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えげつない夜のために  作者: 九木十郎
第九話 笛を吹くもの
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9-7 冷蔵庫へと歩み寄って行った

 上司に駆除完了と告げると、事後観察は監査官を派遣すると言われた。


 珍しい、この腐れ腹黒上司にしては妙に手回しが良い。しかも次の派遣先は調整中なので、現地にて待機と言われた。実質上の休暇で、ナニか企んでいるなと勘ぐったのだが思い当たる節が無い。


 いや、全く無い訳でもないのだ。あの片桐とかいう男の一件。業務内容の記録とかヌカしていたがあたしがお目当てだったのはもう間違いない。山本地区での強化対応者絡みで、噂の裏付けが欲しかったのだろう。


 上司に調べて欲しいと頼んだらアッサリ返答があった。その辺りは流石に腐れ腹黒、先に見当を付けていたらしい。片桐はアンチ強化対応者で、いわゆる「超人製造組合」の規模縮小を望んでいる一派だと教えてくれた。


 しかもアレ絡みのフィードバック情報で、怪しい某かを画策している気配が在るとかなんとか。まったく、普段の業務でもコレくらい手際よく情報を寄越してくれれば良いモノを。


 だがアレ絡みとは穏当じゃない。どう転んでもろくでもない未来しかお出ましにならないと思えるのだが。


「勘ぐり過ぎですよ、邑﨑(むらさき)さん」


 当の本人に尋ねた返答がソレだった。

 



 あの夜、業務を終え校門を出たところで片桐一尉が待っていた。


 ご苦労様でした、という労いとご協力感謝しますという礼に対し、「どういたしまして」と三人分の小型カメラレコーダーを返却した。


 そこで「組合」への冷や水にするおつもりなのですね、と水を向けたのだが、苦笑して軽く肩を竦めたダケだった。なので「アレがらみの転用なんて碌なもんじゃないですよ」と軽く突いてみたら、先程の台詞がお出ましになったのだ。


「我々は基本、国と国民を外部からの暴力から守る為の組織です。内部の秩序と安全はあなた方の役割。ナワバリを荒らすような真似はしませんし、しようとも思いません。勿論もちろん、依頼があれば応えますが、自分達の仕事はわきまえて居ます」


「飼い慣らそうとした者は居たようですが」


「未だに後を断たないようですね。ですが我々はそんな迂闊うかつな真似はしません。制御できないモノに手を出そうとは思いませんし、出来るとも思って居ません。ご安心下さい」


 何だかつまらない。通り一遍の返答だ。もう少し機知に富んだ返答が欲しかったのだが。


「不満そうですね」


「肩すかしも良いところです」


「それは失礼。まぁご協力いただいたお礼と言っては何ですが、ちょっとしたお話を。私の所属している部位では、対人戦闘において強化対応者は不要と考えて居ます。軍事転用としてははなはだ怪しい技術です。コストばかりがかさみ、しかも運用が限定されている。制限事項も多いですしね」


「知ってます」


「おや、そうでしたか。ですが現場ではなく制御管制の人員育成目的なら、そのハードルは大きく下げられるのではと考えて居ます。指示を伝える者が取り乱しては現場が混乱しますから」


「管制の人員?あ、もしかして今回のオペレータたち・・・・」


「はい。私の今回の目的はあなた方駆除者の現場状況の記録。そしてもう一つはそれを記録観察するオペレータの情緒反応の観測でした。実は今回使っていたクルマの器機、半分はオペレータの情緒や生理反応を記録するための機材なのです」


 おやおや。見世物になっていたのはあたし達だけじゃなかったってコトか。


「ああ、コレは機密ではありませんが、彼らには内緒にしておいていただけませんか。出来れば事後反応の変化も観測して置きたいので」


「まぁそれ位かまいませんが」


 どうせもう二度と会うこともあるまい。そもそも名前はおろか顔すら知らないのだ。


「しかし情緒面でのコントロールですか。アレ絡みでそんなソースは見当たらないと思いますけど」


「淵に堕ちても自我のある方がいらっしゃるではないですか。その辺りを紐解ければ、何某なにがしかの手がかりがつかめそうな気もします」


「あなた、本当に防衛省の情報部ですか?」


「確かその方、邑﨑さんのお知り合いの方ですよね?」


「・・・・まぁ、その筋の方なら簡単に知ることが出来ますよね。新聞にすら書いてありましたし」


「気を悪くされましたか」


「この程度では。むしろ、今回のムシに寄生していた寄生蜂。あんなもの何処で入手したのです?うちの上司も首をひねってましたよ」


「何のお話ですか?」


「今回はある意味、寄生蜂のお陰でケリが着いたとも言えます」


「被害が拡大しなくて何よりでした」


「巣別れ直前になって女王の宿主が正気を取り戻し、駆除部所に連絡。対処にわたしを直々に指名。そのまま公安の専門部所が総動員でムシを駆除。その現場を自衛官の情報部が観察に来る。

 しかも欲しかったわたしの駆除現場を入手できた。出来すぎてませんか?」


「幸運に感謝、と言ったら気を悪くされますか」


「同じ台詞を言われてイラっと来てます」


「それは失敬。語彙ごいが足りなくて申し訳ない」


「寄生蜂の成虫回収も今回の仕事の内で?何処までが絵図通りなのです」


「買いかぶりすぎです。それにソコまで傍若無人ぼうじゃくぶじんではありませんよ。一般市民を巻き込むなどと」


「互いのナワバリは荒らさない主義なのですよね?」


「当然です。これからもそうです」


「そう願いたいものです」


「信用をなくしてしまいましたね」


「最初から無いものは無くしようがないですよ」


「コレはまた辛辣しんらつです。ですが出来れば、良好な関係を築きたいと考えて居るのですよ」


「ほう」


「本当ですよ?」


 そして片桐と言う名の士官は「今回はありがとうございました」ともう一度頭を下げて夜陰の中に消えて行った。


 この喉の奥に何かが詰まったような、何とも言えない胡散うさん臭さ満点の落ち着かなさ。それが、とても不愉快だった。




 待機期間中に朝ビールを飲んでいたら、上司から電話があった。

 次回赴任地が決定したので三日以内にソコを出ろと言われた。


 おや、今回は本当にどうしたことだ?普通なら即日撤収が常だと言うのに。


 現状待機という名目の休暇を寄越すわ、引き払う時間も七二時間以上の猶予を与えるわ、コレまでに無い待遇だ。そういや片桐一尉とかいうあの怪しげな士官の情報もホイホイ教えてくれたし、いったい何を企んで居るのか。


 次の赴任地の概要をボンヤリと聞きながらそんなコトを考えて居たら、お前は自衛隊に興味は在るのか、と訊かれた。


「は?唐突に何の話ですか」


 いつもなら切れ味スルドイ嫌みったらしい物言いをする御仁だというのに、何故か歯切れが悪い。何度か聞き直した挙げ句、持って回った言い方をしたその内容に寄れば、どうやら「あたしを引き抜きたい」という話が来ているというものだった。


 しかも迎える先が情報部。新設部署の副室長待遇でアドバイザーという役割らしい。残刑カウンターはそのままだが現場に出る必要は無く、基本的に屋内での作業、もしくはデスクワークが主となるのだとか何とか。


 何だソレは。最初に交した契約には反しないのか。


 そして嗚呼成る程、あの怪しい士官さまの伝手か、と見当が付くと同時に、アドバイザーなどという役職で、連中が何を欲しているのかも直ぐに見当がついた。


 まったもっ何奴どいつもコイツも。


 あたしはタダの受刑者で駆除者。あんな呪われた書の付属品などではないのだ。あるいは翻訳者か?出来ればあのボケ教授とも縁を切りたいくらいだと言うのに。


 どうする、と訊かれて「イヤだ」と答えた。即答だった。考えるまでも無い。


「・・・・?」


 何故か黙り込んでいる。


「どうしました?」


 いつもなら即座に返ってくる毒舌が無い。そんなリアクションにコッチが不安になった。だが数拍の後に、ならば断っておこう、と返事が在ってそのまま切れた。


 何だったのだ、今の間は。


 意味が分からない、と疑念という共に残って居た缶の中身を全部干した。


 げふ、と息を吐く。もう一本飲もうとベッドから立とうとしたら、唐突にメールが届いた。何事かと思って開いてみたら腹黒上司からで、今回の仕事の付帯資料とあった。


 本当にどうしたのだ?普段なら絶対見せないサービス精神だ。いつもなら依頼しても安請け合いした挙げ句、すっぽかすクセに。熱でもあるのか、怪しい病原菌に脳を犯されているのか。


 送付された資料の中には今回の寄生蜂に関する資料もあって、学名と選別コード、そして通称が記されてあった。


「パイドパイパー。まだら服の笛を吹くもの、か」


 写真のそれは一風変わったまだら色の体色をした寄生蜂だった。

 まぁ似合いの名前だ。


 民間伝承の「ハーメルンの笛吹き男」が由来なんだろう。確かに笛に誘われて、この町から大勢の子供達が消えて行った。事後処理は相当苦労するに違いない。自分が背負う責務ではないが、ヤレヤレだなと溜息が洩れた。


 窓をカリカリと引っ掻く音がするので開けてみれば、デコピンが散歩から戻って来ていた。


「あんた、このクソ寒い中によくも出歩く気になるわね」


 庭駆け回るのは犬の方で、猫はコタツで丸くなるんじゃなかったのか。この部屋にコタツなんて無いけれど。


「あれ?何(くわ)えてんのよ」


 ヤツは得意そうにあたしを見上げると、足元にソレを置いた。つまみ上げてみると小さな羽虫である。いや、コレは蜂か?


 何だか今資料で見た寄生蜂にとてもよく似ていた。


 そして成虫が居るというコトは、抜け殻になった元宿主と卵を産み付ける対象が居るという事だ。


「・・・・」


 いやいや、きっとあの校長の遺骸から飛び出した成虫の一匹に違いない。この寒さに耐えきれず、寄生する相手も見つからないまま凍えて死んだのだ。


 うん、そうだ。そうに決まっている。


 強引勝手に納得すると、窓を開けてポイと捨てた。「にい」と、ほぼ真っ黒な白黒ブチ猫が、心底不満げな抗議の声を上げる。


「つまんないもの拾ってくるんじゃないわよ」


 足元の相棒をジト目でたしなめたが、金色の目がご機嫌ナナメな色合いでにらみ返すダケだった。


 三日の猶予をもらったが、明日にでもこの町を出て行こう。これ以上此処(ここ)に留まったら、またぞろ碌でもない目に遭いそうな気がする。


 あたしはお代わりのビールを開ける為に、冷蔵庫へと歩み寄って行った。

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