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えげつない夜のために  作者: 九木十郎
第一話 駆除者
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1-3 七尾は学校を休んだ

 真っ暗な校舎の中だった。


 自分の靴の先すら見えない暗がりの中で、非常口と銘打たれた緑色の表示灯と、火災報知器の上にある赤いランプだけが廊下を照らす明かりの全てだった。

 窓の外は真っ暗で星すら見えない。

 そしてこのドロリと澱んだ空気の中で、僕は立ち竦んで居るのだ。


 何故こんな所に居るのだろう。


 嗚呼そうだ、置き忘れた数学のノートを取りに夜の学校へ忍び込んだんだっけ。


 あれが無いと課題を仕上げることが出来ないから。


 数学の担当教師は面倒くさい上に怒りっぽいから。


 目を付けられる訳にはいかないから。


 でも目の前に転がって居るコレは何なのだろう。


 廊下の床には人影が転がっていた。でもソレはキチンとした人型をして居なかった。

 何しろ首から上が無くなっていて、少し離れた所に丸っこいボールみたいなモノが転がって居るだけだったからだ。


 でもボールにしてはちょっとおかしかった。

 歪んで妙にデコボコしている。

 まるでソレは切り離された・・・・


 異様な生臭さが漂ってきて思わず鼻を覆った。一歩後ずさって足元が濡れている事に気が付いた。

 不意に窓から明かりが差し込んだ。

 そこで初めて、雲に隠れていた月が顔を覗かせたのだと知った。


 白々とした蒼い光に目を凝らして見れば、液体が床一面に流れていた。

 異様に黒い液体だ。ひょっとするとただ色が濃いだけなのかも知れない。

 更に数歩下がると床に自分の靴の後がベタベタと付いた。


 この液体はペンキか何かなのだろうか。

 それともこの不吉な予感そのままに、いま僕が感じている通りのものなのだろうか。


 ぞわぞわと言い様の無いものが背筋を這い上って来る。

 きっと、多分、いや間違いなく此処に立ち止まってちゃいけない。

 直ぐさま此処から、この学校から出た方がいい。


 異常に呑み込み辛い唾を飲み込んで、踵を返して、そこで初めて気が付いた。

 ゾッと血の気が引いた。


 振り返ったその先に人影が在ったからだ。

 真後ろにある非常口の表示灯に照らされて、そのシルエットが目の前に在ったからだ。


 女性だった。

 特徴的な蔦のようにうねった髪型と、この学校の制服と思しき衣服を纏っていた。

 逆光なので顔は全然判らない。でもその右手には酷く大きな刃物を持っていた。

 背後から照らす明かりを反射して、ぬらりと濡れた光を放っていた。

 刃先からぽたりと、濃い色合いの液体が滴り落ちた。


 このシルエットを、いやこの人物を僕は知っている。


 身体が硬直して動かない。背中に氷水でも浴びせられた気分だった。

 直ぐさまこの人物から逃げ出さなきゃ為らない。

 それは判っているのにこの両足はピクリとも動いちゃくれないのだ。


 目の前の人影が動く。


 ゆっくりと歩み寄って来る。


 そして、その手にした刃物が持ち上げられて・・・・




 目を覚ますと僕はうつぶせになってうたた寝をしていた。

 手にはスリープ状態になったスマホが在った。

 思わず顔を上げて見回しても、やはり此処は自分の部屋の自分のベッドの上だった。


 思わずほっとする。


 嫌な夢だった。


 正に文字通り夢で良かったと安堵して、額を拭うとじっとりとした汗をかいていた。

 現実にあんな場面に出会う筈も無いだろうし、それ以上にあんな目になんて絶対に遭いたくなんてない。あの手の映画なんて見たいとすら思わないのに。

 勘弁してくれと思った。


 しかも何であのヒトが自分の夢の中に出て来るんだろう。

 別に彼女がいかがわしい何をやらかした訳でもなかろうに。


 いや間違いなくコレは、七尾に聞かされたトンチキな妄想のせいに違いない。


「それともコレのせいか?」


 スマホのスリープを解消すると、先程まで見ていたコンテンツが開かれた。

 夏に向けての映画特集とあった。そしてその中には学校に肝試しに行くというホラーがあった。

 この手のものでは定番の題材だ。

 ホラーは嫌いだけれど、キャストの中に好きな俳優が何人か居たからちょっと気に為ったのだ。


 だけどそれを見ている内に急に落ち着かなくなった。

 昼間の、ヤツとのやり取りを思い出したからだ。


 カーテンの隙間から外を見たら雲も無く、幾つか一等星が見えた。

 よく晴れた夜空だった。月齢はいくつだったろう。新月でないことは確かだった。

 ちょっと前は満月だったのだし(七尾のヤツが部分蝕だのすってんだのと言っていた)、真の暗闇じゃ無いのなら道も幾分歩き易かろう。


 まさかとは思うけど。


 SNSで七尾にメッセを送った。


 :今どうしてる?


 :何かあったか


 :別に。迂闊うかつなことやってないか心配になった


 :妙なところで勘がいい


 :バカなことやってないで帰って寝ろ


 :いまちょっと忙しい


 :忙しいじゃない。止めろと言ってる


 :呼ばれたから行く。また後で


 :呼ばれたって何だ。他に誰か居るのか


 詰問は確かに送ったのだが、今度はいつまで待っても返答は無かった。

 既読も付かなかった。その夜はそれきりだった。


 そして次の日、七尾は学校を休んだ。

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