません、許せませんよ。絶対に、絶対に許してはいけません・・・・こんな、こんな、あんまりです。この子たち、これからやりたいことがいっぱいあっただろうに、こんな・・・・」


「そうね。義憤に駆られるのも結構だけど、狩りの時にはソレは止めなさい。感情的になっても何も好転しないし、自分に不都合を呼び込むだけだから」


 取敢えず現場を一見させたのでもう用はないと、きびすを返そうとした。だが何故か彼女がその場から動こうとしなかった。床をじっと見つめたままブツブツと何事かを小声で呟くばかりなのだ。


 そして唐突に彼女は振り返った。


「ダメです、ダメですよ邑﨑(むらさき)さん」


 そんな台詞を口走る。


「蟹江?」


 涙で濡れていたがまなじりが吊り上がっていた。瞳の奥底が、何と言うかもう目がキマっていた。


 ひょっとして、あたしはしくじってしまったのだろうか。


「こんなコト、今すぐにでも止めさせないと。今夜にでも狩り出して始末しましょう。わたしも協力します。これ以上、一人たりとも犠牲者を出してはいけません」


「気持ちは判る。けれどまだ目標を特定出来てないの。次の狩りの時には恐らくまたこの食堂へ餌を運び込むわ。その瞬間を押さえ込めば先ず間違いなく始末」


「そんな悠長な。連中の狩りが必ずしも食堂で行なわれるとは限らない、わたしはそう教えられました。こうしている間にも誰かが、子供達が餌食になっているかも知れないんですよ」


此処ここに在る残骸は高校生のものばかり。外で狩りをしているのなら大人や幼い子供などの部品や遺留品も混じっているはず。そのパーツが皆無というコトは、ヤツはこの学内だけを餌場として活動しているということ。

 此処までは理解出来るわよね」


「でも次の狩りが今までと同じという保証は・・・・」


「確かに確証なんてないけれど、だからといって大々的に探索範囲を拡げればこの学校内がおそろかになる。あたしに任されているのはこの学内のみ。それ以外はそれぞれの探索者や駆除者に任されている。無駄に手を広げて自分の仕事を台無しにするつもりはないわ」


「皆で協力すれば良いではないですか。この地区にも民間の探索者や自治区所属の駆除者が居るでしょう。彼らと協力してこの一帯をしらみつぶしに調べ上げれば」


「何を寝言()っているの、蟹江國子。アレの被害を受けているのはこの学校だけじゃない」


 食い下がろうとする彼女を制し、噛んで含めるように言って聞かせるのだ。


 この瞬間にも何処かで誰かが不本意な最後を遂げている。自分の我が儘で他の部所を手薄にさせる訳にはいかない。

 誰しも自分の担当する範囲を守ることで手一杯。事前の打ち合わせも無しで割り込みの仕事を押し付けるつもりか。そんな自己中な話がまかり通るとでも思って居るのか。


 犠牲になった子たちは既にナリ替わりで居場所を埋められていて、その数は恐らく二〇名を下らないだろう。その中からヒト喰らいを特定するのも簡単な話じゃない。


「それに大々的な捜索隊を組めば、間違いなくヤツにも感づかれる。餌場を捨てて別の地区に逃げおおせてしまえば全てがふりだしに戻る。そうなれば此処ここで残骸に慣れ果てた子たちはタダの喰われ損。そちらの方が余程に問題だわ」


「喰われ損ってなんですか!子供達の命が奪われているんです。損得勘定の話なんかではありません、口を慎んで下さいっ」


「頭を冷やしなさい。感情的になるなと、いまあたしが言ったばかりでしょう。今現状で大事なのはヤツに感づかれないこと。相手に警戒心を抱かせず潜伏し、食堂で確実に狩る。これがベストのやり方」


「食堂以外で誰かが犠牲になるかもしれませんっ」


「そうならないよう全力はくすけど、あたし等は万能じゃない。許容損害として割り切るしか・・・・」


 口にして直ぐにしまったと思った。もう少し言葉を選ぶべきだったと思ったが後の祭り。「ふざけるな」と蟹江は吠え「見損なった」と続けた。


「もういいです。邑﨑さんのお考えはよく判りました。わたし一人でも早急にヤツを見つけて狩ってみせます」


 勢いよく啖呵たんかを切って部屋を出て行く彼女を「待て」と呼び止めるのだが、その背中はあっという間に見えなくなった。


「まったく、なんて直情型。熱血マンガのヒロインじゃないんだから」


 素人同然なので探索のイロハも分からない。そもそも、ヤツの臭いも知らないというのにいったいどうやって捜すつもりなのやら。彼女はタダの見学者で、あたしの仕事の邪魔をしないという約束だったのではないのか。


 探しあぐねてウロウロする内に夜が明けるのが関の山。幸い彼女の位置情報はトレース出来る。ほとぼりが冷めた頃にデコピンを差し向けて呼び戻そう。そう決めてあのほぼ真っ黒なブチ猫を呼び出そうとしたら、唐突にその相手から通信が入った。


「アンタから連絡なんて珍しい。何かあったの?え、どうした。ちゃんと分かるようにえ」


 どういう理屈か分からないが、何故かスマホ越しでもヤツとは脳会話が成立する。首輪に仕込まれたスマートウォッチ的なモノの機能なのか、それともヤツ自身の特技なのか。いつもなら会話は端的かつ直裁的。

 しかし何故か今回はやたらめったら混乱し、支離滅裂な単語の羅列が跳んでくるばかりだった。


「待て、落ち着け。要は助けて欲しいんだな。位置情報を送れ、直ぐにそちらに行く」


 プライドが高く、ひたすら唯我独尊で孤高を気取るヤツにしては珍しい。何事か分からないが余程に切羽詰まっているのだろう。急いだ方が良さそうだ。


 デコピンが送ってきた場所は、学校の裏手にある児童公園だった。


 そしてソコはもうすでに、血の海だった。

 



「やれやれ。よくもまぁハデに散らかしてくれちゃって」


 ヒトだったモノの様々な部品がそこら中に散らばっていた。


 革靴や鞄が見受けられ、小さな子供のものと思しき黄色い帽子も赤く染まって転がって居た。察するところ、夕刻退社したサラリーマンが出迎えた子供と共に帰宅の最中、といった辺りだろうか。


 児童公園の周囲にはご丁寧に結界まで張られ、異臭や悲鳴の類いはことごとく封殺されていた。それを踏み破って中に入れば、暗闇の中から幾つもの金色の目が一斉にコチラを振り返るのである。


「猫に擬態か。そしてヒトを食い荒らすと。始末に負えないわね」


 しかも群れると来ている。ざっと見たところ七匹、いや八匹か。デコピンは何処どこに居るのかと頭を巡らしてみれば、滑り台の下で一匹の猫のむくろを眺めていた。


「デコピン、離れていろ。とばっちりを食うぞ」


 なたを抜くのと二匹のネコモドキが飛びかかって来たのは、果たしてどちらが先だったのやら。


 一振りで一匹を二分割し、返す刀でもう一匹を唐竹割りにすると他の六匹が一斉に逃げ出した。


「逃がさん」


 すでに臭いは特定した。一度看破(かんぱ)したモノを、この至近距離で見失うほど耄碌もうろくしちゃあ居ない。


 ダッシュの数歩で追い付き最後尾のヤツを斜めに二分割、その横に居たヤツが逆襲してきたが首を切り飛ばして四匹目。

 あとの四匹はバラバラになって逃げるのかと思いきや、一番先頭のヤツが道の真ん中で立ち止まって振り返り、あたしと目を合せた。


 ギラギラと刺さんばかりの殺意があった。


 そうか。キサマが群れのリーダーか。


 付き従っていた三匹が一斉に向きを変えて襲いかかり、そのまま群れの長は一目散に逃げ始めるのである。


下衆ゲス何処どこにでも居るのね」


 部下を盾に逃げおおせるとでも?ふざけたネコ様だ。


 襲いかかる三匹を軽くかわして得物を投げると、それはキレイにリーダーの頭蓋に命中した。塀の向こう側へと跳ぼうとした刹那であったが問題はない。一瞬でその中身が盛大に路上へ吹き飛んで飛散する。

 実に汚い花火だなと思う。


 たたらを踏んだ三匹の内一匹を蹴り上げ、空中でその尻尾をつかまえてそれを得物代わりに振り回し、もう一匹へと叩き付ければ二匹仲良く肉塊になった。


 最後の一匹も同じく蹴り上げた後に尻尾をつかんで電柱に叩き付けたら、頭が消え失せて静かになった。


 リーダーが失せた時点で逃げ出せば、まだ生き残れるチャンスもあったろうに。

 まぁ逃がすつもりなんてサラサラなかったのだけれども。


 トータルで一分も掛かっただろうか。


 自分でも先ず先ずの手際だとは思うが、散らかした範囲が少々広かった。コイツらの食堂の件もある。あたし一人では手に余るし、そもそもココは自分の仕事場じゃあない。


 鉈を拾ってさやに戻し、スマホで上司に報告していると、不意に路地から顔を出した高校生と思しき少女と目が合った。


 マズい。


 ここで悲鳴なんぞを上げられたら面倒くさいことになる・・・・


「あなた」


 少女が発したのは一言だけ。


 その視線が路地の惨状を見回して、瞳孔がゆっくりと開いてゆくのが見て取れた。そして急速に感情が失せ、パリパリと張り詰めた何某なにがしかが、周囲の空気を過敏に震わせてゆくのである。


 そうか、この娘か。

 血の臭いに魅せられて出てきたな。


 あたしが再び鉈を抜くのと少女が逃げ出すのはほぼ同時だった。

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