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えげつない夜のために  作者: 九木十郎
第一話 駆除者
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1-5 「馴れてるんだ」

 僕は今、誰も居ない夜の公園で独りぽつんと人を待っていた。


 時刻は二〇時を少し回った頃。

   確か以前、学校の周囲をうろついていたのもこのくらいの時間帯ではなかったか。


 しかし何故にこんな事に為ったのか。

 出向く先は夜の学校、しかもクラス委員長と一緒という謎シチュエーションだ。


 少し前の僕なら、例え未来の自分の言伝だろうと絶対に信じないという確信がある。

 それくらいには在り得ない組み合わせだったし、彼女が真夜中の学校に踏み入ろうと提案するそのこと自体未だに信じられないでいた。


「お待たせ」


 不意に声を掛けられて吃驚した。振り返ってみると委員長が立っている。


「・・・・」


「なに、まじまじと見ちゃって。そんなにヘンな格好してる?」


「あ、その、制服の委員長しか見たことが無かったから、なんか意外で。私服姿なんて初めて見るし」


「なら良いけれど、頓痴気な格好だったのかと一瞬焦っちゃったわ」


「いや、良く似合ってるよ」


 内心の動揺を気取られまいとして、慌てて取り繕った。


「行きましょう」と促されて、通い慣れた通学路を彼女と並んで歩いて行った。

 誰も居ない夜道で女生徒と二人連れという、この状況が落ち着かなかった。

 しかも普段は殆ど話したこともない相手だ。気にするなと言う方が無理だ。


 それに家を出るときにはコンビニに行くと言ったきりだ。あまり長居は出来ない。事はなるだけ手早く済ませたかった。


「委員長がこんなことを言い出すとは思わなかったよ」


「あらわたしだって夜に出歩くくらいするわ。コンビニに行ったりとか、あの子を散歩に連れて出たりとか」


「いやそういう意味じゃ無くてね」


「夜の学校に忍び込んだりとか?」


「うん、そう」


「わたしだって血の通った人間よ。好奇心は人生を豊かにするスパイス、見て見ぬふりをする方が余程味気ないでしょう。

 それに普段とは違うささやかな違和感を、一つ一つ丹念に解きほぐしてこそ真実に近づけるのよ。

 ポアロやミス・マープルも、そういった趣旨の台詞を口にしているわ」


 それはひょっとしてアガサ・クリスティだろうか。よく映画やドラマなどにもなっているからその程度なら知っている。


 七尾もよく自分の頭蓋に溜め込んだウンチクを披露していた。

 SFといいミステリーといい、ロジカルなモノに傾倒している者は似たような傾向が在るのかも知れない。


 と同時に、こんな饒舌な彼女を見るのも初めてだった。


 学校の裏門にまでたどり着くと、まるでそれが当然とでも言うかのようにひょいひょいと身軽に門を乗り越えて入っていく。


 その姿もまた意外だった。何の躊躇も惑いも無い。

 お陰でこっちが戸惑うほどだ。


 ボクの様子が余程危なっかしかったのだろう。

 彼女は手を差し出して乗り越えるのを手伝ってくれた。

 女性に手を引かれながらというのが気恥ずかしくて、「意外に身軽なんだね」と苦笑して誤魔化した。


「どうという事はないわ。それよりも君は少し運動とかした方が良さそうね」


 返す言葉が無くて、もう一度苦笑いで返事をした。

 彼女は勝手知ったるといった風情で夜のグラウンドを突っ切り、真っ直ぐ実習棟の方へと向って行く。

 まるで何が在るのか、目標が何なのか、端から全部熟知しているかのような足取りだ。


「何処まで行くの。何か心当たりが?」


「以前、彼女と思しき人影が実習棟に入るのを見たのよ」


 でもだからといって、今夜其処に居るとは限らないんじゃないのか。

 そう思いもするが、それを言ってしまえば何故今夜学校に忍び込むのか、という話にもなる。

 委員長に心当たりが在るのならそれに任せてみることにした。


 実習棟の裏手に在る東側突き当たりの窓。

 その上の明かり取りは鍵が壊れていて、しかも隣接する植え込みの木の枝から校舎内に忍び込める。

 それは知る者ぞ知る侵入経路だ。

 しかしボクは知っているというだけ。使う理由は無かったし必要性も皆無だったから、当然利用するのはこれが初めてだった。


 うん?初めて・・・・初めてだよ、な。


 以前に使った事がある、ような・・・・何だろう、この妙な既視感。


 それは兎も角、委員長もきっと初めてだろうと思っていたのだ。

 女子がこんな窓からなんて出入りなんてする筈がない。


 だというのにどういう事だろう。

 随分と手慣れた様子でするすると植え込みを登ってゆき、明かり取りを開け、あれよあれよという間に侵入して見せた。

 その呆気なさに少し驚いた。窓の桟を手がかり足がかりにしながら、まるで備え付けの梯子を登って降りるような気安さだった。


「ひょっとして、前も此処を使った事があった?」


「何故そう思うの?」


「いや何となく」


 子供の頃木登りしてた時の要領よ、と言われてそうかと返事をする。


 対して僕は随分とおっかなびっくり。

 またしても委員長に手を貸してもらって、ようやく明かり取りのスキマから校舎内に入ることが出来た。情けない限りだ。


 夜の校舎の中は本当に静かでただっ広く、独特の雰囲気があった。


 静寂しじまの中に自分と委員長の足音だけが聞こえていた。

 非常口の案内灯を照明代わりに進んでいるが足元が不如意ふにょい覚束おぼつかなかった。


 ライトの類いは使わない方が良い、不法侵入していると周囲に教えているようなものだと言われて控えている。まぁ確かにその通りだ。

 だが何というか、どうにも落ち着かなかった。


 昼間の学校とは丸きり違っていて、別の世界の見知らぬ建屋の中に迷い込んでしまったような錯覚が在った。


「委員長、よく進めるね」


「あら、怖いの?」


「そうじゃなくて、この暗がりでそんなにさくさく歩けないよ。よく見えるね」


「馴れればどうという事は無いわ」


「馴れてるんだ」


「いつも歩いている廊下じゃない」


 確かにそれはその通り。

 だが、これだけ勝手が違っていると昼間と同じとは到底言えなかった。

 明るいのとそうで無いのとは大違いだ。


「そう、いつもよ。わたしたちの毎日はいつも通りの繰り返しで出来上っているの。

 毎朝同じ時間に起きて同じように朝食を食べて同じ道を歩き、見慣れた同じ仲間と同じ教室に入り同じ担任の顔を見て、いつもと同じ授業風景の中いつもと同じ席に座っている。

 まるで同じ動画を再生しているみたいに」


「委員長。急にどうしたの」


「佐村くんは時々感じた事はない?いま自分がやっていることは、何処どこかで誰かがやっていたコトを、そっくり繰り返して居るダケなんじゃないかって。

 自分にそっくりな誰かの足跡を、そのままなぞっているダケなんじゃないかって」


 思わずギクリとした。それはつい先ほどの自分を見透かされた気がしたからだ。


既視感デジャヴってヤツだね。繰り返しすぎて違いが判らなくなる、そんな感覚だ」


「それはタダの勘違いでしょ。そうじゃなくて、ホントに繰り返して居るとしたらどうかしら。自分によく似た誰かの肩代わりをして、いまの自分が居る。

 自分そっくりなヒトがやったコトを無意識の内に繰り返して居るのだとしたら、という話よ」


「委員長が好きなのはミステリーだったんじゃないの?」


「ミステリーは誰かがやった足跡を追いかける知的娯楽だわ。七尾くんやあなたが夢中になっているモノとの相性は、決して悪くないと思うのだけれども」


何故なぜいまそんな話を」


「いえ、ちょっとね。今のわたしたちは、七尾くんの通った道筋をなぞって同じ事をやっているのだなと、ふとそう思ったダケよ」


 いわばこの状況こそがミステリー、などと、窓からの夜光に照らされて笑む横顔が見えた。


「事故がよく起きる交差点っていうのは、そのシチュエーションもそっくりなのだそうよ。まるで以前起きたことをなぞるみたいに。

 よく似たシチュエーションに在る人物もまた、同じ行動をとるんじゃないかしら。似たもの同士ならなおさら」


「ソレは僕のことを言っている?」


 だが委員長は問いかけには答えない。


「似たような口調、似たような考え方、似たような立ち位置に似たような状況。お互いに決して知り得ぬにも関わらず、同じ顛末へ落ちる者たち。

 きっと今この瞬間にも、何処かで誰かが見知らぬ何者かのソレを、そっくり繰り返して居るのだわ」


 不意に脳裏を過ぎったのは、あの時途切れたままの七尾のメールだった。

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