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えげつない夜のために  作者: 九木十郎
第九話 笛を吹くもの
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9-5 何を思って逝ったのだろう

「キコカちゃん、聞こえる?ボク達はすごい勘違いをしていたのかも知れない」


「どうした。ナニがあった」


「命令だよ、命令が発せられている。臭いじゃない、音の命令だ。いまガンガン響いている。学校の敷地内全域にわたってヒトの可聴域を超えた音の命令が響いている。大きすぎて何処が発生源か分からない程の大音量だ」


「なに?音で命令するムシなんて」


「ああ、そうだよ。ヒトに憑くヤツにそんなモノは居ない。でも、ムシに憑く寄生虫だとしたらどうだろう。連中の中には仲間を見分ける音を真似て群れに入り込み、群れのリーダーに取り憑くヤツが居る。ソレがムシの女王を操って群れを統率して居るのだとしたら」


「!」


 つまり、臭いも女王物質も不要という訳か。


「待て、スクランブルで片桐さんから連絡が入った。夏岡は予定通り労働者を追って女王の座へ。あたしも直ぐに向う」


 了解、という返事の後にチャンネルを切り替えれば「異様な音源を拾った」という片桐一尉からの報告があった。


「ヒトの可聴域を超えた大音量です。音源はもう学校の敷地内のそこら中から。共鳴が激しくて絞り込めませんが、学内のスピーカー全てから発せられています。何があったか分かりますか」


「恐らく、女王がムシ憑きに命令を下しているのでしょう。正確には女王に取り憑いた何かの可能性の方が高そうですが」


 音を全て記録しておいて下さい、と依頼して通話を終了した。


 そうか。学内のスピーカーからか。


 ならば向う先は絞ることが出来る。


 あたしは夏岡と蟹江にその旨を伝えると、物陰から飛び出し校舎の中に駆け込んでいった。




 学内の放送発信場は全校放送室、職員室の校内発信用マイク、そして体育館の第二放送室だ。昼間の内に学内の見取り図は全て頭の中に叩き込んでいる。慣れたものだ、訳もない。


 校内はもう既にそこら中血みどろで「部品」が散らばり足の踏み場もなかった。数名を屠って職員室に通じる廊下へ赴けば蟹江と夏岡が奮戦していた。


 生徒たちは何が何でも先には行かせぬと、廊下にひしめきあって居て蟻の這い出る隙もない。既に相当数の仲間が物言わぬ骸に変じているというのにひるむ様子がなかった。何奴もコイツも殺気を宿し、執拗しつよう躊躇ちゅうちょがなかった。


 兵隊は噛みつきと肉をも溶かす胃酸が武器で、なり振り構わず襲いかかってくる。味方に被害が及んでもまるで頓着しない。


 とはいえ所詮ヒトの身。一人一人は脆弱だ。ほんの一振りで容易く絶命する。至近距離で吹きかけてくる胃酸ですら、駆除者の反応の前では緩やかに宙を舞う綿毛程度でしかない。「処理」は纏わり付く子犬をあしらう程度の容易さだ。


 だが如何せん数が多かった。


 夏岡は嬉々として得物コンバットナイフふるっている。


 そして蟹江は殆ど半泣きで、少年少女達をなます斬りし続けていた。


「来るなと言っているでしょう!わたしたちを通して!通すダケでいいのよっ」


 啼き喚いて長柄刀を振り続けている。そしてその都度に手が跳び足が跳び、首が跳び続けるのだ。


「先に行くぞ」


 キコカは床を蹴り一足飛びで生徒たちの頭上を飛び越え、そのまま廊下の柱を斜めに蹴り飛ばし、兵隊達の背後に回り込んで着地。


 そのまま瞬時に駆け出して、職員室のドアを蹴り飛ばすのだ


 蹴破ったドアが派手な音を立てて吹っ飛んだ。


 あおりを食った机が数机倒れ、書類や書籍がぶちまけられて床面に散らばった。


 即座に踏み込み惑い無く奥へと進む。


 職員室の放送設備は給湯室の脇。


 なたをかざして駆け込んだものの、ソコには誰も居ない。器機のマイクと操作盤が卓上に乗っているだけだった。


 此処ここはハズレか、と断じきびすを返せばとキコカを追って来た数名が襲いかかって来た。


 哀れ、と思う。

 捨て駒でしかないというのに。


 一人をかわし背後の一人へ軽く鉈で払うと、ぽんと軽い音がして首が跳んだ。


 血しぶきが噴きかかるよりも早く身を屈め、踏み込んで次列の二人の脇を擦り抜けると、最後尾のヤツとの間合いを詰めた。低い姿勢のまま身体を半捻り。


 勢いが残ったままの返し刃で両足を落とし、飛びかかって来たヤツの頭蓋を叩き割った。崩れ落ちるむくろを軽く避け、そのまま振り返った次列の二人を順番に二分割にした。


 一人一振りずつ。造作も無い。


 多少膂力(りょりょく)が増そうとも所詮しょせんこの子たちはヒトの身、アレとは比べるべくもなかった。それでも瞬き二回分くらいの時間は掛かっただろうか。


 手早く解体を終えると再び廊下に出た。


「此処じゃなかった。あたしは二階の放送室に向う。二人は体育館の方に向って!」


 念の為だ。次期女王が居座っている可能性も在る。此処に居る兵隊が守っていたのは職員室ではなかった。二階へと向う階段を塞いでいたのだ。ならば放送室こそが本命。


 一気呵成いっきかせいに階段を駆け上がる。


 背後から猛烈な勢いで追いすがって来る足音が聞こえていた。




 キコカは軽くサイドステップを踏んだ。

 真後ろの死角から飛びかかって来た相手をヒラリとかわして振り向きざまに一刀。再び首が軽く跳んで落ちた。


「邪魔をするな」


 たしなめたが聞き入れられるとは思って居ない。ただ、確かめたかったダケだ。踏みとどまる気配すら無かったのでそのまま鉈を振るった。


 右に、左に、或いは上下に体を揺らし、跳ね、身を屈め、手の得物を振るう。その都度に血と肉体の一部が飛び散るのだが彼女には一筋の傷すら見当たらない。

 いや、返り血すらヒラヒラと丁寧に避けて服には一滴の染みもなく、新品の制服はまっさらのまま血煙の中で踊り続けているのだ。


 一閃ごとに鉈が血で濡れた。


 ステップを踏む毎に少年少女達が物言わぬ骸に変わっていった。


 しかばねの山だけが累々(るいるい)と積み上がっていった。


 だが彼女には何の惑いも無かった。


 躊躇ためらいすら見当たらなかった。


 謝罪の言葉も懺悔ざんげの呻きも、苦悶の表情すらも皆無。

 踏みとどまる様子も無ければ息をつく様子も無かった。


 ただただ踊り続けていた。


 流れるように、滑るように。


 激しくまどいなくない。


 整った面立ちに手術痕を浮かび上がらせ、ひたすら陰惨な演目をこなす真摯な姿よ。


 真っ赤に濡れた舞台で殺伐たる剣舞を気取る、黒髪のダンサーがソコにるのだ。




「何者だよ、コイツ」


 唖然あぜんとしたオペレータの声が聞こえた。


 白いワンボックスカーの中に設えられたオペレーションルームには、空調ファンの回る音だけが在った。ソコに居る全員が息を呑み、呼音すら聞こえなかった。


 彼らがのぞき込む画面にはこの世のモノとも思えぬ世界が、現在進行形で押し進んでいる最中であった。


 若いオペレータが固唾を飲む。


 コイツが弱体化している?


 力が無くなって廃棄寸前だと?


 何処どこのスカがそんな与太飛ばしている、そんな訳あるか。


 S(特殊戦術群)に居る俺のツレだって此処ここまで立ち回れねぇ。


 こんなの、こんなの人間(わざ)じゃねえよ。


 再びキコカの鉈が振り下ろされた途端、彼は思わず自分の喉を撫でた。

 いま画面の中にったのが、自分の首のような気がしたからだ。

 



 モニターの中ではひたすら凄惨せいさんな光景が繰り広げられていた。


 あどけなさの残る少年少女達が切り刻まれ、呻き、喚き、狂乱し、そして肉塊に変わり果てていった。


 身体の各部がバラバラになって、噴き出し流れた血しぶきが床と云わず壁と云わず、天井から窓まで。くまなくあまねく染め上げていった。それはまるでミキサーの中に放り込まれたトマトのよう。


 少年少女たちは触れるどころか近寄ることすら叶わない。ひとたび彼女の間合いに踏み込めば、瞬時の内にタダの肉塊へと成り果てる。

 ぞんざいさは微塵も無く、大雑把な得物に反して刃先は狙い澄まされ正確無比。まるで最初から予定され、整えられていたかのような手際の良さだ。


 そして彼ら彼女らは、見る見る内にその数を減らしていった。




 二つに分かれた胴体から、長く伸びた内容物が床面にのたくっていた。


 白いプリンのような残滓ざんしが窓にこびりついていた。


 そしてその身体の中から飛び出したスニーカーほどのサイズの蛆虫が、血の海の中をビチビチと跳ね回り続けているのである。


 パステルカラーの可愛らしいパジャマを着た、首の無い遺体が転がっていた。


 ジャージを着た細身の少年が二分割されて、未だ仰向けでうごめいていた。


 その他にも様々な遺体や瀕死の物体があって、大抵は裸足であったり部屋着のままであったりで、真冬の夜道を出歩いてよい姿ではなかった。


 皆呼ばれて有無を言わさず此処ここに集ったのだ。そしてその挙げ句の果てに、こうして意味も無く解体されている。

 この少年少女たちは最後の瞬間に、何を思ってったのだろう。

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