6-1 気怠い夜気が纏わり付きながら
近頃はやりのドラマがあると聞いたのでスマホで見てみた。
全部で十三回、既に六回が放映済み。物語は佳境に入ろうとしていた。作品の紹介では魔導書を手に入れた女子高生が、惨殺された家族の仇をとる為自らの身体に異形の生き物を移植し、社会の深部に巣くう秘密結社と闘うというものだ。
「なんじゃコリャ」
何処かで見たゴシップ記事によく似ている。しかもこんなオカルトめいたものが人気なのだという事実が更に解せない。流石にゴールデンタイムでは無いものの、お子様の起きている時間帯に流す内容なのだろうか。
いや逆だな、子供向けの特撮ヒーローものだのアニメなどでは頻繁に使われているネタだからソッチ側は問題ないのか。現にハリウッド映画でもよく目にする題材だし。
むしろ不可解なのはそれ以外の世代に対してだ。仇討ち系はよくある話。古来より人気のある題材だということも知っている。しかしこんなマニアックな設定でキワモノめいたものをやって良いのか?深夜枠ならいざ知らず、到底一般枠で流すテレビドラマとは思えなかった。
クラスの女子は皆コレを見ているらしい。だが「みんな」と言うのは自分達の属するグループの中でという意味であって、大多数がという意味では無い。その筈なのにどういう訳だか席が隣り合っている男子の雑談にも頻繁に登場するうえ、授業の合間に雑談で担当教師が「アレは面白い」とのたまう様には少なからず驚いた。つぶやき何ぞを覗いて見ても社会人と思しき人達のコメントが結構な頻度で載っている。この状態を見れば確かに「みんな」と言い切っても良いかもしれない。
「こんなモノがヒットするのか。世の中は不可解で満ち満ちているな」
途中から見たので話の筋がよく判らなかった。だが脚本や演出はよく練られていて感心した。CGやアクションに頼らず人間ドラマに重点が置かれている構成にも好感が持てる。
ふーん、悪くないな。
見終わった後、本放送期間中限定で一話から五話までが無料配信されている事を知り、試しに一話を見てみた。
話の筋が見えないとどうにももどかしい、イライラしているとよく眠れないからと自分に言い訳をする。再録動画のせいで画像や音声は今ひとつだが然程気にならなかった。冷蔵庫の中から取って置きの缶ビールを出してきて開ける。
ほー、へー、成る程ぉ、そういう話だったのか。
そして我に返るといつの間にか全話を見終わっており、窓から見える東の空が明るくなり始めていることに気が付いた。
「どうしたの邑﨑さん、具合が悪いの?何だか心此処に在らずって感じだけれど」
体育の授業中、五〇メートル走をやっている最中のことだった。自分の順番が来たことにも呼ばれた事にも気付かず、呆然と突っ立っていたせいで心配した体育教師に声を掛けられた。
「あ、すみません。ちょっと睡眠不足で」
「夜更かし?ほどほどにしておきなさいね」
見透かしたかのような物言いに反論したいところだったが、正にその通りだったので何も云えず、「注意します」とだけ答えた。
だがぼんやりしていたせいでうっかり力が入ってしまい、あっさり校内記録を塗り替えてしまったのは失敗だった。
そのうえ体育教師が陸上部の顧問だったのも間が悪かった。ストップウォッチ片手に興奮した顔つきで、入部を考えてみないかと詰め寄って来たからだ。
「すいません。興味ないので」
「勿体ない、あなたそれだけのバネがあるなら県下有数のスプリンターになれるわ。練習次第ではもっと上も」
瞳を煌めかせて食い下がる彼女を同じ台詞で制すると、ようやく少し落ち着いたようで「気が変わったら何時でも声を掛けて」、とようやく引き下がってくれた。
体育の授業が終わり、更衣室で着替えていると背の高い女子が話し掛けてきた。名前は確か、確か・・・・何と言ったろう。
「あんな興奮した良美ちゃん初めて見たわ」
「良美ちゃん、上田先生のこと?」
「そそそ、上田良美ちゃん。うちの学校の陸上部って弱体なんだよね。中距離も短距離もぱっとした選手居ないし、成績も鳴かず飛ばずだし、長距離が辛うじて中の下くらいでさ。良美ちゃんも何かと気を揉んでるのよ」
「でもあたし吃驚しちゃった。邑﨑さんって足早いんだねぇ」
ふわふわ髪でぽわぽわした雰囲気の小柄な女生徒も寄って来た。この子も同じ部活らしい。
「たまたまよ」
そう口にしてからふと気が付いた。
はて、何だかちょっと前にも似たような受け答えをしたような。
気のせいだろうか。
「たまたまじゃあのタイムは出ないわ。前の学校で何かやってた?」
「何も」
「ふふ、クールよね邑﨑さん。尋常ならざる力をひた隠し平凡な女子高生を隠れ蓑とする。まるでキョウコみたい」
「あんなに追い詰められた毎日はイヤだわ」
「あら、見てるの『深淵の鎮魂歌』」
「えっ、ホント?何でもっと早く言ってくれないの」
「あ、いや、その、見始めたのは最近だし」
「ひょっとしてひょっとしてひょっとして?夜更かしってのはソレを見ていたせいだったんじゃないの」
一瞬言葉に詰まったが別に隠す必要もない。そうだと白状したら黄色い声が二つ上がった。そして同士が増えたとか言われた。そして放課後はそのままなし崩しに、小柄でふわふわ髪の子と一緒に背の高い彼女の家へ遊びに行く羽目になった。
「部活はいいの?」
「水曜と土日はお休みなの。流石に大会が近いと連チャンでやるけどね。うちの学校はあんまり熱心じゃ無いのよ、クラブ活動。特に体育会系はね。まぁだからこそ弱体なんだけれどもさ」
「そう」
密かに名前を確認したかったのだが、今日は季節に似合わぬ陽気で二人ともジャケットを脱いで鞄に押し込んでいた。其処にはきっと名札が取り付けられて居るだろうに、コレでは確かめる術が無い。今更訊くのも気が引けるし。
背の高い彼女の家はアパートの三階で表札から飯山という名字だとは知れたのだが、この小柄でふわふわな子の名前がどうしても思い出せずにいる。ふわふわと呼んだら怒られるだろうか。
「実は、実はですねぇ。邑﨑さんに無理言って来てもらったのには理由があるのです。ほら、コレ。『深淵の鎮魂歌』一話から三話までを収録したブルーレイ、コレが手に入ったからなのです。
ホントは本放映が終了して三ヶ月後に発売の予定なのだけれども、とあるコネからテストプレスの分を回してもらいました。マスターコピー版で画像音声は文句なし。盤面は真っ白だけどソコん所は勘弁してね。これをお裾分けいたしましょうという話なのです」
「あたしに?」
「そそそ。お近づきの印ということで」
「いいの?」
「全然問題なし。自分の分はキチンと確保しているから」
「いったいどうやって」
「ノンちゃんのお兄さんがソッチ方面のお仕事しててね、流してもらったという訳ですよ」
「ノンちゃん?」
「そそそ。木村則子だからノンちゃん。下の名前は兎も角、名字は知ってるよね」
チラリとした目配せでようやくふわふわの名前だと合点が着いた。
「・・・・うん」
「あ、無理しなくて良いよ、あたし印象薄いから。邑﨑さんまだ来たばっかりだし」
「もう忘れないから」
「あ、ちなみにさ、あたしの名前は知ってる?」
「飯山さん」
「そりゃ表札見たからでしょ」
「そう」
間髪入れずに返事をしたら何故か二人に大受けで、姦しい笑い声が部屋に響いていた。
作品の話で大いに盛り上がって、というかあたしは主に聞き役で、二人の熱心な語りに頷いたり細切れな感想を述べたりしただけだった。そのままあっという間に時間が流れて、窓の外は真っ暗になっていた。
夕飯を食べて行かないかと誘われたが、流石にそれは遠慮して木村さんと一緒に帰ることにした。
「楽しかったよ。またね」
見送られお土産まで持たされて彼女の家を後にした。木村さんと別れて一人路地を歩いて居ると何処かで猫の鳴き声が聞こえた。
着いて来てたのかデコピン。
特にやることも無かったからだろうが、だったらあたしの代わりに校内の見回りでもすれば良かったろうに。まったく気の利かないどら猫だ。
自分の事を棚に上げて胸の内で独り語ちると一路学校へと向った。
普通の少年少女たちはこれから学校の課題だの夕食だの風呂だのと、日々繰り返される平穏で退屈な「当たり前」を済ませて眠るだろう。だがあたしはこれからが忙しい。夜の学校がその本領だからだ。
「さて、仕事に入るとするか」
気怠い夜気が纏わり付きながら、鬱陶しく頬を撫でていった。




