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えげつない夜のために  作者: 九木十郎
第七話 残骸
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7-3 犠牲者が増える。ただそれだけ

 今後の予定を打ち合わせた後に二人は出て行き、隣の部屋にあの体育教師の姿が見えないことを確認すると、あたしも校長室から出た。

 するとドアが閉まる前に校長に呼び止められ、「あなたに電話です」とスマホを差し出された。なんのこっちゃと思った。


「度々すいません、金川です。申し出を引き受けて下さってありがとうございます」


「仕事ですから。どうしました、何か言い忘れたことでも?」


「あの子の前では言えなくて。あまりあおらないであげて下さい。あの子の『お兄ちゃん』の話は禁句なんですから」


「本当の兄ではありませんね」


「はい。プロフィールを読んでいらっしゃったのですね。あの子は家族もろともアレに襲われてあの子だけが助かりました。助けられた時には錯乱して非道い有様で、彼女を助けた者を兄と思い込んでいるのです。それが今の、彼女の生きるよすがになっているのです」


「金川さん、その人物は生きているのですか?」


「・・・・」


「今の質問は忘れて下さい。取敢とりあえず彼女には釘を刺して置きたかっただけです。蛮勇や激情は狩りの邪魔にしかなりませんから。無駄にあの子の感情を引っかき回したりはしません」


「それを聞いて安心しました。それでは、あの子をよろしくお願いします」


 通話を終えてスマホを校長に返すと「大変ですね」と固く恐縮した顔を見せた。


「学校の責任者ほどではありませんよ」


 アレにかかわった者は例外なく、嘘に塗り固められた仮面を被って生きている。

 この学校にたずさわる者もまた同様。

 ほんの少し前まで幾人もの生徒がアレの犠牲になった。

 だからこそあたしが来た。

 大勢の教え子達や顔見知りの職場の者達に惨劇をもみ消し続け、素知らぬ体を演じる生活は決して愉快ではあるまい。


 仕事を終えればこの地を去るあたしとは違って、この御仁はずっと彼らと顔を突き合せていかねばならないのだ。


 校長は強ばったまま苦笑して返事はなく、あたしは軽く会釈して学校を出た。




 あたしは目下、早足で自分の部屋に戻っている真っ最中だった。


 学校の帰りがけに追加のビールを買うつもりだったのだが、自分の格好を思い出し、一旦着替えてから出直すことにしたのである。


 ゴネて難癖つけて屁理屈をこね回し、様々な努力の果てに、ようやく上司に発行を認めさせた写真付きのマイナンバーカード。

 コレで成人だとごり押し出来るのは私服であればこそ。

 流石に現役バリバリの女子高校生スタイルでは売ってはくれないだろう。

 酒精をまき散らしているのならば尚更なおさらだ。


 よくよく考えてみたら、学校に行くからといって必ずしも制服で在る必要は無く、単に仕事上の打ち合わせなのだから私服で充分だった。

 そもそも、この学校での女生徒としての役割は今朝の朝八時で終了。

 そう面と向ってあの体育教師に言い切ったのは、他ならぬこの自分ではなかったか。

 それに私服だったらからまれるコト自体無かったかも知れない。


 まったく何やってるんだろね、あたしは。


 無意識のうちに制服を着込んで出かける自分が恨めしかった。

 よもやまさか、深層心理とやらに条件付けされているのではあるまいな。

 そういや少し前にもあたしを「プロのJK」などと評したヤツが居たような。

 誰だったろうと小首を傾げ、ああ、あの鼻持ちならんヤツだったと思い出して不愉快な記憶を蹴り飛ばした。


 部屋に入ってみると、毛むくじゃらな同居人が惰眠を貪っていた。


「おや、帰ってきてたんだ」


 ほぼ真っ黒な白黒ブチ猫はチラリと片目を開けて家主を確認すると、再び目を閉じた。


「何か変わったコトは無かった?あ、そう。まぁそうでしょうね。また余分な追加の仕事が来たわ。見習い地区担当者のお守り。アンタはまだその子を知らないでしょ。背が高くてやたらイキった女の子。

 え、それらしい子を見た?何処どこで。・・・・勘違いじゃない、ソコはあの子の担当地区じゃない」


 デコピンの首輪に仕込まれたビデオカメラの画像をダウンロードして確認してみた。

 周囲が暗い上に望遠の画像だったのですこぶる画質が荒かった。

 だが高い上背と一瞬だけ見えた横顔から、間違い無く犬塚伊佐美だと知れた。

 動画と並列して記録されたGPSの位置座標と時間からして、今朝路上で自分と出会う少し前のものだ。


 一〇秒程度の動画だったが少し妙な足取りだった。

 巡回しているというよりも何か目指すものがあって、行きつ戻りつしているように見えたからだ。

 まさか自分の地元で道に迷った訳でもあるまい。


「デコピン、その子の臭いは嗅いだ?よしよし、いい仕事だ。この子が今朝巡回した痕跡こんせきを追って。ビデオのスイッチは入れっぱなしで。上手く出来たら猫缶を一つ余分に付けよう。

 いやいや別に対象って訳じゃない。ちょっと気になったダケ」


 話ながら服を着替えて「じゃあ行ってくる」と玄関に立った。


「あぁ?今更学校なんかに行く訳ない。追加のビールの買い出しよ」


 じっと見つめ続けるデコピンの視線に気が付いて自分の衣服を見た。

 そして思わず目を平手で覆ってうつむいた。


 あたしは阿呆か。


 着替えた服は、次の赴任地用にと予め送り着けられていた別の学校の制服だったからだ。

 呆れ返ってもう溜息も出て来ない。


 頭の片隅の、しかもずっと遠くで、鼻持ちならないヤツがにこやかに笑っている姿を幻視した。




 暗くなってから待ち合わせの場所に行けば、犬塚伊佐美はもう来ていた。


 日没直後でまだ空は明るく、黒い町並みだけが一足先に闇の底へ沈み始めていた。


 不機嫌そうな顔は相変わらずで、最初はその表情がデフォルトなのかとも思ったが、担当区長の金川さんとは柔らかな顔で会話を交わしていたから、どうやらあたしに対する不信の表明ということらしい。

 まぁ判り易くていい。

 愛想笑いで腹にイチモツ含んでいるヤツよりもまだ信用出来る。


「こんな早い時間にアレが徘徊はいかいするなんてり得ないわ」


 彼女曰く夕暮れ直後よりも深夜、深夜よりも明け方によく遭遇するのだという。


「それは別にあなたが直に体験した訳ではないのよね。人づてに教わったというだけで。或いはこの地区に出回っている教本かしら」


「だったら何」


「教わったことを遵守するのも大事だけれども、固執するのも危険かなと思って。まぁ、いいわ。取敢とりあえず今夜は巡回経路を一巡してあなたのやり方を見せてもらった後に、あたしの方針に従ってもらう。良い?」


「ご自由に」


 彼女の巡回は複数の異なるパターンがあって、毎日必ず回る順路とその日によって巡る順序とをランダムに組み合わせて巡るのだという。

 まぁ在り来たりだが抜けの少ないやり方だと思った。

 それでもやはり見落としは在るのだが、全ての時間に全ての道筋をくまなく子細にというのは不可能だ。

 なので巡回の頻度を上げたり、同業者の噂や自分の五感で周辺情報をかき集めたりで対応するしかない。


 よもやまさか、住民一人一人に「ヒト喰らいを見かけませんでしたか」などと聞き込みする訳にもいかないし。

 あたしたちは、アレやアレに準じた生き物など存在しないという、虚ろな建前の元に活動しているのだから。


「別地区の担当者とは情報交換しているのよね」


「しなきゃ仕事にならないわ。公報なんてアテにならないもの」


「どれ位の頻度で?」


「月に一回会合を開いている」


「随分と悠長ね」


「それだけな訳ないでしょ。変化があれば逐次連絡網で皆に知らせるわよ」


「それぞれの地区でのやり方に口出しするつもりは無いけれど、今時会合なんて開いている地区はごく一部。稀だわ。何故?無駄だからよ」


 毎日決められた時刻に相互連絡を入れ情報交換して済ませている。

 担当者同士ならば定時連絡と緊急連絡網があればそれでいい。

 これだけ個人への情報伝達手段が発達した現在では、一箇所に集うメリットが見い出せない。


「人間同士のだまし合いならば兎も角、会合やその為の移動なんてやってる時間が在るのなら、その分巡回や情報収集した方が有意義だと、そう考える人達が多いということよ」


「・・・・」


「あなただって、スマホでメッセを送ったりネットで情報収集はやっても、日々その都度、伝える相手へ会いに行ったりしないでしょう」


「時代遅れだというの?」


「参考までに、という話。あなたたちの町だもの。あなたたちが一番良いと思う方法でやればいい。大事なのは、やり方ではなくて結果だから」


「直に顔を突き合せなければ判らないコトもある」


「だから、別に反対しているワケじゃない。無駄と感じても、繰り返す内に意義あるものが浮かび上がるコトもあるわ」


 担当者にすり替わったアレがのこのこ会合に出てきて皆に屠殺された事例もあるし、逆に会合の最中にガラ空きになった町でアレが暴れて、大仰な事件になった事もある。

 スマホをいじれるアレも時折見かけるし、それでまんまとだまされた担当者も知っている。


「まぁケースバイケース、かな」


「アレが、ヒトの道具を使えるというの?まさか」


「最近はよく見かける。順次あたしらに適応してきているということかな。ちょっと前の公報にも報告されているわ。目は通していない?」


「アレはただのケダモノだわ。使えるふりをしているダケよ。襲われて慌てふためいた連中がただ盛って騒いでいる、それダケ。信用する方がどうかしているわ」


「そう言い切れる根拠があると?」


「だってヒトを食べるのよ。人間に化けて襲う危険なバケモノ。えげつない猛獣。オウムや九官鳥と一緒よ。言葉や仕草を真似ているダケ。あんな連中に知恵なんてある訳、無い!」


「まぁ確かに同じように考える賢い方々は大勢いらっしゃるけれど、大事なのは知恵が有るか無いかじゃない。ヒトそっくりに見える、ヒトの集団に違和感なく紛れ込み潜伏する、ヒトをだます術を身に着けているというコトなのでは?」


「・・・・」


「そしてあたしらはソレを見破って狩らなければならない。そうしないと犠牲者が増える。ただそれだけよ」


 それから彼女は急に口数が少なくなった。

 自分達がやっている仕事の手順説明とあたしの質問に答えるだけで、淡々と日課の巡回へ専念するのみになった。

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